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August 31, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その4

 本日の最高気温は21.7度。曇り一時晴れ。
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 城山の交差点を左折し、久寿里橋通を橋に向けて進む。

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写真 1:城山歓楽街跡地(2026年8月17日撮影)

 「空地を見せてどうするつもりだ?」とおっしゃるかもしれないが、まあお待ちなさい。あとで昔の姿をお目にかけるのだから。

 駅北口の鉄北センターあたりもやがてこうなる運命だと思うけれど、味のある飲み屋街が消滅していくのは悲しいことだ。釧路だけではない。町は次第に個性を失って、毒にも薬にもならぬ面白味のない場所へと落ちぶれるのだ。

 釧路川両岸の遊歩道だって、たしかにスッキリした景観を誇ってはいるが、以前の姿を知るものにとっては、大切なものを失ったような空虚感がぬぐえないのである。たとえばディケンズの小説の魅力であるテムズ河畔の陰気くさくゴチャゴチャした迷路を取り除き、あやしげなパブにたむろするうさん臭い連中を一掃したようなものだろうか。

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写真 2:平出歯科から久寿里橋方向(2026年8月17日撮影)

 この写真ではむしろ向い側の城山一丁目にご注目願いたい。このへんから東側にはかつて商店が連なっていたのである。

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写真 3:ニュータウン付近(2026年8月17日撮影)

 ややこしい話だが、すぐ隣の空き地にはかつて「ニュータウン」という料亭(たぶん)があった。

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写真 4:2006年12月31日のニュータウン付近

 これが20年前の料亭ニュータウン。隣の旅館たくぼくも今はない。

 このニュータウンというお店には、若いころ一度だけ入店したことがある。もちろんぼく一人で入るわけがない。会社の先輩のご馳走になったのである。酔っぱらっていたからよく覚えていないが、座敷に上がって大年増の芸者さんの弾く三味線を聴いたと思う。たいへん居心地が悪かったことだけはたしかである。

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写真 5:久寿里橋通から橋南幹線通方向(2026年8月17日撮影)

 この道路の右側に赤文字で書かれた看板が見える。「栄養ステーション るーぷ」といって惣菜を扱っているらしいが、この日は閉店であった。

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写真 6:久寿里橋通から見た大川町城山通(2026年8月17日撮影)

 なんといおうか、ずいぶん無個性な通りに見える。

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写真 7:久寿里橋(2026年8月17日撮影)

 この橋は1981年に完成した三代目である。

 ラスカベツさんはコメントに「小生小学校入学前は木製でしたその後2度立て替えられて今のモダンな橋です」とお書きになっているが、初代が1933年、二代目が1954年完成だから、ぼくも当然二代目を何度も見ているはずなのに、記憶にないのはふしぎである。

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写真 8:久寿里橋から城山方面を見る(2006年3月12日撮影)

 2006年当時だからちょっと古いけれど、通りの左が城山1丁目、右が大川町6番地~7番地。

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写真 9:城山1丁目(2026年8月26日撮影)

 商店街らしきものは見当たらないが……

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写真 10:同上(2006年12月31日撮影)

 このとおり2006年にはかなりのお店があった。当時城山ビルのすぐ近くには鮮魚店もあったし、ちょっとした商店街だったのである。

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写真 11:同上(2002年1月・2004年1月撮影)

 同じ通りを逆方向、つまり東から西に向って撮ったもの。この商店街がほぼそっくり消滅したのである。

 これこそ 'Time does fly.' というやつで、 ひさしぶりに訪れた旅人が見れば愕然とするにちがいない。変わったのは町の景色だけではなく、ホテルの部屋で鏡に映る自分を見た彼は、「まさか……これがおれの顔か」と力なくつぶやくのであった。

 -おいおい、いいかげんな話でごまかしちゃいかん。城山歓楽街はどうしたんだ?

