Daily Oregraph: 幻滅捕物帖
本日の最高気温はプラス8.8度。上の写真を撮った昨日は8.9度と、このところずいぶん暖かくなってまいりました。
-ねえ先生、いつの間にか姿を消したワトソン夫人ですが、やっぱりこの作品にも顔を出しませんでした。期待していたんですけどねえ。
-ああ『瀕死の探偵(The Dying Detective)事件』ですな。
-こいつは結婚2年目に起きた事件ですけど、奥さんはまったく姿を見せませんよ。夫婦喧嘩でもして自分の部屋に閉じこもっていたのか、それとも家を出てしまってたのか、どっちでしょうね?
-「ワトソン夫人失踪事件」については、ホームズ専門の暇人たちがいろんな説を唱えているらしいが、結婚2年目ですとまだ家を出ちゃいますまい。今回の事件は1890年の終りか1891年あたりで、細君が影もかたちも見えなくなった『空家の事件』は1894年の春ですから、その間になにかあったのでしょうな。
-いや、あたしが思うに、この事件の頃には二人は少なくとも別居状態だったにちがいありません。なにしろベーカー街のハドソン夫人があわててやって来るという事態ですからね、ふつうなら奥さんをちょい役で出してもおかしくはないところですよ。
-そりゃそうなんですが、なにしろドイルさんはもともとウッカリ屋な上に、年表を作って矛盾のないように一々チェックするほどホームズ・シリーズに身を入れていなかったというのが拙者の考えです。思ったより売行きがいいから、版元が催促して次々と書かせたのかも知れませんぞ。
-そうですかねえ。
-それはともかく、今回はホームズが瀕死の重病人を装って犯人をおびき寄せるというだけの話ですから、たいして難事件というわけじゃありませんな。ホームズ探偵の巧みな演技力が興味の中心です。
-でもねえ、ワトソンさんはお医者さまなんだから、早いうちに仮病を見抜きそうなものですがねえ。
-さよう、いきなりベッドからはね起きて駆け出し、ドアの鍵をかけるなんて芸当が、瀕死の病人に出来るわけがありませんからな。どうもおかしいと、素人目にもわかります。
-そうなんですよ。もちろん虫の息では起き上がれるはずもないし、どこぞの都知事みたいに、危険な伝染病だが「離れていれば大丈夫(Keep your distance and all is well.)」てなことをいっときながら、ドアを開けようとするワトソン先生のすぐ目の前を通って鍵をかけるってえのも妙な話ですよ。
-でもね、考えてみれば、このシリーズはワトソン先生が間抜けだからこそ成立しているともいえますぞ。
-それにしても損な役回りですよ。あまり間抜けだと奥さんに愛想をつかされちまいますから、どうもお気の毒でなりません。
-ハハハ、なるほどね。ワトソン夫人失踪の原因は案外そのへんにあるのかも知れませんなあ。
……と、ここまで勝手なことを書いてきて思うのですが、子どもの頃あれほどワクワクしながら読んだホームズものも、落ち着いて読み直してみると、ずいぶんとおかしなところが見つかるものです。
世にシャーロッキアンなる人種がいるとか聞きますけれど、趣味としてはわかるのですが、結局行き着く先は幻滅じゃないかと余計な心配をしてしまうのでございます。なにごともほどほどがよろしいようで。
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