Daily Oregraph: ブラック捕物帖
本日の最高気温は0.6度。プラスではあったが、寒いんですよ。
今回の短編は『ブラック・ピーター(Black Peter)』である。もと捕鯨船の船長ピーターは色浅黒く、黒ひげを生やした酒癖の悪い乱暴者だから、強いて訳すとすれば、ちょっとダサいけれど『黒鬼ピーター』あたりだろうか?
ピーター船長は母屋とは別に小さな小屋を建て、そこで寝起きをしていたのだが、そのサイズは16フィート×10フィート(4.9 m × 3 m)だったというから、鴨長明の方丈やソローの小屋の約1.5倍はあるものの、西洋人としてはえらく狭い。
ふだんは「厳格なピューリタン」であり、そんな質素な小屋で生活しているくせに、実は強欲で残忍、酔っ払うと手がつけられないという、矛盾を絵に描いたような男である。
そのブラックな男が、船長室を模した室内に飾ってあった捕鯨用の銛で、昆虫標本みたいに壁に串刺しにされたというのが今回の事件である。血しぶきが飛び散った室内は凄惨を極めたと想像されるが、プライオリ・スクールのように絵図が必要なほど複雑な事件ではない。
さて小説を熱心に読んでいた八公、チッと舌打ちして独り言をいいます。
-なんぼなんでもこれはねえや。
-どうしたい、八?
-だって親分、狭い小屋の中ですぜ。下手人の回りには血が飛び散っていたと書かれている。そんなら下手人はたっぷり返り血を浴びていたにちがいありません。
-そりゃそうだろうな。
-ところが、下手人はそれから10マイル離れた駅までテクテク歩いて汽車に乗り、ロンドンへ行っている。途中顔を洗って服を着替える場所もなければ、そのふしもねえから、血まみれのまま歩き回ったはずで、人に怪しまれずにはすみますまい。
-ハハハ、手習いの先生や薄氷堂さんの悪い癖がおめえにも移ったらしいな。あのお二人は暇人だから、せっせと重箱の隅をほじくるのよ。しょせんは戯作、やかましいことをいわずに読むがいいのさ。
-いや、もう一つ気に入らねえところがありやす。ホプキンズ警部というお役人が、ひどい間抜けに書かれている。警部が下手人としてお縄にした若いもんはひょろひょろした男だから、とても銛で人を串刺しできるような力なんぞねえことは一目でわかるじゃありませんか。そこがわからねえトンチキにお役目が勤まるわけはねえ。
-なるほど、そいつはもっともだ。
-ところが無実の下手人を上げて得意顔だというので、ホームズの親分は警部さんを散々笑いものにするんだから、バカにしてらあ。あっしはくやしくてならねえんですよ。ドイルてえ戯作者はお上に喧嘩を売っているんでしょうかねえ。
憤慨する八公を親分がしきりになだめているところへ、先生と薄氷堂の二人がふらりと現われて、
-親分、酒はありますかな? 今日の肴は『ブラック・ピーター』ですぞ。
というのですから、さていかがあいなりますることやら……
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