January 25, 2008

さらば DSCH JOURNAL

D_shostakovich DSCH JOURNAL をリンクから外すことにした。

 DSCH というのは、ショスタコーヴィチの頭文字をドイツ語表記-Д (=D) Ш (=SCH) -したもので、知っている人は知っている、知らない人はまったく知らないという、一種の音楽オタク用語である。

 DSCH JOURNAL にはおもしろいインタヴュー記事などが満載され、ぼくもたまに読んでいたのだが、だんだんタダで読める記事が減ってきたことには気づいていた。

 ところがさきほどひさしぶりに覗いてみたら……なんとフリーで読める記事がまるでないのである。

 Subscriber(購読者)がどうのと書いてあるから、このページを開いてみると、要するに読みたければ金を出して購読せよというのである。

 ご冗談でしょう。だれが金を出すものか。

 Dedicated to Dmitri Shostakovich.(ドミートリ・ショスタコーヴィチに捧ぐ)が聞いてあきれる。そもそも the non-profit DSCH Journal  と謳っているのに、なぜ金なんぞ取ろうというのだ。

 サイトの運営に要する費用などたかが知れていることはみなさんご承知のとおりである。

 もちろん取材に費用がかかることはわかる。しかしよほど金に困っているのならともかく、「ショスタコーヴィチに捧げる」はずのアマチュアのサイトが金を取ろうとはなにごとか。ショスタコーヴィチの魅力を広めようという精神はどうしたのだ?

 ぼくはかつてパソコン通信を知ったとき、多くの人々が手間暇かけた努力の成果をフリーウェアや無料データ公開によって広く世間に提供する姿勢に打たれ、新しい世界の到来を実感した。万事を金に換算して評価するいやらしい世の中に、すがすがしい新風が吹きこんだことをすなおに喜んだのである。

 それなのに、またしても金か……

 もちろんぼくだって金は欲しい。欲しいけれども、ケチなことをしてまで欲しいとは思わない。

 よほどメールを書いて抗議しようかと思ったのだが、しんどい英作文は仕事だけで十分だからウンザリ(笑)。リンクを外すことにしたゆえんである。

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September 05, 2007

Daily Oregraph: 2007-09-05

 わが家では茶の間のスピーカーはふだん沈黙している。

 聴きたくとも聴けない理由は、たぶん申し上げなくてもおわかりだろう。テレビとステレオでは勝負にならないのである。

 それならそっくり二階の自室に移せばいいのだが、スピーカーやアンプを置くスペースの問題もあれば、重量の心配もある。

 昨夜はほんとうにひさしぶりに(何ヶ月ぶりだろうか?)アンプのスイッチを入れて、ショスタコーヴィチのバービ・ヤール(交響曲第13番)を聴いたとお思いいただきたい。

 やっぱりいい音なのだが、なんだかヘンだ。バランスがおかしく、全体にがさつでうるさい音がするのである。

 第3楽章にさしかかると、なんだかヘンどころか、いきなり低音がすっぽ抜けて、ビビリ音まで聞こえてくるようになった。

070905speaker サランネットを外して点検すると……南無三、ウーファのエッジ部が経年劣化によってボロボロになり、一部脱落しているではないか。録音のいいCDだけあって、ものすごい重低音が弱っていたウーファに致命傷を与えたらしい。

 ヤマハの往年の名器 NS-690II もついに臨終を迎えたのだ。三十数年間ほんとうによく働いてくれた。

 弔鐘にはじまり弔鐘に終わるバービ・ヤールを鳴らしつつ死を迎えるとは……

 世の中金さえ出せば修理は可能かもしれないが、ウーファがこのありさまではスコーカもツィータも劣化が進んでいるはずだし、今さらなあ。

 ボックスを再利用して20センチ・シングルコーン一発のシンプルなシステムにするのも手だが、最近は根性がないから、それすらめんどうくさい。

 それに三十年という月日は人を変えるものだ。ぼくはもう悟りの境地に達したから(笑)、たとえ5千円のCDラジカセでも音楽を楽しめるのである。音はおそまつでも、曲のエッセンスは伝わるからだ。

 さてどうしようか?

