June 17, 2019

Daily Oregraph: Money Talks (最終回)

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 「話せばわかる」とはよくいわれることばである。暴力をふるわなければ警察は出動しないのだから、労働者側はあくまでも平和的に交渉すべきだ……当然そういう意見も出てくるだろう。穏当な意見である。実際に、

 ストの参加者たちは、リーダーや新聞の助言に従って、平和的に闘いを進めていた。目立った暴力沙汰は起こらなかったのである。(第44章 以下同様)

 しかし一日ごとに運行される電車の数は増え、会社側からはストは無力だとする声明が次々と発せられる。これに怒った労働者たちは、結局平和的なやりかたをつづけていては会社を利するだけで、いずれすべての電車が運行されれば、自分たちは見捨てられると考え、ついにスト4日目には実力行動に打って出る。

 突然彼らは燃え上がった。一週間というもの激動と緊張とがつづいた。電車は襲撃され、乗務員たちは襲われ、警官は組みつかれ、レールは引きはがされ、銃声が轟き、とうとう路上では乱闘や暴動が頻発し、町はミリシアに包囲されるに至った。

 とまあ、大変な事態になったわけだが、そんなこととはつゆ知らず、電車の運転技術を仕込まれていたにわか運転手は、いよいよ電車を出発させることになった。電車には護衛の警官二名が同乗する。

 あぶなっかしい運転で街角を曲がると、ひとりの少年が「スキャブ! (Scab!)」と罵声を浴びせる。スキャブというのは、スト不参加者やストによって生じた欠員を埋める労働者のことをいう。ようするに「スト破り」という意味だが、語感としては「ブタ野郎」あたりが近いんじゃないかと思う。

 次の角では六人ほどの男達がヤジを浴びせる。さらに三四丁ほど進むと、線路に置き石があって電車を止めると、スト参加者やそのシンパの集団が説得をはじめる。

 「あんた、電車を降りなよ」と一人がもの柔らかにいった。「あんただって人様のおまんまを取り上げたかないだろう?」

 そこに同乗の警官が割って入って、言い合いがはじまり、ちょっとした騒ぎになる。

 「どかんか!」と警官は叫んで、警棒を振り回した。「脳天に一発くらわすぞ。どけ!」

 そしてほんとうに一発食わすと、だれかが警官に拳固をお見舞いする。幸い大事には至らず、置き石を片づけていると、群衆からは「貧乏人から仕事を奪うスキャブ野郎め!」などと、さまざまな罵声が浴びせられる。

 置き石を片づけ終って電車を発車させようと、

 二人の警官が運転手のとなりに乗り込み、車掌がベルを鳴らすと、ドスンドスンと音を立てて電車の窓や乗降口から大小の石が飛び込んできた。石のひとつはぎりぎりのところでハーストウッド(運転手)の頭をかすめた。もうひとつの石は背後の窓を粉々に割った。

 こんなことが一日中つづくのだからたまらない。さらに描写はつづき、一気に読ませるところなのだが、途中そっくり省略して、車庫に戻る寸前では群衆が押し寄せ、運転手は引きずり降ろされ、警官との間でなぐる蹴るの乱闘になる。かくして大混乱のうちにこの日は暮れる。

 さてもうお気づきのとおり、ストを打つのも貧乏人なら、スト破りして電車を動かすのも貧乏人、そしてストを鎮圧する現場の警官も(貧乏人とはいえないとしても)しょせんは安月給取りにすぎない。

 「貧乏は自己責任だ」などといって涼しい顔をしている連中は、けっして現場に姿を現わしはしない。現場では、三者とも目の前のわかりやすい相手を敵とみなして互いに傷つけ合っているわけだ。つまり損をするのは貧乏人ばかりである。

