Daily Oregraph: 宿酔絵日記 11/22~11/26
11月22日(火)
21日に引きつづき、強い西風が吹き荒れる。夕方には多少おさまったけれど、沖に船体の一部が見える貨物船は結局接岸を見合わせたらしい。
11月23日(水 勤労感謝の日)
観月園跡を歩いた帰り道の一枚。このあたりは古くから開けた土地だけに、こういう廃屋が散見される。
11月24日(木)
写真なし。だからなにをしたのかも忘れてしまった(笑)。ぼくにとっては写真は正気を保つ手段でもあるのだ。
最近ますます固有名詞を思い出すのもつらくなったし、棺桶に足を一本半突っこんだような気分である。先日も幸田露伴の名前がなかなか出てこなかった。「露」の一字しか浮かんでこないのである。まずい。非常にまずい。
11月25日(金)
図書館へ行ったら休館。
やむなく用事もないのに生涯学習センターへ入ったら、船越保武さんの女性像が目を惹いた。これは幣舞橋上の「春」の像と同じものではないだろうか。
この距離、この角度から見るのははじめてだが、おお、すばらしいじゃないか。いつもいうように、やはりこういう像は高い場所に置いてはいけないと思う。テキトーにシャッターを切ったわりには、いい表情が撮れたと思う。
ついでだから、最上階の展望台へ上ってみた。目的は先日訪れた根室本線鉄橋付近の撮影である。標準ズームだから、問題の部分をトリミングしてみよう。
鉄橋の上を普通列車が通過している。こうして見ると、鉄橋の向こうは再開発をまぬがれ、昔のままのようだ。そのうち取材したいと思う。
11月26日(土)
紫雲台へ行ったついでに、興津のズリ山全景を撮影。11月5日にご紹介した昆布干場の端から撮ったものである。
人工のズリ山も歳月の経過とともに風景に溶けこみ、だんだん自然の丘のように見えてきたようだ。
なお11月5日の記事でご紹介したトンネルの口のようなものは、先日スコップさんにお聞きしたところ、かつて採炭された太平洋炭礦興津坑に関係するのかもしれない。通気に使われたものかもしれないというのである。
ご参考までに別ショットを掲載しておこう。
2011年11月3日撮影
なるほど大きいダクトのようにも見える。右下の開口部もそうなのだろうか。いや、ひょっとしたら邪馬台国の遺跡かもしれないね(笑)。
先日強風が吹き荒れたので、念のため裏庭へ行ってみると、板塀の板が一箇所外れていた。応急処置としてありあわせの板で固定しておいたが、来年はちゃんと手を入れなくてはいけない。まいったなあ。
それよりも気になったのが、塀から顔を出している赤い実。バラの実である。確認してみると、去年あれだけバッサリ剪り払ったのに、枝が一本伸びに伸びていたので絶句。
来年は仕事がどっさり待ちかまえているようだ。まいったなあ(笑)。
バラの実を観察した。タネは全部で5個だったが、1個どこかへ転がってしまった。
こいつは白バラなのだが、生命力きわめて旺盛なところをみると、野バラ系なのかな。
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Comments
いやあ邪馬台国は釧路でしたか・・・
私はてっきり私の地元かと思っていましたが、これだけはっきりとした映像証拠があるのでは(笑)・・・
それにしても珍妙な光景ですね・・・
Posted by: 三友亭主人 | November 26, 2011 22:12
>三友亭さん
はい、東大も京大も九大も、みなまちごうとりますばい。
もうひとつの証拠は興津のズリ山でして、実はね、あれは巨大なる古墳なんです。ウソだとお思いなら、虚心に写真をごらんなさい(笑)。
Posted by: 薄氷堂 | November 26, 2011 22:49