Daily Oregraph: ジンはストローで?
春採湖畔を歩く人々の服装に変化が現れた。風が冷たいのである。そろそろぼくも手袋を用意したほうがよさそうだ。
さて『月長石』はいよいよ面白くなってきた。
The Diamond is gone!
さあ、えらいことになった……といっても、そうならなくては小説が500頁もつづかないのだが(笑)。
実は推理小説というのはあまりお勉強には向いていない。早く先が知りたさに、つい細かいところはすっ飛ばして読みがちだからである。経験的にいって、筋を追うだけなら、70点以上の実力があれば、さほど大きなまちがいもなく読めるだろう。
そこをじっとこらえて丁寧に読んでも、コリンズの文章は平明だから、ずいぶんはかどる。これまでの作品に比較すると、ノートを取る箇所が明らかに少ないのである。しかしいくら文章が平易だとはいえ、解釈に窮することはある。たいていは風俗習慣に関するものが多い。辞書にあたればわかることもあれば、わからないこともある。
今日読んだところでは、to draw me like a badger なんてのは、みなさまにも興味がおありだろうと思う。「アナグマみたいに私を引っぱり出す(ために)」というのは、一体どういう意味だろうか?
(以前どこかに書いたけれど)いまでこそ動物愛護を看板にして日本人を野蛮人呼ばわりしているイギリスだが、昔は動物いじめの本家であった。たとえば bear-baiting のように、鎖につないだ熊に犬をけしかけていじめたりしていたのだが、上の表現もその仲間である。
辞書を引くと、badger-drawing(またはbaiting) というのがあって、これは穴(樽)の中にいるアナグマに犬をけしかけて、外へ引っぱり出すのである。追い出されたアナグマは犬に責められてひどい目に会うわけだ。悪趣味といおうかなんといおうか、あまり英国の名誉になる話ではない。
だから draw the badger というのは一種のイディオムになっており、アナグマや敵を外へ誘い出す、つまり逃げ場のないところへ引き出してなぶる、という意味である。原文は省略するが、全体としては「あなたを外にお連れしたのは、あなたに質問責めにされるためではなく、あなたにお聞きしたいことがあるからです」というほどの意味だろう。
正直は美徳だから(笑)、未解決の例を挙げよう。漁師のおかみさんが、ふたりの来客にお酒を出す場面である。
彼女はオランダ製のジンの瓶と、きれいな pipe をふたつ、テーブルの上にトンと置いた。
さあ、このパイプはいったいなんだろうか? ジンを出してお飲みなさいというなら、グラスかカップを置くのがふつうであろう。しかし辞書をひっくり返してみても、 pipe にそんな意味はない。パイプなんだから(煙草を吸う)パイプだろうという説も一応は検討してみたけれど、そんな風習がある(あった)とは考えにくい。
思うにパイプとは管である。管には太いのも細いのもある。細い管にはどんなものがあるかというと、そう、ストローもその一種だ。OEDにも、「植物の茎などのように、さまざまの管状、筒状の自然物」とある。
というわけで、文章中のパイプは麦わらストロー(麦わらではないストローが工業化されたのは1888年らしい)であろうという考えに傾いているけれど、問題はグラスやカップならともかく、瓶に直接ストローを突っこんでジンを飲むものかどうか、である。ネット検索すれば、いずれわかるかもしれない。
あるいはぼくの考えすぎで、正解はとんでもないところにあるのかもしれないが、こういう恥ならいくらかいてもかまわないと思っている。
このようにいったん疑問を抱えると途方もない時間がかかるから、適当なところで手を打たなくては先へ進めないわけだ。100点なんてしょせん無理なんだから、80点主義でいこう、とぼくのいう意味がおわかりいただけるかと思う。
【追記】
ひょっとして見落としはないかと思い、いまざっと読み直してみた。しかし客が一口だけジンを飲んだとは書かれているけれど、パイプあるいは麦わらについては触れられていない。
ただし「ジンの瓶から (out of the Dutch bottle)」という表現が二度も出てきている以上、ラッパ飲みではなく(まさか?)、グラスもないとすれば(ふつうグラスにつげば明記されるはず)、麦わらの可能性は非常に高いと思う。
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