May 18, 2020

Daily Oregraph: 新コロナの乱

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 ご存じ新京極である(2014年9月30日撮影)。なかなかの賑わいだが、つい数ヶ月前まではもっと多くの観光客であふれ返っていたらしい。

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 そしてこちらが5月16日の新京極三条下ルで、画面を拡大して数えてみたら、歩行者はたった9人のみだから驚く。京都通信員にいわせれば「応仁の乱以来の惨状」であって、例の緊急事態とやらが解除になったとしても、観光客、とりわけ外国人観光客は当分戻らないだろうから、商店街にとっては大打撃にちがいない。

 ろくな補償もないまま自粛しても地獄、そうかといって開店しても客が少ないから地獄、下手をするとコロナで死ぬか店を閉めて死ぬかという有様だから、まるで方丈記の世界である。

 そのどさくさに紛れてごり押ししようとした検察庁法改正案がひとまず見送られたのはなによりであったが、あまりにもひどすぎる話である。こんな途方もない法案が国会に出されるとは、未開の野蛮国といわれても仕方がないだろう。

 これまでボーッとしてチコちゃんに叱られていた多くの人々に政権の正体を知らしめたのは、新型コロナの唯一の功績かもしれないが、とにかく犠牲が大きすぎる。目前に迫る金融バブルの崩壊と相まって、近い将来世界は一変するのではないかという予感がする。末世である。

 かくなる上は、移動式の家を大八車に積んで山に入り、仏様におすがりするしか道はないのだろうか。

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May 15, 2020

Daily Oregraph: 鳩の神社

 観光客がいないのを幸いに、あちこちほっつき歩いている京都通信員だが、本日は三宅八幡宮へお参りしたそうな。

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 なんと狛犬の代りに鳩とは異色である。護王神社のイノシシもめずらしいけれど、鳩とは意外である。

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 アップにしたのがこちら。こんな巨大な鳩にははじめてお目にかかった。

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 鳩の餌は一皿わずか50円だから、おひまな方はぜひ ……といっても、当分行けないそうにないのは残念千万である。

 さて三宅八幡宮の写真から、いっぺんに昔の記憶がよみがえったので、たまには思い出話でもしてみようか。

 ぼくは一時期岩倉に部屋を借りていたから、この神社に行ったことはないけれど、三宅八幡という地名はよく覚えている。まだ鞍馬線を京福の電車が走っていた頃の話である。このあたりは当時は田舎も田舎、岩倉の駅前からして水田だらけ、下宿までの畦道の途中には小さなよろず屋が一軒だけという、「え~、うそ~」というような土地であった。

 夜になれば全方向からカエルの合唱が聞こえてくる。便所へ行けばカエルが跳ねている。窓を開ければヤモリがどたりと頭に落ちてくる。友人は天皇の写真をかけてある部屋の天井から落ちてきたムカデに咬まれる。

 それでも電車の便がいいからだろう、学生はかなりいたように思う。間借りしていた農家には、近くにある同志社高校の生徒もいた。こいつはチャッカリ屋で、大学生の知恵を借りて英語の教科書のアンチョコを作っては小遣い稼ぎをしていた。

 余分な金など一銭もなかったぼくは、よく先輩たちにご馳走になった。ご馳走といっても、もちろん料亭でドンチャン騒ぎをするわけではなく、たまたまアルバイトで稼いだ先輩の部屋で宴会をするのである。修学院離宮にも連れていっていただいたし、わずかの期間ではあったが、京都産業大学の方々にはずいぶんお世話なったから、いまだに京産大に対する敬意は失っていない。

 また当時京大工学部の6回生だった某さんには、特に親切にしていただいた。お部屋に何度かおじゃましたが、本棚には工学書が一冊もなく、仏教書が数冊だけというのには驚いた。「本はな、たくさんはいらんのや」というのである。

 たしか彼は大学を中退されたはずである。「おれは土方をして金を貯めたら、彼女と一緒になってドライブインでもやろうかと思っている」とおっしゃっていたが、お元気でお過ごしだろうか? あるとき「今度実家に帰ったら、高校時代におれの焼いた茶碗を持って来て、君にやる」というので楽しみにしていたのだが、ついにその茶碗をいただく機会を逃してしまった。風貌が高橋和巳によく似た方であった。

