Daily Oregraph: 霧笛とバンシー
本日の最高気温は11.5度。曇り。
5月20日の北海道新聞に掲載された記事によれば、釧路市の霧日数は「1941~50年の年平均が120.0日だったのに対し、2016~25年の年平均は81.0日」だったという。(どうして1951~2015年のデータが記載されていないのかは不明だが)「釧路地方気象台は(中略)20年に観測方法を目視から視程計という機械を使った観測に変更したこともあり、担当者は『以前と比較できず、実際に霧が減ったとは言い切れない』」といっているらしい。
なるほど同一条件でなければ正確な比較はできないから、さすが専門家は慎重である。よろしい、それなら一貫して目視に頼りつづけてきた素人のぼくが太鼓判を押そうではないか。近年まちがいなく霧日数は激減している。給料をもらっているわけではないから、霧日数を記録してはいないが、この目で確かめたんだから(笑)確かである。
原因としてはやはり温暖化が挙げられており、霧が減ればさらに夏の気温が上昇するじゃないかという指摘はもっともである。しかしあの地獄の底から響いてくるような忌まわしい霧笛の音を毎日のように聞きながら育ったぼくからすれば、減ったとしても文句をいう筋合いはない。
さてアイルランドやスコットランド高地の田舎にはバンシー(banshee)なる妖怪がいて、家族のだれかが死にかけていると窓辺で泣き叫ぶ……ということを知ったとき、ぼくがまっさきに連想したのは釧路の霧笛である。
釧路では2010年に霧笛は廃止されたが、それまでは夜昼かまわずさかんに鳴っていた。廃止された当時の霧笛はごく単調な音であったが、その一代前の霧笛は実に複雑な音色と独特の節回しがあり、ぼくがバンシーだというのはそちらのほうである。今となってはあの音を記憶している市民はごく少数だと思うが、絶望と悲しみと嘆きをいっしょくたにしたような、一切の希望を打ち砕く悲痛な音はとてもこの世のものとは思われず、まさにバンシーの泣き声にちがいなかった。
もちろんぼくはバンシーの泣き声を聞いたことはないのだが(笑)、昔の釧路の霧笛をアイルランドのお年寄りに聞かせれば、必ずや「おお、これはバンシーだ!」といって、顔をこわばらせるにちがいない。夢疑うべからず。

















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