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August 24, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その1

 本日の最高気温は24.3度。曇りのち晴れ。

 縁あって大川町散歩の記事を書くことになったのだが、話を進める都合上略図は必要だろうから、まずは下図をごらんいただきたい。便宜上水色の点線で二分し、今回は西側部分を扱う。

 なお特に撮影年月日を示していない写真は、すべて2026年8月17日に撮影したものである。

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 いつもながらヘタクソな地図で申し訳ないが、これには理由がある。地図の著作権は70年だから、転載するには許諾を得なくてはならないのだ。既存の地図を参考にして作図するぶんにはかまわないだろうと判断した次第である。

 なお写真ファイルをチェックしていたら、昔勤務先にあった釧路市市街案内図(昭和30年11月版)からいくつか撮影したものがみつかった。こちらは70年経過しているから著作権はクリアしているけれど、まさかこんな日が来るとは予想もしていなかったので(笑)、あいにく大川町については一部しか写していない。中途半端ではあるがご参考までに(個人宅にはボカシをかけておいた)。

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 さて大川町は釧路川左岸に位置し、西は幣舞橋、東は久寿里橋まで東西約500m、南側にはすぐ高台の迫る細長い区域である。隣接する城山地区へ至る橋南幹線通は比較的交通量が多いけれど、ここを歩き通す歩行者はめったに見かけない。たいていは車で素通りしてしまうのである。

 1950年代の地図(8月20日の記事ご参照)を見れば缶詰工場など水産関連施設がいくつかあったようだが、現在まったくその面影はない。大川町は1952年以来日銀釧路支店の存在を誇りとしていたが、2013年に支店は幸町に移転し、今は建物だけが残って再利用の道はまだ決まっていない。

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写真 1:旧日本銀行釧路支店(2006年4月9日撮影)

 いかにも銀行らしく堅実そのもの、派手さはまったくないけれど、嫌味のないすぐれた建築だと思う。もちろんぼくのメインバンクなのだが(笑)、たった一度しか中に入ったことはない。

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写真 2:対岸から見た旧日銀とセンチュリーキャッスルホテル
(2006年2月5日撮影)

 旧日銀に隣接するホテルは、釧路出身の建築家故毛綱穀曠設計になるもの。この人の建築には独特のクセがあって、初めて見ても「ああ、あの人だな」となんとなく見当がつく。個人的には、機能よりもデザイン優先という印象を受け、旧日銀との対比が際立っていると思う。

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写真 3:まなぼっとから見た大川町(2010年1月17日撮影)

 高台にあるまなぼっと(釧路市生涯学習センター)の展望台から見下ろした景色である。手前が久寿里橋、上流に旭橋が見える。

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写真 4:幣舞橋から久寿里橋を見る

 この遊歩道は久寿里橋に至るまですべて大川町1番地である。

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写真 5:旧日銀横から見た橋南幹線通

 川沿いとは一変して、景色はいっぺんに地味になる。道路の右(南側)にはすぐ高台が迫っているから土地は狭く、もともと商店街の発達は望めなかったと思う。

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写真 6:リフォーム店・鉄工所・つたや旅館

 リフォーム店と鉄工所は純然たる昭和建築で、非常に印象的だからぼくも昔から知っている。2000年代前半ころまで市内のあちこちに残っていた木造建築は現在ほとんど姿を消しつつあるので、たいへん貴重な存在だと思う。

 昭和30年の市街案内図には現在の 3番地に旅館が二件掲載されているし、つたや旅館も老舗の一つなのではないかと思う。

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写真 7: リフォーム店

 上の写真にもあるリフォーム店を別の角度から。こちらは靴・カバンなどさまざまなものの修理を扱うお店らしい。住所表示は「大川町 8-14」だが、別の写真には古い表示も一緒に写っており、それによれば「大川町 57番地」となっている。

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写真 8:理容店(2007年5月6日撮影)

 ふたたび通りの北側に戻る。

 このお店は今回見当たらなかったので、閉店されたのではないだろうか(見落としてはいないと思うが……)。大川町 2-12。

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写真 9:喫茶BROS付近から南を見る

 この方面にはあまり来ないせいか、BROS というお店は知らなかった。正面にはリフォーム店、高台にはNHKが見える。

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写真 10:水産物検査所の金庫?(2000年4月16日撮影)

 この写真を撮ったときのことは覚えている。昔このあたりに水産物検査所があったとは、今回調べて初めてわかったことで、当時は「いったいこれは?」と首をかしげなからシャッターを切ったのだ。しかし「たしか撮ったはず」の写真がみつかるまでには、かなり時間がかかった(どうでもいいことながらコダックの200万画素コンデジで撮影)。

 運よく住所表示も写っていたので大川町 3-32 と特定できたが、昭和30年の市街案内図では水産物検査所は現在の大川町 2番地になっているから、なんらかの事情によって金庫だけこちらに移されていたのかもしれない。もちろん錆びた金庫は現在姿を消している。

【追記】上の市街案内図を見ると、昭和30年当時は同じ場所に「若松古物店」とある。ひょっとしたらこの金庫は古物店が引き取ったのかもしれない。この古物店はもはや存在しないと思うが、今回の取材時には意識して見なかったので、あらためて確認したい。


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写真 11:書道塾付近

 以前通りかかったときも書道の作品を展示していたと記憶している。今回は気づかなかったが、あとで地図を確認したところ、塾は画面左奥にあるらしい。

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写真 12:大川町 3番地

 住宅地をうろついて撮り歩くのはなんとなく気が引けるので、さしさわりのなさそうなところを一枚。

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写真 13:大川町城山通の途中から幣舞橋方向

 川沿いの道は表通り(橋南幹線通)とはずいぶん雰囲気のちがうことがおわかりいただけると思う。

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写真 14:丸進自動車から長澤商店方向

 この道路が略図中仮に設けた境界線である。長澤商店の写真は次回。

 観光案内ともなんともいいようのない中途半端な記事になってしまったけれど、ぼくは大川町については不案内なので、どうかご容赦願いたい。お詳しい方にいろいろお教えいただければ幸いである。