 しょせん昔の小説中の話じゃないか、というのはあたらないだろう。現在では貧乏が底上げされたというだけで、基本的にはたいして変っていないのだから、よく現実を見たほうがいい。さまざまな手を用いて、生活保護受給者をののしらせ、けっして贅沢などしていない大多数の年金受給者を憎ませ、堅気に暮している在日朝鮮・韓国人たちのありもしない在日特権を非難させようとする。つまり貧乏人を分断することで得をするのは誰なのか、お互いよく考えたほうがいいんじゃないかと思う。

 おっと、いつの間にかドライサー先生の調子が伝染してしまったらしいけれど、ちょっと立ち止まって、「あれはほんとうかしら?」と、なにごとも一度は疑ってみる人がひとりでも増えてくれるとうれしいのだが……

【付記】本日の写真は、(たぶん)運動会の練習風景。記事の内容とはまったく調和しないけど、不協和音にも味がある(?)。

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June 15, 2019

Daily Oregraph: Money Talks (3)

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 実はこの小説、ストのドキュメンタリではないので仕方がないけれど、結末がどうなったかまでは書いていない。それを承知でお読みいただきたいと思う。

 さてストライキが始まると、会社側も黙ってはいない。電車を運行させようとするのだが、これは一種のいくさなのだから、それは当然だろう。しかし人員がいなくては電車は走らないので、会社側はまずこう通告する。

 職場放棄した諸君のうちには心ならずもストに参加した者もいるだろうから、いついつまでに申し出て当方の条件を呑めば復職を認め、身分も保証する。しかしこれに応じない者は解雇し、その欠員を新たに採用して補充するから承知のこと。

、その一方では新聞広告を出して、運転手経験のある人材を募集するのだが、おいそれと必要数の経験者がみつかるわけはない。実際には素人をごく短期間で訓練し、にわか運転手に仕立て上げて電車を走らせるという無茶な芸当をする。

 前回も書いたように、貧乏人にも等級があって、広告に応募するのは職がなくて食いつめた連中、つまりほとんどが下級貧乏人である。どうかすると内心ではストライキに同情していたりして、好んでスト破りしようとは考えてもいないのだが、文無しだからそんなことをいう余裕などないというわけだ。

 ここから先はぼくの感想をまじえていることをお断りしたうえで……

 会社側には資金がある。当然宣伝力もある。秩序の名の下に、警察も味方してくれる。やがてはミリシア(militia 民間人による武装組織)も動員される。つまり最終的にはお国が面倒をみてくれるということだ(ここは大事なポイントだろう)。

 一方のストライキ側は、消耗戦になれば資金が枯渇する。もしマスコミがデマや大本営発表を大量に垂れ流せば、資金不足の彼らは宣伝力においても圧倒的に不利である。市民の支持や協力が得られなければ、たちまち孤立する。負ければ首になって一家が路頭に迷う。警察やミリシアが相手では戦力的にとても勝ち目はない。なにしろ秩序の本家である国を敵に回すのだから絶体絶命である。それを承知の上でストに入ったのはよくよくのことだと考えなければならない。

 とまあ、緊迫した情勢になったわけだが、ストの結末がわからないのはいかにもじれったい。それなら歴史の勉強をすればいい……ことは承知しているけれど、う~ん、今度はアメリカ近現代史かいな(笑)。

 ろくに知りもせずにえらそうな顔をしてこれ以上書くわけにはいかないから、次回(最終回)は、スト破り要員のにわか運転手が電車を走らせる場面をざっと見ることにしたい。

【付記】今日は写真を撮っていないので、苦しまぎれに2002年の9月に撮った嵐電の写真を加工して掲載した。鳴滝のあたりだと思う。なおあたりまえのことながら、記事中のストライキと京福さんとは何の関係もないから念のため。

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June 09, 2019

Daily Oregraph: Money Talks (2)

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 町工場の女工さんの時給が300円という試算は、いくらなんでもひどすぎる……とは、ぼくも思う。しかも住宅手当はもちろん、交通費も支給されないのである。実家から通うか、共同で間借りでもしないないかぎり、とてもまともな生活はできないだろうし、まさか……といいたいところだが、いま労働問題の文献を読む余裕はないから、もう少しその前提のまま進めよう。