 当時岩倉でお会いしたみなさんはずいぶん年老いたはずだし、カエルやヤモリの数も激減したにちがいないけれど、三宅八幡宮の石の鳩は、見たところ当時のままらしい。

 そんなことを考えながら、しんみりと一人で飲む酒も悪くはない。

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May 07, 2020

Daily Oregraph: 困ったときの……

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 当社無給京都通信員が「不明門(あけず)通松原上ル、平等寺因幡薬師堂で配布されてたコロナ退散の御札」の写真を送ってくれた。このお寺については以前記事を掲載したから、こちらをご覧いただければ幸いである。

 なんだ、不信心者のくせに神仏にすがるのか? といわれそうだが、この際だから、すがる(笑)。なにをやらせても後手に回り、しかもそれが意図的であって、国民を救おうという気持が微塵もない最低最悪の極悪政権に期待できぬ以上、神仏にすがるよりほかに道はあるだろうか?

 しかもドクター仏さんの異名をお持ちの(?)薬師さんである。妖怪アマビエごときの少なくとも一億倍は頼りになるであろう。住民票がどうの、国籍がどうのなどとケチなことをおっしゃらず、無条件で救ってくださるのが仏さまのありがたいところだ。

 お賽銭はいらないから、懐疑論者のあなたも、素直にこの画像を拝みなされ。

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April 10, 2020

Daily Oregraph: 雪と桜と

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 昨日は10センチ近く雪が積り、やむなく雪かきしたけれど、気温が高いからみるみる融けて、本日はごらんのとおり日陰に少し残っているだけである。もう降らんでもよろしい。

 さてここからは昨日(4月9日)の京都。市長が当分京都には観光に来ないでくれというから、当社京都通信員の写真でもごらんいただこうと思う。みなさまお疲れだろうから、アベラント(aberrant 笑)な人物の話題はやめておく。

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 北山大橋付近の桜。鴨川ではなく賀茂川の河畔である。この写真では画面正面が北、右が東に当たり、どんどん南へ歩いていくと、やがて西の賀茂川と東の高野川が合流して鴨川になる。

 このカモガワのちがいを知らないと、無知な東夷(あずまえびす)扱いされてくやしい思いをする可能性があるから、ぜひ覚えておこう。「まさか、そんな大げさな」というお方は、失礼ながら京都人をご存じないのである。もちろん雅な人たちがそんなことを顔にも口にも出すはずはないけれど、鈍感な東夷のあなたでも、いつかはハッと気づくはずである。しかし時すでに遅し(笑)。

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 鴨川西岸をなおも南下して三条大橋から先斗町へ。京都市長が懇願するまでもなく、人影が絶えている。閑古鳥も鳴かぬという、まことに信じられない光景だから、飲食店のみなさんはさぞお困りのことと思う。

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 これはなんだろうと思ったら、せき止められて高瀬川の川面を埋めつくす桜の花びらだという。ここでは雪のかわりに桜が積っている。空しく積る観光資源というところだろう。

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 さてこの日通信員がどこまで歩いたかは不明だが、寺町通のオシャレ雑貨の店で Made in Japan のマスクを発見し、さっそく購入したという。一枚550円也(笑)。なおこの日の朝、ドラッグストア前にはマスクを求める人の長蛇の列が出来ていたのだそうな。

 ……いかん、いかん、せっかく避けてきたのに、給食当番マスク宰相を思い出してしまった。

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March 19, 2020

Daily Oregraph: さらば等持院駅

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 気の滅入るようなニュースばかりでいやになるし、悪人どもの顔など見たくもないから、どうでもいいような超ローカルニュースをお届けしたい。

 嵐電北野線「等持院」駅が 3月20日から「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前」駅に改称されるというので、当社京都通信員がもの好きにも写真を撮りに行った。なんでも明日からは「日本一長い駅名」になるらしい。

 新駅名で思い出したが、この大学は半世紀前まではあくまでも地味で宣伝下手、当時の本拠地河原町広小路では藁草履に履きかえて図書館に入るほど設備が時代離れしており、学食の「すうどん」は25円だったからなんと当時の市バス運賃50円の半分、当然貧乏学生が大多数を占めていたけれど、いまやイメージ一新、よくも悪くも革命的変化を遂げてしまった。Rのマークは rich の略ではないかと疑われるほどである。

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 等持院駅最後の姿をもう一枚。

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 そしてこちらは2002年9月18日にぼくがフィルムカメラで撮影した等持院駅である。この電車を見てなつかしいとお思いになる方もいらっしゃるだろう。

