本日の最高気温は21.7度。曇り一時晴れ。

城山の交差点を左折し、久寿里橋通を橋に向けて進む。

写真 1:城山歓楽街跡地(2026年8月17日撮影)
「空地を見せてどうするつもりだ?」とおっしゃるかもしれないが、まあお待ちなさい。あとで昔の姿をお目にかけるのだから。
駅北口の鉄北センターあたりもやがてこうなる運命だと思うけれど、味のある飲み屋街が消滅していくのは悲しいことだ。釧路だけではない。町は次第に個性を失って、毒にも薬にもならぬ面白味のない場所へと落ちぶれるのだ。
釧路川両岸の遊歩道だって、たしかにスッキリした景観を誇ってはいるが、以前の姿を知るものにとっては、大切なものを失ったような空虚感がぬぐえないのである。たとえばディケンズの小説の魅力であるテムズ河畔の陰気くさくゴチャゴチャした迷路を取り除き、あやしげなパブにたむろするうさん臭い連中を一掃したようなものだろうか。

写真 2:平出歯科から久寿里橋方向(2026年8月17日撮影)
この写真ではむしろ向い側の城山一丁目にご注目願いたい。このへんから東側にはかつて商店が連なっていたのである。

写真 3:ニュータウン付近(2026年8月17日撮影)
ややこしい話だが、すぐ隣の空き地にはかつて「ニュータウン」という料亭(たぶん)があった。

写真 4:2006年12月31日のニュータウン付近
これが20年前の料亭ニュータウン。隣の旅館たくぼくも今はない。
このニュータウンというお店には、若いころ一度だけ入店したことがある。もちろんぼく一人で入るわけがない。会社の先輩のご馳走になったのである。酔っぱらっていたからよく覚えていないが、座敷に上がって大年増の芸者さんの弾く三味線を聴いたと思う。たいへん居心地が悪かったことだけはたしかである。

写真 5:久寿里橋通から橋南幹線通方向(2026年8月17日撮影)
この道路の右側に赤文字で書かれた看板が見える。「栄養ステーション るーぷ」といって惣菜を扱っているらしいが、この日は閉店であった。
写真 6:久寿里橋通から見た大川町城山通(2026年8月17日撮影)
なんといおうか、ずいぶん無個性な通りに見える。
写真 7:久寿里橋(2026年8月17日撮影)
この橋は1981年に完成した三代目である。
ラスカベツさんはコメントに「小生小学校入学前は木製でしたその後2度立て替えられて今のモダンな橋です」とお書きになっているが、初代が1933年、二代目が1954年完成だから、ぼくも当然二代目を何度も見ているはずなのに、記憶にないのはふしぎである。

写真 8:久寿里橋から城山方面を見る(2006年3月12日撮影)
2006年当時だからちょっと古いけれど、通りの左が城山1丁目、右が大川町6番地~7番地。

写真 9:城山1丁目(2026年8月26日撮影)
商店街らしきものは見当たらないが……

写真 10:同上(2006年12月31日撮影)
このとおり2006年にはかなりのお店があった。当時城山ビルのすぐ近くには鮮魚店もあったし、ちょっとした商店街だったのである。

写真 11:同上(2002年1月・2004年1月撮影)
同じ通りを逆方向、つまり東から西に向って撮ったもの。この商店街がほぼそっくり消滅したのである。
これこそ 'Time does fly.' というやつで、 ひさしぶりに訪れた旅人が見れば愕然とするにちがいない。変わったのは町の景色だけではなく、ホテルの部屋で鏡に映る自分を見た彼は、「まさか……これがおれの顔か」と力なくつぶやくのであった。
-おいおい、いいかげんな話でごまかしちゃいかん。城山歓楽街はどうしたんだ?
えらいすんまへん。長くなりそうなので、次回の歓楽街特集を待たれよ。
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