October 06, 2026

Daily Oregraph: 消えた看板-いなり小路

 本日の最高気温は21.0度。晴れたり曇ったり。

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 出世坂には落ち葉が目立ち、秋の深まりを感じるけれど、ここのところ気温は高めである。

 さて本日の超ローカルニュースはこれ。おわかりになるかな? 写真を見てすぐにわかった方には、釧路検定第一級認定証をさしあげたい。

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 さよう、「いなり小路」の看板が、いつの間にか取り外されていたのである。小路自体はかなり以前から事実上消滅していたけれど、看板だけはつい最近まで残っていたのだ。こうして町の景色は変わっていくので、ひんぱんにパトロールする必要がある(笑)。

 看板を失った以上、あと数年もたてば、いなり小路の存在は完全に忘却されてしまうにちがいない。千年後にはこの小路の位置をめぐって考古学会で大論争が展開され、東大派と京大派が対立して火花を散らすかもしれない。

 魏志倭人伝をいくら読んだって答えはみつからないけれど、当ブログの関連記事が残っていれば議論に決着はつくのだが(笑)、残念ながらそれらもすでに歴史の闇に埋もれているだろう。むなしいね、まったく。

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October 05, 2026

Daily Oregraph: アオサギふたたび

 本日の最高気温は18.8度。晴れ。

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 先日ご紹介した春採湖のアオサギを、望遠で撮ってみることにした。

 CASIO のコンデジ(EXILIM EX-ZR3000)は300ミリまでの望遠付きだから、こういうときには役立つのだが……晴れた日の野外では背面液晶がほとんど見えないのが難点である。ぼんやり輪郭が識別できる程度なので、ほとんど勘に頼ってエイヤッとシャッターを切るしかない。やはりファインダーは必要なのだ。

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 撮影場所はあまりよくないけれど、残念ながら短いバスの待ち時間にバス停付近から撮っているので動けない。それでもこのくらいズームするとアオサギがアオサギであることはよくわかる。

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 もっとズームするとアオサギ君たちの表情らしきものが見えてきた。この連中、前回はジッと動かなかったが、今回はわりと活動的で、見ている途中で二羽ほどバタバタと飛び立った。ぼくには飛ぶ鳥をカッコよく撮るほどの腕前はないし、そもそも液晶モニターがほとんど見えないカメラでは撮りようがない。

 それなら一眼用の望遠レンズを買えよ、という話になるけれど、ムダづかいになるから買いません(笑)。鳥は鳥屋さんにお任せします。どなたか春採湖畔に出かけ、どうか会心の一枚を撮ってお見せください。

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October 02, 2026

Daily Oregraph: 主役は旭橋

 本日の最高気温は18.0度。晴れ。

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 とうとう十月になってしまった。街路樹のナナカマドは葉が枯れはじめ、歩道には枝から落ちた赤い実もちらほら見える。

 さて今日は秋晴れの空に誘われて散歩に出たわけではなく、ちゃんと目的があったのである。

 先日旭橋からの景色をご紹介したとき、肝腎の旭橋全景を撮り忘れたのは、いかにも失礼であった(笑)と反省し、どうも気になっていた。そこでまなぼっと(生涯学習センター)の展望室から望遠で撮影しようという趣向である。

 カメラは300ミリまでの望遠ズーム付きの CASIO のコンデジを使用したが、実際には焦点距離200ミリ程度で間に合った。

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 手前から上流に向かって、久寿里橋、旭橋、JR鉄橋、少し離れてちらりと一部が見えるのは貝塚大橋である。しかしこれでは主役の旭橋が目立たないから、もっとズームしてみよう。

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 屋根に MARINA と書かれた建物のあたりは撮り鉄諸君のお気に入りスポットである。だから市外の方でも鉄道ファンなら案外旭橋をご存じなのかもしれない。

 やれやれ、これで胸がスッとした(笑)。

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September 23, 2026

Daily Oregraph: 旭橋から

 本日の最高気温は20.8度。晴れ。

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 実用一点張りの旭橋は、地理的に中心街から離れているせいもあって、観光客が目指すべき橋ではない。面白味がないせいか、今日はうっかり外観全体を撮影し忘れてしまった。