 さて当時ニューヨークの路面電車乗務員(運転手と車掌)の賃金は一日2ドルであったらしい。ところがトリッパー(tripper)という、いまでいう「非正規」雇用の労働者を、会社は雇いはじめた。ワントリップいくら、つまり乗務回数に応じて賃金が支払われるからトリッパーである。

 彼らはラッシュアワーの時間帯にのみ乗務し、それが過ぎると仕事はない。報酬はワントリップあたりわずか25セント。

 天気がよくても悪くても、朝には車庫に来て、仕事をもらえるまで待機しなくてはいけない。そうして待たされても、もらえる仕事は一日平均2乗務である。つまり50セントもらって3時間ちょっと仕事をする。待機時間はカウントされない。(第43章)

 なんと一日たったの50セントだから、一週6日働いたとしても週給3ドルに過ぎない。これではとても食べていけないから、たいていはあとの半日なにか別の半端仕事をしていたのだろう(しかしラッシュアワーが朝夕の二回であることを考えると、それも疑問である)。

 まったくひどい待遇だが、このトリッパーの出現によって、正規職員の生活がおびやかされる事態になった。労働時間は一日10時間から12時間、はては14時間にもなったという。

 このままでは、遠からずして一日2ドルの正規の仕事はほとんどなくなることを恐れた彼らは、トリッパーシステムを廃止して、労働時間を一日10時間に戻し、賃金を25セントアップすることを要求してストに突入した。

 一日10時間も働いて2ドルの賃金とすれば、土曜半ドンなしでまるまる6日勤務するとしても週給12ドル。1ドル2,700円説を適用すれば32,400円、一ヶ月あたり約13万円になる。たとえ1ドルにもっと価値があったとしても、ぎりぎり生活するのがやっとの低賃金であったことはまちがいないだろう。

 正規乗務員が怒るのももっともな話だ。しかも彼らの生活を脅かすトリッパーが、どうやって生きていたのか不思議なほどの超低賃金であったことには唖然とするしかない。つまり問題なのは、貧乏人と超貧乏人との間の格差であり、貧乏人が分断されたことである。

 最近の日本国の情けないありさまを知るわれわれにとって、120年前のこの小説の世界はけっして他人事ではないと思うのだが、いかがであろうか?

 せっかくだから、次回は路面電車ストライキの様子について、少しだけ詳しく見ていこう。

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June 07, 2019

Daily Oregraph: Money Talks (1)

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 アメリカ自然主義(ナチュラリズム)文学の祖セオドア・ドライサー(Theodore Dreiser)の処女作は、1900年出版の『シスター・キャリー(Sister Carrie)』である。シスターといっても修道女ではなく家族内での愛称で、なんといったらいいか、花子さんを「花子ねえ(ちゃん)」と呼ぶようなものらしい。

 お説教くさいナレーションの目立つドラマみたいなところがやや難点だけれど、一種独特の迫力があって、なかなか読ませる小説である(岩波文庫に翻訳あり)。本筋は本筋として、この作品はまた「お金をめぐる小説」でもある。

 一々記録していないから詳細は省くとして、たとえば田舎町からシカゴに出てきたキャリーが女工としてはじめてもらった週給は4.5ドルである。4.5ドル? さて現在の日本円に換算してどれだけの価値があったのか……というのが大いに気になるところだ。

 土曜日(たぶん半ドン)に給料をもらったのだから、平日勤務09時~17時として、一週40.5時間(キャリーの働いた町工場では昼休みは30分のみ)。時間当たり11.1セントという計算になる。当時最低賃金法などなかったはずだから、相当に低賃金だったと推定して、時給300円とすれば、週給12,150円である。ところがこの計算だと1ドル=2,700円にもなる。いくらなんでもそれは高すぎのようだし、ほんとうだろうか? (当時の労働条件については調べていないので、おおざっぱな話であることをご承知おきいただきたい)

