July 31, 2021
July 29, 2021
July 26, 2021
Daily Oregraph: 気温差は10度
今日の最高気温は26.1度。晴れ。ちょっと暑いなあとは思ったけれど、先ほどチェックしたら京都は36.4度だそうな。気温の差は10度以上だから、快適さにおいては都人(みやこびと)の負け、東夷(あずまえびす)の勝ちである。どんなもんだい。
本日の船上セキュリティ・チェックポイント。いくら快適とはいっても、ぼくらは体を動かせば汗をかく。しかしこの連中は南国育ちゆえ涼しい顔をしていた。
さて19世紀ど真ん中の小説トロラップ作『慈善院長』だが、登場人物の一人である大執事(主教補佐)グラントリ家の住み込み女性家庭教師の年収が30ポンドであることがわかった。これはなんとジェイン・エアと同額だから、まずは水準(25ポンド程度)以上といえよう。ついでにいえば同家の女中頭は年収60ポンドとあるから、一通りの教育ある女性が当時いかに冷遇されていたか、よくわかると思う。
ヴィクトリア時代の貨幣価値については諸説あり、もともと単純な換算は不可能な上、当然時期によっても変化するわけだが、中には1ポンド=7~8万円という推定もある。いくら貧乏でも現代日本では年収140~160万円程度はあるだろうという前提をもとにしたものだろう。
しかしこれは明らかにとんでもない過大評価だとぼくは考える。希望的に推定したくなる気持はよく理解できるが、事実には反すると思う。実際は「超低賃金」だったはずで、最低賃金制の存在する現代日本の感覚で考えるのはまちがいのもとだと思う。19世紀イギリスでは賃金の一般水準はきわめて低く、貧乏人は「まさか!」と思うほど貧乏だったにちがいない。
なぜそんなことにこだわるかといえば、ちょっと想像すればわかるように、小説の読み方が根本的に変ってくるからである。エゲレスの歴史書をたくさん読めば詳しいことがわかりそうだけれど、なかなか実現はむずかしいから(まことに面目ない)、当面は小説中に登場する庶民の年収を拾ってメモしておこうと思う。
July 23, 2021
July 18, 2021
July 17, 2021
Daily Oregraph: 25度の日
本日の最高気温は25.3度。晴れ。今日も狂気のオリンピック中止のニュースはなし。だれも責任を取ろうとしない(たとえ取ろうとしても取り切れない)のは原発事故と同じだから、いま止めなければ大変なことになりかねないと予想するのだが。
17時過ぎに散歩したのだが、さすがにこの気温ともなると、帰宅後に汗が噴き出した。しかし京都が32.4度で大阪は33.4度だと聞けば、ざまあみろとは思わないけれど(笑)、釧路に住む幸せを感じないわけにはいかない。
さて捕物帖の次は恐ろしく渋い小説、アントニー・トロロープ(Anthony Trollope 正しい発音はトロラップ)の中編小説『慈善院長(The Warden)』(1855年)に取りかかった。慈善院は養老院としたほうがわかりやすいかも知れない。
正確な時期は忘れたが、昔々市内古書展の3冊500円で入手したうちの一冊。もう一作『バーチェスターの塔(Barchester Towers)』という長編も収録されている。古書独特の紙の匂いが漂い、黄色いシミも浮いているけれど、書き込みひとつない美本である。どんな方がお読みになったのか、いささか興味がある。
めくってみると、最初の数十頁を読んだ覚えがある。だんだん思い出してみると、退屈するどころかストーリーは案外おもしろかったのに、途中で放り出してしまったのである。会社勤めをしていた頃はそういうことが多く、結果として本棚には読みかけの本がたくさん残ってしまった。
