Daily Oregraph: 油断大敵捕物帖
本日の最高気温はプラス4.1度。毎日コツコツと崩している雪の壁も残りの長さ4メートル弱となり、今日もスコップをふるって作業したのだが……
-ハハハ、掘り出し物ですよ。雪の中から出てきた氷の板です。
-へえ、そんなものが自然にできるとは不思議ですな。
ここで説明を加えておきますと、この板氷は最大の長さ43センチ、幅30センチ、厚さ7センチほどもございました。
-まともにはスコップの刃が立ちませんから、回りを掘り崩して取り出すしかないんですよ。おっと、もう昼じゃありませんか。どうです先生、餅でも焼いて食いませんか?
-おお、それはありがたい。
二人が安倍川を食べたのか納豆餅にしたのかは、あいにく記録に残っておりませんが、とにかく簡単な昼飯をすませまして、出がらしの番茶を啜りながら、例によって呑気な捕物話をはじめたのでございます。
-いやどうもご馳走に相成りました。さて『第二の血痕(The Second Stain)』事件は、大事件も大事件、公になれば大戦争がはじまろうという機密文書が紛失したという話ですな。
-依頼者が首相と欧州担当大臣というんだからすごい。たまにこういう依頼もあるから、貧乏人から頼まれた仕事を引き受ける余裕があるんでしょうな。
-話としてはなかなか面白く出来ておりますな。円満に事件を解決したホームズ探偵の手腕もみごとです。もっとも偶然都合よく殺人事件が起こらなければ、解決の糸口を見つけるのは難しかったはずですがね。
-警官が規則を破って、無関係と思われる婦人を殺人現場に通したというのも、ちょっとありそうにないような気がします。しかしまあ、そこは話を進めるために仕方がなかったのでしょう。ただねえ、捕物以前の問題として、問題の文書の扱いが、てんでなっていませんな。
-さよう。役所の金庫の中では心配だから、欧州大臣はそいつを自宅へ持って帰り、寝室に置いてある文書箱の中にしまいこむ。そこまではいいとしても、その箱を金庫に入れずに置きっぱなしというんですからな。挿絵をごらんなさい。
いくら箱に鍵をかけていたって、こんなちっぽけな箱じゃあ、そのまま誰かに持ち去られても不思議ではない。そのために戦争でもおっぱじまれば、切腹したって申し訳が立ちますまい。
-それもそうですが、そもそも文書を懐に入れて持ち帰るというのが危険千万ではありませんか。
-文書の存在を知る者は当然ごく限られていたとはいえ、それを嗅ぎつけたスパイがいたという設定になっていますからね。この種の文書を安全に保管する場所を確保していなかったというのは、まことにお粗末というしかありませんな。
-でもね先生、権謀術数渦巻く欧州で鍛えに鍛えられた英国にしてこんな小説が書かれるとしたら、日本国はどうなのか、心配になりますね。
-なあに、世界に冠たるわが国は官僚がきわめて優秀だし、政治家も信頼できますから、そんな心配はご無用。それでも不安なら、月間Hanada だの月間WiLL だのをお読みになればよろしい。おつむは多少おかしくなるかも知れんが、根拠なき安心は得られましょうからな。
-ハハハ、冗談がきついですよ、先生。お茶を吹き出しちまったじゃありませんか。
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