Daily Oregraph: 大川町あちこち 番外編
本日の最高気温は19.1度。雨のち曇り。
今回はその後みつかった写真、コメント欄に登場した場所、それに久寿里橋より上流の釧路川河畔の昔の景色などをお見せしながら、とりとめのない話をしたいと思う。超ローカルな内容だし、たいしてためにはならないけれど、ヒマつぶしと思ってお読みいただければ幸いである。
なおいつものことながら、過去に掲載した写真も含まれることをお断りしておきたい。
写真 1:2015年11月13日撮影
理容店からつたや旅館方向。やはりお店の看板とは重要で、特に理容店のサインポールがあるとないとでは大ちがい、景色がまるで別物に見える。
写真 2:2015年11月13日撮影
「その1」でご紹介した書道塾の作品は、当時通りに面して展示されていた。このたび目にしたときはどうも記憶とちがうなと思っていたのだが、みつかったこの写真を見て納得。
写真 3:2006年3月12日撮影
ラスカベツさんがコメントで触れておられた、城山ビル隣の「きゅうさい鮮魚店」。ぼくはこのお店の看板に魅力を感じて撮ったのである。愛嬌のある赤い魚(釧路でいうメンメだろうか?)がいい。
ふつうなら電話番号はそのままにしておくのだが、こうして看板をアップで撮るとやけに目立つので、万一ご迷惑をおかけしてはいけないから消しておいた。このお店もいまはない。
写真 4:2000年12月2日撮影
Quantumberry さんのコメントに「写真(「その4」の写真5)右側には当時ラブホテルが建ってました」とあったので、ぼくは「おお、そうだったのか」と膝を打った。
城山歓楽街の夜景を撮ったすぐあとの写真だから、大川町らしいことはわかっていたが、当時はまだ地理不案内だったので、どの地点から撮影したのか不明だったのである。ググってみたら、もういまはないホテルなのに「ホテル白鳥 大川町6」というデータが残っていた。
いただいたヒントをもとに地図を見直したところ、撮影地点の候補は a か b のいずれかだが、たぶん a だろう。なんだつまらない、などといってはいけない。なにしろ四半世紀後にやっと疑問が解けたのだから、捕物帖愛好家としては非常に満足なのである。
写真 5:2026年8月26日撮影
城山交差点を渡って振り返ったところなのだが、矢印の場所にその昔喫茶・軽食だったか、城山ミルクホールだったか、マーケットだったか、こどものころのうろ覚えではっきりしないけれど、わりと目立つお店があったような気がする。
この地区の生き字引であるラスカベツさんならご存じだろうか?
写真 6:2026年8月17日撮影
久寿里橋から幣舞橋を見る。両岸ともに整備されてすっきりしているが、かつては雑然とした景色が展開していた。その景色は2000年代はじめまで久寿里橋の上流には残っていた。
写真 7:2006年2月22日撮影
旭橋から久寿里橋を見る。このころはまだ河岸の整備工事が行われていた。
接岸中のふしぎなかたちの船や雑多なものが置かれた岸壁の雰囲気が、今となってはなつかしい。
写真 8:2001年10月28日撮影
これは写真 7 の五年前に、旭橋から上流を撮影したもので、遠くに花咲線の列車が見える。独特の景観である。
もしこの岸壁に城山歓楽街や鉄北センターなどの飲み屋街が隣接していたとしたら、まさにディケンズ的風景であろう。しばらくこのあたりにはご無沙汰しているので、そのうち訪れてみるつもりだが、別の意味で荒涼たる景色が展開していそうな気がする。
写真 9:2002年3月10日撮影
こちらは釧路川右岸、旭橋付近である。なんとなく造船所らしく見えたのだが、撮影当時は無知の悲しさで、かつてこのあたりに造船所がいくつかあったことを知らず、首をひねっていたことを思い出す(8月20日の記事に掲載した地図ご参照)。
これまた昔のテムズ河畔を連想させる風景だと思う(行ったことないけど(笑))。
写真 10:2026年8月17日撮影
最後に対岸から大川町を見て、このシリーズを終えたいと思う。やはり川には船と船で働く人々がよく似合う。
しょうもない写真は一枚や二枚ではただのクズだけれど、百枚、千枚ともなるとある種の価値が生じるのだから、見なれた景色でもどんどん撮って記録しておくことをおすすめしたい。
妙に構えて上手な写真、芸術的な作品などを目指さないこと。あたりまえの景色をあたりまえに記録しておけば、いつか必ずそれがあたりまえでなくなる日はやってくると、しょうもない写真専門家は思うのである。













Comments
番外編、拝見しました。写真5の矢印の建物ですが塩路(この字でよっかたか)さんです。元々は酒の小売店で老舗でした。写真の店舗に建て替えてからはサンマート塩路というミニスーパーでした。廃業した後は貸店舗になっています。この大川町の通りには元日銀方向に向かって高村酒店、書道塾の近くに今は洒落たアパートになっている所に上浜酒店と三軒も酒の小売店があったのです。(酒の販売が免許制の時代に)
川の情景懐かしいですね。小生子供の頃は漁船より艀(はしけ)で覆いつくされていました。
番外編まで薄氷堂さんお疲れ様でした。
Posted by: | September 03, 2026 18:28
>ラスカベツさん
ご協力感謝いたします。
> 写真5の矢印の建物ですが塩路(この字でよっかたか)さんです。
そうでしたか。どうもお店に入った記憶がなく、もっぱら外から眺めるだけでしたから、なにかと混同していたのかもしれません。
> 川の情景懐かしいですね。小生子供の頃は漁船より艀(はしけ)で覆いつくされていました。
釧路川筋だけてなく、副港あたりも2000年代初めころとはずいぶん景色が変わりました。今思えば1980年代あたりから写真を撮っておけばよかったのですが、当時は仕事が忙しくて、とても余裕がありませんでした。
Posted by: 薄氷堂 | September 04, 2026 08:21
おおおお!
ラブホテルの道路挟んで隣に住んでましたから
小さい頃は奇麗だなとネオンを眺めてました笑
その角度だとaです!
2011年に取り壊されてます。
こくぶん理容室なつかしい
こうやって少しずつ寂しくなっていくのですね
ここの通りに蕎麦屋でもあればな。。。
きゅうさい鮮魚店は記憶に薄いのですが
写真撮った当時は営業してました?
薄氷堂さん本当にお疲れさまでした
最後の対岸から大川町はエモすぎます。
当時の貴重な資料や写真だけではなく
実際に足を運んでくれてありがとうございました!
すごく毎回楽しかったです!
Posted by: QuantumBerry | September 04, 2026 21:50
>QuantumBerry さん
> 小さい頃は奇麗だなとネオンを眺めてました笑
ぼくがあの写真を撮ったのも、ネオンの光が地面に反射してきれいだったからです。もっとも腕前が未熟なせいで、強烈な光の反射が再現できていませんけれど……
> きゅうさい鮮魚店は記憶に薄いのですが
写真撮った当時は営業してました?
たしかシャッターが降りていました。しかしお店が当時営業されていたかどうかは不明です。
実は1998年にコンデジで撮影したときもシャッターは降りていましたが、いま調べてみたところ、撮影したのはどちらも日曜日でしたから、たまたま休日だったのかもしれません。
> 実際に足を運んでくれてありがとうございました!
とんでもありません。昔ほど足が達者でなくなったせいもあり、家にこもりがちでしたから、こちらこそ歩くきっかけを作ってくださったことには感謝しています。いろいろ新知識を得ることもできましたし。
Posted by: 薄氷堂 | September 05, 2026 10:03