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November 22, 2019

Daily Oregraph: 23年ぶりの羊羹

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 へえ、ちっとも変っていないじゃないか。

 当社京都通信員から送られてきた写真を見てそう思った。だって、最後にこのお店の前を通ったのは1996年3月なんだから、23年以上も昔の話である。知る人ぞ知る名物はかま餅とでっち羊羹。どちらも一度だけ味わったことがある。

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 これがでっち羊羹。刻んだ栗の入った、まことに上品な羊羹である。めずらしいことに、京都通信員が送ってくれたのである。残念ながら、かま餅は日持ちしないから、送るのを断念して、本人がむしゃむしゃ食ってしまったらしい。

 さてこのお店から少し南下すると出町商店街がある。

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 おお、「出町座」とは? 新しく誕生した映画館だという。正確には「木屋町四条上ルにあった立誠シネマが移転・改名したもの」だそうだが、今どき商店街に映画館を作るとは、さすが京都の底力だと思う。同志社も近くにあるし、一定の観客は確保できるのだろう。

 古いお店がそのまま残る一方で、思い切り新しい映画館ができるところに、京都のおもしろさがある。ぜひまた散歩に行きたいものだが、ブラキストン線のはるか彼方だから、遠いよなあ。

【11月24日 追記】

 三友亭さんのために鎌餅(これが正式名)の写真を……

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 純白の柔らかい餅が餡をくるんでいる。いかにもうまそうだが、23年前に一度食べたきりだから、とっくに味は忘れてしまった。

 大黒屋さんは場所がちょっとわかりにくい。ぼくの記憶によれば、(たしか織田信長ゆかりの)阿弥陀寺を目標にするといい。門前の小路を西に入れば、お店はすぐである。

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May 27, 2017

Daily Oregraph: 遠ざかる過去

 今日は雨。こう毎日天気が悪いと散歩もできないし、気が滅入っていけない。

 そこで古い写真のファイルをあれこれ見ていたら……あ、やっぱり! 写真は撮っておくべきものである。

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 4月18日掲載の記事には掲載しなかったが、これは天使突抜という町名のもととなった五條天神社の写真である。

 はてな、ここにはどうも一度来たような気がする。しかしいつだっただろうか? それともいわゆるデジャヴュというやつだろうか。

 帰宅してからも、それが妙に気になっていたのである。

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 あった、あった、ありましたよ。2002年9月18日。まさに五條天神である。画面右端の門からちらりと見えるのが松原通り。

 このときは天使突抜の場所を知らなかったから、たぶん松原京極をふらふら歩いているうちにみつけたのだと思う。

 記憶の底にはぼんやり残っていたけれど、写真がみつからなければ確認できなかった。15年ほど前といえば、記憶力の程度を判断するには、なかなか微妙な過去である。

 最近固有名詞がなかなか出てこないし、水飴を引き延ばすように過去がどんどん遠ざかっていくような気がする。記憶の赤方偏移だろうか(笑)。

 なんだか心配になってきた……

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May 19, 2017

Daily Oregraph: 京都足棒日記 神社巡り編 (4)

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 3月28日。いわずと知れた八坂神社である。

 京都足棒日記もいよいよ最終回だから、このにぎやかな神社が最後にふさわしいかもしれない。

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 ここは立地的条件に恵まれているから、いつ来ても人だらけである。だからちょっと迷ったのだが、まあ、たまにはいいか。

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 八坂さんは神社界の大企業だから、ぼくなんかがお賽銭を上げる必要はあるまいと判断し、横目でちらりと見ただけ(笑)。

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 境内にある美御前社(うつくしごぜんしゃ)。道理でレンタル着物おねえさんたちが集まるわけだ。

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 桜が咲いていなくとも、そこそこ人は集まるものだ。もう少し気温が上がれば、ビールが飛ぶように売れるにちがいない。

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 たいして見物もせぬまま八坂神社をあとにして、このあと祇園界隈をブラブラしたけれど、写真は割愛する。

 四条河原町まではとにかく人出が多い。多すぎていやになる。人の好みはさまざまだが、やはり京都のおもしろさは路地散歩にあるとぼくは思う。

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 3月29日。上賀茂神社。

 この日は六条河原院跡まで歩き、ちょうど河原町五条のバス停に上賀茂神社行きのバスが来たので、ついフラフラと乗ってしまったのである。かつてのホームグラウンドの引力とは恐ろしいものだ。

