Daily Oregraph: 無報酬捕物帖
本日の最高気温は17.0度。曇り。
-まったく冴えない天気がつづきますなあ。ところで薄氷堂さん、『隠居絵具商(The Retired Colourman)』はいかがでしたかな?
-あたしはまずまずの出来だと思いましたね。被害者を装ってホームズの部屋を訪れた男が実は加害者だったという設定もおもしろいけど、そいつの異常な性格がよく書けていると思いましたよ。犯行の手口にもギョッとさせられるし、一種の生々しさというか現実味がありますね。ひょっとしたら実際に起こった事件を下敷きにしたのかも知れませんよ。
-依頼者が実は下手人というところは少し読み進めば見当がつくように書かれていますから、興味は証拠固めにありますな。
-そのために奇想天外な口実をこしらえて男を遠くへ誘い出し、留守の間に邸内を調べるってのは、『赤毛連盟』の犯人の手口を捜査に応用したわけです。家を留守にさせるてえのは、ドイルさんの得意技ですね。ホームズ探偵が権限も令状もなしに違法な家宅捜査をするのは今回に限りませんけど、なぜか警察はいつも目をつぶるんですな(笑)。
-この事件にはあまりにも不審な点があるから、時間はかかったとしても警察は真相を見破っただろうと思いますぞ。ただ犯人が余計なことをしてホームズに依頼したばかりに、あっけなくお縄になってしまうという点については、どうお思いになりますかな? ふつうそんなことはせんでしょうに。
-そこなんですよ、先生。ドイルさんはこのブログをお読みになってたんじゃないかと思われるふしがありますぜ。
-ハハハ、いくらなんでもそれはないでしょう。
-もちろんそりゃ冗談ですが(笑)、ホームズの謎解きを聞いた警部さんも「どうして犯人があなたに相談したのか、私にはわかりませんね」と、先生と同じ疑問を口にしますよね。するとホームズは「ひけらかしですよ」と答えます。つまり犯人は完全犯罪に自信があったから、「おれは警察だけでなく天下の名探偵ホームズにまで相談したが、まったく疑いはかからなかったぞ」と誇示するつもりだったというふうに、わざわざ説明してるんですよ。
-ああ、なるほど。そういえば、犯人がしなくてもいいことをしたばかりにホームズにしてやられたという事件は他にもあって、このブログでは辛い点をつけたことがありましたね。また同じ欠点を指摘されたんじゃかなわないから、ドイルさんは予防線を張ったのかも知れませんな。
-おっしゃるとおり。ホームズ捕物帖シリーズの中身がだんだんたるんできたんで、当時の批評家からもあれこれ批判されたんじゃないかと思うんですよ。だからケチをつけられないように言い訳をあらかじめ用意したにちがいありません。
-しかし薄氷堂さん、つくづく思うんだが、本筋以外のところをつつくとは、われわれも暇人ですなあ。
-へへへ、ついでに余計なことをいうようですが、依頼人が下手人だったんだから、結局ホームズ探偵はただ働きをしたてえことになります(笑)。いくらホームズにとっては仕事自体が報酬なのだとはいっても、旅費交通費や通信費など諸経費が発生しておりますから、あたしなんぞは気になって仕方がないんですよ。
-ハハハ、やっぱり暇人でござるよ。
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