自由になる時間が増えてからは、そうした本を一冊また一冊と片づけて来たつもりだけれど、悲しいことにもう昔の馬力は失われてしまった。眼が弱ったせいもあるが、学生時代のように一週間ぶっ通しで食事の時間以外は本を読みつづけるというような芸当はもうできない。スローペースもいいところである。しかも読み残した本はまだどっさり残っているのだ。
愚痴をこぼしてもしょうがないからコツコツ読むつもりだが、短編探偵小説とはまるで性質もちがうし、(少し読んだかぎりでは)教会利権とそれに反対する正義派との対立や人間関係の軋轢がテーマらしいから、ブログのネタにするのはひどくむずかしい。う~む、どないしましょ。毎日散歩でもしながら考えるとしようか……
July 14, 2021
Daily Oregraph: 京都通信員だより 祇園祭の季節
本日の最高気温は19.8度。晴れ。適温である。
さてここは四条通りに面した下京区月鉾町。月鉾を建てているところを、バスの窓から撮影したとのこと(7月10日撮影)。今年は山鉾巡行中止なので、鉾だけ見てもらおうというわけなのだろう。
京都は本日30.7度だから温度差10.9度とは恐ろしや。たとえコロナ禍がおさまっていたとしても、「そうだ京都、行こう」なんぞと思うはずがない。ご免こうむります。暑さだけではなく、祭りの人出の多さを想像しただけで気が遠くなりそうである。
こちとら地味に草むしりである。コンチキチンではなくコンチクショウとつぶやきながら、ひたすら草をむしる。虫刺され対策として上下ともに一枚余計に着こんで作業したので、この気温でも汗がポタポタ落ちてくる。
ごほうびは昼間の缶ビール……これが今年のわが夏祭りかもしれない。
July 12, 2021
Daily Oregraph: 最後の捕物帖
本日の最高気温は20.2度。曇り。ひさしぶりに20度を越えたけれど、霧がかかっていたせいか、さほど暖かくは感じなかった。
-いやあ薄氷堂さん、とうとうホームズ捕物帖も最後の事件になりましたなあ。
-ほんとですねえ、先生。下級国民の時間つぶしとしちゃあ上等、とにかく金はかからないしね、立派なもんですよ。しかし最後はお互いだんだん息切れしてきましたね。
-息切れといえば、さすがのドイルさんにも疲れが見えましたな。だが『ショスコム館(Shoscombe Old Place)事件』は最後の短編だけあって、ちょっとした怪奇味もあるし、なかなか読ませますぞ。
-ところで題名のオールド・プレイスのプレイスはなんで「館」なんですか?
-このプレイス(Place)は立派な構えの邸宅という意味なんですよ。で、この館の女主人は病弱の未亡人で、一緒に暮しているのが弟のサー・ロバート・ノーバトンですな。このサー・ロバートというのはあまりご立派な人物とはいえず、借金に首までつかった競馬狂で、いわば姉に寄生して生活しているわけです。
-姉さんの地所から入る収入が頼りなんですね。で、ずいぶん仲のいい姉弟なんだが、あるときを境に二人の関係だけでなく姉の日課も急に大きく変ってしまう。一方借金取りに追いつめられたサー・ロバートは、間近に迫ったダービーに自分の持ち馬を出場させて、のるかそるかの大博打をもくろんでいる。負ければ万事休すだから必死です。
-さよう、ぼったくり男爵の親戚みたいな男なんですな。さて姉弟関係の突然の異変とサー・ロバートの行動の異常さに不審を抱いた馬の調教師がこの事件の依頼人です。
-今回のホームズの推理は冴えていて、実は姉はもう死んでいて、弟がその死を隠すために身代わりを立てているんじゃないかとにらみますね。問題はサー・ロバートが姉を殺したのかどうかという点でしょう。
-さあそこですよ、薄氷堂さん。この事件のキーワードはライフ・インタレスト(life interest)なんです。
-あたしにはそこが今ひとつピンとこなかったんですが、一体どういうものなんで?
