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March 24, 2021

Daily Oregraph: 丸見え捕物帖

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    窓際のホームズ人形とボーイのビリー君

 -え~、ホームズ探偵ファンとしてはまことに残念ですが、やはりドイルさんはシリーズの半ばを過ぎたあたりから息切れしてきたようですなあ。「えっ、そりゃないでしょう」といいたくなるような無理がだんだん目立ってきて、最後の短編集第一作のこの作品では弁護のしようがなくなっております。

 そういって先生が取り出したのは、『マザリンの宝玉(The Mazarin Stone)事件』でございます。

 -この事件の時期はよくわからんのですが、開業医のワトソン先生は久しぶりにホームズの部屋を訪れたとありますから、1889年の初め頃に先生が結婚を期にベーカー街を離れてから、ホームズがライヘンバッハの滝に姿を消した1891年5月までの間、たぶん1890年あたりでしょう。1894年3月末にホームズが再び姿を現わした『空家の事件』から数ヶ月後には、ワトソン先生は診療所を畳んでベーカー街に戻っていますからな。

 -大体ホームズ短編シリーズてえのは事件の起こった年代順に書かれていないから、ときどき混乱が起こるようですね。この小説に登場するボーイのビリー君にしても、どうも馴染みがありません。このボーイ君、前にどこかで登場していましたっけ?

 -いっぺん詳しい年表を作って、事件の内容や登場人物を整理してみればいいんでしょうが、拙者もそこまでやる気はござらんので(笑)、薄氷堂さん、あなたおやりになってはいかがかな。

 -ハハハ、ご冗談を。そんなことをしたら、米櫃はいつまでたっても空のままですよ。

 -さて今回は10万ポンドの宝石の盗難というとんでもない事件です。

 -10万ポンドてえのはすごいですね。有名な宝石をそのままではさばけないからでしょう、犯人は盗品をオランダで四分割しようと企んでいます。

 -さよう。で、二人組の犯人はわかっているんだが、肝心の宝石のありかがわからない。犯人のほうでもホームズの動きを察知して、通りの向い側から空気銃で狙っているという設定です。

 -なるほど。だからホームズ探偵は狙撃に備えて、自分と生き写しの等身大の蝋人形を応接間の窓際にある椅子に座らせておくわけですね。こいつは『空家の事件』で使ったのと同じ手です。

 -その窓際のスペースは厚手のカーテンで仕切られており、それを閉めておけば応接間からは見えない。一方寝室にある二つのドアのひとつからは、窓際に出入りできるということを承知しておく必要がありますな。

 -飛んで火に入る夏の虫で、そこへノコノコ偵察にやってきた主犯格の男は、窓際に置かれたホームズの蝋人形を見て驚きます。てっきり本物だと思った男はホームズ人形をなぐろうとしますが、そこへご本尊が寝室から颯爽と登場して犯人と対決するというわけですね。

 -さよう。問題は、そのすぐあとで蝋人形の前のカーテンを閉めたのか閉めなかったのかという点にあります。ここが肝心なところだからご注意願いたい。

 -そこなんですよねえ、先生。このあとの展開から考えれば、カーテンは閉めておかなくちゃならないんですが……

 -宝石のありかを白状すれば見逃すけれど、さもなければ数々の悪事の証拠と一緒にお上へ突き出すが、さあどうする、とホームズは犯人に迫るわけです。通りに控えていたもう一人の共犯者も部屋に呼び出し、どうするか二人でよく相談して決めるがよかろうといって、ホームズは寝室に引っこんでレコードをかけ、一心にバイオリンを演奏しているふりをします。

 -犯人たちはホームズには聞こえないものと安心して、宝石のありかから今後の計画まで、こんな場所では話すべきでないことまで、なぜかペラペラとしゃべってしまいます。その間にホームズは寝室からこっそり窓際へ移動して、蝋人形をどかし、自分が代りに椅子に座って、二人の話を途中からそっくり盗み聞きするという寸法ですね。

 -等身大の重い人形を動かせば、どうしたって大きな音を立てるから、ビクッとした犯人たちはもちろん室内、とりわけ音が聞こえてくる窓際を確認します。ところが「外の通りから聞こえる音だ」といってすませてしまうわけですが、部屋の外から聞こえる音かすぐ近くから聞こえる音か区別がつかないというのは、大いに疑問ですな。

 -しかもですよ、先生、そのとき犯人たちが室内を見回すと、「奇妙な人形が一体椅子に座っているだけで、室内にはだれもいなかった」てなことが書かれていますよ。

 -ほうらごらんなさい。蝋人形が見えたからにはカーテンは開けっ放しになっていたわけですよ。応接間からは丸見えなんだから、たとえ大きい音を立てなかったとしても、犯人に気づかれずに蝋人形と本物のホームズが入れ替るのは不可能だったんですよ。探偵小説としては致命的なミスで、ドイルさん一代の不覚というべきですな。

 -あたしが担当の編集者なら、ドイルさんに書き直しをお願いするところですがねえ。大きなミスなんだから、読者にしたってすぐ気がつきそうなものじゃありませんか。

 -いや薄氷堂さん、それが必ずしもそうではありませんぞ。ふつうの読者はストーリーの緻密さなんぞを求めてはいないんですよ。ホームズという魅力ある主人公の手柄話さえ読めれば、それで文句はないんです。細かいところなど読んじゃいませんよ。それに刷れば一定数は必ず売れるんだから、編集者はろくに内容をチェックしないし、たぶんドイルさん自身も多少の矛盾なんぞはたいして気にしていなかった。シリーズ後半は特にそうだったんじゃないか、というのが拙者の考えです。

 -いつもいうように、あたしだってケチはつけたくないんですがねえ……

 -まあ、次の作品に期待するとしましょうよ。

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