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July 11, 2007

Daily Oregraph: 2007-07-11 (2)

 芋焼酎からスコッチに切り替え、YouTube でショスタコーヴィチを検索したら……あるもんだなあ。

 ムラヴィンスキーやロストロボーヴィチ、忘れかけていたレオニード・コーガン、それに初めて聴く演奏家たちの登場する映像の数々。

Shostakovich_in_1934 この一本、画質は今ひとつだが、なんと1934年に撮影されたものらしく、ショスタコーヴィチ自身の姿もおがめるのだからありがたい。

 トランペットも活躍するこの曲は、ピアノ協奏曲第1番(1933年)だろう。若いなあ、もし1934年の映像だとすれば、28歳だからね。

 英語の世界でぼくが不満なのは、one of the greatest composers という表現である。

 The greatest というからには、複数であるはずがなく(笑)、ただひとりでなければならない。ちょっと考えてみればわかるけれど、 one of the highest mountains なんておかしいからね。世界ではエベレスト、日本では富士山、釧路市内ではお供え山(?)。

 アルコールを楽しみながら、薄氷堂認定 the greatest composer in the twentieth century の曲をYouTubeで聴いてみたいという方はこちらへどうぞ。

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May 27, 2007

Daily Oregraph: 2007-05-27

070526imoshochu  これは実は昨夜撮ったもの。しかし封を切ったのは今日である(つまりすぐ飲めるように、昨日から準備しておいたわけ)。

 焼きいも焼酎とはどんなに甘いのかと思ったら、むしろ辛口のスッキリした味わいである。スイスイといけそうだ。

 バックのLPレコードは、ムラヴインスキー指揮レニングラード・フィルのチャイコフスキー「交響曲第5番」。

 これも思い出深い演奏である。

 雨が降ったので授業をさぼり、なにげなくソニーのトランジスタラジオのスイッチを入れたら、この演奏が流れてきた。

 すごい! と感激して、たちまちクラシック・ファンになったのである。今にして思えば、曲はさほどでもないけれど演奏がすごいのだ。

 たとえばカラヤンのチャイコフスキーを聴くと、チャイコフスキーの欠点が増幅され、へたくそな浪花節みたいでガッカリさせられる。ムラヴィンスキーの演奏は段違いに格調が高いのである。

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April 18, 2007

Daily Oregraph: 2007-04-18

070418imoshochu だんだん芋焼酎が脇役に回りつつあるこのシリーズだが、飲む前に撮るという姿勢は崩したくない。

 撮ったら飲むのはもちろん(笑)。天地神明は前回の天使のはしごとは大ちがいで、まことに重厚な味わいの焼酎である。

 さて今日のLPレコード(LPは Long Play の略なのだが、もう若者には通じないだろう)は、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」。ピエール・モントゥーの指揮である。

 記憶ちがいでなければ、このパン屋さんみたいな風貌のおじさんこそ、ストラヴィンスキーの「春の祭典」を初演したお方なのである。「春の祭典」はだんだんトゲトゲしい演奏が主流になり、いまモントゥー盤を聴くと物足りなさを感じる方もおいでかと思う。

 しかしモントゥーの演奏には、写真でいうところの空気感があるのだ。シャープネスをたっぷりかけて、輪郭がハッキリクッキリになったはいいが、遠近感もなにもあったものでなく、すっかりひらべったくなってしまったデジカメ写真とは正反対の雰囲気をご想像いただきたい。あるいは上等の真空管アンプの音といってもいいだろう。

