Daily Oregraph: 最後の捕物帖
本日の最高気温は20.2度。曇り。ひさしぶりに20度を越えたけれど、霧がかかっていたせいか、さほど暖かくは感じなかった。
-いやあ薄氷堂さん、とうとうホームズ捕物帖も最後の事件になりましたなあ。
-ほんとですねえ、先生。下級国民の時間つぶしとしちゃあ上等、とにかく金はかからないしね、立派なもんですよ。しかし最後はお互いだんだん息切れしてきましたね。
-息切れといえば、さすがのドイルさんにも疲れが見えましたな。だが『ショスコム館(Shoscombe Old Place)事件』は最後の短編だけあって、ちょっとした怪奇味もあるし、なかなか読ませますぞ。
-ところで題名のオールド・プレイスのプレイスはなんで「館」なんですか?
-このプレイス(Place)は立派な構えの邸宅という意味なんですよ。で、この館の女主人は病弱の未亡人で、一緒に暮しているのが弟のサー・ロバート・ノーバトンですな。このサー・ロバートというのはあまりご立派な人物とはいえず、借金に首までつかった競馬狂で、いわば姉に寄生して生活しているわけです。
-姉さんの地所から入る収入が頼りなんですね。で、ずいぶん仲のいい姉弟なんだが、あるときを境に二人の関係だけでなく姉の日課も急に大きく変ってしまう。一方借金取りに追いつめられたサー・ロバートは、間近に迫ったダービーに自分の持ち馬を出場させて、のるかそるかの大博打をもくろんでいる。負ければ万事休すだから必死です。
-さよう、ぼったくり男爵の親戚みたいな男なんですな。さて姉弟関係の突然の異変とサー・ロバートの行動の異常さに不審を抱いた馬の調教師がこの事件の依頼人です。
-今回のホームズの推理は冴えていて、実は姉はもう死んでいて、弟がその死を隠すために身代わりを立てているんじゃないかとにらみますね。問題はサー・ロバートが姉を殺したのかどうかという点でしょう。
-さあそこですよ、薄氷堂さん。この事件のキーワードはライフ・インタレスト(life interest)なんです。
-あたしにはそこが今ひとつピンとこなかったんですが、一体どういうものなんで?
-生涯不動産権というやつです。つまりお姉さんは死んだご主人から屋敷と土地の権利を相続したんだが、それはお姉さんが生きている間だけ有効でして、死後は亡き夫の弟の手に移ることになるんですな。
-なるほど、だとすれば金づるであるお姉さんに死なれたらたちまち弟は大困りですし、もともと仲がいいんだから殺す理由などまったくありませんね。
-そのとおり。だからホームズは姉が死んでいると見抜いたときにはすでに事件の全貌をつかんでいたはずなんです。つまり殺人ではなく病死というわけですな。残る問題は遺体の処理ですよ。
-しかし遺体をうまく処理したとしても、死亡証明はどうするつもりだったんでしょうかねえ? いつまでもごまかしきれるものじゃないから、いずれ遺体は検分されるはずだし、死後何週間も経過していることがわかれば当然疑いがかかるでしょうに。
-そこは拙者も疑問に思いましたよ。結局ホームズが事実を明るみに出したことで、サー・ロバートはずいぶん得をしたわけですよ。時期がもっと遅くなれば、ひどく厄介な目に会っていたにちがいない。ドイルさんは最後にうまくまとめて片づけているんですが、ちと苦しいような気もしますな。
-借金をこしらえても上級国民は上級国民、なあんだ結局お目こぼしかよ(笑)というところですね。
-お目こぼしでもなんでも、これで拙者もホッとしましたよ。なにしろ全56編を読み切ったんですからな。
-うむ、とにかくめでたい。こいつはお祝いしなくちゃいけませんね。親分にも声をかけて、お師匠さんの三味線でにぎやかにやりましょうよ。
てなわけで、このあとはご想像にお任せいたしますが、捕物帖のあとはなにを取り上げるつもりなのか、あたしにもまるで見当がつきません(笑)。
【付記】実はぼくの使用したテキストにはとんでもない誤植が多く、インターネット上のさまざまなテキストと比較対照できたことは幸いであった。昔ならとても考えられないことで、実にありがたいと思う。
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