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April 05, 2021

Daily Oregraph: ソー橋の謎捕物帖 (3) 解決編

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 本日の最高気温は8.2度。昨日より気温は高く、晴天だったけれど、風が冷たかった。

 さて薄氷堂の隙間だらけの部屋には、今日もおなじみの面々が集まっております。まず八五郎がニヤニヤ笑いながら、

 -薄氷堂さん、あなたの八卦、当たりましたかい?

 -ハハハ、まあ半分当たりというところでしょうか。

 -はてな、半分といいますと?

 -はい、ギブソン夫人自殺説は大当たりです。しかしベイツが協力者だと考えたのは大外れでしたよ。

 すると親分が首をかしげて、

 -するてえと、夫人は自殺に使った拳銃をどうやってミス・ダンバーの衣装棚に持ちこんだんですかね?

 -さあそこですよ、親分。実はね、あたしは前回はしょっていたが、問題の拳銃は2丁揃いのうちの1丁、つまり同じ型の拳銃がもうひとつあったんです。担当の巡査の話ですと、「事件に使われたのは同じ箱に入った2丁揃いのうちの1丁で、もう一つのほうは見あたらなかったが、探せばみつかるだろう」というんだから箱は空、結局夫人は無断で2丁とも持ち出したことになりますね。

 -ということは、自殺に使った拳銃と衣装棚に入れた拳銃は同じ型の別物というトリックですかい? こめかみに当てて発射した銃かどうかは、痕跡を見ればすぐにわかりそうなものだが…… それに現場で使ったほうの銃をどう始末したかが問題ですね。

 -さすがは親分、その始末の方法についてはちと疑問があって、あとでご説明いたしましょう。その前に別の問題があって、ドイルさんはまたミスをやらかしているんですよ。

 -といいますと?

 -あとの方で、ホームズは巡査の話と矛盾したことをいっているんです。つまり「夫人は夫の拳銃のうち1丁を持ち出して保管し、森の中であらかじめ1発だけ発射しておいた同型の別の銃を、当日の午前中にミス・ダンバーの衣装棚に隠しておいた」というのです。

 -なるほど、1丁だけ持ち出したんなら、2丁入りの箱には対になる1丁が残っていなくちゃならねえ。夫人はそれとは別の拳銃をもう1丁どこかで手に入れたことになるから、ドイルさんの凡ミスだね。おっと、待てよ、衣装棚に拳銃を隠したのが「当日の午前中」ってのはおかしくはねえですか。

 -そうなんですよ。ミス・ダンバーがその日の朝衣装棚を開けて整理したときには確かに拳銃はなかったから、その後午前中の授業のため彼女が不在中に、夫人が部屋に忍び込んで隠したんだろう、というんですが、ちょいとおかしくはありませんか?

 すると手習いのお師匠さん、鼻毛を抜きながら、

 -拙者もそれはおかしいと思いますな。念のため、整理棚の拳銃はいつ見つかったのですかな、薄氷堂さん。

 -事件の翌朝警察が捜索してみつけたんです。しかしご婦人が翌朝まで一度も衣装棚を開けないということはめったにないんじゃないでしょうか。もちろん開けたからといって床に置かれた拳銃に気づくとは限りませんが、見つける可能性はおおいにありますよ。

 -うむ。拙者だったら、そんな危ない真似はしないでしょうな。

 -だから事件後のどさくさに紛れて、自殺に使った拳銃をこっそり衣装棚に入れたんだろうと、あたしは考えたんです。夫人が死んでいる以上協力者がいるはずだし、そいつはベイツだろうと考えたわけです。ただベイツが協力したとすれば夫人が自殺することを知っていたはずだから、それも奇妙な話だと首をひねっていたんですよ。

 すると親分もうなずいて、

 -実はあっしも同じことを考えていましたよ。しかしこれじゃ話が先に進まねえから、そろそろ自殺に使った銃の始末についてうかがいましょうか。死んだ人間に始末ができるものかどうかだね。

 -それでは、ひどくまずい絵ですが、これをごらんいただきましょう。

 そういって薄氷堂が一同に見せたのは、

Thor_bridge

 -あたしには力学はまるでわかりませんが、ホームズは現場でワトソン先生携帯の拳銃を使って実験し、この仕掛けがうまく働くことを確認しています。親分はこれを見てどうお思いになりますかな。