 モントゥーの「ダフニスとクロエ」をほめる批評家が多いかどうかは、ぼくも知らない。しかしいいものはいいのだから、まあ黙って聴いてみなはれ、というしかないのだ。

 まるで深い森の中をさまよっているかのような気分を味わえることだろう。

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March 27, 2007

Daily Oregraph: 2007-03-27

070326imoshochu 昨夜酔っ払って撮った芋焼酎。前回のが空になったから、やむをえず(笑)封を切った。

 まあ芋焼酎はどうでもいいのだが、ベートーヴェンのピアノソナタ第17番『テンペスト』、リヒテルのこのLPは名盤中の名盤だろう。学生時代にH君が初めてこの演奏をぼくらに紹介してくれたのだが、聴いた連中は一人の例外もなくたちまち虜になったのだから、そのすごさがわかる。

 いったいどうしたらあんな音色が出るのだろうか? 音と音との間合いも絶妙で、すごいピアニストがいるものだと感心した(授業に出席するヒマがあったら、こういういい音楽をたくさん聴いたほうがましだとぼくが考えたのも無理はないだろう)。

 この曲は多くのピアニストの演奏を聴いたけれど、どれもぼくの耳には満足できなかった。テクニックならリヒテルほど達者な人はほかにもいるのだろうが、やはりテクニックだけでは心に響く演奏は生まれないものらしい。

 上智大の名物教授W氏は、リヒテルは暗譜ではなく楽譜を前にして演奏するからダメだと、わけのわからぬことをお書きになった。ぼくはそれを読んでビックリ仰天、音楽はまず虚心に音を聴くべきものなのに、評価の基準がまちがっていやしませんか?

 ご自分の知識量に絶大なる自信をお持ちだから暗譜をおほめになるのだろうが、山なす知識や並はずれた記憶力がすなわちすぐれた芸術をもたらすとはかぎらない。肝腎なのはセンスですよ、先生。

 ご高説、ちっともぼくの心を打たなかった。

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March 22, 2007

Daily Oregraph: 2007-03-22

070322imoshochu 今日の芋焼酎。これこそぼくが芋焼酎なるものを初めて味わった銘柄である。

 最初はなんだこのくさい酒は! とビックリしたものだが、今ではすっかりいっぱしの愛好家になってしまったのだからふしぎだ。

 通の方はお湯割りを飲むらしいが、ぼくは水にしろお湯にしろ、最初から薄めてしまうのは好みではない。ウィスキーもそうだが、on the rocks 一本槍である。

 さすがにストレートはきついし、氷をぶち込むとさまざまな濃さの味をいっぺんに楽しめるところがいい。階調ゆたかな写真(笑)を鑑賞するようなものだと思う。

 さて今夜並べたのはCDだが、20世紀のヴァイオリン協奏曲の最高傑作と、ぼくが断言してはばからないショスタコーヴィチの第1番である。天才の証明といってもいいと思う。

 オイストラフの演奏がまたすばらしい(この曲は作曲家ショスタコーヴィチと演奏家オイストラフのコラボレーションといってもいい作品だから、それも当然なのだが)。

 1972年に録音され、発売されたばかりのLPレコードを買って、ぼくらに聞かせてくれたのはM君だった。この演奏を聴くたびに、卒業間近に急逝した彼のことや、新潟県十日町市にある彼の実家を訪れたとき、ぼくを歓待してくださったご家族のみなさんのことなどを思い出すのである。

 複雑に屈折したヴァイオリン協奏曲第2番は、やや難解であるがゆえにショスタコーヴィチ・フリーク向きかもしれないけれど、第1番はちがう。胸の奥底まで達する深い悲しみと叙情性をたたえ、並はずれた格調の高さをそなえたこの名曲は、はじめて聴く人をたちまち魅了することだろう。

 夜の静けさの中で、アルコールを味わいながらひとり聴くにはもっともふさわしい曲のひとつである。

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March 17, 2007

Daily Oregraph: 2007-03-17

070317warehouse_1 仕事帰りに寄った北埠頭にて。

 今の気分に合わせて色をいじってみたら……う~む、あまり愉快なものじゃないなあ。ほんとに申し訳ないと思う。

 こう忙しいと、国会議員にでもなって、白昼堂々居眠りをしてみたくなる。水も使い放題だしね(?)。とてもお手本にはならぬ人間のくせに愛国心やら教育改革やら、えらそうなことを口にする神経をおれも持ちたいものだ。

 引っ越し魔の孟母三遷、実はその続きがあった。

 -母上、せっかく格安の超高級宿舎に住めるというのに、どうして永田町から引っ越すのですか?