-生涯不動産権というやつです。つまりお姉さんは死んだご主人から屋敷と土地の権利を相続したんだが、それはお姉さんが生きている間だけ有効でして、死後は亡き夫の弟の手に移ることになるんですな。
-なるほど、だとすれば金づるであるお姉さんに死なれたらたちまち弟は大困りですし、もともと仲がいいんだから殺す理由などまったくありませんね。
-そのとおり。だからホームズは姉が死んでいると見抜いたときにはすでに事件の全貌をつかんでいたはずなんです。つまり殺人ではなく病死というわけですな。残る問題は遺体の処理ですよ。
-しかし遺体をうまく処理したとしても、死亡証明はどうするつもりだったんでしょうかねえ? いつまでもごまかしきれるものじゃないから、いずれ遺体は検分されるはずだし、死後何週間も経過していることがわかれば当然疑いがかかるでしょうに。
-そこは拙者も疑問に思いましたよ。結局ホームズが事実を明るみに出したことで、サー・ロバートはずいぶん得をしたわけですよ。時期がもっと遅くなれば、ひどく厄介な目に会っていたにちがいない。ドイルさんは最後にうまくまとめて片づけているんですが、ちと苦しいような気もしますな。
-借金をこしらえても上級国民は上級国民、なあんだ結局お目こぼしかよ(笑)というところですね。
-お目こぼしでもなんでも、これで拙者もホッとしましたよ。なにしろ全56編を読み切ったんですからな。
-うむ、とにかくめでたい。こいつはお祝いしなくちゃいけませんね。親分にも声をかけて、お師匠さんの三味線でにぎやかにやりましょうよ。
てなわけで、このあとはご想像にお任せいたしますが、捕物帖のあとはなにを取り上げるつもりなのか、あたしにもまるで見当がつきません(笑)。
【付記】実はぼくの使用したテキストにはとんでもない誤植が多く、インターネット上のさまざまなテキストと比較対照できたことは幸いであった。昔ならとても考えられないことで、実にありがたいと思う。
July 10, 2021
Daily Oregraph: 裏庭画報 エゾノシモツケソウとフウリンソウ
本日の最高気温は18.8度。曇り。
五輪強行開催にも比すべき無理・無駄な事業とは重々承知しつつも、午前中一時間近くかけて草刈りを決行した。成果は45リットルのゴミ袋ひとつ。持てばずしりと重いのだが、予想たがわず、見た目はやらないより多少ましな程度であった。あと数回は汗をかかねばなるまい。
草取りも良し悪しで、去年やりすぎたために今年はチゴユリやシコタンキンポウゲが咲かなかった。とにかく加減がむずかしいのである。
エゾノシモツケソウ。これも例年はもっとたくさん咲くのだが、今年はこの一株だけ。
さてこいつは毎年必ず咲くのだが、今年は恐ろしく数が多い。多すぎて不気味なほどである。特徴的な釣鐘形の花は、英語でいう blue bell の仲間といっていいんじゃないかと思う。
ネットで調べてみた結果、どうやらフウリンソウらしい。近所でもあちこち見かけるから、たぶん野生種ではなく園芸種が越境して、頼みもしないのに勝手に増えたのだろうが、驚くべき繁殖力である。
その勢いのすさまじさを見ていただくためにもっと引いて全体を撮ろうとしたのだが、腐れかけた板塀までハッキリ写ってしまうから断念した。上級国民ではない悲しさである。
July 09, 2021
Daily Oregraph: 裏庭画報 チンゲンサイの花
本日の最高気温は18.0度。曇りのち晴れ。日が射したので相当気温が上がったように感じたけれど、20度を越さなかったのは意外である。
さて一週間ほど放っておいた裏の畑に来てみれば一面雑草に覆われており、思わずウ~ンと唸ってしまった。どれもしっかり根を張っているから、とても手で引き抜けるようなヤワな相手ではない。弱ったなあ、どないしましょ(笑)。
その雑草の茂みの中にチラリと見えたのが、採り残したチンゲンサイの黄色い花であった。
予告通り厳島神社例大祭の花火が打ち上げられた。疫病退散、頼みまっせ。
神頼みとは非科学的というなかれ。デタラメばかりいって五輪を強行しようとしている非常識かつ無能な政府よりも、まず一万倍は信頼できると思うよ。
July 07, 2021
Daily Oregraph: フリーク捕物帖
本日の最高気温は18.2度。曇り。
こんなチラシが配られた。厳島神社の例大祭ではコロナ禍のため神輿行列を中止するけれど、疫病退散祈願の花火を打ち上げるらしい。「近隣のグラウンド」といえば旧東栄小学校だろうが、ご迷惑どころか楽しみにしている。どうか派手にやっていただきたい(笑)。