 ほかに手がかりになりそうなのは、高級ではないがこじゃれたレストランで「サーロインステーキのキノコ添え」が1.25ドル。ちょっと判断がむずかしいけれど、女にいいところを見せようとして注文するとしたら、3,375円というのはありそうな価格のような気がする。

 途中省略して、物語最後の方にはドヤ街最低の安宿一泊12セントとある。上の比率で計算すると、一泊なんと324円! たしか大阪の簡易宿泊所で一泊500円というのがあるらしい。ニューヨークのバウアリー地区に当時それよりも安い宿泊所があったと仮定すれば、ぼくのあてずっぽうも案外デタラメとはいえないようだ。まず1ドル2,500円を下ることはないだろうし、3,000円くらいだった可能性さえあると思う。

 キャリーはその後女優への道を歩み、週給十数ドルからスタートし、やがて持ち前の美貌と才能を発揮して週給150ドル以上(やはり上の比率で計算すると40万円以上)へと出世する。

 だから君もキャリーのようにがんばればいいのだ、などと竹中平蔵氏みたいなことをいってはいけない。そんな粗雑な神経では、自然主義小説のパイオニアになれるはずがないのだから(笑)。

 今日のところは週給4.5ドルでは、とても1.25ドルのサーロインステーキは口に入らないという事実を噛みしめるにとどめ、次回はこの小説からもうひとつだけ、ニューヨーク市路面電車労働者のストについてご紹介したいと思う(しまった、メモを取っておけばよかった!)。

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May 10, 2019

Daily Oregraph: 古本物語

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 本日古本屋で拾ったのはこれである。えらい先生の著書ゆえぼくも存在を知ってはいたが、学生時代は筋金入りの怠けものだったから、もちろん読んでいるはずもなく、罪滅ぼしになろうかと、神社にお賽銭を上げるつもりで(笑)300円を支払った次第。

 この手の古本を買うと気になるのが持主である。定価1.600円といえば安価だと思うかもしれないけれど、昭和40年発行だから、結構なお値段と考えたほうがいい。今ならまず五千円は下るまい(立派な造りの大著だからもっと高価ではないか)。ふつうのサラリーマンなら、当時買おうか買うまいかちょっと迷う額であったはずだ。

 まず英語の先生あたりが候補に浮ぶけれど、奥付に押してある赤いスタンプを見ると、「釧(路)□□字」という文字が読み取れる。

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 そして、これ。そう、図書館である。では、どこの図書館だろうか? なお「大正堂」という書店をぼくは記憶していないが、Google で検索すると「釧路市詳図 (大正堂書店): 1932」というのがヒットするので、少なくともかつて釧路市内に存在したことはまちがいない。

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 本文をぱらぱらめくっていたら「釧赤看学」の文字を発見。奥付に見える「字」と組合わせると「赤十字」であろうと推測できる。してみれば「釧路赤十字看護学校」だろうか?

 検索してみると「釧路赤十字看護専門学校」はヒットするのだが、どうも詳しい情報が見当たらない。関連する項目を探してみると、ウィキペディアの「日本赤十字北海道看護大学」(1999年に北見に設置)の項目が参考になった。以下同項目から引用する(太字は薄氷堂)。

 北海道における日本赤十字社の救護看護師養成は、1894年(明治27年)に始まる。これまで旭川(1923年開設)、北見(1939年)、伊達(1944年)、釧路(1966年)、浦河(1990年)にそれぞれ赤十字看護専門学校が開校され、看護師を養成していた。 当初、釧路市に開校の打診があったが、綿貫釧路市長が財源がないことを理由に独断で拒否、結果的に立地の機会を喪失した。