 -まともな人間になりたいのなら、おまえ、けっして政治家にだけはなってはいけませんよ。

 おっと待ったり、連中の厚顔ぶりはやはり凡人を超越しているから、やっぱりえらい方々なのにちがいない。前言撤回、どうかおゆるしを。

 すぐにトーンダウンしてしまうのはサラリーマンの悲しさだけれど、やはり読むならいい文章、聞くならいいことば、味わうならいい演奏、どこぞの首相の話など聞きたくもないので、顔を見ればすぐにTVのチャンネルを替えてしまう。

 どこかにも書いたが、『ハムレット』第3幕第3場最後のクローディアスのセリフ。

    Words without thoughts never to heaven go.
    心のこもらぬ言葉は天には届かぬ。

 天には届かぬし、もちろん薄氷堂にも届かないのである。 

070317imoshochu バカ高いくせに腐った水の口直しには芋焼酎、濁ったことばにけがれた耳を洗うにはトスカニーニの演奏。

 不純物の少ないトスカニーニの演奏は、強烈な印象を与えずにはおかない。もうちょっと雑味があってもいいんじゃないかと思うほどである。

 さて明日も早出、さっそく封を切るとしよう。

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March 11, 2007

Daily Oregraph: 2007-03-11

070311wport やはり荒れた天気になった。吹きすさぶ風の音を聞くと、おちおち寝ていられないから閉口する。

 しかし船を沖出しせずにすんだのはなによりであった。窓を開けると雨が吹き込んでくるので、ガラス越しに一枚。

070311poster これは船の通路で発見した作品。ヘタウマよりはちょいとうまいと思う。乗組員が描いた絵らしいけれど、愛嬌があっていい。

 やはりシロウトの絵は、こいつのように、少し下手なくらいがちょうどいいんじゃないか。中途半端にうまいと、いやらしさの目立つ場合がある。

 写真も同じ。へんにうまいとプロの立場もないだろうし、ぼくのように分をわきまえるくらいがいいのだ(笑)。

070311imoshochu 芋焼酎を見せたいのか、レコードのジャケットを見せたいのか、自分でもよくわからないが、一応ピントは焼酎に合わせてある。

 ムラヴィンスキー指揮のレニングラード・フィル。その人間業とは思われぬ凄味のある演奏は、ただただあっけにとられるばかりで、聴き手にもそれなりの気力が要求される。

 プロコフィエフの交響曲第6番は、さほど有名ではないような気もするが、重厚な傑作である。ショスタコーヴィチと同時代の作曲家であることが痛いほどよくわかる。芋焼酎を飲みながらお聴きになるようおすすめしたい。

 さて傑作と折り紙をつけたのは、酔っ払いの薄氷堂ではなく、ほかならぬ旧ソ連の共産党中央委員会だ。なにしろ連中がこの曲を「好ましからぬ作品」と非難した以上、傑作であることは明らか、保証つきなのである。

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March 04, 2007

Daily Oregraph: 2007-03-04

070303imoshochu 今日は午後から出勤。日没前に仕事を終えて写真の一枚も撮るつもりだったけれど、忙しくてとうとう日が暮れてしまった。

 こんなこともあろうかと昨夜撮っておいたのが芋焼酎の写真とは、われながら立派なようなアホなような、複雑な気分である。

 レコードのジャケットは、名盤の誉れ高いカール・べーム指揮ウイーンフィル、モーツァルト「レクイエム」。

 だいたいどの作曲家も「レクイエム」は気合いを入れて作曲するものとみえて、駄作は少ないんじゃないかと思う。

 フォーレもいいし、ヴェルディもいい。ブラームスの「ドイツ・レクイエム」も悪くない。自分が死んだらどの曲を聴きたいか(といったって聴けやしないけれど……)、たまに考えるのだが、そのときどきの気分によって変わるからおもしろい。

