January 21, 2021

Daily Oregraph: ツララの涙

 本日の最高気温は+2.5度。午前中はひどく寒かったけれど、午後から晴れて気温が上がったのである。

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 ごらんのとおり、ツララが落涙している。彼(あるいは彼女)にとって、融けるのは非常につらいことなのである。

 なに、涙が見えないとな? 心眼を凝らせばきっと見えますぞ(笑)。

 やっと音楽収集作業が一段落し、ホームズ捕物帖の『六つのナポレオン像(The Six Napoleons)』を読み終えた。この短編については次回。

 このたびはずいぶん多くの曲のさわりを聴いて選び、mp3 ファイルを保存した。食わずぎらいにならぬよう、これまで聴いたことのない曲にもチャレンジし、初めての演奏家の演奏にも耳を澄ました。

 いろいろな発見があった。一例だけ挙げれば、ヴォーン・ウィリアムズは「南極交響曲」しか知らなかったが、ほかの交響曲もすばらしいので、全9曲を保存した。そのほか聴かずに死ぬ可能性のあった多数の作品を保存できたのは収穫であった。

 それにしても知らぬ間に恐ろしく腕の立つ若手の演奏家がたくさん活躍しているのには驚いた。しかし技術的にはびっくりするほどうまいのに、聴いていて実につまらない演奏家も中にはいるという印象を受けた。

 好みもあろうから名前は挙げないけれど、ある女性ピアニストの演奏などは、音が目の前を新幹線のように高速に通過していく。とても人間業とは思われないほどだ。なにか文句でもあるかといわんばかりのスキルのせいか、YouTube の視聴数も圧倒的である。

 しかし、however、ただひたすら音符が通過するだけでは、その音自体を味わうヒマがまったくないし、そもそも音楽として聞こえてこないのはどういうわけだろうか? ぼくはけっして情緒纏綿たる演奏が好みというわけではないけれど、必ずしも正確無比の超絶技巧を至上のものとは考えない。

 新しい波を頑固に拒んではいけないと思って、ベートーヴェンのピアノソナタを何曲か素直に最後まで聴いてみたが、例の時代感覚のちがいのせいか(?)どうしても体が受けつけない。口直しにリヒテルの演奏を聴いてホッとした。まるで格がちがう、というのがぼくの結論。こっちは余命いくばくなんだから、反論は受けつけない(笑)。

 さて以下はご参考までに……

 USBメモリには要注意。以前から気づいてはいたのだが、知らぬ間にデータが壊れる可能性なきにしもあらずである。もちろん頻繁に起こるわけではないけれど、今回も一度だけ再生中にストップしたので、その曲を保存し直す必要があった。データのバックアップは必須である。

 また動作不安定だった古い USBメモリを使ったら、A という曲の途中からまるで無関係な B という曲が混入するという奇怪な現象が起こり、メモリを再フォーマットして保存し直したら復旧したけれど、こういうのは躊躇なく捨てるべきだろう。信頼しすぎてはいけないという教訓かも知れない(安物のせい?)。

 USBメモリによってはデータの読み書き中にランプが点滅するものもあり、それを観察すると、停止してから2~3秒は点滅しつづけている。して見ると、メモリを抜き取るときには、曲が停止した直後ではなく、数秒待ったほうがいいのではないかと思う。

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January 17, 2021

Daily Oregraph: 1960年代の男

 本日の最高気温は-4.0度。風はなかったが、雪は凍てついてスコップを受けつけなかったので、雪の壁サボタージュは断念した。

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 活字に戻るどころか、今日も音楽三昧。せっせと YouTube から曲を拾った。クラシックの目玉は、まずはわが敬愛する上の写真のおじさん、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全15曲。ぼくは全曲のLPレコードを持っているけれど、イコライザ付きのアンプは復活したもののレコードプレーヤを置く場所がないから、YouTube に頼ったのである。

 ついでグラズノフやカリンニコフなどの、まだ聴いたことのない交響曲をダウンロードし、シューマンやプロコフィエフなどの曲も大幅に追加した。せっかくの人類の宝の多くを知らぬままでは、死んでも死にきれない(笑)からである。

 さてクラシックのほかに、ジャズやポピュラーなどのいわゆる「洋楽」(そういえば、小島正雄さんというすてきなおじさまがいたっけ)を次々と聴きながら漁っているうちに、あたりまえのことながら、ぼくの基礎は60年代にあることにあらためて気づいたのである。

