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December 27, 2020

Daily Oregraph: 絵図を読む捕物帖 (2)

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 この写真は昨日 港町から撮った雌阿寒の山並みである。案外雪は少ないことがおわかりになるだろう。

 最高気温は本日が-1.0度、昨日が-0.2度だから、今日のほうが寒そうだけれど、とんでもない。昨日は港に白波が立つほど風が強く、寒いのなんの、とても長く外にはいられなかった。それにくらべれば今日はポカポカとして、ずっと過ごしやすかったのである。

 さてどぶろくを飲み過ぎて二日酔いになった一同が再び集まったのは翌々日の午後のことでございました。

 -おお、寒い。木枯しの果てはありけり裏長屋ってね。失礼ながら、先生のお宅は風通しがよすぎますな。おや、本日は親分と八五郎さんもお揃いで……

 そう憎まれ口を叩きながら、肩をすぼめて入ってきたのは、年中同じ着物を着通しの薄氷堂です。どこで手に入れたのか、スルメの束を手にしております。

 -ハハハ、これはお口が悪い。ところで、今日は親分がこいつを……

といってお師匠さんがポンと叩いて見せたのはなんと酒樽、一時に梅と桜が咲いたような景気のよさです。

 親分は照れくさそうに笑って、

 -なに、越後屋が歳暮によこしたものでしてね。だが刺身までは手が回らなかった。実はね、八のいただいてきた絵図がおもしろそうだから、今日はあたしもお話を聞きにめえりやした。

 -へへ、そうでしたか。親分のおかげで灘の生一本にありつけるとはありがたい。じゃあ先生、スルメでもかじりながらお話をおうかがいしましょうか。

 スルメをあぶる匂いがプーンと漂いはじめ、それぞれの茶碗に澄んだ酒を注ぎ終ると、一同坐り直しまして先生に注目いたします。

 -え~、では早速本題に入りましょう。いちいち前回の記事に戻るのは面倒ですから、もう一度絵図をお見せします。話がこみいっているから、どうでも絵図を見なくちゃ先へ進めません。

Priory_school_map_20201227174001
 そう前置きしてお師匠さんは話を始めたのであります。

 絵図に引かれた3本の点線は、なかなかよく考えられておりましてな、じっくり見るとまことにおもしろい。さすがは曲亭馬琴かコナン・ドイルかといわれるだけのことはあります。

 さて前回申し上げたように、寄宿舎を抜け出した少年は北、つまりムアを突っ切ったと考えられます。ところがムアに少年の足跡は残っていないから、自転車か馬に乗って逃げたはずです。しかし少年が学校から自転車を持ち出した形跡はないので、だれかが手を貸したにちがいない。この点にどうかご注意願います。

 捜査開始の時点では、ハイデガー先生はあとを追ったのではなく、実は少年を自分の自転車に乗せて連れ去ったのだという可能性もありましたが、やがて彼の自転車と遺体がムアで発見されます。したがってハイデガー先生は、相当の速度で逃げる少年に追いつくために、どうしても自転車に乗る必要があったとわかります。

 さて印をごらんください。ホームズ親分はここで最初に自転車のタイヤの跡を発見します。だがこいつはおなじみのダンロップ製タイヤですから、ハイデガー先生の自転車のパーマー製タイヤとはちがいます。つまりもう一人謎の自転車乗りがいたことになる。これも注意すべき点です。

 トレッドでは前後のわからないタイヤ痕を見て自転車の進行方向がわかるものかどうかは大いに疑問ですが、ダンロップ・タイヤの自転車は南から北へ向かっているとホームズ親分は考えます。で、親分はダンロップ・タイヤ痕を逆にたどり、出発点がラグド・ショー(Ragged Shaw)であると突き止めるのです。

 ここからがちとややこしい。ホームズ親分はどうしてもパーマー・タイヤの跡をみつける必要があるから、ふたたび湿地帯に戻ります。苦労の末の場所でそいつをみつけ、跡をたどってハイデガー先生の遺体を発見しました。

 付近でピートを掘っていた男に警察への通報を依頼してから、親分とワトソン先生はふたたび印に戻り、今度はダンロップ・タイヤの跡を北へ向かってたどるのですが、湿地帯を過ぎて館が左約数マイルに見える地点で跡は途切れてしまう。

 二人はそれから闘鶏亭へ立ち寄りますが、このパブの主人は一癖も二癖もありそうな怪しい男。親分がこっそり調べて見ると、ここで飼われている2頭の馬の蹄鉄はなぜか牛のひづめの形をしています。この発見は親分の手柄ですな。

 闘鶏亭を出た二人は、前回挿絵をお目にかけたように、館までの街道の途中で自転車に乗って闘鶏亭へ向かう男をみかけます。万事徹底するホームズの親分は、ふたたび闘鶏亭に行って自転車のタイヤを確認すると、これはダンロップ製でありました。

 こうして一日の長い調べを終えた二人は、また荒れ地を突っ切ってプライオリ・スクールへ戻るのですが、ホームズ親分は疲れも見せず、そこから最寄りの駅へ行って電報を打っています。