 たまたま車の少ない時間帯だったから誤解されるかもしれないけれど、ここは比較的交通量も多く、たいへん重要な橋である。

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 しかし車はともかく、歩行者はきわめて少ない。歩いて楽しい橋ではないのである。

 そんな旭橋にやって来たのは9月2日の記事でご紹介した、2000年代はじめ頃にこの橋から撮った景色が現在どうなっているのかを確認するためである。

 以下の三枚は同記事中の写真7, 8および9に対応しているので、比較してごらんいただければ幸いである。

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 旭橋から久寿里橋(釧路川下流方向)を見る。みごとに整備され、ケチのつけようがない。

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 こちらは上流側。左手に見えるのは JR の鉄橋である。やはり完璧に整備されて、もはや昔の面影はない。

 気持よく散歩できるのだから文句をいうつもりはないけれど、人の匂いというか生活臭が希薄になったことは否定できないと思う。突拍子もないことをいうようだが、この変りようは映画館の変化にも似ているような気がする。

 現在の若い観客には想像もつかないだろうが、かつて映画館は異世界であった。トイレに入ればアンモニア臭で頭がクラクラするし、「禁煙」の表示はあってもタバコの煙があちこちから立ち上り、それが映写機の放つ光を受けてゆらめくという、まあ一種の無法地帯みたいなものであり、それが魅力でもあったのだ。

 けしからん! とおっしゃるのはごもっともである。ごもっともではあるのだが、その外界とは隔絶された異質の空間に身を置きたくて、ぼくは高校の授業をサボってよく映画館に逃げこんでいた。

 すると映画を見ているうちに不思議な心理が働いて、おれはこんなとんでもない場所にいていいのだろうか、もっとマジメにならなくてはいけない、やっぱり勉強したほうがいいんじゃないか……そう思うのだが、映画が終わって外のまぶしい光を浴びたとたんにその決心は鈍り、ひと月もたつとまた映画館へ行きたくなるのであった(笑)。

 さて最近の映画館はどうだろうか。トイレは清潔だし、上映中に喫煙する不心得者などもちろんいやしない。もちろんそれはいいことであるにはちがいないけれど、もう異世界ではなくなってしまった。だからぼくはここ十年ほど一度も映画館には足を運んでいない。画面の大きさを別にすれば、部屋のパソコンで動画を見るのとたいしてちがわないと思うからだ。

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 最後は旭橋から見た釧路川右岸。もうどこがどうだったのかわからないほどの変わりようだ。田舎者の19世紀小説愛好家としては、この景色はちょっとさびしすぎるのである。

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September 20, 2026

Daily Oregraph: 例によって……

 本日の最高気温は20.3度。雨。

 このところすっかりサボりぐせがついて生存証明写真を撮っていないから、例によって古い写真でお茶を濁すことにした。

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 2001年9月1日、旧丸井今井新館前で撮影。画面右奥には本館裏が見える。リヤカーに並べられているのはカレイの干物で、釧路人ならだれでも知っているとおり味は淡白かつ上品、実にうまいものである。

 残念ながら最近ではこのおばさまを見かけない。人通りが激減して商売にならないせいもあるのだろう。散歩する楽しみがひとつまたひとつと失われていくのはさびしいことだ。

 これだけでは愛想がないので(笑)、もう一枚、同時期(2001年9月20日)に撮影した夜のいなり小路。いまとなってはウソみたいな景色である。

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 昔をなつかしむばかりではいかにも芸がないけれど、人間年を取るとどうしてもこうなるんだよなあ。もっと魅力のある新しいものが登場してくれれば話は別なのだが……

 愚痴をこぼしてもしかたがないから、気を取り直して歩かなくちゃいけないね。

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September 12, 2026

Daily Oregraph: 1975年3月釧路東港

 本日の最高気温は23.1度。晴れ。

 先日大川町の記事を書いて以来昔の写真を見直しているのだが、

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この一枚がなかなかエモいんじゃないか(?)と思い、(いつかは忘れたが)一度掲載したような気もするけれど、ふたたび取り上げてみた。