 不信心者のくせになんだ、という方もおいでだろう。しかしフォイエルバッハのいうように、宗教音楽の威力は、宗教の威力ではなく音楽の威力なのである。

 明日は早出だから、今夜は写真の芋焼酎の封を切り、レクイエムを聴きながら一杯やって早めに寝ることにする。さてだれの曲にしようか。

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March 01, 2007

Daily Oregraph: 2007-03-01

 ショスタコーヴィチの話題がつづくので、興味をお持ちでない方は読み飛ばしていただければ幸いである。

Dsch_squartets ショスタコーヴィチには弦楽四重奏曲が第1番から第15番まである(そういえば交響曲も15番まで)。ぼくが揃えたのは、タネーエフ弦楽四重奏団のLP全集で、ジャケットを見ると1982年のプレスである。当時は安月給の身だったから、一枚1,500円という価格はありがたかった。

 室内楽、とくにピアノ・トリオやストリング・カルテットなどは、もともと作曲者と聴き手との距離が近く、両者はたいへん親密な関係にあるといえる。

 ことにショスタコーヴィチの場合は、作曲者その人を同じ部屋で目のあたりにしているような錯覚さえ与え、まるで見てはならぬプライベートな姿を見てしまったかのような気分にさせる。

 彼の交響曲の一部には、共産党の幹部連中や岡っ引き顔負けの御用評論家たちを意識して、やむをえずうわべをとりつくろいつつ、ところどころでこっそりいいたいことをいっているような印象を与えるものもたしかにある(敏感な岡っ引きどもはそれを感じ取っていたはずだが……)。

 しかし大ホールで満場の観客相手に大音響を響かせる交響曲と弦楽四重奏曲とでは話がちがう。全集を聴きこむと、人間は結局自分にウソはつけないのだということがよくわかるし、実際ウソをついていないから、その誠実さが胸を打つのである。

 ショスタコーヴィチは決してよき理解者や友人を持たぬ孤独な人ではなかった。ユーモアや皮肉あふれる魅力的な人物でもあったらしい。ヘビースモーカーだったうえに、飲んべえでもあったらしい。

 だが深夜独りで部屋にこもったとき、人が見せる表情にはきっと深い孤独や絶望(もちろん希望だってあるはずだが……)があらわれているはずだ。

 深夜独りでショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲を聴く人は、おのれの孤独や絶望の深さ、それにもかかわらず抱いている一筋の希望を思わずにはいられない。そしてそれがショスタコーヴィチ中毒のはじまりなのである。

Dsch_squartets_cd 以前から釧路市立図書館ではCDを貸し出すと聞いてはいたのだが、先日初めて利用した。一回2点まで、貸し出し期間は2週間。ほんとうにありがたいことである。

 何枚組でも1点は1点だから、ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲全集5枚組と、初期作品集2枚組の2点を借りたのは貧乏人根性丸出しであったか。いませっせと聞いているところだ。

 なお一昨日掲載したくわえタバコの写真は、このCD5枚組の解説からスキャンしたもの。LPレコードやCDのジャケットもそうだが、厳密にいえば、著作権上問題があるのかもしれない。もしご指摘があれば削除も考えたいと思う。

 しかし考えようによっては、ポスター一般、看板一般、商品のデザイン一般が写りこんだ写真にだって問題がないとはいえないのではないか。あまり厳密に考えてしまえば、うっかり街で写真を撮れないどころか、写真一般を撮れなくなってしまうことにもなりかねない。

 どのへんで線引きすればよいのか、ぼくにはわからないが、剽窃は問題外として、金銭的利益を伴わない引用、悪意を含まぬ引用については寛容であってほしいと思う。これ以上息苦しい世の中にはなってほしくないのである。