 1999年の日本赤十字北海道看護大学開学に伴い、北見、旭川、釧路の赤十字看護専門学校がそれぞれ統廃合され、現在は伊達と浦河の2校で看護師養成が行われている。

 つまり釧路赤十字看護専門学校は1966(昭和41年)に設置され1999(平成11年)に閉校になったらしい。ぼくの買った本には「廃」の字のスタンプが押してあるから、閉校になったときに図書館の蔵書を処分したにちがいない。

 ついでにご紹介すると、Google の検索結果にこういうのがあった。

 釧路赤十字看護専門学校同窓会は、今後、同窓会の維持が困難になるため2010年11月6日(土)の同窓会総会で承認を得、解散いたしました。

 母校を失うというのは悲しいことだ。ホロリとさせられる話である。

 さてこれで出所はわかった。看護専門学校では英語も教えていたのだろう。斎藤先生の文学史は(失礼ながら)若い学生諸君の手に負えるような書物ではないから、たぶん英語担当の先生が図書館の予算を使って、ご自分の欲しい本を注文されたのだろうと思う。

 いや、それを悪くいっているのではない。お金の使い途としてはまちがっていないからである。図書館にはまともな本がなければならない。大きな大学の図書館ではなく、地方都市のささやかな学校図書館の本棚に斎藤勇の『イギリス文学史』が置かれていることは誇っていいと、ぼくは思う。学生のだれかがそれを開いて、「ああ、こんな世界もあるのだ」と知り、「私たちの学校にはこういう本だってあるのだ」と思うだけでも、図書館予算1,600円分の価値は十分にある。

 その立派な本をわずか300円の叩き売りで買ったぼくは、先ほど少しだけ読んでみたのだが、名著だと思う。文章はけっしてえらそうな学者風ではなく、明快でまことに読みやすく、通りいっぺんの解説調とは無縁だし、静かな情熱さえ感じられる。

 本は増やしたいどころか、どんどん捨ててしまいたいのだが、つい…… これもなにかの縁というやつか。

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March 09, 2019

Daily Oregraph: 氷ゆるむ

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 本日の春採湖。氷は少しゆるんできたようだが、春はまだ遠い。

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 昨日古本屋で拾った鏡花『日本橋』の初版復刻本から。装幀は小村雪岱。色っぽいご婦人が登場するだけに、殺風景な春採湖の眺めとは大ちがいである。

 パラパラめくっていると、ギョッとした。

 「真個(ほんとう)に貴下(あなた)、そんなぢや情婦(いろ)は出来ない。口説くのは下拙(へた)だし、お金子(かね)は無ささうだし、

 おいおい、それはおれのことかい(笑)。

 いったい鏡花の小説は文章が独特だから読みにくいし、筋もわかりにくいものが多いけれど、そんなことはどうでもいい。不世出の天才ゆえになんでもゆるされるのである。

 たとえば、

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 もはや筋がどうの、意味がどうのとヤボなことをいってる場合じゃない(笑)。あだな声、下駄の音、留木(香木)の匂い。朧を透かした霞の姿とははっきりわかりかねるけれど、いきなり暗がりに女が幽霊のように出現した情景を、極上の酒を舌で転がすように味わえばいいのである。

 少なくとも……国会で繰り返されるやりとりよりは一万倍も上等の日本語だから、すさんだ心の安定を取り戻す妙薬にはちがいない。

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October 14, 2018

Daily Oregraph: 石炭袋と高橋和巳

 -石炭の袋が届いているよ。

 -えっ? 石炭の……?

 それがこれである。

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 なるほど COAL SACK とある。つい先頃石炭に関係する仕事をしたばかりだから、ぼくは石炭のサンプル入りの袋かしらと思った(ほんとうである)。しかし、なぜ?

