August 10, 2008

Daily Oregraph: 2008-08-05 深川あたり (4) 番外編

080805_1shinagawaseaside いつの間にかできていた、りんかい線の品川シーサイド駅。

 線路を新設すればするだけ商売になるのだから、廃線だらけの地方から見ればウソみたいな話である。幸い廃線の運命をまぬがれた地方にあっても、ローカル駅では極端に便数が少ないため、利用者は不便をしいられている。

 駅舎などに金をかけていられないというので、ポンコツの車掌車や崩壊寸前の掘っ建て小屋が置かれているのはまだ雨風をしのげるからマシなほうで、屋根のない粗末なプラットホームだけという駅さえある。

 この駅などいかにも無機質かつ無趣味な造りだが、おれは採算が取れるのだという自信満々の面構えである。こんなイヤミなやつとつきあいたくはないけれど(笑)、やむをえまい。

080805_2tokyo 東京駅は工事中であった。

 なにをいまさら東京駅なんて、という方もおいでだろう。しかしこの駅はさすがに風格があり、やはりシャッターを切らずにはいられない。失礼ながら東京にはもったいないから、京都に移築してはどうかとぼくは思うのである。

080805_3monzennakacho 地下鉄門前仲町駅。

 そばうどん。かき揚げそば 320円か……少し前にソバ屋で取った昼食の値段のほぼ三分の一である。

 ローカル駅愛好派としては、こちらを食べるべきであったかと反省。財布に金のあるなしではなく、これは心がけの問題なのである。

 日本中を歩き回って測量された伊能忠敬先生も、地方でごちそうをふるまわれたことはあったかもしれないが、ご自分からは美食を求めなかったにちがいない。その程度の人物であれば、あれほどの偉業を達成することはできなかっただろうと、ぼくは勝手に確信しているのだ。

080805_4kayabacho 地下鉄茅場町駅。これまた無趣味な駅である。

 ここで雨は本降りになり、ぼくは地下鉄へ逃げこんだのであった。短い東京レポートだったが、これで終わりにしよう。

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August 07, 2008

Daily Oregraph: 2008-08-05 深川あたり (3)

080805fukagawa00 門前仲町。

 暑い。いふまいと思へど、暑い。

 いっそカンカン照りならましなのだが、いまにも雨の降り出しそうな空の下、たっぷり湿気を含んだ熱気が体にねっとりまつわりついてくる。無数のエアコンの排熱が目に見えぬ渦を巻いて立ちのぼり、いずれ台風が発生するんじゃないかと疑われるほどである。

 驚いたことに、通りを行く人々は案外平気な顔をしている。よくまあ不平もいわずこんなところで暮らしているものだと、呆れるやら感心するやら。

 涼しい北国に暮らすマジメな市民の多くは、お国のお役に立とうとして、けなげにもレジ袋の削減に取り組んでいるけれど、まあ、この巨大な都市の暑さの中を歩いてごらんなさい。そんなことをしたって、どうにもなるものじゃないことが実感としておわかりになるだろう。

 レジ袋一枚節約して立派なことをしたつもりでも、家に帰ってエアコンをガンガンかけ、せっせと熱気を排出するようではなんにもならないにきまっているし、この腹立たしい暑さの中、エアコンを我慢して長時間耐えられる人がどれだけいるだろうか?

080805fukagawa01 グチをこぼしてもしかたがない(笑)。せっかくだから、富岡八幡宮を見物することにしよう。

 見物といったって、この暑さである。背広を着て歩き回る愚か者としては、ただ通過するだけの話なのであった。

 こちらの境内には伊能忠敬像があり、意志の人である先生はキリリと口を結び、スタスタと歩いていらっしゃる。汗ひとつおかきになっていないのだから、偉人はちがうものだと感心した。

080805fukagawa02 八幡宮よりも伊能先生像に感銘を受けたぼくは、つづいてすぐおとなりの深川不動堂へ向かった。

 写真でもおわかりのように、なにやら空模様あやしく、しきりに雷鳴が轟いている。

 一雨くるか、と思ったけれど、降り出さなかったのは幸いだった。

 富岡八幡宮と深川不動を見物し、一応は目的を果たしたので、近くのソバ屋さんで昼食を取ることにした。

 中に入ったとたんにシベリアのような涼しさ。コップの水をぐいとやりながら、国防婦人会のみなさまには申し訳ないが、エアコンとは実にありがたいものだ、ぼくだったら一日中使いっぱなしだろうなと思った。

080805fukagawa03 ソバをすすりながら壁の貼り紙を見て、そういえば富岡八幡宮のお祭りは江戸三大祭りのひとつだったなと気がついた。頭がボーッとしていたせいか、通りのあちこちに御神輿渡御のノボリが立てられていたことにそれまで気づかなかったのである。

 となりのテーブルでは、商店街のご主人たちだろうか、五六人のグループが昼間っから焼酎をぐいぐい飲みつつ、世間話に興じている。暑気払いに一杯……ちょいと落語の世界を思わせる情景で、もう祭りがはじまったような景気のよさである。