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February 25, 2007

Daily Oregraph: 2007-02-25

070225nwharf 仕事帰りに寄った北埠頭にて。

 毎度同じ場所を撮るのは芸のない話で、1月28日の記事にも似たような写真を掲載している。はずかしいからモノクロ化してごまかしておいたが、マンネリズムはぼくの病気みたいなものだから、どうかご勘弁いただきたい。

 今日は記録を意識して埠頭のあちこちを撮ってみた。いつになるかはわからないが、いずれこの倉庫群は確実に姿を消すだろうから。おもしろかろうがなかろうが、平気でシャッターを切れるのはデジカメのありがたさである。

070225daruma さて港にはいろいろな謎の物体が転がっているけれど、ダルマを見たのは初めてだ。

 だれが置いたかはしらないが、まだ目が入っていないところをみると、望みはかなっていないらしい。

 「T商店」という消えかかった文字の上に、「A電気工(業?)」と書かれている。ダルマの使い回しもまためずらしいと思う。なんとなくふしぎな、水木しげるさん風のながめである。

070225imoshochu 今日の芋焼酎。

 ショスタコーヴィチはピアノの名手でもあった。

 このアルバムには収録されていないけれども、ぼくが初めて彼のピアノ演奏を聴いたのは、傑作チェロ・ソナタ作品40、チェロはロストロポーヴィチ。

 このソナタを雨の日の午後などに聴くと、ぐっと胸にしみるものがある。

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February 21, 2007

Daily Oregraph: 2007-02-21

070221kamome1 おお、あれは?

 カモメの群れが、魚を積んだトラックを追いかけている……そんな光景は港町ではめずらしくもないはずなのだが、あっと息を呑むほど異様な雰囲気が漂っていた。

 いつもはやかましいカモメたちが、まったく鳴き声を発せず、まっしぐらに荷台に向かって飛んでいるのであった。食糧の乏しい冬だからだろうか、真剣、必死、戦艦に襲いかかる攻撃機のような迫力がある。

070221kamome2 距離をつめてもう一枚。

 まるで映画でも見ているような、ちょいとシュールな眺めである。

 
【追記】 写真とは直接関係はないけれど、カモメからとんでもない連想をしてしまった。

 ぼくはもともと日本の古典音楽にはとんと興味がなく、多くの青年がそうであったように、ほとんど西洋音楽かぶれに近かった。

 ある日たまたま気まぐれに録音したのが、NHK FM で放送された生田流の箏曲『磯千鳥』である。1979年7月22日。それを聴いたぼくは、けっしておおげさではなく、まるで雷に打たれたように体がふるえたのであった。

 大ホールで満場の聴衆を沸かせるような種類の音楽ではないし、またそんな場所で聴くべきものでもないだろう。西欧の聴き手にどれほどの感銘を与えるものか、おおいに疑問でもある。しかしそんなことはどうでもいい。

 畳の部屋には湿った空気がこもり、頼りない朝の光は障子によっていっそう弱められ、ふっと川の匂いまでが漂ってきそうな……この曲を聴いていると、そんな錯覚を覚えるのだ。

 繊細にして微妙、まさに洗練の極致。日本音楽の到達点のひとつではないか、とさえ思うのである。

 名作『磯千鳥』の歌詞をメモしておきたい。聞き取りによるものなので、原文の表記とは異なっていると思うが、どうかご容赦いただきたい。

   うたた寝の枕にひびく明けの鐘
   げにままならぬ世の中を
   なににたとへん飛鳥川
   きのふの淵はけふの瀬と
   かはりやすきぞかはるなと
   ちぎりしこともいつしかに
   身は浮舟のかぢをたえ
   いまはよるべもしらなみの
   棹のしづくか涙の雨か
   濡れにぞ濡れし濡れごろも
   身にしむけさの浦風に
   わびつつや鳴く磯千鳥