 えらいすんまへん。長くなりそうなので、次回の歓楽街特集を待たれよ。

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August 29, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その3

 本日の最高気温は21.0度。曇りのち晴れ。

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 当初は今回をもって大川町の記事を終了とするつもりだったのだが、大川町6番地および7番地の久寿里橋通沿いについては次回で扱うこととした。そのあたりは、どちらかというと隣接する城山地区の文化圏(?)に属するような気がするからである。

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写真 1(上):長澤商店(2007年5月6日撮影)

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写真 1(下):同上(2026年8月26日撮影)

 煙突が取り外されているだけで、ほとんど2007年当時と変わらない。かなり古い建物らしく、貴重な昭和建築のひとつで、一度見れば忘れられない印象的な外観である。

 建物には「山本商店」とあるが、現所有者は長澤商店であり、車庫入口にも「有限会社 長澤商店」と明記されている。山本商店をググってみたが手ごたえなく、長澤商店についても、ひょっとしたら漁網を扱っているお店らしい程度の情報しか得られなかった。

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写真 2:釧路川水防センター(2026年8月17日撮影)

 こういう施設があることは今回初めて知った。洪水時に備えて防災資材などを備蓄しているらしい。

 背後の褐色のビルは大川下水ポンプ場。久寿里橋が見える。

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写真 3:水防センター付近から見た久寿里橋全景(2026年8月26日撮影)

 観光名所の幣舞橋ほど有名ではないが、こちらもなかなかすぐれたデザインの橋である。これら二つの橋を巡って、川風に吹かれながら釧路川両岸の遊歩道を歩くのは、散歩コースとして悪くないと思う。

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写真 4:久寿里橋下から幣舞橋方向を見る(2026年8月17日撮影)

 明るく開けていい景色なのだが、いつも歩行者が極端に少ないのはもったいない。もっと利用されていい場所なのに。

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写真 5:弁当・惣菜店付近(2026年8月26日撮影)

 ふたたび橋南幹線通に出て東を見る。道路はすぐに斜め左に向かって大きくカーブする。

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写真 6:清華堂会館・大川町7番地バス停(2026年8月26日撮影)

 正面奥に黄色い城山ビルが見えてきた。

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写真 7:大川町7・住吉2-4交差点付近(2026年8月17日撮影)

 赤信号左側の標識が「大川町7」、右側が「住吉2-4」。ここを左折すればすぐ城山である。

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写真 8:城山1-4・住吉2-4交差点(2026年8月17日撮影)

 左折すれば城山1丁目で、このあたりが城山の中心である。中心ではあるが、今回数年ぶりに訪れて、あまりの変わりようには驚いた。多くの商店が消え去って、なにがどこにあったか思い出すのも困難なほど、かつての面影が失われていたからである。

 次回はこの交差点を左折して久寿里橋通の両側を歩き、見なれたはずの景色がどれほど残っているかを確認したい。

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August 26, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その2

 本日の最高気温は24.3度。曇りのち晴れ。

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 さて本日は物好きにも大川町をもう一度歩いて、前回撮り忘れた場所などを撮影してきたので、まずは前回の記事に追加すべき写真を掲載したい。略図の右半分の区域については次回の記事にまとめる予定である。

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写真 1:旧日銀横(北側)から見た大川町城山通

 なにごともバランスが大事だから、前回こちら側を撮っておかなかったのは、やはり手抜かりであった。

 それにしても相変わらず天気が冴えなかったのは残念だ。色がくすんで景色が陰気くさく見えてしまう。それでも釧路の涼しさはありがたい。一時間ほど歩き回っても、うっすら汗ばむほどですむのだから。30度を超す猛暑の中だったら、どこかでバッタリ倒れていたにちがいない。

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写真 2:橋南幹線通沿いの旧理容店(大川町2)

 前回はボンヤリして素通りしてしまったので、通りの向い側から撮影した。よく見ればお店の構えはそのまま残っているので、気づいてしかるべきだったのだが、看板が取り外されていたため、凡眼の悲しさ(笑)、うかうか通り過ぎてしまったのである。

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写真 3:入舟臨港通

 大川町2番地と3番地との間の短い道路には入舟臨港通という立派な名前がついていたのだが、これまた前回は見落としていた。

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写真 4:古物店跡地(大川町 3-32)

 入舟臨港通東側と橋南幹線通が接する角地には、2000年当時「水産物検査所」の金庫が置かれた木造家屋があった(前回記事をご参照)。現在単管パイプで仕切られている空地がそうである。

 金庫の上には丸めた鉄網が置かれているし、玄関の向こうには雑多なものが見えるから、ただの民家とは考えにくく、ふしぎに思っていた。その後昭和30(1955)年当時の市街案内図によって、ここには「若松古物店」が存在していたとわかり、たぶんここはそのお店だろうと推測したことは前回申し上げた通りである。