本日の捕物帖は『覆面の下宿人(The Veiled Lodger)』だが、これは推理物というより人情噺に近いような気がする。あらかじめお断りしておくけれど、決しておもしろい記事ではないから(笑)、ご興味のない方は素通りしていただいたほうがいいと思う。
一応この短編の内容をざっとご紹介しておこう。
かつてあるサーカスの一座で起こった出来事だが、檻から抜け出したライオンが団長夫妻を襲ったとみられ、団長は死亡し、団長夫人は一命を取りとめたものの大怪我をして二目と見られぬ顔になってしまった。この事件に関する夫人の告白を聞いたホームズが一種の人生相談に乗るという珍しい作品である。
さて『ホームズの事件簿』の翻訳(新潮文庫版)がどうしても本棚に見あたらないので、ネットの原文対照無料翻訳をありがたく参照しているのだが、先日のお化けクラゲ事件(『ライオンのたてがみ』)に引きつづき、大きなまちがいと思われる箇所があったので、それについて考えてみたい。
誤解のないよう最初に申し上げておくが、ぼくごとき凡才に他人のまちがいをあげつらう資格などあるはずもなく、いわば明日はわが身(笑)、要するに人様の誤りから教訓を得ようというわけである。辞書のみが頼りという学生諸君にはきっと参考になるところがあると思う。
ネタばれになってしまうが……粗暴な団長に虐げられていた夫人は団員の一人と恋仲になり、その男とともに夫の殺害を企てる。男は釘を植えた棍棒で団長を撲殺し、犯行をライオンの仕業にみせかけるため夫人が檻の戸を開けると、血の匂いを嗅いで凶暴化したライオンが飛び出して夫人を襲う。ところが男は夫人をすぐに救おうとせずに尻ごみしてしまったから、夫人は大きな失望と怒りとを味わうことになる。
しかし一度愛情を抱いた男を憎んでも憎みきれないのが女心で、夫人は「その後彼には一度も会っていませんし、うわさを聞いてもいません。ひょっとしたら彼をあんなに憎んだのは私のまちがいだったんでしょうね」といい、つづけて
'He might as soon have loved one of the freaks whom we carried round the country as the thing which the lion had left.'
というのが「憎んだのがまちがいだった」理由である。ぼくのまずい解釈で申し訳ないが、「ライオンにこんな(顔)にされちまった女を相手にするくらいなら、一緒に旅回りする片端ものに惚れたっておかしくありませんもの」というほどの意味だろう。
ぼくの読んだ翻訳は無断転載禁止になっているから元の文章をほんのちょっとだけ書き換えると、「彼はライオンが傷つけて残したこの私より、むしろ旅回りについてくる熱心なファンの一人に恋したかもしれません」となる。
問題は「むしろ」以降である。たしかに freak には「何かに熱中・熱狂する人」という意味があるけれど、どさ回りのサーカス一座の追っかけをする熱狂的ファン(しかも複数)なんて一体いるものだろうか?
ここでいう freak は、見世物にする不具者などをいう。「片端もの」でも十分に差別的な表現だから非常に気が引けるけれど、原文のニュアンスは「化物」に近いと思う。私の顔はそれよりも醜くなってしまったから、あの人に捨てられたのも無理はない、という悲痛な言葉なのである。熱狂的追っかけ女性ファンがいると仮定して、彼女たちの普通(あるいはそれ以上)の容貌と比較したって、この痛切さは表現されないだろう。
お化けクラゲ事件の回では「辞書を引こう」と書いたけれど、それだけでは十分ではない。もう一つ大切なのは「常識」である。それがないと、せっかく辞書を引いても単語の意味を取り違えることがあるからだ。もちろん他人事ではなく、ぼく自身も気をつけなくてはならない。
今回の freak ですぐに思い出したのは、こどもの頃見世物小屋で見た、足に奇形のある女性である。本当の奇形なのかどうかは不明だが(作りものかも知れない)、足が動物の蹄状になっており、それで弓に矢をつがえて放つのである。ひどくショックを受けた覚えがあり、今どきそんな見世物が興行できるとはとても思えない。
世の中にムダな経験などめったにないものだ。辞書や参考書を捨てて町へ出ることも時には必要だと思う。しかし……町へ出すぎて浮かれないようにね(笑)。
July 05, 2021
Daily Oregraph: 無報酬捕物帖
本日の最高気温は17.0度。曇り。
-まったく冴えない天気がつづきますなあ。ところで薄氷堂さん、『隠居絵具商(The Retired Colourman)』はいかがでしたかな?