 たとえばジャズにしろポップスにしろ、50年代後半から60年代の曲が最もすんなり体に入ってくる。マイルス・デイヴィスの Bitches Brew は1970年だが、ぼくには難解な現代音楽の一種としか聞こえない(笑)。

 もはや歌謡曲とはいいにくくなった若者向けの和製ポップス(?)などは、Occupied Japan の曲みたいに聞こえてしようがない。戦後間もなくから昭和30年代の歌謡曲のほうが、なじみのある日本語らしく聞こえるのだから、ぼくも完全にジジイになったわけである。歌詞の言葉数が増えるのに反比例して内容が希薄になったように感じるのである。

 日本の歌謡曲だけではなく、横文字の流行歌も割と古いもののほうがしっくりくるからおもしろい。これはある時期に生まれ育った人間が共通して持つ、いわゆる時代感覚というやつなのだろう。理屈をもとにむりやり作り上げた感覚ではないから、いいの悪いのといってもはじまらないし、ジジイが若者に押しつけたってなんの意味もない。

 もちろん古い名曲を若者が聴いても感動するにはちがいないけれど、身についた時代感覚がちがえば、感じ方もちがうはずだ。ショスタコーヴィチの曲にしても、ぼくなどはかろうじて彼と時代は重なるけれど、スターリン時代をじかに経験した人とぼくとでは、受ける印象に微妙なズレがあるにちがいない。

 だから1960年代に出来上がった男としては、十代の諸君が懐メロに接するような心持ちでグラズノフを聴くしかないわけだが、さまざまな時代感覚の持主が聴きつづけることは決して無意味ではないだろうと思う。

 食わずぎらいという言葉もあるしね、煙草をくわえながら苦い顔をして新聞を読んでいるおじさんの弦楽四重奏曲を、そこのお兄さんお姉さんも聴いてみませんか? 意外とお気に召すやも知れませぬ。

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January 11, 2021

Daily Oregraph: さらばCD

 本日の最高気温は-3.0度。上天気であった。

 9日は仕事があったから、10日はほぼ一日中雪かき。今日の午前中は雪かきの最終仕上げ(笑)。どうしてそこまでやるかというと、天気予報によれば、12日の夜からふたたび雪が降るからである。

 自称上級国民が肉体労働をすれば、当然活字なんぞを読む余力などあろうはずがない。せいぜいウィスキーをちびちびやりながら音楽を聴くのがいいところだ。

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 それにしても……USBメモリを差し込んだCDプレーヤを使って36年前のアンプを鳴らす日が来ようとは思わなかった。6年前に購入したTEAC製のこのCDプレーヤにはUSB端子が付いており、これまでめったに利用しなかったけれど、最近 CD駆動部が故障して初めてそのありがたみがわかった。諸行無常、CD の時代も終りを告げようとしているとは!

 パソコンでCDをリッピングしたファイルをUSBメモリにコピーして再生すればいいのだから、考えようによっては一々CDを交換する手間が省けるというものである。うるさ方はどうおっしゃるかわからないけれど、ぼくのロバの耳には音質の劣化はまったく感じられない。YouTube から拾った曲も MP3 に変換すれば、音質に特に不満はない。

 問題は必ずしもファイルの並び順に再生されないことだが、これもフリーソフトで解決できる。ご参考までに、ぼくの場合は、

 UMSSort というフリーソフトでファイルをアルファベット順にソートする(その順番で再生されるようになる)→StrucureT-Maker というやはりフリーソフトでファイルのリストを EXCEL シートとして出力するという方法で処理している。

 下の画像は出力後に若干加工して見やすくしたリスト例の一部(USBメモリは音楽のジャンル別にいくつか用意)。

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 ファイルリストを見ながらプレーヤのリモコンで曲の番号を指定すればOKだから、楽ちんである。USBメモリーを利用できる装置があれば、わざわざネットワークプレーヤを購入する必要はないから、当分はこれで間に合わせるつもり。上級国民はケチなのである。

 これもコロナによる引きこもり生活対策の一つといえないこともないかな?

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February 27, 2013

Daily Oregraph: 作戦失敗?