 -う~む、この仕掛けが働くとしたら相当重さのある石が必要だろうし、女が一人でこしらえるのはむずかしかろうと思うんだがねえ。まあ、かりにこしらえたとしてもですよ、石を吊り下げた瞬間から紐がピンと張って、拳銃を自由に動かすのはむずかしくなる。女の細腕じゃ銃を支えるだけでも大変なのに、片手でこめかみにピタリと狙いを定めるなんて芸当ができるとはとても思えねえ。先生、こいつはとても無理じゃありませんかね。

 -さよう、狙いを定めるどころじゃありますまいな。それにですな、自殺した夫人の精神状態を想像するに、そもそもこんな凝った仕掛けを考えつく余裕がありましょうかな? 薄氷堂さん、まだお聞きしていなかったが、ミス・ダンバーは確かにソー橋で夫人に会ったのですな?

 -ええ、説明が足りませんでしたね。まず当日ミス・ダンバーを呼び出したのはギブソン夫人のほうだったんです。夫人は返事をメモに書いて指定場所に置くように指示し、そいつをミス・ダンバーに不利な証拠として現場で握りしめていたというわけです。約束の9時にソー橋で会ってみると、夫人は半狂乱の状態で悪罵を浴びせつづけます。ミス・ダンバーがいたたまれなくなって屋敷へ逃げ帰ったあと、夫人は例の仕掛けを使って自殺し、拳銃を水中に沈めたというわけです。

 -なるほど。嫉妬に狂ってカッとなった女がこれほど緻密な計画を練るとは、拙者にはとても考えられませんな。自殺するとしても、橋の上でミス・ダンバーを射殺して道連れにするほうが自然だと思いますぞ。

 するとそれまで諸先輩の話をじっと聞いていた八公が、

 -こないだ薄氷堂さんもいってたように、あっしは夫人を自殺に追い込んだミス・ダンバーが一番罪深いんじゃねえか思うんですよ。

 -ええ、あたしも八五郎さんに同感ですな。本人もすぐに屋敷を去らなかったことをあとで反省してるようなんですが、やはりミス・ダンバーという人物の性格や行動は不可解で、この事件の真犯人は彼女だといっていいかも知れませんね。

 親分が苦笑いして、

 -薄氷堂さん、あんた、最初これはひさびさの本格探偵小説だってほめていなさったね。

 -う~む、期待していたんですけどねえ。いつもほめようと思って読みはじめるんですが、途中で無理なところがみつかるから残念なんですよ。先生はどうお思いで?

 -そうですなあ、このシリーズを推理小説としてマジメに読むから失望するわけで、やはりホームズ手柄話として気楽に読み流すのが無難かと拙者は思いますぞ。

 -そうかも知れませんねえ。でもね、まだ10編も残ってるんですよ。どうしましょうかねえ。

 -乗りかかった船だよ、薄氷堂さん。八の勉強にもなるしね、最後までおやんなさい。全部片づいたら、あっしがお祝いに宴会を開いてあげますよ。

 -おお、そいつはありがたい。親分、ぜひお願いいたします。

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Comments

今回は薄氷堂さんのお手づからの図までも見せていただいて・・・ありがとうございます。

しかしながら、高いところの苦手の私にとっては何より衝撃的だったのは冒頭の写真。よくもまあ、あんな場所で働いているもんですなあ。

私があんな職場に置かれたらすぐにでも不当労働行為として労働局に「おおそれながら」と駆け込んでしまいます。

Posted by: 三友亭主人 | April 06, 2021 22:02

>三友亭さん

 この仕掛けを使って自殺した事件が実際にあったそうです。そんな頭のいい人が、なにも死ななくてもいいのにと思うんですけど……

 しかし銃には石の重みかかかっていて自由が利かないし、うっかり手をゆるめようものならたちまち引っぱられて水没してしまいます。

 だから実行するにはたぶん両手が必要だと思います。たとえば紐の途中を左手でつかんで右手側にたるみを作り、銃を操作しやすくすることが考えられますね。左手にメモをしっかり握りしめた状態ではそれもできませんから、実行不可能とまではいえなくとも、非常に困難であることはたしかでしょう。幣舞橋で実験してみようとまでは思いませんが(笑)。

> よくもまあ、あんな場所で働いているもんですなあ

 高層ビルでないとはいえ、素人では足がすくんでしまうでしょうね。

Posted by: 薄氷堂 | April 07, 2021 09:37

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