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March 09, 2021

Daily Oregraph: 用心が肝心捕物帖

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 本日の最高気温はプラス2.1度。だんだん日中の気温が上がってきたので、さしもの天山山脈もとうとうこんな情けない姿になりました。

 「おい、これっぱかりなんだから、さっさと全部片づけちまえよ」とおっしゃるかも知れませんが、最後まで残るにはワケがあります。見たところはただの雪ですが、実はこれ全部氷の塊でして、とてもスコップでは歯が立ちません。あとはお日さまにお任せするしかないようでございます。

 さて長屋の暇人ふたり、本日は『赤い輪(The Red Circle)事件』を相手に、勝手な批評をしているようであります。

 -最初の晩に一度外出したあとは、部屋から一歩も出ない奇妙な下宿人という着想はおもしろいですな。よく考えつくものですよ。

 -だんだん意外な真相が明らかになっていくところも、なかなか読ませますな。『悪魔の足』よりは出来がいいと思いますね。

 -ただねえ、薄氷堂さん、ひとつだけ難点がござる。

 -といいますと?

 -下宿人とその相棒が交す信号ですよ。拙者もあら探しはしたくないんだが、よくよく考えてみるとおかしすぎるんですな。

 -え~と、信号というと「1 は A、2 は B ……(one A, two B, and so on)」というやつですな。

 -さよう。それだけではすぐに意味はわからんが、要するに下宿人の部屋の向いの建物の窓から、ロウソクの光を見せたり隠したりして、相棒が信号を送るんですな。1回光れば A、2回なら B、以下26回の Z までつづくわけです。

 -暗号というほどでもない、ちと単純な信号ですね。

 -だからわかりやすいといえばわかりやすいんですがね、とても実用的とは申されませんな。

 -最初に登場する信号が ATTENTA (イタリア語で「BEWARE=用心せよ」)でしたね。

 -それを例に取って考えてみましょうか。光を見せる回数は、1+20+20+5+14+20+1=81 回になります。

 -なるほど、光を見せて隠して1回だから、1回あたり1秒はかかりますね。しかも一文字ずつ間を置かなくちゃ、A (1回)+ T (20回)なのか U (21回) なのか区別がつきません。

 -そうです。少なくとも2秒は間を置かなくてはいかんのです。だから計算してみると、最低でも 81秒+2秒×6回 = 93秒、つまり1分半以上もかかります。

 -そのうえ、連続するときは逆に長い間を置かず規則的に光を見せなくてはいけない。それを手持ちのロウソクでやるのはちと大変ですね。

 -信号を送る方も受け取る方も、勘定をまちがえるわけにはいかんから必死です。うっかり数えまちがえれば意味が通じなくなる恐れがありますでな。

 -ははあ、それで単語一つ送るのに、信号を3度も繰り返していたんですね。あたしも妙だなあと思って読んでいたんですが、これで納得です。

 -ホームズ探偵は ATTENTA が3回だから "Beware! Beware! Beware!" だといっていますが、これは単語を3度重ねて意味を強調したというより、拙者にいわせれば、綴りを確実に伝えるためと解すべきですな。

 -実際次の単語の PERICOLO(= DANGER) も、信号を繰り返そうとしていますしね。

 -さよう。途中で邪魔が入らなければ3度信号を送ったことでしょう。緊急に用件を伝えるはずの信号なのに、これではどうも手間がかかりすぎますぞ。ATTENTA を3回で5分近くもかかるから、当時広く普及していたモールス信号を使ったほうがずっと早いし確実です。

 -なるほど、たしかに面倒すぎて、実際には使えませんな。蓋を開け閉めできるカンテラでも使ってモールス信号を送ればよかったというわけですね。

 -この信号はお粗末だから、どう考えてもドイルさんの手抜きですよ。前回の『悪魔の足』もそうですが、たぶんドイルさんはこの頃ホームズものには本気を出していなかったような気がしてなりませんな。

 -しかし先生、こんな突っ込みを入れる読者がいちゃあ、戯作者も閉口するでしょうねえ。

 -ハハハ、だから「用心せよ!」ですよ。

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