 落ち着いて封筒をよく見ると、出版社の名前なのであった。新刊書とは無縁のぼくは、最近の出版事情にはまるで疎く、すぐには理解できなかったのだ。

 恐る恐る開封してみると、石炭のかわりに入っていたのは……

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 ああ、太田さんがおっしゃっていたのはこの本だったか、と了解した。高橋和巳の本が出版されるから送ってあげる、とメールをいただいていたのである。

 ソフトカバーの本を予想していたけれど、ハードカバーの立派な造りである。編者のおひとり太田代志朗さん秘蔵の写真もいくつか収められている。

 太田さんは、学科はちがうけれど同じ学部の先輩である。ぼくみたいなボンクラな後輩にはもったいない贈り物に、恐縮するやら感謝するやら。どうもありがとうございます。

 目次を拝見したら『散華』の文字をみつけ、いっぺんに昔のある情景がよみがえってきた。ぼくが最初に読んだのが『散華』で、それを勧めたのは現在のわが大阪無給通信員であった。

 -これ、読んでみないか。

 当時のぼくは授業とはまったく関係のない、夢野久作から中国人もあまり知らない清朝花柳小説の翻訳まで、でたらめに読みあさっていた。いわゆる純文学というのが苦手で、「小説に純も不純もあるものか、ばかやろう」と敵視さえしていた覚えがある。

 生真面目な大阪通信員の勧めてくれた『散華』は、正直いって、ぼくにはあまり合わなかったと思う。その後だんだんわかってきたことだが、高橋和巳の小説に大衆小説風のおもしろさを求めるのは土台無理な話で、まずふつうの読者なら陰々滅々たる気分になること請け合いである。

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 ぼくが参ったのは『わが解体』である。文章と内容とが緊張感をもってみごとに一致し、一切無駄のない完璧な散文だと思った。一読して鋭利な刃物でスパッと切られたような気分になるのだが、刃はなによりもまず作者自身に向けられていて、みずからの退路をすべて断ってしまったように見える。それゆえに『わが解体』なのだろう。

 ぼくは決して高橋和巳の熱心な読者とはいえない。もちろんいくつかの作品は読んだけれど、本棚にはまだ未読の本が何冊も眠っている。読もうとして手を伸ばしかけては躊躇するということが、ここ数十年もつづいているのだ。読む前から気が重くなるのである。

 ここで『憂鬱なる党派』の最後を引用してみよう。

 ああ、何もかも、もう遅い。もう遅すぎる。乗りおくれた船員が見送る船の煙のように、最後の夢すらが、愛もなく終ってしまった肉体の波のうねりの上に、拡がり、拡散し、そして消えてゆくのを、そのとき千代ははっきりと見た。

 多くを読んでいないぼくには断言できないけれど、絶対に happy ending になどするものか、という強い意志さえ感じるのである。この長編に最後までつきあってきた読者は、それこそ茫然として岸壁に立ちつくすような気分に襲われる。

 『わが解体』に胸を突かれた読者のひとりとしては、いかに気が重くとも、本棚に残るいくつかの小説をきっと読破せねばなるまい。そう思いつづけているうちに、いつの間にか歳を取ってしまった。しかしもう遅すぎるということはないだろう。
 
 太田さんはじめ多くの方々のご努力の結晶である『高橋和巳の文学と思想』、必ず近いうちに読ませていただくことをお約束したい。

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December 20, 2016

Daily Oregraph: 『怒りの葡萄』読了

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 『怒りの葡萄』を読み終えた。最後はほとんど一気読みだが、そうさせるのが作家の力量というものだろう。

 この小説を翻訳された某氏のブログを拝見したところ、「この時代の弱者への理解なくしては、『怒りの葡萄』のような作品は理解できない」という意味のことをお書きになっているのには驚いた。

 それでは「しょせん無知な君たちにはわかるまい」というに等しく、いかにも優等生的な発言だと思う。なにもそう一般市民をおどかすことはないのに(笑)。

 もちろん歴史の勉強はしたほうがいいに決まっているけれど、そもそも勉強して予備知識を得なければ理解できないような作品など、広く読まれる古典と呼ぶに値しないと思う。

 むしろ話は全く逆であって、『怒りの葡萄』を読むと、凡庸な歴史書にあたるよりも、当時の弱者の境遇がはるかに身に沁みて理解できるにちがいない。それが文学の力というものだろう。