080805fukagawa04 ソバを食い終えて、ふたたび熱気の中へ。商店街の店先をのぞきながら、汗だくになって歩きつづける。

 これは雑貨屋さん。

 「祭用品」が商売になるのは土地柄だろうか。

 ナベやヤカンといっしょに、さらし、白たび、半股引が売られているところにおもしろみを感じた。

080805fukagawa05 そうこうしているうちに永代橋にさしかかる。

 さして情緒のある橋ではないが、やはり深川といえば永代橋だろう。釧路の幣舞橋を渡り、京都の三條大橋を渡って、江戸の永代橋を渡らないのでは、日本人と生まれた甲斐がない(笑)。

 橋の上から隅田川の下流を望み、無国籍の風景をながめたぼくは、人生の目的のひとつを達成した喜びにひたったのである。

 このあとついに雨に降られ、東京駅まで歩く計画は頓挫したのだが、番外編として次回はこのたび都内で撮影したいくつかの駅をお目にかけたいと思う。

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August 06, 2008

Daily Oregraph: 2008-08-05 深川あたり (2)

080805eitai1chome 昨日はガックリ疲れて写真の整理もできず、今日も夕方からアルコールつきの会合に出席(笑)。とても時間が足りない。

 そこで今夜は一枚だけ。江東区永代一丁目にある中華ソバ屋さんである。なかなか味のある建物だと思う(たった今ネット検索してみたら、けっこう有名なお店らしい)。

 うっかり ISO400 に設定していたため、前回の写真もそうだったが、安物コンパクト・デジカメだけに画面はザラザラ……しかしこのカメラ、レンズはそれなりだが、画像に独特のコクがあり、なんとなくドキュメンタリ・タッチといえないこともないか。

 さてぼくが深川のあたりを歩くのはこれで二度目。最初に門前仲町を訪れたのは、前の職場のときだから、もうずいぶん以前の話である。そのときは仕事だったから、キョロキョロあたりをながめるだけであったが、ちょいと風情のある土地だという印象を受けた。

 5日の午後は少し自由時間ができたので、せっかく昼食を取るなら、もう一度門前仲町を歩いてみようと思い立ったのである。

 うだる暑さの中、富岡八幡宮と深川 不動尊をのぞいてからソバを食い、深川ファンあこがれの(?)永代橋を渡って感激に浸ったのであった。

 すっかり汗だくになりながら、そのあと無謀にもさらに東京駅まで歩くつもりだったのだが……さていかがあいなったことか、次回をお楽しみに(いや、引っぱるつもりはないのだが、これから写真の整理をしなくてはならないのである)。

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August 05, 2008

Daily Oregraph: 2008-08-05 深川あたり (1)

080805tokyo0 あたりまえの話だが……東京は暑かった。

 その暑さの中を背広を着たまま何キロも歩いたのだから、まったく酔狂な話である。

 レポートは明日以降ということにして……夏の釧路は天国であることを再認識した(笑)。

 (写真は永代橋西詰付近)

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July 25, 2008

高橋物川先生特別寄稿 「伊勢再訪」

 京都山科の住人にして、当社名誉農林水産通信員でもある国学者高橋物川先生が老骨に鞭打ってお伊勢参りをされ、(別に依頼したわけではないのだが)写真を添えて一文をお寄せくださった。

 えっ、あのご老人、まだ生きていたの? などと失礼なことをいってはいけない。火に会って焼けず、水に入って溺れず、金槌を一発お見舞いしたってビクともせず、いわば人間界のぬらりひょん、もはや先生は常人の域を越えていらっしゃるのだ。

 せっかくだから今回はほぼ原文のままご紹介することにした。どうか先生の澄み切ったご心境(?)を味わっていただきたい。

 なお「伊勢再訪」とは、ぼくが勝手につけたタイトルであることをお断りしておく。
 

            伊勢再訪    高橋物川

0807ise_2
 およそ十年ぶりで伊勢神宮にお参りをいたしました。写真は内宮へと続く白砂参道です。

 
 なにごとのおはしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる  西行

 新古今集に最多の九十四首を数える漂白の歌人西行が、伊勢内宮を参拝したときに詠んだこの歌は真情平明、余人なにごとか加えあるいは説くべきことあらんや。

 西行が出家したのは、藤原璋子(フジワラショウシまたはタマコ)のちの待賢門院(タイケンモンイン)への恋の妄執を断つためといわれるが、もちろんそれは仮説であり、ことは陰秘ゆえ確たる証拠はどこにもない。

 待賢門院璋子は後宮に咲く花、蠱惑的で美貌の貴女人であったでしょうな。 なにせ治天の君白河法皇の愛人にして鳥羽院の中宮やからね。

 璋子は鳥羽院との間に二人の天皇を生む、のちの崇徳天皇と後白河天皇ですな。 後白河の皇女が式子内親王やから、式子からみれば璋子は祖母と云うことになるね。ただし璋子初産の皇子崇徳天皇は白河法皇の皇胤であろう。

