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March 31, 2021

Daily Oregraph: ソー橋の謎捕物帖 (1)

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 本日の最高気温は13.5度。コートなしで午後の岸壁を歩けるという陽気に浮かれた連中が集まって、なにやら呑気な話に興じております……

 え~、ご多忙とは無縁のみなさまにお集まりいただき、うれしいやら呆れるやら。あたくしはこのところ野暮用が多いせいかなかなか読書がはかどらず、人呼んで一龍斎低調、やっと春がめぐってまいったというのに、まことに情けないことでございます。

 さて今回の事件は『ソー橋の謎(The Problem of Thor Bridge)』でございます。しばらく低迷していたドイルさんですが、この作品はひさびさに本格探偵小説らしくなっておりまして、なかなか読みごたえがありますな。

 本作は2部構成になっておりまして、本日は第1部を扱い、解決編の第2部はあとのお楽しみということにいたします。つまり第2部にはまったく触れず、第1部で得られる情報をもとに下手人を推理しようという趣向です。

 事件のあらましはこうです。某日の午後11時頃、金鉱で大もうけした大富豪ニール・ギブソン氏夫人の射殺死体が、屋敷の近くにあるソー橋のたもとで、猟場の番人によって発見されました。

 事件後、同家の子ども二人の女性家庭教師であるミス・ダンバーが容疑者として逮捕されます。その直接の証拠は、ミス・ダンバーの衣装棚から発見された凶器の拳銃、そして被害者が握りしめていたダンバーさんからの署名入りメモでございます。

 問題の拳銃はギブソン氏所有のものなのですが、ダンバーさん本人は拳銃にはまったく覚えはないけれど、夫人と橋で会う約束をしたことは認めております。しかしソー橋でなにがあったかについては、なぜか口をつぐんで語ろうとしません。なにしろ動かぬ証拠がそろっていますから、ダンバーさんの有罪はまず免れぬところでしょうね。

 事件の背景は、いわゆる三角関係のもつれというやつでしょうな。ギブソン氏は夫人とは性格が合わず、彼女の美貌が年齢とともに衰えるにつれて、だんだん嫌気がさしてまいります。そこへ若くてとびきり美人の家庭教師がやって来たものだから、夫人に愛想をつかしていたギブソンさんは、ムラムラと浮気心を起こします。たちまちそれに気づいた夫人が嫉妬に燃え、ミス・ダンバーを憎むのは当然でございましょう。世間によくある話ですなあ。

 さてギブソン氏はもともと身勝手かつ酷薄非情な人物でして、邪魔になった奥さんを追い出そうとして、なにかと虐待いたします。ところが情熱的で嫉妬深い南国ブラジル育ちの奥方は、頑として離婚に応じようとしません。一方ギブソン氏はミス・ダンバーに結婚を持ちかけますが、彼女はそれを拒否いたします。

 主人の求婚を断った以上、ミス・ダンバーは当然居づらくなりますから、辞めることを考えますが、彼女の収入に頼る身内がいるので失業は避けたいし、自分に対するギブソン氏の好意を善用すれば、彼の財力を広く世のために活かせると考え、屋敷に残る決意をいたします。ギブソン氏のほうでも彼女が残ってくれるなら協力は惜しまないと約束します。

 まあ、とにかくそんな中で事件は起こりました。情勢はミス・ダンバーにとって圧倒的に不利でございますが、彼女のような気高い女性が人を殺すわけはない、なんとか無実を晴らしてやりたいからぜひ貴公のお力を貸していただきたいと、ギブソンさんがホームズに調査を依頼するというわけです。

 さてギブソン氏がホームズの部屋を訪れる約束をした朝、ギブソン家の地所管理人を勤めるマーロウ・ベイツが先回りしてこっそりやって参ります。殺された夫人に深く同情し、残酷な主人を憎む彼は、事件を機に辞表を提出したといい、残忍狡猾なギブソン氏の言い分を信用せぬようホームズに訴えます。

 ベイツが急いで去って間もなく、約束どおり現われたギブソン氏の俗物ぶりにホームズは不快感を抱きつつも、万一ミス・ダンバーが冤罪であれば放ってはおけぬので、この仕事を引き受けることになり、やがてワトソン先生とともに事件現場へ赴きます。

 現場で事件当夜担当した巡査に確認したところ、死体は仰向けに倒れておりましたが争った形跡はなく、右のこめかみの後ろに至近距離から銃弾を受けており、左手に「(午後)9時にソー橋に参ります。G. ダンバー」というメモを握りしめていました。現場には見あたらなかった凶器の拳銃がその後ダンバーさんの室内で発見されたことは、すでに申し上げたとおりです。

 なお石造りのソー橋を検分したホームズは、死体の位置から約4.5 mほど離れた反対側の欄干の下側にみつけた、ごく最近出来たほんのわずか欠けた部分に注目いたします。そしてこれからミス・ダンバーに会って詳しい話を聞こうというところで第1部が終るわけです。

 以上ごく大ざっぱにご説明しましたが、最後にひとつだけ余計なことを申しますと、あたしが思うに、このお話の展開には少し不自然なところがございます。

 ミス・ダンバーだってバカじゃあるまいし、夫人が自分をひどく憎んでいることはよく承知しているはずです。いくら生活のためとはいえ、問題がさらにこじれるのは明らかなのに、一つ屋根の下に同居しつづけるわけにはいきますまい。一刻も早く荷物をまとめて屋敷を去るのがふつうでしょう。それに、細君を虐待するような男が急に心を入れ替えて、世のために尽くしてくれるなどと考えるとは奇妙な話でございます。

 肝心のミス・ダンバーの証言は第2部を待たねばなりませぬが、これまでのところを元にみなさまがどうお考えになるか、次回はそれをお聞かせいただければと存じます。では本日はこれにて。

 薄氷堂が話を終えますと、八公がニヤニヤして、

 -ふ~ん、ややこしい話ですねえ。だけど薄氷堂さん、あなたもう第2部を読んで真相を知っていなさるね。

 すると薄氷堂、澄ました顔をしてキセルを吹かしながら、

 -いえ八五郎さん、とんでもございません。フェアプレイ、フェアプレイ。まだ読んではいませんから、あたくしにも謎は解けておりません。

 いよいよ次回は捜査会議(?)、どうかお楽しみに(といっても、まだなにも考えてはおりませぬが……)。

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