 ラスカベツさんが前回の記事にお寄せくださったコメントに「今は空き地になっていますが若松雑品屋さんだった所です」とあったことで、推測の正しさは証明された。最近「雑品屋さん」という言葉はほとんど聞かなくなったけれど、昔はふつうに使われていたからなつかしい響きがある。

 なんでも昔のほうがいい、などというつもりは毛頭ないが、こうして味のある木造建築が絶滅しつつあり、釧路に限らず町の景色がノッペリしていく一方なのは、正直残念でならない。

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写真 5:つたや旅館付近から東を見る

 この景色も残しておこうとシャッターを切った。

 これもラスカベツさんの情報だが、「つたや旅館は今の向かい側にありました」とのこと。つまり写真 4 と同じ並びにあったらしいが、昭和30年の市街案内図を見れば、このへんにはほかにも旅館や商店がいくつかあったことがわかる。それなりににぎわっていたのだろう。

 今は半分眠ったようになっている南大通も、かつては多くの商店が軒を連ねており、そのにぎわいはぼくもボンヤリと記憶している。人の短い一生のうちにこれほどの激変が起こるのだから、万物流転とは哲学書を読まなくたって自然とわかるものだ。

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写真 6:JF釧路市東部漁業協同組合

 この建物は地図によっては「中小企業協同組合」などと表示されているが、前回見落としていたので(失礼)、本日確認した次第である。大川町 1-13。

 もちろんすべてを網羅したわけではないが、これであなたもこの辺で迷子になることはないだろうから、おおいに散歩していただきたいと思う。

 次回はいよいよ略図の右半分(大川町4~7番地)である。

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August 24, 2026

Daily Oregraph: 大川町あちこち その1

 本日の最高気温は24.3度。曇りのち晴れ。

 縁あって大川町散歩の記事を書くことになったのだが、話を進める都合上略図は必要だろうから、まずは下図をごらんいただきたい。便宜上水色の点線で二分し、今回は西側部分を扱う。

 なお特に撮影年月日を示していない写真は、すべて2026年8月17日に撮影したものである。

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 いつもながらヘタクソな地図で申し訳ないが、これには理由がある。地図の著作権は70年だから、転載するには許諾を得なくてはならないのだ。既存の地図を参考にして作図するぶんにはかまわないだろうと判断した次第である。

 なお写真ファイルをチェックしていたら、昔勤務先にあった釧路市市街案内図(昭和30年11月版)からいくつか撮影したものがみつかった。こちらは70年経過しているから著作権はクリアしているけれど、まさかこんな日が来るとは予想もしていなかったので(笑)、あいにく大川町については一部しか写していない。中途半端ではあるがご参考までに(個人宅にはボカシをかけておいた)。

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 さて大川町は釧路川左岸に位置し、西は幣舞橋、東は久寿里橋まで東西約500m、南側にはすぐ高台の迫る細長い区域である。隣接する城山地区へ至る橋南幹線通は比較的交通量が多いけれど、ここを歩き通す歩行者はめったに見かけない。たいていは車で素通りしてしまうのである。

 1950年代の地図(8月20日の記事ご参照)を見れば缶詰工場など水産関連施設がいくつかあったようだが、現在まったくその面影はない。大川町は1952年以来日銀釧路支店の存在を誇りとしていたが、2013年に支店は幸町に移転し、今は建物だけが残って再利用の道はまだ決まっていない。

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写真 1:旧日本銀行釧路支店(2006年4月9日撮影)

 いかにも銀行らしく堅実そのもの、派手さはまったくないけれど、嫌味のないすぐれた建築だと思う。もちろんぼくのメインバンクなのだが(笑)、たった一度しか中に入ったことはない。

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写真 2:対岸から見た旧日銀とセンチュリーキャッスルホテル
(2006年2月5日撮影)

 旧日銀に隣接するホテルは、釧路出身の建築家故毛綱穀曠設計になるもの。この人の建築には独特のクセがあって、初めて見ても「ああ、あの人だな」となんとなく見当がつく。個人的には、機能よりもデザイン優先という印象を受け、旧日銀との対比が際立っていると思う。

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写真 3:まなぼっとから見た大川町(2010年1月17日撮影)