 これは1975年3月(日付は不明)に、釧路港東区北埠頭直線部から撮ったものである。画面左手に倉庫の見える岸壁は北埠頭西側岸壁。

 現在では貨物船の荷役は一部をのぞいてほぼすべて西港で行われているけれど、西港の供用開始はこの20年後だから、当時の東港はおおいににぎわっていた。いまのガランとした東港を見なれた人にはとても信じられないだろうと思う。

 デッキクレーンを備えた船も一隻見えるが、まあ針山に刺した針みたいなデリックの目立つ船をごらんなさい! これぞ船なのであって、昔の子どもに船の絵を描かせると、まず例外なくデリックを描いたものである。

 しかしこの写真、右端の船のロープがいかにも邪魔で見苦しいので、以前お目にかけた時にも手作業でロープを消したものを掲載した(はずである)。

 せっかくだから今回は気合を入れて(笑)、できるだけ丁寧に一から作業をやり直してみた。

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 修正の出来はともかく、半世紀前の港と船がなつかしい。ジジイの感情に訴えるんだから、エモいといっていいんじゃないか。

 ついでといってはなんだが、ひさびさに Gemini にこの写真のカラー化を依頼してみた。

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 たしかにうまく処理するものだが、AI 処理独特のウソくささはぬぐえないと思う。写真というよりも絵だね、これは。色がついていればいいというものではないようだ。

 しかも最初の処理では、画面左から二つ目の船のファンネルは黒煙を吐いているし、曇り空なのに水面がやけに青い。そこで「余計なものを一切付け加えず、色をもっと自然に」と指示しなおした結果が上の画像である。

 さてお遊びはここまでとして、そろそろ散歩を再開したいところだが、どうなることやら。

【9月14日追記】写真のカラー化だが、今回はノイズの除去と同時に、具体的に曇り空に合わせて色を調整するよう Gemini に追加指示してみた。

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 こちらのほうがより自然ではないかと思う。指示のしようでかなり印象が変わるから、画像の AI 処理も奥が深そうだ。問題はこれほど古い写真だと、オリジナルの色がどんなだったか、撮った本人にも思い出せないことだろう(笑)。

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September 07, 2026

Daily Oregraph: 動かざること紙屑のごとし

 本日の最高気温は21.2度。曇り。

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 湖畔のバス停付近から撮った春採湖。なんとなく秋を感じさせる景色である。

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 これも同じ場所から撮ったのだが、画面中央部に白い点々が見える。実は先日も同じものを見かけたのだが、バスがすぐ来たためカメラを取り出すひまがなく、本日やっと撮ることができた。

 もちろん大型の鳥ではないかと思ったのだが、ほとんど動かないものだから、確信が持てなかったのである。あいにく望遠レンズではなかったけれど、写真を部分拡大すれば正体はわかるはずだ。

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 等倍で鳥ミングしたのがこちら。ははあ、これはアオサギにちがいない。

 春採湖にアオサギのいることは知っていたが、これほどまとまったところは見たことがない。アオサギというやつは長時間ジッとして動かないから、水際の草むらに引っかかった紙屑のように見えたのである。

 アオサギを撮ったからといって、重いカメラにでかいレンズはごめんだし、金もかかるから、鳥屋に転向するつもりはない。相変わらず正統派しょうもない写真路線を歩むつもりである。

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September 02, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち 番外編

 本日の最高気温は19.1度。雨のち曇り。

 今回はその後みつかった写真、コメント欄に登場した場所、それに久寿里橋より上流の釧路川河畔の昔の景色などをお見せしながら、とりとめのない話をしたいと思う。超ローカルな内容だし、たいしてためにはならないけれど、ヒマつぶしと思ってお読みいただければ幸いである。

 なおいつものことながら、過去に掲載した写真も含まれることをお断りしておきたい。

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写真 1:2015年11月13日撮影

 理容店からつたや旅館方向。やはりお店の看板とは重要で、特に理容店のサインポールがあるとないとでは大ちがい、景色がまるで別物に見える。

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写真 2:2015年11月13日撮影

 「その1」でご紹介した書道塾の作品は、当時通りに面して展示されていた。このたび目にしたときはどうも記憶とちがうなと思っていたのだが、みつかったこの写真を見て納得。

