« Daily Oregraph: 大川町あちこち その3 | Main | Daily Oregraph: 大川町あちこち その5 »

August 31, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その4

 本日の最高気温は21.7度。曇り一時晴れ。
 Okawacho_map03_20260831221001

 城山の交差点を左折し、久寿里橋通を橋に向けて進む。

1260817_24

写真 1:城山歓楽街跡地(2026年8月17日撮影)

 「空地を見せてどうするつもりだ?」とおっしゃるかもしれないが、まあお待ちなさい。あとで昔の姿をお目にかけるのだから。

 駅北口の鉄北センターあたりもやがてこうなる運命だと思うけれど、味のある飲み屋街が消滅していくのは悲しいことだ。釧路だけではない。町は次第に個性を失って、毒にも薬にもならぬ面白味のない場所へと落ちぶれるのだ。

 釧路川両岸の遊歩道だって、たしかにスッキリした景観を誇ってはいるが、以前の姿を知るものにとっては、大切なものを失ったような空虚感がぬぐえないのである。たとえばディケンズの小説の魅力であるテムズ河畔の陰気くさくゴチャゴチャした迷路を取り除き、あやしげなパブにたむろするうさん臭い連中を一掃したようなものだろうか。

2260826_18

写真 2:平出歯科から久寿里橋方向(2026年8月17日撮影)

 この写真ではむしろ向い側の城山一丁目にご注目願いたい。このへんから東側にはかつて商店が連なっていたのである。

3260817_25

写真 3:ニュータウン付近(2026年8月17日撮影)

 ややこしい話だが、すぐ隣の空き地にはかつて「ニュータウン」という料亭(たぶん)があった。

4061231a

写真 4:2006年12月31日のニュータウン付近

 これが20年前の料亭ニュータウン。隣の旅館たくぼくも今はない。

 このニュータウンというお店には、若いころ一度だけ入店したことがある。もちろんぼく一人で入るわけがない。会社の先輩のご馳走になったのである。酔っぱらっていたからよく覚えていないが、座敷に上がって大年増の芸者さんの弾く三味線を聴いたと思う。たいへん居心地が悪かったことだけはたしかである。

5260817_26

写真 5:久寿里橋通から橋南幹線通方向(2026年8月17日撮影)

 この道路の右側に赤文字で書かれた看板が見える。「栄養ステーション るーぷ」といって惣菜を扱っているらしいが、この日は閉店であった。

6260817_27
写真 6:久寿里橋通から見た大川町城山通(2026年8月17日撮影)

 なんといおうか、ずいぶん無個性な通りに見える。

7260817_28
写真 7:久寿里橋(2026年8月17日撮影)

 この橋は1981年に完成した三代目である。

 ラスカベツさんはコメントに「小生小学校入学前は木製でしたその後2度立て替えられて今のモダンな橋です」とお書きになっているが、初代が1933年、二代目が1954年完成だから、ぼくも当然二代目を何度も見ているはずなのに、記憶にないのはふしぎである。

8060312a

写真 8:久寿里橋から城山方面を見る(2006年3月12日撮影)

 2006年当時だからちょっと古いけれど、通りの左が城山1丁目、右が大川町6番地~7番地。

9260826_15

写真 9:城山1丁目(2026年8月26日撮影)

 商店街らしきものは見当たらないが……

10061231c

写真 10:同上(2006年12月31日撮影)

 このとおり2006年にはかなりのお店があった。当時城山ビルのすぐ近くには鮮魚店もあったし、ちょっとした商店街だったのである。

112002_2004a

写真 11:同上(2002年1月・2004年1月撮影)

 同じ通りを逆方向、つまり東から西に向って撮ったもの。この商店街がほぼそっくり消滅したのである。

 これこそ 'Time does fly.' というやつで、 ひさしぶりに訪れた旅人が見れば愕然とするにちがいない。変わったのは町の景色だけではなく、ホテルの部屋で鏡に映る自分を見た彼は、「まさか……これがおれの顔か」と力なくつぶやくのであった。

 -おいおい、いいかげんな話でごまかしちゃいかん。城山歓楽街はどうしたんだ?

 えらいすんまへん。長くなりそうなので、次回の歓楽街特集を待たれよ。

|

« Daily Oregraph: 大川町あちこち その3 | Main | Daily Oregraph: 大川町あちこち その5 »

Comments

今回もありがとうございました
湖陵からのモロに通学路です笑

なんだか通学してるような気がしてきました

空き地には取り壊される前の
飲み屋小路をギリギリお目にかかれました
2010年くらいまでですが
ニュータウンも夜にドアが開いて
失礼ながら完全に廃墟だと思っており
驚いた記憶があります。