 高台にあるまなぼっと(釧路市生涯学習センター)の展望台から見下ろした景色である。手前が久寿里橋、上流に旭橋が見える。

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写真 4:幣舞橋から久寿里橋を見る

 この遊歩道は久寿里橋に至るまですべて大川町1番地である。

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写真 5:旧日銀横から見た橋南幹線通

 川沿いとは一変して、景色はいっぺんに地味になる。道路の右(南側)にはすぐ高台が迫っているから土地は狭く、もともと商店街の発達は望めなかったと思う。

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写真 6:リフォーム店・鉄工所・つたや旅館

 リフォーム店と鉄工所は純然たる昭和建築で、非常に印象的だからぼくも昔から知っている。2000年代前半ころまで市内のあちこちに残っていた木造建築は現在ほとんど姿を消しつつあるので、たいへん貴重な存在だと思う。

 昭和30年の市街案内図には現在の 3番地に旅館が二件掲載されているし、つたや旅館も老舗の一つなのではないかと思う。

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写真 7: リフォーム店

 上の写真にもあるリフォーム店を別の角度から。こちらは靴・カバンなどさまざまなものの修理を扱うお店らしい。住所表示は「大川町 8-14」だが、別の写真には古い表示も一緒に写っており、それによれば「大川町 57番地」となっている。

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写真 8:理容店(2007年5月6日撮影)

 ふたたび通りの北側に戻る。

 このお店は今回見当たらなかったので、閉店されたのではないだろうか(見落としてはいないと思うが……)。大川町 2-12。

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写真 9:喫茶BROS付近から南を見る

 この方面にはあまり来ないせいか、BROS というお店は知らなかった。正面にはリフォーム店、高台にはNHKが見える。

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写真 10:水産物検査所の金庫?(2000年4月16日撮影)

 この写真を撮ったときのことは覚えている。昔このあたりに水産物検査所があったとは、今回調べて初めてわかったことで、当時は「いったいこれは?」と首をかしげなからシャッターを切ったのだ。しかし「たしか撮ったはず」の写真がみつかるまでには、かなり時間がかかった(どうでもいいことながらコダックの200万画素コンデジで撮影)。

 運よく住所表示も写っていたので大川町 3-32 と特定できたが、昭和30年の市街案内図では水産物検査所は現在の大川町 2番地になっているから、なんらかの事情によって金庫だけこちらに移されていたのかもしれない。もちろん錆びた金庫は現在姿を消している。

【追記】上の市街案内図を見ると、昭和30年当時は同じ場所に「若松古物店」とある。ひょっとしたらこの金庫は古物店が引き取ったのかもしれない。この古物店はもはや存在しないと思うが、今回の取材時には意識して見なかったので、あらためて確認したい。


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写真 11:書道塾付近

 以前通りかかったときも書道の作品を展示していたと記憶している。今回は気づかなかったが、あとで地図を確認したところ、塾は画面左奥にあるらしい。

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写真 12:大川町 3番地

 住宅地をうろついて撮り歩くのはなんとなく気が引けるので、さしさわりのなさそうなところを一枚。

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写真 13:大川町城山通の途中から幣舞橋方向

 川沿いの道は表通り(橋南幹線通)とはずいぶん雰囲気のちがうことがおわかりいただけると思う。

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写真 14:丸進自動車から長澤商店方向

 この道路が略図中仮に設けた境界線である。長澤商店の写真は次回。

 観光案内ともなんともいいようのない中途半端な記事になってしまったけれど、ぼくは大川町については不案内なので、どうかご容赦願いたい。お詳しい方にいろいろお教えいただければ幸いである。

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August 20, 2026

Daily Oregraph: 古い写真を探して…… その2

 本日の最高気温は26.4度。曇り。

 先日いただいたコメントの中で純喫茶「フィレンツェ」が話題になっていた。今日も写真ファイルを漁っていたら、2006年5月17日同店を訪れたときの写真がみつかったので掲載したい。

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 この日は二階席を利用したのだが、見てのとおり客はぼく一人だけだったようだ。内装はたいへんシックでソファも上等である。

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 たくさんあった「純喫茶」はマチ中からほぼ消え去ったけれど、「リリー」だけは昔のまま営業をつづけている(写真は2006年4月9日撮影)。今となってはとても貴重な存在なので、ぜひ一度訪れていただきたいと思う。

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 さて本日のエモい写真だが、亡父の遺したもの。日付不明なるも、1950年代(たぶん初めころ)なのはまちがいない。ネガのメモによれば、場所はなんと大川町である。画面左端の旗か幟に「なんとか市場」とあるが、文字が途切れて読めないし、現在「市場」に類する場所はないから、どの辺か特定はできない。