 こいつを聴きながら一杯やれば、どうかすると涙腺が刺激され、こたえられない。文化的ナショナリスト一丁上がり、というわけだが(笑)、粗雑で無趣味な右翼壮士の諸君とは無縁の世界だから念のため。

【さらに追記】

 その後ネットを検索し、歌詞が掲載されているサイトを参照したところ、いくつか明らかな誤記があったので訂正しておいた(ただし仮名づかいの誤りは訂正したが、漢字やひらがなはそのまま)。

 そのサイトでは最後の一行を「わびつつ鳴くや磯千鳥」としてあり、ぼくの録音でもアナウンサーの歌詞説明はそうなっている。

 しかし演奏を聴くと、たしかに「わびつつや鳴く磯千鳥」となっているので、そのままにしておいた。ぼくは邦楽には無知なのでわからないけれど、なにか演奏上の約束事でもあるのだろうか。ご教示いただければ幸いである。

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February 20, 2007

Daily Oregraph: 2007-02-20

070220rope もやい銃発射の瞬間。

 -ドーン!

 -パシャッ!

 これでは遅いのである。

 射手の姿が見えないからタイミングをつかむのは至難のわざ、まさに一発勝負だ。たとえ一眼レフを使ったって、結果は同じだろうと思う(広角レンズならロープの先のおもりが写るかもしれないけれど、それじゃおもしろくない)。

 う~む、おれもまだまだ修行が足りぬ。庭にリンゴの木を植えて、実が枝を離れる瞬間をとらえる練習をすれば、たとえ万有引力は発見できなくとも、シャッターチャンスには強くなれるかもしれない。

070220imoshochu バカな話はさておき、今日の芋焼酎はこれ。

 バックはスヴャトスラフ・リヒテル弾くところのバルトークのピアノ協奏曲第2番である。B面はプロコフィエフのピアノ協奏曲第5番というから、実に渋い選曲(こういう書き方をするとき、人は間接的に自分の鑑賞眼をほめているのだ。どうかあなたも胸に手を当ててお考えいただきたい(笑))。

 どちらもいい曲だけれど、ことにリヒテルの弾くバルトークは、蒸し暑い夜などに聴くと、すーっと汗の引くような名演である。ロリン・マゼールの指揮もこの曲にはよく合っていると思う。

 さてこういう曲を聴きながら芋焼酎を味わうからには、薄氷堂はさぞかし珍味佳肴を前にしているのだろう……とお思いの方にはまことに申し訳ない。

070218peanuts ピーナッツの皿に「食べる煮干し」をひとつまみ。雨が降っても槍が降っても小判が降っても、来る日も来る日もこれである。われながらよく飽きがこないものだと感心するけれど、別に負け組だからというわけではない。

 寒天やキャベツを毎日食べつづけるのは、いかにダイエットに効ありといえどもむずかしい話だが、こいつはいける。ウソだとお思いなら、ためして合点していただきたい。

 おまけにさすがは清貧の人物と誤解してもらえる可能性もあるからやめられないのである。

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February 15, 2007

Daily Oregraph: 2007-02-15

070215snow 新聞によれば、市内中心部は積雪19センチ。

 たいしたことはなさそうだが、除雪していないところでは車が立ち往生しかねない深さである。通りに出るまでがちょっとしんどい。

070215imoshochu 一昨日といい昨日といい、一杯やって早く寝るつもりが、わけあって夜ふかししてしまった。今日こそは……

 芋焼酎五合をきっかり5日で空け、今夜はこいつの封を切る。焼酎のとなりに並べる小物のタネがつきたため、LPレコードのジャケットを引っぱり出してみた。

 第一回目はわが愛するショスタコーヴィチにご登場願うことにした。第8交響曲だな。

 (コンドラシンの指揮はあまり好みじゃないけれど)1975年に買ったレコードだ。ああ、知らぬ間に30年以上もの歳月が過ぎ去っていたのか……それがまた焼酎を飲む立派な理由になるのである。

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