Daily Oregraph: 鼻眼鏡捕物帖
本日の最高気温は-1.5度。昼前から雪。
さて今回取り上げる作品は『金縁の鼻眼鏡(The Golden Pince-Nez)事件』で、解決の鍵のひとつは遺体の近くにあった鼻眼鏡が婦人物であったということである。
パンスネ(pince-nez)というのはフランス語で「鼻挟み」という意味らしく、つまり耳にかけるツルの代りにクリップで鼻をはさんで止めるメガネのこと。最近ではあまり耳にしないけれど、昔の小説にはしばしば登場する。ぼくは使ったことがないからよくわからないけれど、かけっぱなしにするには不向きじゃないかと思う。
-まったくよく降りやがる。なあ八、明日の朝はまた雪かきだぜ。
-朝まで降るらしいですからねえ。この雪じゃあ、さすがに長屋の暇人二人も押しかけてはきますまい。
-うむ、今日は『金縁の鼻眼鏡』を肴にするつもりだったのだが、この天気じゃ仕方あるめえ。おめえはもう読んだのだろう?
-へえ。ホームズさん、例によって問題の鼻眼鏡を細かく調べていなさるところはさすがです。それよりも、むやみに吸った煙草の灰を本棚の前にまき散らして、隠し部屋を突き止めたてえのは面白いと思いましたね。
-今どき床に煙草の灰をまき散らしたら、顰蹙を買って追い出されるのがオチだろうが、それはいいとして、どこか気になったところはねえか?
-さあ、親分、そこです。ホームズさんとワトソン先生は、田舎の小さな駅で降りてから馬車に乗り、事件現場の屋敷へ向かっています。そんな場所に顔にも服装にも特徴のあるよそ者の女が行ったとしたら、必ず人目につくはずじゃありませんか。だから目撃者がなかなかみつからなかったてえのは納得できませんね。
-そこに気がついたのはえらい。もうひとつ、凶器は封蝋ナイフだというんだが、こいつは先が錐みてえに尖ったものだろうから、突けば傷を負わせることはまちがいねえ。しかしな……
-被害者に取り押さえられてあわてた犯人が机の上にあったナイフを取り上げたまではいいが、女の力で頸動脈をひと刺してえのはむずかしかろうと思いますね。
-おれもそう思う。最初から殺すつもりがない以上、そうむやみに力を入れたとも思えねえしな。もっともたまたまということだってあるから、絶対にそんなことがねえともかぎらんが。まだおかしいところがあるぜ。
-あ、例の朝飯ですね。あっしも首をひねったんだが、事件の翌朝に屋敷の主人は飯をたっぷり用意させている。実はかくまった犯人の女にも食事を分けたからなんですが、その頃には女にも事故とはいえ人をあやめてしまったことはわかっていたはずです。それなのに平気でぺろっと飯を平らげるなんてことがありますかねえ。
-うむ、おれもそこんところはドイルさんの失敗だと思うのだ。よほど肝のすわった悪じゃねえかぎり、いつもどおりに飯を食えるとは思えねえ。主人だって心中穏やかじゃねえんだから、まずふだんの一人前を二人で食ってちょうどいいくらいだろうよ。おっと、八、そんなことより、ちょいと外を見ろ。
-え? おや、降ってますねえ。ちょっと話をしているうちに、ずいぶん積っちまった。
二人は溜息をついて顔を見合わせたのでございます。
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