 特製アイスクリームとビールや焼酎の同居するホールとはビックリだが(笑)、こういう時代もあったのだなあ……

【8月22日 追記】1994年発行の『釧路叢書 第30巻 釧路港』に昭和27~28年頃「大川町市場」が存在していたことを示す地図があったので、ご参考までに転載しておく。
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August 17, 2026

Daily Oregraph: 古い写真を探して……

 本日の最高気温は25.9度。曇りのち晴れ。

 今朝は旧日銀釧路支店(移転して現在は幸町)を起点に大川町を歩いてきたのだが、ご存じのとおり、大きい建物はすぐ近くでは撮影しにくい。そうかといって、わざわざ通りの向こう側へ移動するのは面倒である。

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 そこで昔の写真を探してみたら、あった、あった、しょうもない写真の宝庫(ガラクタ倉庫)ともいうべきハードディスクの中には、何枚かの写真が残っていた。上の写真は2006年8月7日にデジタル一眼レフで撮影したもの。たまには夕景も悪くはないと思う。画面右端が日銀釧路支店、その隣がキャッスルホテル、高台にはNHKのタワーが見える。

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 ついでにいなり小路のまんじゅう屋が営業中だったころの写真(2002年4月27日フィルム一眼レフにて撮影)もみつかったので掲載しておきたい。左側にシャレたお店があるけれど記憶にないのは、野暮な男にとってはまんじゅうの引力のほうが強力に働いたからだろう。

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 さらにまんじゅうの値段がわかる写真(2006年10月29日 デジタル一眼レフ)も発見。史学科のみなさまには参考になると思う(笑)。ぼくの高校生時代はもちろんもっと安かった。

 なお2003年まではフィルム一眼レフとコンパクトデジカメを併用していたのだが、2004年には主力をデジタル一眼レフへ切り替え、2005年には完全にデジタルへ移行した。一眼レフともなればデジタルは写りも十分だし、フィルムは金がかかってしかたがなかったからだ。

 さて大川町界隈の古い写真をみつけるのはもう少し時間がかかりそうだ。なにしろハードディスクの写真は膨大な量にのぼるし、このあたりはめったに歩かなかったから写真がきわめて少なく、じっくり探してみるつもりである。

【付記】いま気づいたのだが、2枚目の写真は2011年12月16日掲載の「いなり小路いまむかし」という記事にも掲載されている。しょうもない写真をむやみに撮って、数えきれないほど駄文を書いていると、いつどの写真を使ってなにを書いたかわからなくなってしまう。けっして認知症のせいではない(と信じたい)。

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August 14, 2026

Daily Oregraph: 旧丸井今井周辺 2000年夏

 本日の最高気温は25.0度。曇りのち晴れ。

 2000年の夏にフィルム一眼レフで撮った北大通・旧丸井今井付近の写真を掲載するにあたり、現在の景色と比較するとおもしろいのではないかと思って、午前中にマチへ出かけてきた。(午後からは晴れたのだが)あいにく曇り空だったため色は冴えないけれど、まずはお目にかけたい。

 できるだけ撮影範囲は同じになるよう心がけたが、やはりぴったりとはいかなかった。その点はどうかご容赦いただきたい(撮影地点・方向については略図ご参照)。なおいずれも当時の写真の下に本日撮影したものを掲載している。

① 山下書店・くしろデパート(2000年7月15日撮影)

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 どちらも姿を消して今はマンションが建っているけれど、さとう洋品店さんの建物は健在である(本日はシャッターが閉まっていた)。旧丸井今井(丸三鶴屋)もさることながら、山下書店あるがゆえにマチに通ったという方も少なくなかったはずである。

② マルカツからいなり小路へ(2000年7月26日撮影)

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 正面奥がいなり小路の入口で、すぐ右にはまんじゅう屋があった。いなり小路にはラーメン屋など食堂がいくつかあって、思い出深い場所だったが今や跡形もなく、出口にある商店のみ当時のまま営業をつづけている。

 まんじゅう屋は現在空き店舗だが、ぼくは高校生時代マチへ行くとよくここでアンマンを食べた。蒸したてのまんじゅうには熱々のほうじ茶のサービスがあり、どちらもべらぼうにうまかった。

③ 丸井今井本館前(2000年8月5日撮影)