 鳥羽院の北面武士(左兵衛尉)にすぎなかった西行にとっては、璋子はやはり高嶺の花であったでしょうな。

 あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬには依らぬなげきを  西行

 二十三歳で出家した西行早期のこの歌は、卑賤の出自の己を「数ならぬ (身)」となげき、片恋慕の想いを切々と詠っているな。 こののち西行は、生涯をかけてさすらうこととなる。西行ほどの才能を捉えて離さないとは、魔性の佳人はげに恐ろしいですなあ。

 待賢門院璋子に魅せられるオトコは後世にも多い。 たとえば『待賢門院璋子の生涯』を著した角田文衛などもそのたぐいであろう。 なにせこのオッチャンは、待賢門院についての執拗な文献考証を行ない、ついには璋子の生理日の特定まで為したまことに天晴れな御仁であります。

0807ama 二枚目の写真は参拝後にミキモト真珠島に遊び、海女の素潜りの実演を撮ったものです。

 このときは、気象庁が近畿東海に梅雨明け宣言をした翌日で暑かったですな。

 待賢門院とは異なるが、健康的な三十路女の足の裏をご覧ください。 水虫には罹患してないようやな。
 

 先生、どうもありがとうございます。二枚目のお写真などは、先生の才能の片鱗をうかがわせるに足る一枚と、小生おおいに感じ入った次第でございます。

 涙までこぼれはせぬがなんとなくかたじけなさに重ねる焼酎  薄氷堂

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July 02, 2008

Daily Oregraph: 2008-06-29 阿寒から足寄へ (2)

080629onneto 今日はオンネトーで一休み。

 一休みだからゴタゴタと書かず、芋焼酎とウィスキーを相手に夜沈沈。

 

080629meakan 上の写真、左が雌阿寒岳、右は阿寒富士である。

 雌阿寒岳は現役の活火山。こちらは別ショットをトリミングしたものだが、噴煙を確認していただけると思う。

 ここからフキと千春の町足寄へ向かうのだが、それはたぶん明晩。

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June 29, 2008

Daily Oregraph: 2008-06-29 近日公開

 7月1日から再びガソリン代が上がるという。価格は需給のバランスによって決まると素朴に信じていたぼくがバカだった(笑)。

 二酸化炭素排出権がどうのという途方もないホラ話(ちょっと考えればおかしいとわかるだろうに)をしているうちに、とんでもない事態になるんじゃないかと心配になる。燃料がこう高騰しては二酸化炭素の増やしようもなく、薪ストーブにワリバシをくべてチビチビと暖を取る日がくるかもしれない。

 エコの話はさておき、長距離ドライブが困難になりつつあるいま、せめてガソリン代が10円上がらぬうちに大ロケを敢行しようと、今日は鶴見峠を越えて阿寒湖を素通りし、オンネトーから足寄へ抜けて、さらに浦幌駅を取材し、上厚内駅を再訪したのであった。

 走行距離約300キロ弱だから、道内の日帰りドライブとしてはたいした距離ではない。しかし仕事の都合により、あちこちに FAX を送信したりして、結局出発が午前9時半になってしまったため、あまり時間の余裕はなかったのである。8時にはスタートしたかったのだが……

080629ashoro1 これから写真を整理する都合上、今日は予告編。

 あしょろ銀河ホール21なる道の駅でみかけた、ラワンブキと郷土の偉人(?)松山千春氏……足寄町を一枚で表現すれば、やはりこうなるだろう。

 ギロチン式の顔出しボードとはちがって、プラスチック製のラワンブキを握って立てば、松山千春といっしょに記念撮影できるという趣向である。

 この歌手がそんなに偉い人物だったのかとお疑いのあなたも、近日公開するぼくのレポートをお読みになれば、きっと納得されることだろう。

 乞うご期待。

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June 14, 2008

Daily Oregraph: 2008-06-07 駅めぐり (5) 空腹の御影駅

080607mikage1 日勝峠を越して帯広へ向かう途中気まぐれに立ち寄った御影駅は、細長い四角い箱を地面にポンと無造作に置いたような建物であった。どう撮っても正面からでは絵にならないのである。

 過度の装飾がないところはいいけれど、実用一点張りでおもしろみには欠ける。

 もちろん「なにか文句ある?」といわれれば、文句はない。正当なる理由あって入ったトイレも明るくて清潔だし、苦情をいってはバチがあたる。機能的にはパーフェクトなのだろう。

 しかしわざわざ寄り道までしてこの駅をめざした旅人としては、もうちょっと芸が欲しく、なんとなくくやしい気分になるのであった。

080607mikage2 予想以上に広い待合室には呆気にとられるほどなにもなく、店じまいした地元スーパーを連想させる。しかしおしらせコーナーの貼り紙が、冷え冷えとした空間に人の匂いを漂わせ、絶望の淵にあった旅人は少しホッとする。

 これほどの広さがあるのだから、かつてはかなりの乗降客があったにちがいない。駅舎もそう古くは見えないし、なんらかの理由で急速にさびれた時期があったのだろう。

080607mikage3 たまたま列車が進入してきたので、連絡橋の蜘蛛の巣だらけの窓ごしに滝川方面に向かってシャッターを切った(写真上)。駅舎の周辺には人家の多いことがわかると思う。