 たいへん有名な神社だが、八坂神社よりはぐっと落ち着いた雰囲気である。

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 ホームグラウンドとはけっして誇張ではなく、まさにこの写真の芝生で仲間とソフトボールをして叱られたのである。いまや世界遺産だから、そんなバチあたりな真似をしたらしょっぴかれるかもしれない。

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 境内にある片岡社。ここはご祭神賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)の母君である玉依比売命(たまよりひめのみこと)を祀っている。

 縁結び-子授け-家内安全と、順序よくかなえてくださるありがたいお社。絵馬の数を見ても、多くの女性の信仰を集めていることがわかる。

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 来るたびにすばらしいと思うのが、境内を流れる御手洗川(みたらしがわ)である。夏はここに逃げこめば涼しくていいだろう。

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 前日の八坂神社あたりからたまった疲れが出たらしく、しかもこの日も六条通りを突き抜けた直後だから、さすがにくたびれた。境内を一回り歩いてすぐに失礼する。

 工事中の御薗橋を渡ったときにはもう十二時半近く……どこかで一休みしたいところだ。

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 といったって、元来安上がりな男だから、御薗橋西詰の王将で餃子とビール。のどが乾いていたのである。

 -あの、お車ではないでしょうね?

 店員さんにそういわれて、思わず笑ってしまった。

 -歩きですよ、歩き。

 いや、このたびはほんとうによく歩いたものだ。足が棒とはけっしておおげさではない。釧路では車に頼り切りだから、健康のためいっそこちらに引っ越そうかしら。雪かきもしなくてすむしなあ(笑)。

(おわり)

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May 16, 2017

Daily Oregraph: 京都足棒日記 神社巡り編 (3)

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 3月27日。佛教大学からてくてく歩いてやって来たのは今宮神社である。

 実はこの神社、ぼくが昔住んでいた部屋からさほど遠からぬ所にあるのだが、訪れるのは今回が初めて。北野の天神さんへはよく行ったけれど、こちらにはご縁がなかった。

 門前の道の左右には名物あぶり餅のお店があり、どちらも六百年以上の歴史があるというから恐れ入る。そういえば清涼寺でも名物あぶり餅をさかんに宣伝していたが、この手の名物は道連れでもいなければ食べようという気にはなれないからパス。このままではあぶり餅を食わぬままあの世へ行くことになりそうだ。

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 小さな神社だとずっと思いこんでいたのだが、どうも雰囲気がちがう。

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 境内は予想よりもずっと広く、ちょっと驚いた。

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 おお、立派なお社ではないか。

 ここも予備知識がなかったから、あとで調べてみたところ、別名「玉の輿神社」というらしい。西陣の八百屋の娘お玉さん(1624-1705)が玉の輿に乗って徳川家光の側室となり、綱吉の生母桂昌院として権勢をふるった。その彼女が、当時寂れていた今宮神社に肩入れしたところから(どこかで聞いたような話だが……(笑))、そう呼ばれるようになったのだという。

 境内にはほかに小さなお社(摂社・末社)がいくつもあるけれど、ぼくが興味をひかれたのは玉の輿でも摂社でもなく、

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この絵馬所である。北野天満宮の絵馬所を一回り小さくしたような印象だが、こちらも相当古いものらしい。

 せっかくだから、ちょっと中をのぞいて見よう。年号のあとには、手元の日本史年表の記事をメモしておいた。

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 寛政九年(1797年)。十月、江戸の落語を禁止。十一月、対馬海上に外国船出没。

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 これも寛政九年。

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 明和九年(11月に改元して安永元年 1772年)。一月、田沼意次老中となる。二月、江戸大火。九月、南鐐二朱銀発行。十月、大阪天満宮青物市場問屋、同綿屋仲間株などを公認。

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 またしても寛政九年。どうやらこの年京都市民は競って絵馬を奉納したらしい。

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 馬がいたのでビックリ(笑)。

 絵馬のほんの一部しか写真を撮らなかったが、じっくり見る価値あり。北野天満宮の絵馬所はいつも大勢の人でにぎわっているけれど、ここは無人であった。絵馬鑑賞には最高の環境である。

