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August 28, 2015

Daily Oregraph: ロンドン版味噌買い橋

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 -さあ、みなさん、今日は教科書を閉じて、紙芝居ですよ。

 -わーい、どんなお話ですか、先生?

 -イギリスの味噌買い橋のお話です。

 -へえ……? でも、どうしてサンマの絵が最初に出てくるんですか?

 -それにはいろいろ事情があるのです。君たちも大人になればきっとわかります。

 そういって先生が話しはじめたお話の出所は昨日の記事と同じ。正確な題名は「スウォファムの行商人」、まだロンドン橋の上に木造の家が建ち並んでいた頃(1832年以前)の話である。この話は東洋から西へ伝わったものらしい。

 では、はじまり、はじまり。

 昔ロンドン橋の上に端から端まで店が建ち並び、そのアーチの下に鮭が泳いでいた頃のこと、ノーファクのスウォファムに貧しい行商人がおった。暮らしを立てるのに苦労して、荷を背負い足元には犬を従えてとぼとぼ歩き回っておったから、一日の仕事が終ると、やれうれしやとばかり座りこんで眠るのであった。さてある夜のこと、夢にロンドンの大きな橋が現れて、そこへ行けばいい知らせがあるぞという声が聞こえた。男はそんな夢など取り合わなかったが、次の晩も同じ夢を見たし、三日目の晩にもまた見た。

 そこで男は「こりゃあどんなことになるか、試してみねばなるまい」と考えて、ロンドンへ向かってテクテク歩いていった。長い道のりだったから、大橋の前に着いて左右に並ぶ高い家々を目にし、川の流れや行き来する船を垣間見たときには実際ホッとしたのだった。男は日がな一日橋を行ったり来たりしたが、これはということをなにも耳にしなかった。そこで翌朝もう一度橋に立ってじっと見てから、あらためて端から端まで行ったり来たりしたのだが、なにも見なければ聞きもしなかった。

 こうして三日目になり、またしても橋に立って眺めていると、すぐ近くの店の主人が男に声をかけた。

 「あんた、なんでそうボーッとして突っ立っていなさる。なにか売り物はないのかね」

 「なにもありませんので」

 「そんなら施しものを乞いなさらんのかね」

 「いや、食っていけるうちはまだ」

 「じゃあ聞くが、あんたなんでここにいなさる。どんな用事がおありかね」

 「実を申しますとな、ここに来ればいい知らせがあるという夢を見まして」

 これを聞いた店の主人は大笑いした。

 「なんと、そんなばかげた用事で旅に出るとは、あんた、途方もないたわけじゃて。いいかね、田子作どん、そりゃわしだって夜には夢も見るし、ゆうべなどはスウォファムへ行った夢を見ましたぞ。まったく知らん土地だが、たしかノーファクだったか。なんでもわしは行商人の家の裏手にある果樹園にいて、そこには一本の大きな樫の木がある。わしがその木の下を掘ると、たいした宝物が出てくるのさ。だがこのわしが、そんな夢を真に受けて、はるばるしんどい旅をするような馬鹿だとお思いなさるかね。とんでもないこった。知恵のあるもののいうことを聞きなされ。国に帰ってご商売に励むことだ」

 それを聞いた行商人は一言もいわなかったが、内心大喜びで国にとって返し、大きな樫の木の下を掘ってみると、莫大な財宝がみつかった。男は大金持になったが、それを鼻にかけて務めを忘れることはなかった。スウォファムの教会を建て直した男の死後、町の人々は、荷を背負い足元に犬を従えた行商人の石像を教会の中に建てたのであった。それが嘘でない証拠に、石像は今でも立っている。

 -どうでしたか、みなさん。

 -その行商人のおじさんはえらいと思います。お金持になってもみんなのためにお金を使ったんですから。

 -そうですね。どこかのえらいお人は「貧乏人は成功した金持をうらやむな」といいましたが、だれもそんな冷たい心の人の石像を建ててはくれませんよね。将来お金持になっても、みなさんは決しておごった気持になってはいけません。

 -はーい。

 あれれ、文科省推薦の道徳の時間になってしまったようだ。おかしいなあ(笑)。

【追記】

 地図で確かめたところ、ノーファク州(Norfolk)のスウォファム(Swaffham)からロンドンまでは直線距離で約160キロ。昔の人は健脚とはいえご苦労なことだ。無駄足にならなかったのはなによりである。

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Comments

は~い、私もお金持ちになった時にはおごって、人様に酒をおごったりしないようにします(薄氷堂さんだけは特別におごりますよ)。人様に物をほどこすなんて、ほんに傲慢な振る舞いですからね・・・なんて、ね。

あ~あ、何時になったらお金持ちになるんでしょか?

Posted by: 三友亭主人 | August 29, 2015 21:29

>三友亭さん

 ハハハ、そっちのおごりならいいんですよ。

> 何時になったらお金持ちになるんでしょか?

 う~む、それが問題ですよね。結局は空しい夢を見ずに、ご商売に励むことです(笑)。

Posted by: 薄氷堂 | August 29, 2015 23:09

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