 たった1名の乗客を乗せて、列車は帯広方面へ(写真下)。

 ホームもそれなりの造りだし、やはりもともと駅としての格はけっして低くはなかったようだ。

080607mikage4 駅の構えにふさわしく、国道に向かう通りはちょっとした商店街になっている。駅前通りのある集落というのはうれしいものだ。

 もう午後1時を過ぎていたし、腹をすかしたぼくは、きっと食堂があるにちがいないと確信して、しばらく歩き回ったのだが、残念、一軒も見あたらなかった。

 きっと昔は食堂の一軒や二軒あったにちがいないのに、天われに味方せず、腹ぺこのままぼくは車に戻ったのであった。昼時に御影駅を訪れようという物好きなお方には、弁当を用意するようお勧めしたい。

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June 13, 2008

Daily Oregraph: 2008-06-07 駅めぐり (4) 余裕派鵡川駅

 根室本線から舞台はふたたび日高本線へ。まるでむちゃくちゃな進行だが、これぞワープ航法(笑)だとお思いいただきたい。

080607mukawa1 浜田浦駅のお次は鵡川駅、わずか一駅なのに寒村の小駅からいっぺんに地方の拠点駅へ……格差社会とはいいながら、あまりのちがいに目を疑いたくなるのもふしぎではない。

 国道をそれて鵡川の町中を走るのは初めてだったが、規模もそれなりにある豊かな町という印象を受けた。なるほどこれなら駅舎の前に客待ちのタクシーが停まっていてもおかしくはないと思ったのである。

080607mukawa2 発券窓口こそないものの、Kiosk があるのには驚いた(店番の姿が見あたらないのには、もっとビックリした)。

 Kiosk の商売が成り立つのは乗降客が多い証拠だけれど、バスの客もここを利用するのだろう。

080607mukawa3 駅舎内には、地元の俳句サークルの方の作品が飾られていた。
 
   新緑をくぐり抜けて汽車の旅

 出来はともかく(失礼)、貧乏くささとは無縁のいかにもゆったりした句である。荒野のはてにある浜厚真駅や、禁欲の浜田浦駅にはおよそ似合いそうもない、一種のゆとりがふんわりと漂ってくるのだ。

 このあと穂別への道を走る途中でみかけた緑豊かな水田風景は、茫漠たる勇払原野の景観とはまるで別世界だったから、ぼくは上の句の湧いてくる源を理解することができた。

080607mukawa4 ホームに立ってみても文明に属する安心感があり、これまた浜厚真駅や浜田浦駅で旅人が抱く寂寥感や不安感とはまったく異質なものなのであった。

 それだけにつまらないといえばいえるけれど、ふつうの人なら迷わずこのつまらなさを選ぶだろうし、利用するのが毎日のこととなれば、それも無理はないのである。

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June 12, 2008

Daily Oregraph: 2008-06-07 駅めぐり (3) 上厚内駅の奇跡

 実は21世紀の世に奇跡のように残ったこの駅は最後に掲載すべきなのだが、順番を繰り上げて今夜取り上げることにする。いつもの気まぐれである。

 奇跡とはまたおおげさな……とおっしゃる方も、論より写真、きっと納得していただけるだろう。

080607kamiatsunai1 ここは何年素通りしたことだろうか。

 どうしようかちょっと迷ったのだが、思い切って国道をそれて根室本線の踏切を越えると、まもなく上厚内駅がその姿を現した。

 おお、いまどきこんな駅舎が残っているとは!

080607kamiatsunai2 五十石駅も細岡駅も塘路駅も、かつてローカル駅はどれもこんなスタイルの木造駅舎だったけれど、みなきれいさっぱり地上から消滅し、ぼくの知るかぎりでは、わずかに根室本線糸魚沢駅が昔の面影をとどめているのみだ。

 それが完璧な状態で保存されているのだから、おおいに驚きかついささか興奮し、あたりに漂うフキのむっとする匂いやブンブンいう虫の羽音が、ぼくをいっぺんに何十年も昔に引き戻したのであった。

 駅舎の左手に見える小さな小屋はトイレで、これも現役なのにはビックリ。その場でどちらも重要文化財に指定したことはいうまでもない。これは日本の宝だよなあ。

080607kamiatsunai3 駅舎内もプラスチック風味の椅子をのぞけば、ほぼ完全に昔のままの状態を保っている。

 欠けているのは、かつて北海道の駅には必ずあった石炭ストーブくらいのものだろうか。

080607kamiatsunai4 ホーム側から見るとアルミ戸があったり、さすがに補修のあとは見られるけれど、それはやむをえまい。この貴重な建物が取り壊されてしまうことを考えれば、だれだって多少のアルミニウムには目をつぶるにきまっている。