 しかもこの作品は1939年に発表されたものだから、いささか古いとはいっても、ぼくたちに内容が理解できないことはない。さすがに現在では貧乏も底上げ(?)されたとはいえ、世の中の基本的な構造は変らないからだ。

 収穫を終えたらたちまちお払い箱になる農民の姿は、不安定な身分の非正規低賃金労働者のそれと重なるし、暴力的に農民を追放しようとする保安官代理の姿は、沖縄県民を土人呼ばわりしたヤクザまがいの警察官のそれとぴったり重なる。カリフォルニアに流れてきた農民のこどもが学校で差別され、いじめられる姿にも、やはり重なるものをみつけることができるだろう。

 ぼくはアカデミックな勉強はほとんどしていないし、行き当たりばったりに本を読んできたから、スタインベックはこれがまだ二作目で、最初に読んだのは(いま手元にはないが)『コルテス海航海記』(1941年)である。

 『航海記』は無類におもしろい本だけれど、海洋生物学に造詣が深い作家だけに、やたらむずかしい生物の名前が登場し、辞書を引く手間の多さには泣かされた。そしてこのたびは俗語と方言に泣かされたのだから、まことに困った小説家である。

 そんな極東の一読者に最後まで読ませたのは、なによりも作家の腕前の証明である。ジジイが読んでも沸々と怒りが湧き上がってくる作者渾身の傑作を、若いみなさんにも、この時代だからこそぜひお読みいただきたいと願っている。

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November 16, 2016

Daily Oregraph: 犬がクタクタ

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 いつものコースのいつもの景色。しかし風の冷たいこと! よほどすぐに引き返そうかと思ったくらいである。

 さて毎日ごちそうを食べるわけにはいかないし、そうそうネタなどあるはずがない。そこで先日 cat にはトラクターの意味もあることを書いたから(スタインベック『怒りの葡萄』より)、釣り合いを取って(?)、やはり同書から dog(今回の意味では複数形の dogs を用いる) について豆知識をひとつ。

 次の英文、高学歴を誇る芸能人ならわかるだろうか?

  My dogs was pooped out.

 同じく同書には、

  My dogs is burned up.

という文もあって、こちらは OED にも文例として収録されている。

 もちろん単語の意味は文脈で決まるから、これだけで正解を得るのはむずかしい。しかし原文の前後を見ると、辞書を引かなくとも大体の見当はつくからご心配なく。なお文法がおかしいんじゃないかという苦情は受け付けない。これくらい序の口なんだから。

 -ねえ、おじいちゃん、もったいぶらずに意味を教えてよ。

 -足がクタクタだ。

 -え?

 -だからさ、「足がクタクタだ」という意味だよ。

 -まあ、どうして犬が足の意味になるの?

 -うん、そこだ。dogs も pooped out も俗語だから、覚えたってお受験の役には立たない。だが、「どうして」という疑問を解決しようという気持は大切だな。意味さえわかればいいというものじゃない。

 ……と、いつものおじいちゃんらしからぬえらそうな発言であるが、ついでだから調べてみよう。

 まず dogs だが、これは dog's meat(犬に食わせるエサ用の屑肉など)の略で、feet と韻を踏むから、 rhyming slang(押韻スラング)であると、OED は説明している。

 つまり dog's meat といえば feet が連想される結果、いつの間にか feet の意味として通用するようになり、それが省略されて dogs になったということ。


 なんともまあ、外国人にはわかりにくく、陰に meat が隠れているとは、まことに憎らしい話である。

 次に pooped out だが、どうして「へとへとになった(exhausted)」になったのだろうか? それには深いわけがあって(笑)、どうも船に関係するらしい。

 poop とは名詞では船の「船尾部または船尾楼」を意味し、海上ではそいつが容赦なく波に打たれるから、動詞では「波が船尾を越える、船尾に波を受ける」という意味になる。

 -あら、どうしてそれが「へとへと」になるの?