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 宗八(ソウハチ)ガレイ、一尾85円也。買わずに写真を撮っただけ。

 なにしろノートを読み返しているだけの毎日だから、ネタというものがない。おまけにここ数日、どうも文字を読むのがつらくてならない。いわゆるスランプである。

 だれだったか、真剣
素振りをしてスランプを乗り切った野球選手がいたと記憶している。しかしそんな物騒なものはもちろんわが家にはないから、素振りをするなら一升瓶くらいのものだろうか。

 こういうときは思い切って気分転換が必要である。音楽などはよさそうだけれど、それなら毎日聴いているじゃないか。いやいや、思い切ってジャンルを変えるのさ。そこで三橋美智也から浅川マキやビリー・ホリデイまで、一杯やりながら、ごった煮にして聴きはじめたとお思いいただきたい。

 先日札幌の喫茶店に流れていたヘレン・メリルの What's New も聴き直してみたが、しんみりしていい曲である。ニューヨークのためいきに

  I
haven't changed
  I still love you so


なんてささやかれてごらんなさい
ゾクゾクとするから。Handsome as ever (あいかわらずハンサム)じゃないおれには、だれもそんな泣かせるセリフをいってくれない(あたりまえ)のは情けないけどさ(笑)。

 しかし一番こたえたのは、ビリー・ホリデイのだみ声だなあ。こっちはとてもシラフではつらくて聴く気になれない。だんだん気が滅入ってくるのである。そこで酔いが回ってから聴いてみると……ますます気分が落ちこんでくるのだ。

 あの声で You don't know what love is てなことをいわれると、たしかにそうかもしれないなあと思えてくるからふしぎである。

 う~む、スランプ脱出作戦失敗だろうか? でも今日一日だけは勉強をサボって音楽にひたることにしよう。

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January 04, 2012

Daily Oregraph: 40年ぶりの『融』

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 空気が澄んでいたので、米町公園から雌阿寒連峰がよく見えた。手前の景色がいまひとつ冴えないけれど(笑)、どうかご容赦いただきたい。

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 三ヶ日もすんだからもう参拝客もほとんどいまいと思いのほか、厳島神社には今日も多くの人々が訪れていた。

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 さて厳島神社といえば、毎年秋になると、本家宮島の厳島神社能舞台では観月能という催しが行われる。昨年の出し物は喜多流の『融(とほる)』。昨年10月10日の舞台のもようが正月の二日にNHK教育TVで放映されたので、ぼくとしてはめずらしくDVDに保存して、本日じっくりと鑑賞した。

 えっ、おまえが能を観るのかよ? と、ビックリされる方もいらっしゃると思う。たしかに柄じゃない(笑)。あの独特のうなり声(失礼)を聞いていると、たいてい眠くなってくるから、ふだんは見向きもしないのである。

 しかし『融』は芝居としてもなかなかよくできており、約40年ほど前にやはりNHKで放映されたとき、最後まで居眠りせずに観ることができたのであった。素人を飽きさせないのだから、この謡曲はたぶん大傑作にちがいない(あんまりあてにはならないが……)。

 それ以来ぜひもう一度とは思いつつもなかなかチャンスがなく、やっと念願かなったというわけである。内容について詳細は省略するが、幽霊が姿を変えて二度現れるというおもしろい曲だから、どうか食わずぎらいをせずに、ごらんになるようお勧めしたい。

 作品の舞台となるのは、荒れ果てた六条河原院跡で、地図によると、鴨川右岸、現在の五条大橋から五十メートルほど下流側にある。河原院を造営した左大臣源融は、(現在の宮城県)塩竃の風景を模して作庭したばかりでなく、難波の海で汲んだ汐を都まで運ばせたというから、実際に製塩もさせたのだろう。畸人というべきか。

 当時陸奥塩竃の風景はよほど有名だったらしいけれど、左大臣を勤めたほどの貴人が気軽に観光旅行に出かけることはできず、庭をながめてあれこれ想像していたのだろう。

 汐汲みの爺さん姿で現れた融の幽霊は、まず

 
月もはや、出汐になりて塩竃の、うらさびわたる気色かな。[注]

などと、都にありながら現実離れしたセリフをうなるほどだから、よほど塩竃にあこがれていたらしい。

 ぼくは左大臣ならぬ下賤の身のありがたさで、昔一度だけ名高い塩竃神社を見物したことがある。有名な景色がどこを指すのか、そのときはあいにく時間不足のため確認していないが、昨年の大震災で風景が破壊されていないことを祈るばかりである。

 (昔)恋しや恋しやと、慕へども嘆けども[または「願へども」]、かひも渚の浦千鳥、音をのみ泣くばかりなり、音をのみ泣くばかりなり。

 六条河原院跡には石碑があるらしいので、今年中には取材するつもりである。塩竃もぜひ再訪してゆっくりと見物したいものだが、関西東北を股にかけての旅行となるとちょっとしんどいかもしれない。

[注]「月もはや出、それとともに潮も満ち来て、塩竃の浦は一面うら(心)さびしい様子である」というほどの意味。

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