080607kamiatsunai5 改札口の木製の引き戸を両手でそっと開けてみた。

 その手ざわり、老いた木肌の感触や独特の匂いがまたいろんな古い記憶を引っぱり出すのだった。

 手に残る記憶は手が思い出し、鼻に残る記憶は鼻によみがえるのだろう。

 

080607kamiatsunai6 上厚内駅前。いや駅前跡というべきか。

 とっくに役目を終えた駅前は無惨な姿をさらし、上厚内駅だけがほとんど無傷で残っている……奇跡のように。

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June 11, 2008

Daily Oregraph: 2008-06-07 駅めぐり (2) 浜田浦駅概論

080607hamataura1 -へへ、朝っぱらからあなた、冗談いっちゃいけません。いったいどこに駅があるとおっしゃるんで? え、あれがそうじゃないかって? まさか、ただの物置小屋じゃありませんか。いや、物置にしたって入口の戸もないし、あきれたね、まったく。

 -まあ、いいから中をのぞいてごらん。

080607hamataura2 -あッ、こいつはたまげた! 駅だよ、駅ですよ。運賃表に時刻表とくれば、まちがいなく駅だよ。へえ、驚いたね、こりゃ。

 -天地の間にはな、ホレイショ、学問などではわからぬことがあるものなのさ。

 -あっしはホレイショでも馬鈴薯でもありませんが、まったくホントですねえ。これが駅とはお釈迦様でも……ってやつだよ。

080607hamataura3 浜田浦駅は国道沿いにあるからすぐにみつかるだろうと思うのはシロウトの浅はかさ、その目立たぬことといったら、古本屋に五十年も店ざらしになっている哲学概論なみである。

 もちろん腐っても哲学概論ゆえ誇りは高い。いつの日かきっとおれの真価を認めてくれる客が現れるのだと固く信じているのだが、哲学なんぞ勉強したって宝くじは当たらないし、宝くじを当てた人間は哲学なんて勉強しっこないから、また五十年売れ残りそうな案配である。

 それにくらべれば、この駅はずっと幸せといえるだろう。

 根っからの宣伝下手で、JRのロゴさえなく、だれも寄りつかないかと思いきや、ちゃんとその値打ちを認めて利用する客がいるからだ。ポツリと置かれた一台の自転車がそれを証明している。

 それにしても……吹雪の朝、この駅舎で列車を待つのは遠慮したい(笑)。

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June 10, 2008

Daily Oregraph: 2008-06-07 駅めぐり (1) 浜厚真駅

 6月7日朝。苫小牧の街を後にして海岸沿いを東へひた走る。

 勇払原野の中をまっすぐつづく道路の向こうに、やがて苫小牧のもうひとつの港、つまり東港が見えてくる。初めてこの港を目にした旅行者はビックリ仰天することうけあいだ。

 ぼくが仕事のために初めて東港を訪れたのは、もうずいぶん以前の話である。

 行けども行けども荒涼たる原野がつづき、まさかその先に港があろうとは思えないから、道をまちがえたかと不安にかられたことを覚えている。

 ときどき腕時計に目をやりながら、約束の時間に遅れたらどうしようと焦りはじめたころ、港の存在を示す建物の群れが遠くに忽然と出現したのであった。

 -おいおい、こんな場所に港なんて、冗談だろう。ほんとかよ?

 いわば原野に広げた大風呂敷のような港なのだが、近年大型のガントリークレーン2基を備えるなど、冗談どころか本気も本気、地球温暖化などくそくらえ、おれを使いたくば燃料をドンドン消費してここまでやってくるがよいとばかり、でんと構えている。

 前日Nさんに案内していただいた東港を帰りがけにもう一度見ようとやってきたのはいいが、さてこれからどうしようかと地図を広げたぼくの気まぐれの虫がうずいた。

 すぐ近くに日高本線のローカル駅があるではないか。

080607hamaatsuma1 浜厚真駅は人を誘うでもなく拒むでもなく、ひっそりと置かれていた。

 置かれていたというのは、ピンクがかったペンキを塗った車掌車が駅舎だったからである。

080607hamaatsuma2 やはり車掌車を駅舎にした五十石駅などとはちがって、車体にイラストなどは描かれておらず、シンプルそのもの。

 なるほどこれはこれで歳月とともに味わいが出てくるものなのだろう。金属系ワビサビの可能性を感じさせるのは、下手な装飾を施していないシンプルさの強みだろうと、ぼくは妙に感心したのであった。

 

080607hamaatsuma3 ホームに出て浦河方面を望む。

 画面左に道路標識が見えるあたりは国道 235号線である。だからとんでもなく辺鄙な場所とまではいえないのだが、ここに立つと茫漠たる原野のただ中にいる気分になるからふしぎだ。

080607hamaatsuma4 いや、それは気のせいではなく、ホームの端から苫小牧方面を見たぼくは愕然とした。

 電線さえここで途絶え、一面茫々たる原野、いったい線路はこの先どこへ向かおうとしているのか……少し先には苫小牧東港、その向こうには苫小牧市市街が控えていることはわかっていても、ここはたしかに地のはてにちがいなく、寂寥感がひたひたと押し寄せてくるのであった。