-あたしはまずまずの出来だと思いましたね。被害者を装ってホームズの部屋を訪れた男が実は加害者だったという設定もおもしろいけど、そいつの異常な性格がよく書けていると思いましたよ。犯行の手口にもギョッとさせられるし、一種の生々しさというか現実味がありますね。ひょっとしたら実際に起こった事件を下敷きにしたのかも知れませんよ。
-依頼者が実は下手人というところは少し読み進めば見当がつくように書かれていますから、興味は証拠固めにありますな。
-そのために奇想天外な口実をこしらえて男を遠くへ誘い出し、留守の間に邸内を調べるってのは、『赤毛連盟』の犯人の手口を捜査に応用したわけです。家を留守にさせるてえのは、ドイルさんの得意技ですね。ホームズ探偵が権限も令状もなしに違法な家宅捜査をするのは今回に限りませんけど、なぜか警察はいつも目をつぶるんですな(笑)。
-この事件にはあまりにも不審な点があるから、時間はかかったとしても警察は真相を見破っただろうと思いますぞ。ただ犯人が余計なことをしてホームズに依頼したばかりに、あっけなくお縄になってしまうという点については、どうお思いになりますかな? ふつうそんなことはせんでしょうに。
-そこなんですよ、先生。ドイルさんはこのブログをお読みになってたんじゃないかと思われるふしがありますぜ。
-ハハハ、いくらなんでもそれはないでしょう。
-もちろんそりゃ冗談ですが(笑)、ホームズの謎解きを聞いた警部さんも「どうして犯人があなたに相談したのか、私にはわかりませんね」と、先生と同じ疑問を口にしますよね。するとホームズは「ひけらかしですよ」と答えます。つまり犯人は完全犯罪に自信があったから、「おれは警察だけでなく天下の名探偵ホームズにまで相談したが、まったく疑いはかからなかったぞ」と誇示するつもりだったというふうに、わざわざ説明してるんですよ。
-ああ、なるほど。そういえば、犯人がしなくてもいいことをしたばかりにホームズにしてやられたという事件は他にもあって、このブログでは辛い点をつけたことがありましたね。また同じ欠点を指摘されたんじゃかなわないから、ドイルさんは予防線を張ったのかも知れませんな。
-おっしゃるとおり。ホームズ捕物帖シリーズの中身がだんだんたるんできたんで、当時の批評家からもあれこれ批判されたんじゃないかと思うんですよ。だからケチをつけられないように言い訳をあらかじめ用意したにちがいありません。
-しかし薄氷堂さん、つくづく思うんだが、本筋以外のところをつつくとは、われわれも暇人ですなあ。
-へへへ、ついでに余計なことをいうようですが、依頼人が下手人だったんだから、結局ホームズ探偵はただ働きをしたてえことになります(笑)。いくらホームズにとっては仕事自体が報酬なのだとはいっても、旅費交通費や通信費など諸経費が発生しておりますから、あたしなんぞは気になって仕方がないんですよ。
-ハハハ、やっぱり暇人でござるよ。
July 02, 2021
Daily Oregraph: お化けクラゲ捕物帖
本日の最高気温は20.0度。曇り。やはり20度ともなれば暖かい。
さて本日は『ライオンのたてがみ(The Lion's Mane)事件』について、薄氷堂が一席。手習いのお師匠さん、親分、そして八五郎といつもの面々が勢ぞろいして、それぞれキセルを吹かしたり渋茶を啜ったりしてくつろいでいる様子でございます。
-え~、一杯のお運びで厚く御礼申し上げます。本日は『ライオンのたてがみ事件』ですが、前作に引き続いて語り手はホームズ探偵自身です。第一線を退いてサセックスの田舎暮らし、潮風に吹かれながらノンビリ養蜂なんぞを行っていたホームズが、ある日英仏海峡を見下ろす崖の上を散歩しておりますと、近所にある職業訓練校の教師が息も絶え絶えに崖をよじ登って来たかと思うとバッタリ倒れて息を引き取ったのです。その死体を見ると、網の目状のひどいミミズ腫れが出来ており、恐ろしい苦悶の表情を浮かべていたのでございます。