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写真 3:2006年3月12日撮影

 ラスカベツさんがコメントで触れておられた、城山ビル隣の「きゅうさい鮮魚店」。ぼくはこのお店の看板に魅力を感じて撮ったのである。愛嬌のある赤い魚(釧路でいうメンメだろうか?)がいい。

 ふつうなら電話番号はそのままにしておくのだが、こうして看板をアップで撮るとやけに目立つので、万一ご迷惑をおかけしてはいけないから消しておいた。このお店もいまはない。

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写真 4:2000年12月2日撮影

 Quantumberry さんのコメントに「写真(「その4」の写真5)右側には当時ラブホテルが建ってました」とあったので、ぼくは「おお、そうだったのか」と膝を打った。

 城山歓楽街の夜景を撮ったすぐあとの写真だから、大川町らしいことはわかっていたが、当時はまだ地理不案内だったので、どの地点から撮影したのか不明だったのである。ググってみたら、もういまはないホテルなのに「ホテル白鳥 大川町6」というデータが残っていた。

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 いただいたヒントをもとに地図を見直したところ、撮影地点の候補は a か b のいずれかだが、たぶん a だろう。なんだつまらない、などといってはいけない。なにしろ四半世紀後にやっと疑問が解けたのだから、捕物帖愛好家としては非常に満足なのである。

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写真 5:2026年8月26日撮影

 城山交差点を渡って振り返ったところなのだが、矢印の場所にその昔喫茶・軽食だったか、城山ミルクホールだったか、マーケットだったか、こどものころのうろ覚えではっきりしないけれど、わりと目立つお店があったような気がする。

 この地区の生き字引であるラスカベツさんならご存じだろうか?

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写真 6:2026年8月17日撮影

 久寿里橋から幣舞橋を見る。両岸ともに整備されてすっきりしているが、かつては雑然とした景色が展開していた。その景色は2000年代はじめまで久寿里橋の上流には残っていた。

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写真 7:2006年2月22日撮影

 旭橋から久寿里橋を見る。このころはまだ河岸の整備工事が行われていた。

 接岸中のふしぎなかたちの船や雑多なものが置かれた岸壁の雰囲気が、今となってはなつかしい。

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写真 8:2001年10月28日撮影

 これは写真 7 の五年前に、旭橋から上流を撮影したもので、遠くに花咲線の列車が見える。独特の景観である。

 もしこの岸壁に城山歓楽街や鉄北センターなどの飲み屋街が隣接していたとしたら、まさにディケンズ的風景であろう。しばらくこのあたりにはご無沙汰しているので、そのうち訪れてみるつもりだが、別の意味で荒涼たる景色が展開していそうな気がする。

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写真 9:2002年3月10日撮影

 こちらは釧路川右岸、旭橋付近である。なんとなく造船所らしく見えたのだが、撮影当時は無知の悲しさで、かつてこのあたりに造船所がいくつかあったことを知らず、首をひねっていたことを思い出す(8月20日の記事に掲載した地図ご参照)。

 これまた昔のテムズ河畔を連想させる風景だと思う(行ったことないけど(笑))。

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写真 10:2026年8月17日撮影

 最後に対岸から大川町を見て、このシリーズを終えたいと思う。やはり川には船と船で働く人々がよく似合う。

 しょうもない写真は一枚や二枚ではただのクズだけれど、百枚、千枚ともなるとある種の価値が生じるのだから、見なれた景色でもどんどん撮って記録しておくことをおすすめしたい。

 妙に構えて上手な写真、芸術的な作品などを目指さないこと。あたりまえの景色をあたりまえに記録しておけば、いつか必ずそれがあたりまえでなくなる日はやってくると、しょうもない写真専門家は思うのである。

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September 01, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その5