 ふたたび地図を見る。

 次は浜田浦駅か。よろしい、行ってみようではないか。

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October 08, 2007

Daily Oregraph: 2007-10-06 「落石」注意 (反省編)

071006ochiishi09 落石岬灯台付近の景色。

 疲れ切っていたはずなのに、ここまで来たからには、やはり海岸を撮らないわけにはいかなかった。

 しかし……実はこの景色をながめたからといって、落石岬をきわめたことにはならないのである。

 陸地測量部、いや当社取材班の作成した略図をごらんいただきたい。……もっともぼくのたどった原野横断ルートはかなり不正確なものだから念のため。

Ochiishi_map 落石岬のほんとうの先端に到達するには、最初の道をドンドン進まねばならないのであった。

 ぼくを迷わせた電柱の列は、地球環境モニタリング落石岬観測局なる施設に給電するためのものだったのである(ただしこの施設、載っていない地図もありそうだ)。

 ああ、この地図さえあれば道をまちがえることもなかったのに!
 
   なおぼくが参考にした地図にある未確認ルートは灯台の
  手前で途切れているので、ここを通って灯台へ行くのはお
  すすめできない。地形から考えて、ササ原の中、急な登りを
  強いられるだろう。

 まず反省点のひとつめは、
 
   はじめての土地は下調べをしてから出かけること。

 前夜はたまたま酒席に加わり、当日の朝になって落石岬行きを思い立ったのが不幸の原因であった。

071006ochiishi10_3 この写真は灯台側から最初たどった道の方向を見たもの。窪地の存在がはっきりわかる。

 ところが向こう側からは、灯台まで平坦な地面がつづいているように見えるのである。

 そこでふたつめの反省点は、
 
   はじめての場所では地形を甘く判断すべからず。

 もし途中深い谷間でもあれば原野を引き返さなくてはならなかっただろうし、無理をすればケガでもしかねない。

 そして第3の反省点は、
 
   冷静に計算しないと損をする。

 落石無線送信所跡まで引き返してから灯台へ向かうより、原野をまっすぐ突っ切って灯台をめざすほうが、計算上かなり距離の節約になる。

 しかしどっこいそうは問屋が卸さない(笑)。

 原野を直線的に進むのは無理な話だから、実際には距離はさほど変わらない。道なき道を行くからには時間もかかる。いったんすなおに引き返したほうが時間はかからなかったはずだし、疲労度に至ってはいうまでもない。

071006ochiishi11_2 それにしても……と、正規のルートをとぼとぼたどりつつ、ぼくは思うのであった。予備知識なしにここをはじめて訪れる人にもわかりやすい表示をすべきではないのか、と。

071006ochiishi12_2 いや、注意深く探してみたところ、無線送信所前には古ぼけた道しるべがあったのだ。しかしこれはひどく汚れて目立たないため、見落とす可能性が大きい。

 なによりも問題なのは、地球環境モニタリングステーションの存在を示す表示がないことだろう。

 同ステーションのサイトには「訪問ガイド」のページまであるのに、現地にはなんの道しるべもないのは不親切ではないだろうか。

 このままでは腹の虫がおさまらないので(笑)、来年にでも問題のステーションを見物し、ついでに落石岬の突端をきわめたいと思う。

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October 07, 2007

Daily Oregraph: 2007-10-06 「落石」注意 (前編)

 余はいかにして道を誤りしか……といっても、ぼくに酒色におぼれるほどの甲斐性(?)などあるはずもなく、文字どおり道をまちがえたのである。

 なおタイトルの「落石」注意はダジャレではなく、根室市落石へ向かう途中の分岐で、「落石(もちろんオチイシ)」への方向を示す立看板を見て、一瞬落石(らくせき)があったのかと錯覚し、ほんとうにギョッとしたのである。今にして思えば、その日のぼくの運命を予言していたのだろう。

071006ochiishi00 反省点については後編にとりまとめて、世の人々にありがたい教訓を示すこととし(笑)、今日は落石岬への入口からスタートしたい。

 先客の車やバイクにならって、通行止のゲート前の道路脇に駐車し、出発する。

071006ochiishi01 ゲートをくぐるとすぐに「落石岬灯台」への道しるべが立っている。画面左手に見える廃墟は、落石無線送信所跡である。

 道路をよくご記憶いただきたい。どうしてぼくが道をまちがったか、あとできっと納得していただけるだろうから。

071006ochiishi02 上の写真の道路をそのまますなおに進むと、こういう景色がつづく。

 無人の原野に電柱がつづくからには、その先に灯台があることは灯台の火を見るよりも明らかである……と、そのときは思った。

071006ochiishi03 ところが行けども行けども灯台は見えてこないのである。

 ゲートには「落石岬灯台 1.3km」と表示されていたけれど、すでにたっぷり1キロは歩いているはずだ。

 灯台のかわりに見えたのが、高い鉄塔らしきもの(画面中央やや左)。ろくに下調べして来なかったから、それがなにかはわからなかった。

 -おかしい。これはヘンだ。

 そういえば、落石無線送信所跡前で道が分岐していた。細い踏分道のほうを直進すべきだったのかもしれないと気づいたけれど、灯台もないのに電柱がつづくわけはないという疑問は消えなかった。

 ぼくひとりなら、かりに道をまちがえたとしても、そのまま行けるところまで歩いてなにがあるか確認してから分岐へ引き返し、灯台へ向かっただろう。

 しかしあいにく脚力の弱い家人といっしょだったので、長距離を歩かせるのもどうかと思い、車に戻って待つようにいうと、ふたたびひとりで前進しはじめた。

071006ochiishi04 しばらく歩いてから、ふと左手の原野のかなたに目をやったぼくは地団駄を踏んだ。灯台が見えるではないか!