 -考えてもみなさい。船尾の甲板にザブザブ波をかぶるくらいだから、海は時化ている。船が始終ぐらぐら揺れれば、体はへとへとに疲れるにちがいない。

 -ふ~ん、なんとなくわかったわ。でもおじいちゃんのお話って、ちっとも実際の役には立たないのね。いつものことだけど。

 -ハハハ、だからおじいちゃんにはお金がないのさ。

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November 04, 2016

Daily Oregraph: 20世紀はむずかしい

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 本日の生存証明写真は、知人から米町へ上る坂の途中から見た、石炭列車の終点付近。

 夕方までにかなり弱まったのとはいえ、冷たい風が容赦なく吹きつける。そろそろ手袋を用意しなくてはならないようだ。

 一昨日『アイヴァンホー』をやっと読み終えた。途中浮気をしたせいで時間がかかったのである。

 主人公はもちろんアイヴァンホー(Ivanhoe)なのだが、正確にはアイヴァンホーの領主ウィルフレッド(Wilfred)。紀州の殿様を紀州様と呼ぶようなものだろう。獅子心王リチャード一世(Richard the Lionheart)の寵臣である。

 真田十勇士みたいなロビン・フッド(Robin Hood)一味も活躍するし、柳生石舟斎のような団長に率いられるテンプル騎士団も登場し、波瀾万丈のチャンバラ小説といえないこともない。やや大仰な表現やメロドラマみたいな場面もあるけれど、作者ウォルター・スコット(Walter Scott)は教養の高い人物なので、全体にたいへん格調が高い。

 面倒くさいから(笑)あらすじは省略するが、被征服民であるサクソン人とノルマン人との対立を縦軸に、ユダヤ人差別の問題や、リチャード一世の弟ながら王位簒奪をもくろむジョンの暗躍などがからまって、物語は展開する。

 ノルマン人はサクソン人を豚とさげすみ、ノルマン人、サクソン人の双方ともユダヤ人を犬とののしる、という構造なのだが、実はこの小説の陰の主人公は絶世の美女であるユダヤ人レベッカ嬢(Rebecca)なのだから驚く。ただ美人であるだけでなく、頭脳明晰にして医術に長じ、しかも博愛の精神に富み、窮地に陥っても絶対にへこたれないという、非の打ち所がない女性として描かれている。

 それならアイヴァンホーはレベッカと結婚するかというと、結局はサクソン王家の血筋である美女ロウィーナ(Rowena)と一緒になるわけで、この結末には当時の読者もおおいに不満を抱いたらしい。

 この小説をネタにすればいくらでも記事になるけれど、残り時間の少ない身としては先へ進まなくてはいけないから、このへんにしておこう。岩波文庫に翻訳があるそうなので、お暇な方はぜひ。

 さて昨日からはスタインベック(John Steinbeck)の『怒りの葡萄』(The Grapes of Wrath)に取りかかった。舞台がいきなり20世紀のアメリカに移ったため、頭の中は大混乱(笑)、文章のわかりにくさといったらない。

 お勉強にもなるだろうから(?)一例を挙げると、"be tractored out"なんて表現がある。ふつうの辞書を引いたって出てこないけれど、これは大農場主がトラクターを導入したため、不要になった小作人が追い出されることをいう。

 そのトラクターがキャタピラー(Caterpillar)社製だから、略して"cat"だとはお釈迦様でもすぐにはわかるまい。ネコ一匹ではなく、「キャット一台("one cat")で十家族が追ん出される」というんだから、1819年に書かれた小説よりもむずかしく(笑)、時間がかかってしかたがない。やれやれ。

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