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 こんな堂々たる楼門があるとは……

 あぶり餅はともかく、絵馬所には感心した。再訪する価値は十分にある。

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 この日二つ目はまるで方角ちがいの熊野神社。二年半前に訪れた若王子神社と同じく京都三熊野のひとつである。

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 三熊野のうち最も古い神社(811年~)らしいが、境内は若王子神社よりも狭い。今宮神社とは反対の意味で予想が外れてしまった。ここは応仁の乱で荒廃したのち再建されたというから、もとはもっと大規模な神社だったのかもしれない。

 今宮神社もそうだったが、ほんの数人の参拝客をみかけたのみ。もちろんお祭りでもあればかなり人は集まるにちがいないけれど、お寺にせよ神社にせよ、京都は観光客の押し寄せる所とそうでない所との差が極端である。

 経営上は大勢の観光客に来てほしいところだろうが、見物する立場からいえば、人は少ないほうがよろしい。むずかしいところである。

(つづく)

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May 14, 2017

Daily Oregraph: 京都足棒日記 神社巡り編 (2)

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 3月26日。この日最初に訪れたのは、東寺近くの六孫王神社。

 「清和源氏発祥の宮」とあるとおり、六孫王とは源経基(つねもと)を指す。経基は清和天皇の第六皇子の子、つまり孫にあたり、鎮守府将軍に任ぜられ源姓を与えられたので清和源氏といい、のちの頼朝につながる。

 「出生から出世まで」は面倒を見てくださるが、いったん出世したらあとは独立独歩ということらしい。

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 鳥居をくぐると中央には池があり、丸い石碑には神龍池という文字が刻まれている。

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 神社のサイトにある説明によれば、昔は「六ノ宮権現とも呼ばれ」今昔物語集巻十九第五話に「六の宮といふ所」とあるのがこの神社らしい(注:原文は中川@やたナビさんの労作「攷証今昔物語集(本文)」で読むことができるのでご参照いただきたい)。

 しかし行きあたりばったりで行動するぼくにそんな予備知識はなかったから、境内をブラブラしただけだったのは残念である(もっとも、一切の先入観なしに訪れるのも楽しいのだが……)。

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 この日二つ目の神社は桂川を渡ってすぐ、嵐山の少し南に位置する。

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 松尾大社。大社らしく鳥居も大きい。

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 境内の広さは、コンパクトな六孫王神社とは比較にならない。

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 ええとこのお子さんなのだろうか、着物姿の(たぶん)姉・弟のお参りするところをプロとおぼしき人々がビデオ撮影していた。

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 この大社も予備知識ゼロだから、どんな神様を祀るものやらわからず、ウロウロしていると、人だかりがしている。

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 どうやら大ベテランの方が山車(?)の組み方を指導されているらしかった。よほどおたずねしようかと思ったが、みなさん真剣そうなので遠慮しておいた。

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 「樽うらない」とは初めて見るものである。初穂料300円で矢を二本渡してくれる。それで樽を的にして射るわけだが、真ん中の黒丸に命中すれば「大吉」、その外側の赤丸だと「当り」、外れると「あまり福」(凶でないところがやさしい)、それぞれに対応するお守りをいただけるらしい。

 この場合、純然たる運任せではなく、弓道の心得の有無がおおいに関係するから、ぼくがパスしたことは申し上げるまでもない。

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 なんで樽うらないかというと、酒樽を正面に据えたお酒の資料館なるものがあったので納得。お酒に縁のある神様だということがわかった。

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 ここの神様は禁酒はされないが(笑)、禁煙主義らしい。

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 祭神は大山咋神(おおやまぐいのかみ)だが、もともとは松尾山山頂付近の磐座(いわくら)信仰らしいから、三輪山に似たものなのかもしれない。

 この神様は酒造りがお得意で、素戔嗚尊は松尾の神様のお造りになったお酒を飲んで八岐大蛇を退治したのだそうな。なんだか頭がボーッとするほど大昔の話である。

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 こちらにはしゃもじ形の「かけ絵馬」というのがあって、どうするのかと思ったら、

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こういうことであった。

 (もう少し嵐山に近ければ、観光客がわんさと集まるのかもしれないが)この日は日曜日にもかかわらず、意外に人出は少なかった。

 帰宅後調べてみたら、見所はもっとたくさんあったようだ。インターネット環境になかったから仕方ないけれど、ある程度の予備知識はやはり必要らしい。六孫王神社もそうだが、もしまた機会があったら再訪してみたい。

(つづく)

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