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Comments

大川町の記事拝見いたしました。地図の北海歯科、瀬戸山医院、クローバー乳業(現在の雪印です)覚えております。釧路石炭港運は今は大栄産業です。専売公社の所は喫茶ブロスです。崖下側は何もなかったように思います。つたや旅館は今の向かい側にありました。この通りがわたし達の大川町です。国分の床屋は閉店したようです ちなみにこの通りの裏昔アパートや安下宿屋がありこまどり姉妹も上京する前住んでいましたq

Posted by: ラスカベツ | August 25, 2026 18:55

わざわざ足を運んでくださりありがとうございました。

いやー全てが懐かしいです。
作成した地図とても分かりやすいです
つたや旅館まだ営業してたんですね(笑)

旧地図を見る限り
自分の旧住居は
宮城県物産あたりですね

(昭和30年)当時から大川町は地味で
街はずれの少し陰気な場所なのが伝わります(笑)

洋菓子店やたばこや、商店が点在して
あとはバイカーが泊まるような小さな旅館が少々
それでも今のどよっとした大川町よりは
賑わってたようですね。

>写真2-3
キャッスルホテルがいい具合のランドマークですね。
マチ外れということもあり景色は味のある
いい景色で素敵です

※学生時代どこ住んでるのかという話題の時に
誰も「大川町」といってもピンときておらず
あのキャッスルホテルあるところと言えば
みんな「嗚呼」と笑
キャッスルホテルなければ誰も知らない場所です。


>写真4
遊歩道まで住所が大川町なんて
はじめて知りました!!
夜に勉強の気分転換によくここ歩いてました。
川の向こう側にも遊歩道ありますが
散歩するなら断然大川町側のほうが静かで落ち着きますよ

>写真5
薄氷堂さんのおっしゃる通りです!!
夜にここを歩くと自分以外人間は
きれいに地球から消えてしまったのかと思うほど静かです。

>写真6-7
自分も住んでいた時に木造建築が気になり
何度も見に行きました。すごく貴重ですよね
鉄工所はともかくリフォーム店は頼む勇気が出ないですね笑

>写真8
今は閉業したんですね。。
記憶が正しければ大学時代帰省した2016年までは
営業確認できてます

>写真10
これはナイス一枚ですね!!
2000年当時は興味本位で撮った一枚が
26年越しにまさか大川町の歴史を紐解く
一枚になり得ようとは!!!!!!

>写真11
入口はつたや旅館がある通りとなってます
ほんとに入って怒られないかなと思うほど
一軒家の入り口ですよ笑

>写真12-14
今は商業施設もなにもない大川町
ただのさびれたマチ外れの住宅街
カメラ片手に歩く場所に気を使いながら
調査してくれた薄氷堂さんに脱帽です。


今回も素晴らしい記事ありがとうございました
釧路を離れ色々な場所に住み
ここにいたのなんてたかが18年間でしたが
それでもどんなに廃れていようが
その場所その道その空気
生まれ育った場所を見ると漠然とした安堵感があります。

こうやって新旧の地図と現在の状況を重ね合わせると
色々な発見や歴史を体感できて素晴らしいと思いました。

まさか自分の一言が
こんな歴史調査を見れるなんて思いませんでした。
免許返納されたのにわざわざありがとうございました。

膨大な写真データからたまたま写した大川町の写真を
見つける作業はかなり腰の折れる作業と推察します笑

最後に
>写真10には鳥肌立ちました!!!!笑

Posted by: QuantumBerry | August 25, 2026 19:38

>ラスカベツさん

 ありがとうございます。ほんとうによくご記憶ですね! 土地の古老(笑)とはまさにラスカベツさんのことです。

 今後ともお気づきの点がありましたらぜひ。

Posted by: 薄氷堂 | August 25, 2026 20:51

>QuantumBerry さん

 ご丁寧なコメントをいただきまして、まことにありがとうございます。

 実はネットからコピーした地図を参照しながら歩き、取材後に略図を作成したのですが、やはり地理が頭に入っていなかったため、ムダにうろうろし、大事なところを確認していなかったような気がいたします。

 そこで次の記事を作成する前に、もう一度歩いてみるつもりです。大川町検定1級は無理にしても、2級合格をめざしたいと思います。

> 写真10には鳥肌立ちました!!!!笑

 この建物の跡も再確認します。なぜ錆びた金庫が置いてあったのか、ここがもと古物店だったとすれば納得できますね。

 なお使用したデジカメは200万画素で、やっとメモに使えるレベルにはなりましたが、あとで細かい点を確認するためにはやはり400万画素機の登場を待たねばなりませんでした。

Posted by: 薄氷堂 | August 25, 2026 20:53

ふたたび書かせていただきます。写真10ですが今は空き地になっていますが若松雑品屋さんだった所です。息子さんと中学時代同級生でした。今でも時折スーパーで見かけます。話しかけはしませんが。

Posted by: ラスカベツ | August 25, 2026 23:29

>ラスカベツさん

 どうもありがとうございます。あやうく貴重な史実が闇にまぎれてしまう(笑)ところでした。

 これからもよろしくご指導(ご鞭撻は痛いから遠慮しておきますが)のほどお願い申し上げます。

Posted by: 薄氷堂 | August 26, 2026 22:07

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