-するってえと、ホームズさんの目の前で事件が起こったんだね。
-そうです、親分。そこが新機軸といえましょうね。さて崖の下の浜辺を見ると、潮が引いたあとにできた天然の大きなプールがあって、その縁の岩には被害者のタオルや靴が残っていました。しかし近くには人影もなければ被害者以外の足跡もない。つまり下手人が見あたらないわけです。
-ということは、ミミズ腫れの原因が何かということでしょう。回りに人影はないし、鉄砲や弓で撃たれたわけでもないというなら、プールの中に住む生き物の仕業にちがいないということは、すぐに見当がつきますな。
-まったく先生のおっしゃるとおりなんですが、それじゃあ話が短くなりすぎてつまらねえからドイルさんもいろいろ工夫して、怪しげな人物を登場させたり、絶世の美人をめぐる三角関係を持ち出したりしているんです。
-ずばりクラゲだね。毒クラゲにちげえねえ。
-親分にあっちゃかないませんね。ネタばれが早すぎる(笑)。しかし網の目みたいなミミズ腫れが残ったてえんですから、触手の多いクラゲだろうとは素人にも想像がつくんじゃないかと思います。まさしくキタユウレイクラゲまたの名をライオンタテガミクラゲ(Cyanea Capillata)てえ化物が犯人なんです。ばかでかいクラゲでしてね、エゲレスの近海あたりにいるらしいですよ。
-な~るほど、まさしく「ライオンのたてがみ」なんですね。ところで前回のヘンテコなクイズ(Just as well for Sussex.)ですが、エゲレス近海の産なら「サセックスにいても不思議はありません」てえ解釈でもいいんじゃありませんか?
-八五郎さんのおっしゃることももっともですが、原文を読むとそうじゃないことがわかります。サセックス育ちの警部さんが「あんなものは見たことがありません。サセックスにいるものじゃありませんぞ」といったのを引き受けて、ホームズは「いなくて幸いですよ」、省略せずにいうと「あんな危険なものがいないのは、サセックスにとっていいことですよ」と答えたんですよ。ホームズはつづけて「(最近あった嵐の)南西の強風に吹き寄せられたのかも知れませんね」といってるんですが、その解釈をまちがえると「いても不思議はない」になっちまうわけです。
-ふむ、サセックスの浜辺にはふだんいねえクラゲが、嵐のあとにたまたま紛れこんだてえわけだね。風が吹くたびに流れ着くものなら、そんなでかい化物クラゲを土地の人が知らねえわけはねえ。
-親分のおっしゃるとおりです。もしそんなクラゲが時々出没するんなら、毎日のように海水浴なんぞできやしませんよ。
-実はね、薄氷堂さんが字引を引けというから、お話の間に拙者も調べてみましたが、そうむずかしい言い方ではありません。基本的に well は「いい」という意味なんだから、そのまま素直に読めばいいんです。八五郎さんも【おまけ】を読むとわかりますよ。
-へえ、こういうのはどうも苦手なんですけどねえ……どれどれ。
というわけで、今回はクラゲの謎解きというよりも、文章解釈のお勉強になってしまったようでございます。
【おまけ】
《齋藤英和中辭典》
well ②(事や人が)よし,都合好し、首尾よし,結構(なり)[as well を含む例文] It would be (as) well (= better) to inquire. 尋ねるがよし(尋ねた方がよし)。It is as well that he should not know. 彼には知らせない方がよい。
《リーダース英和辞典 第2版》
(just) as well …するがよい; 悪いことではない, むしろけっこうなことだ.
・It may be as well to explain. 説明するがよかろう.
・It was just as well you didn't meet him. 会わないでよかったのだ.
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