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 本来なら今年も港まつり踊りパレードの当日(8月8日)に撮影して比較すべきだったが、すでに昔日の元気を失って(笑)人ごみを敬遠し、さびしい写真になってしまった。

④ 十字街から見た丸井今井(2000年7月26日撮影)

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 北大通と国道44号線が直交するので十字街というのだろう。貸金業者が中心街から撤退したことは景観上喜ぶべきことだと思うが、(この写真には見えないけれど)北洋銀行の向い側の千秋庵跡地が現在コンビニというのはさびしい。ここは一等地のはずなのだが……

⑤ 丸井今井本館裏手から新館方向(2000年8月12日撮影)

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 喫茶フィレンツェも今はなく、丸井今井新館横にずらりと並んでいた客待ちのタクシーは、魔法をかけたかのように消えてしまった。人の流れが完全に変わってしまったのだ。当時はここに来れば確実にタクシーに乗れたのだが、今や街中でタクシーを拾うのは至難のわざである。

⑥ 丸井今井新館前から北大通東家方向(2000年8月12日撮影)

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 ここも大きく変わった。人のにおいが希薄になり、まるで別の街に来たような気分になる。画面左手に PACHINKO の看板が見えるけれど、今はない。もちろん映画館などとっくの昔に消え去っている。

 マチがマチでなくなったのは釧路にかぎらず地方都市共通の現象かとは思うが、これで本当にいいのだろうか。もし郊外型の大型スーパーが撤退すれば、あとにはなにが残るのだろうか? フーフーいって熱いお茶をすすりながらアンマンを食う店もなくなってしまったしなあ(笑)。

 最後に写真を撮影した場所とレンズを向けた方向を略図で示しておくので、ご参考までに。

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August 11, 2026

Daily Oregraph: エモい写真 その2

 本日の最高気温は22.9度。曇りのち雨。

 前回の記事へ QuantumBerry さんがお寄せくださったコメントに、旧丸井今井新館が言及されていたので、古い写真ファイルから探した写真をお目にかけたい(以前掲載したことがあるかもしれないことをお断りしておく)。

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 これは前回の写真よりも前進した位置から、2000年7月15日にフィルム一眼レフで撮影したもの。左側の建物が旧丸井今井の本館、右側奥に「丸井今井」と見える建物が問題の新館である(当時はどちらも営業中)。前回の写真では「Kute (?)」という文字に変わっている。所有権が移転したのだろうと思うけれど、詳しい事情はぼくにはわからない。気づかぬうちに変わっていたのである。

 この新館は2027年から28年にかけて解体される予定だそうだ。建物の傷みがひどくて危険個所もあるため、解体は歓迎すべきことだと思う。新館跡地の利用については未定らしいので、本館の行く末がどうなるかも含めて今後注目である。

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 さて本日のエモい写真はこちら。バス停の向い側のビルこそ、丸井今井が引き継ぐまで長らく「マルサン」として市民に親しまれたデパート丸三鶴屋である(当時はまだ新館はなかった)。マチに出れば必ず丸三に行ったという方も少なくないと思う。

 この写真は日付不明ではあるが、亡父が1950年代末か1960年代初めに撮影したものである。十字街という地名は今も使われているが、「東邦交通」は現在「くしろバス」。

 この写真がエモくないというのであればなにがエモいのか(笑)、ぼくにはわからない。

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August 09, 2026

Daily Oregraph: マチに人が……

 本日の最高気温は26.0度。曇りのち晴れ。

 くしろ港まつり最終日。気温26度ともなれば夏らしい気分になる。住宅街ではめずらしくセミの鳴き声が聞こえた。

 昨日は市民踊りパレードがあったけれど、ぼくは祭りにはもともと縁がないし(昔々浴衣を着て踊りパレートに参加したことがあるというのは内緒である)、人出が多すぎるのは苦手なので敬遠しておいた。しかしたまには街中を人々が行きかう光景を見たい気持ちもないではない。

 そこで本日は午後から音楽パレードがあるから、午前中ならさほど混雑してはいまいと予想して、ちょっとだけ見物に出かけることにした。

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 国際交流センター前の広場には露店が並び、家族連れでにぎわっていた。予想的中して大混雑というほどではなかったが、衰えたりといえども道東の拠点都市だけあって、やはりイベントさえあれば人々は集まってくるのである。たまにはこういう光景もいいものだ。