 ……とまあ、荒れ地での調べのあらましは、これでたいていおわかりになったと存じます。

 長いお話が一段落したので、お師匠さんは灘の生一本をぐいっとやりましたが、どぶろくと違ってす~っと喉を通過いたしますから、すぐにつづけて手酌でもう一杯。

 すると薄氷堂がスルメをもぐもぐやりながら、

 -先生、こいつはどうもあきれた話じゃありませんか。ホームズの親分とワトソン先生は、一体この日何マイル歩いたんでしょうねえ。たった二人で助手もいないし、目印に旗竿を立てたわけでもないから、荒れ地で場所を確かめるのは至難の業です。行ったり来たりすれば、一里の道のりを二里歩くことにもなりかねませんぞ。ホームズさんはいいとしても、戦地でこしらえた古傷を抱えるワトソンさんは疲労困憊してバッタリ倒れかねませんぜ。

 -いや、ごもっともですが、そこを突っこむと話が進行いたしませぬゆえ、目をつぶるとしましょう。

 それまでじっと話を聞いていた親分が、ここで口をはさみます。

 -今のお話をまとめて考えると、こうなりましょう。3本の点線、A, B, C がある。つまり少年のほかに少なくとも3人の大人がからんでいますな。この絵図によると、どれもラグド・ショーのあたりが出発点です。ハイデガー先生は C の線に沿って少年を追いかけ、×印のところで殺されていたが、そこは A の線とはずいぶん離れているから、A の自転車乗りは下手人ではありません。下手人は少年を連れて B の線をたどり、のあたりで C のハイデガーさんに追いつかれたか追いつかれそうになったので、×印で犯行に及んだわけでしょうな。

 すると前回恥をかいた八公が、

 -でもね、親分、B は牛の足跡の線ですぜ。

 -いいか、八、闘鶏亭の馬の蹄鉄が牛のひづめ型だったことを忘れちゃいけねえ。子どもを連れて逃げるのにふつう牛は使わねえから、自転車の跡でないとすれば、B は牛に見せかけた馬の足跡にちがいないのさ。途中で跡は途絶えているが、馬の行方は闘鶏亭で決まりだろうな。

 -親分のおっしゃるとおりです。さて八五郎さん、今日の問題は A の行方です。これはおわかりになるでしょう。

 -あれれ、先生、また問題ですか? だが今日はまちがえっこありやせん。ホールダネスの館だね。前回の挿絵で自転車をこいでいた男でしょう。

 -ご明察。しかし A, B の正体については、ねたバレもいいところだからこれ以上申し上げるわけにはまいらぬ。丸善に行って本をお買い求めいただきたい。おや、薄氷堂さん、なにやら不満顔ですが……?

 -いえね、先生、C が学校から北へ一方通行なのはハッキリしているけど、A と B はそうじゃない。どちらも館前の街道とラグド・ショーとの間を往復していなくちゃ話が合いません。つまりタイヤの跡と牛と見せかけた馬の足跡は、どっちも一筋じゃなくて二筋だったはずじゃありませんか。

 -おお、お気づきになりましたか。万事に細かいホームズの親分ですが、現場ではタイヤの跡は学校からのものというだけで、それと反対方向の跡については触れてはいないから、オヤ? と思います。それと、牛に見せかけた足跡ですが、足跡があるとは現地でもいってるけれど、十分な説明はされていません。これも往復二筋あったんなら、南北両方を向いた足跡が入り乱れていたはずだから、東西よりは南か北が優勢だったにせよ、概してどっちという方向(general direction)を決めるのは難しかろうと思いますな。

 -たぶん馬を牛に見せかけるトリックは最初から考えていたにちがいないが、点線 B をはっきり示さないと話がうまく進行しないことに、作者はあとで気づいたのだろうとわしは思いますぞ。

 -う~む、そいつは手厳しいが、図星でしょう。というのは、現場ではほとんどタイヤ痕の話ばかりだったのに、闘鶏亭に着いたあとになって、ホームズ親分は突然思い出したように牛の足跡がどこにあって、その特徴はどうだったと詳しく話し始めている。読者に点線 B を納得させるためには、それが必要だったんでしょうな。

 -まあ、薄氷堂さんのいうとおり、突っこみどころを探せばほかにもありましょうが、絵図一枚でここまでヒマをつぶせれば御の字ですよ。なあ八、おれたちもこの話を全部読んでみようじゃねえか。

 -ぜひそうなさい、親分。たしかに多少物足りないところはあるが、大貴族のお偉いさんに向かってホームズの親分が恐れることなく堂々意見するという痛快な場面もあって、なかなかおもしろい短編だと思いますぞ。

 ここでスルメの匂いにまじって燗酒の香りがふんわりと漂って参りましたのは、八公が気を利かせたのでございます。破れ障子から吹きこむ風は冷たくとも、熱燗を酌みかわす四人の会話は、このあとも楽しげにつづくのでございました。

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