Daily Oregraph: めでたい捕物帖
一昨日から今朝にかけて二度雪が降ったけれど、合わせて10センチ程度の積雪ですから、雪かきは楽なものでした。予報では50センチでしたので、外れて大助かりです。
さて本日の最高気温はマイナス3.2度。低いじゃないかとお思いかも知れませぬが、太陽のおかげで見る見るうちに雪は融け、ツララからはひっきりなしに水滴がポタポタと落ちていたのでございます。
-親分、なんだかんだいっても弥生のお天道様には勢いがありますね。
そういわれた親分は、読本(よみほん)の最後の頁を丁度読み終わるところでしたが、
-うむ、いつの間にか三月だなあ。早いもんだぜ、まったく。
-疫病が長引くせいか、このところこそ泥も減ったようで……
-まあ、事件がねえのはなによりだ。ところで泥棒といえば、潜水艦の設計図を盗んだ不届き者がいる。そいつが役人だから、国家機密を売り飛ばそうとは、とんでもねえ話だぜ。
-え、潜水艦? なあんだ、そいつは『ブルース・パーティントン設計図(The Bruce-Partington Plans)事件』の話じゃありませんか。
-うむ。なかなかおもしれえから、狂言にして中村座で上演したら大受けまちがいなしだろうぜ。
-でもね親分、道具方が大変ですぜ。地下鉄の駅だの車両なんぞをこしらえなくちゃならねえんですから。
-そうか。舞台が無理なら活動写真だな。
そこへフラリと現われたのが、長屋の究極の暇人である手習いのお師匠さんです。
-やあ、おそろいですな。ところで親分、ホームズ探偵の兄上の年収をご存じかな?
-ハハハ、こいつは藪から棒ですね。たしか450ポンドじゃありませんか?
-おや、どうして知っていなさる?
親分が読み終えたばかりの読本を差し出しますと、
-なあんだ親分、お読みになったのですか。せっかく新知識をご披露しようと思ったのに、お人が悪い。
-このブログの読者ならとっくにおわかりのように、当時年450ポンドといえば楽に暮らせるだけの金額ですが、国家中枢の重要人物の俸給にしちゃあいかにも少ない。弟同様、欲のない変わり者のようですね。
-その変人兄弟の活躍によって難事件が解決するわけですが、それによって国家の危機が救われるというところは『第二の血痕』に似ておりますな。
-はじめ犯人と目された青年の死体がなぜ線路脇にあったか、という謎の推理は筋道が通って見事なものです。最後には青年の疑いが晴らされ、悪人どもが捕縛されるという勧善懲悪の筋立ても後味がいい。
-ホームズ探偵の手柄へのほうびとして、女王陛下と思われるお方が、現金ではなくエメラルドのタイピンをくださったというのも上品でよろしいですな。
-でもね先生、あっしなら金子のほうがありがてえ。飾り物なら質に入れる手間がかかりますからね。
-馬鹿野郎、なんの手柄も立てねえボンクラに、どなたがほうびをくださるというのだ。
-ハハハ、親分、まあそうお叱りなさるな。八五郎さん、拙者にはタイピンはとても上げられませぬが……
といってお師匠さんが懐から取り出した包みを八公が開けてみますと、
-や、鯛焼きじゃありませんか。こいつはとんだおやじギャグだ。
-先生がお土産をくださるとは、また雪が降るかもしれませんな。
三人が笑い合っている間にこっそり検索してみましたが、この時代に鯛焼きが存在したかどうかはとうとう確認できませんでした。このシリーズは時代考証がデタラメでありますから、どうか笑っておゆるしくださいませ。
Comments
>道具方が大変ですぜ。地下鉄の駅だの車両なんぞをこしらえなくちゃならねえ
そりゃあ大変でしょうねえ。
けれども、歌舞伎の道具方の想像力(もちろん演出家も)は大したもんんで、こともあろうにあの「風の谷のナウシカ」を歌舞伎に仕立て上げちゃいましたからねえ。この正月に行われたテレビ中継は、何気なしに見かけたらテレビから離れられなくなって、ついつい初もうでに出かけるのが遅くなったぐらいです。かなり以前には「タイタニック号」なんてのもやってますしね。
この調子なら「呉爾羅(ゴジラ)」だってやりかねないと思いました。
Posted by: 三友亭主人 | March 06, 2021 16:20
>三友亭さん
へえ先生、そりゃあてえしたもんだ。タイタニック号をやってのけましたかい。隅田川に浮かべる舟とはわけがちがうんですけどねえ。
え、「風の谷のナウシカ」ですかい? なんとなく知っちゃあいますが、あっしはあいにく観たことがねえもんですから……
Posted by: 薄氷堂 | March 06, 2021 23:25