>写真5
当時住んでいたマンションが写っており
感激しました
叔母に聞きましたがこのマンションは
今でこそ平凡な住人が住んでいますが
出来た当時たぶん1980年代は
飲み屋のママが一人で住むような賃料高めの
マンションだったそうです
写真右側には当時ラブホテルが建ってました
確か薄氷堂さんの過去のなんかの投稿でも
紹介されていたような記憶があります


>写真10-11
この食堂大好きで子供のころよく行ってました!!
2000年代ですらまだまだ歩く価値ありまして
思い出がいっぱいです
誰が買うのかまだ鈴木履物店だけは営業してるはず
最後に帰省したのは2022年ですが。。

大川町-城山にかけて
たくさんの投稿ありがとうございました
今の大川町はストリートビューなどでみれますが
過去の写真や記憶は絶対に自分では手に入れられないので
すごく毎度楽しいです。

次回の歓楽街楽しみにしてます!!

Posted by: QuantumBerry | September 01, 2026 00:04

写真3ニュータウンの建物小生小学校の同級生だったT君の家でした。記憶が薄れてはっきり分からないのですがお店でした誘われて遊びに行った思い出があります。建て替えてからは下宿屋をしていたように思います。それが数年前から今の名称になりました。ちなみに写真の本来のニュータウンの所数年前まで歳老いた女将がバーと言うかスマックをしていました。Nさんです。
写真7久寿里橋ですが小生小学校入学前のは初代の木の橋です。薄氷堂さんのおっしゃる2代目は狭い鉄の橋だと思います。
写真10城山ビルの隣りはきゅうさい鮮魚店でした。面白いことに戦前は高校の同級生で仲がよかったK君の祖父の家でした。
城山の街もすっかり様変わりしましたが時代の流れでしょう。小生の思いは薄氷堂さんの写真より一昔前の街並です。

Posted by: ラスカベツ | September 01, 2026 13:12

>QuantumBerry さん

> 湖陵からのモロに通学路です笑

 湖陵までだとそう遠くはありませんけど、坂がありますから上りはちょっときつそうですね。

> 2010年くらいまでですが
ニュータウンも夜にドアが開いて
失礼ながら完全に廃墟だと思っており
驚いた記憶があります。

 ラスカベツさんのコメントによると、数年前までスナックを続けておられたようですから、取り壊されたのは最近のようですね。

> 写真右側には当時ラブホテルが建ってました
確か薄氷堂さんの過去のなんかの投稿でも
紹介されていたような記憶があります

 心当たりがありますので、ダブるのを承知の上で、番外編でその写真を掲載しましょう。

> 誰が買うのかまだ鈴木履物店だけは営業してるはず
最後に帰省したのは2022年ですが。。

 ぼくの見落としでなければ、もう店を閉めておられるようですよ。

Posted by: 薄氷堂 | September 01, 2026 23:33

>ラスカベツさん

> ニュータウンの建物小生小学校の同級生だったT君の家でした。記憶が薄れてはっきり分からないのですがお店でした

 お店の名前のわかる写真を探したのですが、みつかりませんでした。

> 本来のニュータウンの所数年前まで歳老いた女将がバーと言うかスナックをしていました。

 見たところそういうお店の造りですよね。酔っぱらっていてよく覚えていませんが(?)、お座敷は二階だったかもしれません。

> 久寿里橋ですが小生小学校入学前のは初代の木の橋です。薄氷堂さんのおっしゃる2代目は狭い鉄の橋だと思います。

 おお、そうでしたか。とすれば1954年以前ですから、ラスカベツさんはぼくより少し先輩だと思います。

> 城山ビルの隣りはきゅうさい鮮魚店でした。

 はい、存じております。看板の写真を撮ってあります。番外編でお目にかけましょう。

> 小生の思いは薄氷堂さんの写真より一昔前の街並です。

 それなんですよ。ぼくの写真はほとんど1998年以降ですから、今となってはもっと早くからあちこち撮影しておけばよかったと後悔しています。

Posted by: 薄氷堂 | September 01, 2026 23:34

>見たところそういうお店の造りですよね。酔っぱらっていてよく覚えていませんが(?)、お座敷は二階だったかもしれません。
ニュータウンの建物の隣に(旅館だった所の間)和風作りの料亭があったのです。薄氷堂さんがあがったのはそこではないかと思います。
鈴木履物店(すずやと呼んでんました)店主が亡くなった後息子さん(と言ってもご高齢ですが)が数年営業していましたが1〜2年前閉店して今は更地になっています。

Posted by: ラスカベツ | September 02, 2026 01:25

>ラスカベツさん

> ニュータウンの建物の隣に(旅館だった所の間)和風作りの料亭があったのです。薄氷堂さんがあがったのはそこではないかと思います。

 たぶん両者は内部で接続していたのだと思います。ニュータウンの入口から入ったことは確かだと記憶していますので。

Posted by: 薄氷堂 | September 02, 2026 23:55

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« Daily Oregraph: 大川町あちこち その3 | Main | Daily Oregraph: 大川町あちこち その5 »