 やはり道を誤ったのである。

 くやしさをかみしめながら、ぼくはどうしようか迷った。

 冷静に考えれば、もちろんその場ですぐに引き返すべきであったが、人間の心理として、歩いているときには一歩たりとも後退や遠回りはしたくないものだ。

 目的地は落石岬灯台。なにしろ灯台は見えているのだから、前進あるのみ……かくして無謀にも原野を突っ切って灯台へ向かうことに決めたのであった。

 念のため道路の近くを確かめてみると、ほとんどがササ、それも足が埋まるほど深くはないから大丈夫と判断して前進を開始した。

 そして悲劇ははじまった。

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January 23, 2007

Daily Oregraph: 2007-01-23

 今日は植物編である。

070119unknown1 といってもこの季節、いくら暖冬とはいえ、たいして収穫があったわけではないけれど、ちょっと気になったのがこれ。

 うんと短くなったクリのイガのトゲみたいなものが見える。人間だって年を取れば多少はまるくなるから、イガだってトゲが短くなってもおかしくないのだが、まさかなあ。

 クリは北海道にもあるらしいが、寒い釧路では見た記憶がない。しかし時期がきたら、たしかたいていの実はニュートンの法則にしたがって落下するのではなかっただろうか。

070119unknown2 ところがこの実は枯木に鈴なりになっているのであった。いったいなんだろうか?

 あとで調べる助けになるように、歩道橋から近くの木の枝を撮ったのが右の写真である。

 だれも実に手をつけぬところをみれば、食用にはならないのか、食べられはしてもまずいのか、そのどちらかだろう。

 宿題をひとつ出されたようなもので、どうも気になってしかたがない。どなたか教えてくだされば幸いである。

070120yatsude こちらも釧路にはないが、かたちからすぐにヤツデとわかる。住宅街のあちこちでみかけたので、人気があるらしい。

 時間さえあればもっと発見があっただろうと思う。ほかにも例によってわけのわからぬ写真を撮ったから、長野シリーズをつづけようとすればあと数回はいけるのだが、このへんでピリオドを打つことにしたい。

 なにかと親切にしてくださった長野のみなさまにお礼を申し上げたいと思う。

 (長野市にて。2007年1月19~20日撮影)

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January 22, 2007

Daily Oregraph: 2007-01-22

070120miyage1 今日は長野みやげもの編である。最後にはぼくの選んだ信州みやげものチャンピオンを発表するので、どうかお楽しみに。

 まずは善光寺参道に並ぶ小さなみやげもの店の写真をごらんいただきたい。じっくり見ると、これがなかなかおもしろいのである。

 いったいだれがかぶるのか疑われる笠や、非実用的な提灯も悪くないけれど、ぼくが注目したのはフィルム付きレンズ(レンズ付きフィルム?)や35ミリ・フィルム。これから何年後まで、こういう製品が店先に並ぶのだろうか?

 みやげもの店の定点撮影も悪くないと思う。案外世の移り変わりがわかるかもしれないからだ。

070120miyage2 さて数ある参道のみやげもの店の中でも、ひときわぼくの目を惹いたのはこのお店である。

 渋い、実に渋い。観光地のみやげもの店にして、これほど地味な品ばかりを並べたお店はちょっと珍しいのではないか。
 

070120miyage3 おみやげといえば、忘れてはならないのが食べ物。善光寺饅頭やせんべいはもちろん、最初の写真にも見える「そばまんじゅう」などはあちこちでホカホカ湯気を立てて、人々を誘っている。

 しかし信州名物の食べ物といえば、やはりこの「おやき」であろう。ここと思えばまたあちら、おやここでも売っているという、まさにユビキタスな存在といえる。

 実はぼくも写真のお店でおやきを買い求め、初めて味わってみたのだが、まことにふしぎなものであった。釧路あたりで「おやき」というと、いわゆる今川焼きのことなのだが、長野の「おやき」は異色の食べ物だと思う。

 なんとなく中国の包子に近いような気もする。具も野沢菜、カボチャ、ナス、山菜など各種あって、もちろん小豆餡も選ぶことができる。

 ビックリするほどおいしいとはいえないが、けっしてまずくもないという印象を受けた。つまりごく日常の食べ物のようなのだが、ほかの地方ではみかけないから名物として売り出しているらしい。その点でも、日本のみやげもの界ではめずらしい存在だと思う。