 本日の最高気温は20.5度。曇り。

 今回は前回の記事では更地になっていた「城山歓楽街」を特集する。地図は前回のものをご参照いただきたい。

 なお写真は撮影年月日順に掲載する。使用したカメラにも時代の変化が感じられてなつかしい。

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写真 1:1998年9月6日撮影

 これがハードディスクに残っているもっとも古いファイルである。画質が悪いのも道理、使用したカメラは EPSON CP-500 という80万画素機(!)である。しかし最初に買ったデジカメが FUJIFILM DS-20(30万画素機)だったから、当時はだいぶマシになったと喜んで使っていた。ウソみたいな本当の話である。

 さて城山歓楽街は二つの区画に分かれ、写真左が東側、右が西側である。看板の文字を見ればわかるが、この当時から東側はさびれていて営業店舗も少なく、メインは平出歯科に隣接する西側の区画であった。

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写真 2:2000年12月2日撮影

 西側の区画が営業中の貴重な(?)写真。

 やがて当時のデジカメの画質には愛想をつかし、2000年から2003年にかけて、主にフィルム一眼レフを使用していた。これもその一枚で、コンデジではこういう絵は撮れない。

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写真 3:2004年1月1日

 元日早々こういう写真を撮るというのは、われながら相当の物好きだと思う。これもフィルム一眼レフ使用。

 なおこの写真では見えないが、「コスモ」の手前には「舟貴」というお店があって、別の写真では確認できる。

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写真 4:2006年12月31日撮影

 大晦日なので「舟貴」の看板の下に正月飾りが見える。東西の区画の間には空き地があるけれど、現在そこには建物が建っている。

 これはデジタル一眼レフ使用。2004年の夏以降はフィルム一眼レフの使用をやめて、デジタルに切り替えたのである。当時のデジタル一眼レフは 600万画素機だが、Web での使用なら十分どころかおつりがくるし、コンデジの性能とは一線を画するから、現在でも実用に耐える。

 城山歓楽街が衰えるにつれてカメラは進歩していったわけだ。

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写真 5:2010年9月5日撮影

 このころになると老朽化が目立ちはじめ、西側の看板の文字はかなり退色している。

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写真 6:2010年9月5日撮影

 ぼくにしてはめずらしく、歓楽街前の歩道を西から東へ向けて撮影したもの。

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写真 7:2013年1月10日撮影

 東側の区画は風前の灯に見えるが、西側にはまだ人の匂いが漂っている。

 これがぼくの最後に撮った城山歓楽街である。知り合いに常連さんがいればぼくもご一緒したと思うが、ついにここで一杯飲む機会には恵まれなかった。

 別に大川町や城山を嫌ったわけではないが(笑)、なぜか十年以上もこの地区を歩くことはなかった。だから更地になった歓楽街跡や消滅した城山1丁目商店街を目にしたときは、まるで別世界に来たような気分になったのである。

 もちろん激変したのはここだけではない。北大通も昔日の面影は急速に失われつつあるし、駅北口の、それこそディケンズ好みの迷路のような飲み屋街も大部分が消滅してしまった。そして新たにぼくたちの目の前に現れるのは、たいてい無趣味で面白味のない景色なのだからやりきれない。

 物理的にも古いものがいつまでもそのまま残るわけがないのだし、ボロ家はいつか取り壊さねばならぬことは百も承知している。しかし混沌とした景色を愛してうろつきまわっていた男が、いつの間にか追い立てをくらって行き場所を失い、味気ない思いをしていることも確かなのである。

 さて大川町の記事もこれで一応完結したわけだが、このたびはいろいろとコメントをお寄せいただいたこともあり、次回は番外編としていくつか写真を追加して無駄話をしてみたい。

【9月2日追記】念のため2000年12月2日に撮影したネガを確認したところ、未スキャンの写真がみつかった。城山歓楽街東側を撮影したものである。これで東西のバランスが取れ、ホッとした(笑)。

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 ひさしぶりにフィルムスキャンしたのだが、面倒だし時間はかかるし、もう二度とやりたくない。

 最近またフィルムカメラが人気らしいけれど、たぶんフィルムから自分で印画紙にプリントする人はごくまれで、ふつうの方はデジタルスキャンしたデータを買うのではないかと思う。結局デジタルデータを利用するのなら、素直に最初からデジタルカメラを使ったほうが、むだな出費も時間もかからないのだから賢明ではないだろうか?