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 ああ、北大通が「マチ」と呼ばれていた頃は、ふだんでもこのくらいの人出はあったのだ。いくらぼくが混雑ぎらいとはいえ、マチがさびしすぎるのは悲しいことだ。いっそ港まつりを毎月開催してはどうだろうか(笑)。 

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August 07, 2026

Daily Oregraph: 立秋

 本日の最高気温は22.3度。曇り。

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 立秋。曇りだが午前中は青空の広がる時間もあった。ひさしぶりに出世坂を下って、ちょっとだけ街を歩いてきた。

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 写真を見れば暑そうだけれど、歩いているうちにうっすら汗ばむ程度なので、まずは快適であった。明日の予想は25度だから、多くの釧路人が暑さを感じるはずだ。万一35度にでもなろうものなら、街行く人々はバタバタと倒れるにちがいない。

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 近所の空き地では、またしても十頭ほどのエゾシカの群れがムシャムシャ草を食っていた。もちろんクマやイノシシとはちがってごくおとなしいのだが、エゾシカは図体がでかいから、このくらいの距離で相対するとちょっとひるまざるをえない。日本中で野生動物が市街地に出没しているという事態は、この国の弱体化を象徴しているような気がする。

 ところでこのシカたちは、どこで水分を補給しているのだろうか? いくら植物中に水分が含まれているといっても到底足りるわけはないから、どこかで水を飲んでいるはずだけれど、この近くでは場所が思い浮かばないのである。

 え、連中を追跡して水場を確認しろとおっしゃるのですか?

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August 03, 2026

Daily Oregraph: 37.5度の思い出

 本日の最高気温は21.6度。晴れ。

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 予報どおりの上天気であった。気温は昨日よりほんの少し上がっただけなのに、歩いているうちにうっすら汗ばんできたから、ほんの1~2度のちがいでもバカにはできないものだ。

 最近ではあたりまえの35度以上の暑さなど、25度以上になると暑さを感じる釧路市民の想像をはるかに超えている。半世紀以上も昔に京都で経験した37.5度というのがぼくの最高記録だけれど、エアコンはもちろん扇風機もない室内は40度を軽く突破し、気息奄々、窓を開けても熱風が入ってくるのだからやりきれない。最後の手段として近所の喫茶店に避難したことを記憶している。

 当時の自販機にはミネラルウォーターや麦茶などという人畜無害な飲料を売ってはいなかったから、水分補給はもっぱらコカ・コーラであった。体にいいも悪いもない。冷蔵庫がない以上、熱中症で死にたくなければ、冷たいコーラを買っては飲み買っては飲みするしかなかったのである。

 それを思えば釧路は別天地、まことにありがたいことだ。

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 散歩のついでに相生坂(西側)下のミヤマニガウリに挨拶してきた。最近草刈りが行われたらしく、無残にも群落は姿を消して、わずかにいくつか残るのみであった。この植物の値打ちを知る人が少ないのは残念である。

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 草刈りといえば、わが裏庭にある猫の額ほどの畑はこのように原野と化していた。地面がまったく見えないのだから驚く。気乗りせぬまま二週間以上放置していたらこうなったのである。どうせ刈ったところでひと月ももたないのだから、今年は方針を変えて、秋の終わりまでこのままにしておこうと思う。

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August 02, 2026

Daily Oregraph: 夏の街歩き

 本日の最高気温は20.0度。晴れ。

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 釧路川右岸。散歩にも好適な気持のよい場所なのだが、イベントでもなければ人は集まらない。今日は天気もよく、どこかに腰かけてボーッとしているのも悪くはないと思うけれど、それができないのはわが国民性なのだろうか。

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 北大通はふだんより人出が多かった(これでも多いほうなのである)。日曜日だからというわけではない。勤め先はもちろん市役所や銀行も休みだし、買い物客のほとんどは車で大型スーパーに出かけるから、日曜日は閑散としているのがふつうなのである。

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 観光シーズンだからだろうか、釧路駅駅舎内は思いのほかにぎやかであった。有名な釧路の涼しさを求めて訪れる旅行客も少なくないのだろう。駅前で日傘をさしている女性をみかけたが、写真を見れば暑そうだけれど、なにしろ最高気温20度(このときはたぶん19度)なのだから、だれも汗ひとつかいてはいない。

 明日も予報は晴れ。予想最高気温約22度だから、また散歩に出ようと思う。暑さに苦しむみなさまには申し訳ないが、短い夏を楽しむのは釧路市民の数少ない特権なのである。

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