070120miyage4 ではぼくの選んだ信州のみやげものチャンピオンが「おやき」かというと、さにあらず、信州といえばやはりソバだが、そのソバには欠かせない七味唐辛子こそ薄氷堂選定信州みやげなのである。

 最初の2枚の写真をよくごらんいただくとわかるのだが、およそみやげもの店にしてこの唐辛子を置いていない店は一軒もないのではないか。ホームの立ち食いソバ屋でもみやげとして売っているのだ。

 つまり長野駅に降り立った旅行者は、この唐辛子に迎えられ、知らぬ間に街中のみやげもの店に整列する唐辛子が記憶にこびりつき、あちこちのソバ屋でこの唐辛子をふりかけ、それでも買おうとしない鈍感なあなたは、帰りの新幹線をホームで待つ間、なにか忘れ物をしたような落ち着かぬ気分になるだろう。

 なにげなくホームのソバ屋を見たあなたは、はっと気づくのだ。

 -しまった、唐辛子を買っていなかった!

 ご安心あれ。面倒見のよい長野市は、最後の最後まで機会を与えてくれるのである。

(長野市にて。2007年1月18日・20日撮影。最後の唐辛子の写真のみ本日撮影)

【1月23日 追記】

Togarashi ルート38さんのコメントを拝見したので、記事中の写真から、七味唐辛子の部分だけ等倍で切り取って合成した一枚を追加したい。

 奈良はよく知らないけれど、京都にも店先で七味唐辛子を好みに合わせて調合してくれるお店はあり、たぶんあちこちの町に古くからの唐辛子屋さんがあるのだと思う。

 しかし驚いたことに、長野市内でぼくがみかけた七味は、すべて同じお店の製品なのであった。圧倒的なシェアである。ほぼ独占に近いのではないか。有名食品会社の唐辛子も、ここではまったく無力にちがいない。

 38万市民と大勢の観光客が毎日ソバに七味や一味をふりかけ、家庭用あるいはおみやげとして買い求めるからには、来る日も来る日も、朝から晩まで大量の唐辛子を作りつづけているはずだ。

 その唐辛子の粉の山を想像すると頭がクラクラして、これはなるほど「忘れられぬ信州の味」にちがいないと思うのである。

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January 21, 2007

Daily Oregraph: 2007-01-21

070120nagano_2senro 長野駅善光寺口周辺をしばらく歩いたぼくは、釧路市(人口約19万5千)を基準にして、ここは少なくとも50万都市だなと思った。

 あとで調べてみると、人口38万6千人というから、釧路のちょうど倍である。実際より多めに見えたのはどうしてだろうか?

 まずここにはマチがしっかり存在している。表通りだけでなく、そこから一本入った商店街にも活気があるのだ。

070118nagano_spice 次に街を歩く若者の数の多さには驚いた。

 写真のように凝った多国籍風のお店があちこちにあるのは、その印象を裏づけるものだと思う。

070120nagano_bus 長野市は善光寺の門前町だけに、観光客への配慮も行き届いている。

 善光寺を含む市街地を循環する「ぐるりん号」の運賃はわずか100円だが、それだけではなく、路線バスもまた駅前~善光寺大門までは100円区間になっている。

 この日は土曜日ということもあって、「ぐるりん号」は(たぶん市民も含め)超満員であったが、善光寺参りが目的なら、さほど混まない路線バスに乗ってもいいわけだ。

 釧路にも以前「くるりん号」という中心街循環バスがあり、やはり運賃は100円だったけれど、採算が取れぬという理由で廃止されてしまった。都市としての余力のちがいをみせつけられた思いである。

070118nagano_sengoku 視察中の市会議員みたいなことばかり書いてもしょうがないから、本来の路線に戻ることにしたい。

 駅に近い裏通りにあった映画館。こういう小屋が健在なのはうれしい。料金は大人1,800円。

070120nagano_redblack 歴史のある町にしては全体に古ぼけた印象を受けず、善光寺から駅までの間を歩いたかぎりでは、あまりさびれた地区をみかけなかったけれど、飲食店数ある中にはこういうぼく好みの(?)バーの廃屋もないわけではなかった。

 -おっ、スタンダールだな。

 そんなことをいうのは、たいてい金もないくせに余計な知識だけはある、ごくつぶしの文学部出身者だろう。

 -ばかな。鶴田浩二さ。「赤と黒のブルース」だよな。

 ひょっとしたら、そのどちらも若者には通じないかもしれない。

 長野シリーズ、あと2回ほど掲載したいと思う。

 (長野市にて。 2007年1月18日・20日撮影)

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January 20, 2007

Daily Oregraph: 2007-01-20

070118nagano_night_1 18日から20日にかけて長野市に出張したのだが、自由時間にかなり写真を撮ることができた。当分はネタに困らない……つまりラクをすることができそうだ。

 さて夜の写真といえば、旅先では必ずホテルの窓から夜景を一枚撮ることにしている。

 窓を開けると、雨が降っていた