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August 31, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その4

 本日の最高気温は21.7度。曇り一時晴れ。
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 城山の交差点を左折し、久寿里橋通を橋に向けて進む。

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写真 1:城山歓楽街跡地(2026年8月17日撮影)

 「空地を見せてどうするつもりだ?」とおっしゃるかもしれないが、まあお待ちなさい。あとで昔の姿をお目にかけるのだから。

 駅北口の鉄北センターあたりもやがてこうなる運命だと思うけれど、味のある飲み屋街が消滅していくのは悲しいことだ。釧路だけではない。町は次第に個性を失って、毒にも薬にもならぬ面白味のない場所へと落ちぶれるのだ。

 釧路川両岸の遊歩道だって、たしかにスッキリした景観を誇ってはいるが、以前の姿を知るものにとっては、大切なものを失ったような空虚感がぬぐえないのである。たとえばディケンズの小説の魅力であるテムズ河畔の陰気くさくゴチャゴチャした迷路を取り除き、あやしげなパブにたむろするうさん臭い連中を一掃したようなものだろうか。

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写真 2:平出歯科から久寿里橋方向(2026年8月17日撮影)

 この写真ではむしろ向い側の城山一丁目にご注目願いたい。このへんから東側にはかつて商店が連なっていたのである。

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写真 3:ニュータウン付近(2026年8月17日撮影)

 ややこしい話だが、すぐ隣の空き地にはかつて「ニュータウン」という料亭(たぶん)があった。

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写真 4:2006年12月31日のニュータウン付近

 これが20年前の料亭ニュータウン。隣の旅館たくぼくも今はない。

 このニュータウンというお店には、若いころ一度だけ入店したことがある。もちろんぼく一人で入るわけがない。会社の先輩のご馳走になったのである。酔っぱらっていたからよく覚えていないが、座敷に上がって大年増の芸者さんの弾く三味線を聴いたと思う。たいへん居心地が悪かったことだけはたしかである。

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写真 5:久寿里橋通から橋南幹線通方向(2026年8月17日撮影)

 この道路の右側に赤文字で書かれた看板が見える。「栄養ステーション るーぷ」といって惣菜を扱っているらしいが、この日は閉店であった。

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写真 6:久寿里橋通から見た大川町城山通(2026年8月17日撮影)

 なんといおうか、ずいぶん無個性な通りに見える。

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写真 7:久寿里橋(2026年8月17日撮影)

 この橋は1981年に完成した三代目である。

 ラスカベツさんはコメントに「小生小学校入学前は木製でしたその後2度立て替えられて今のモダンな橋です」とお書きになっているが、初代が1933年、二代目が1954年完成だから、ぼくも当然二代目を何度も見ているはずなのに、記憶にないのはふしぎである。

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写真 8:久寿里橋から城山方面を見る(2006年3月12日撮影)

 2006年当時だからちょっと古いけれど、通りの左が城山1丁目、右が大川町6番地~7番地。

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写真 9:城山1丁目(2026年8月26日撮影)

 商店街らしきものは見当たらないが……

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写真 10:同上(2006年12月31日撮影)

 このとおり2006年にはかなりのお店があった。当時城山ビルのすぐ近くには鮮魚店もあったし、ちょっとした商店街だったのである。

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写真 11:同上(2002年1月・2004年1月撮影)

 同じ通りを逆方向、つまり東から西に向って撮ったもの。この商店街がほぼそっくり消滅したのである。

 これこそ 'Time does fly.' というやつで、 ひさしぶりに訪れた旅人が見れば愕然とするにちがいない。変わったのは町の景色だけではなく、ホテルの部屋で鏡に映る自分を見た彼は、「まさか……これがおれの顔か」と力なくつぶやくのであった。

 -おいおい、いいかげんな話でごまかしちゃいかん。城山歓楽街はどうしたんだ?

 えらいすんまへん。長くなりそうなので、次回の歓楽街特集を待たれよ。

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