Daily Oregraph: サインは4捕物帖
本日の最高気温は6.0度。日が射している親分宅の座敷は、思いのほか寒くはございません。
-え~、ここに一枚の図面があります。大きな建物の部屋や通路・廊下が描かれている部分図で、1ヶ所に小さな赤い十字が記され、その上には「左から3.37」と書かれておりますな。
-おっと、薄氷堂さん、図面なんてねえじゃありませんか。
-まあ、親分、説明を最後までお聞きなさい。図面はあとでお見せしましょう。
左隅には奇妙な象形文字風の4つの十字を横棒を接して一直線に並べたものが(一つ)ある。その横には「The sign of the four-ジョナサン・スモール、マホメット・シン、アブドゥラ・カーン、ドスト・アクバール」という文字が非常にぞんざいに書かれていた。
-え~、この図面こそ The Sign of (the) Four 問題に関して拠るべき第一級資料(?)なのでありまして、ジョナサン・スモール君はこいつを最初に人数分の4枚、のちに引き入れた仲間2人のために2枚、合計で6枚作成しているのです。
-ちょいとお聞きしたいが、その図面に書かれた4人の名前てえのは「それぞれの署名」なんですかい?
-さすがは親分、鋭いですなあ。後のほうを読みますと、図面を作成したジョナサン・スモール君が4人を代表して記名したとあります。いずれもスモール君の筆跡で書かれていたということでしょうな。
-なるほど。「++++」は横棒がつながった1つの記号(印)なんだから、単数の the sign ってわけだね。つまり4人(the four)を象徴する1個の記号(sign)= the sign of the four てえことだ。こないだメリケンの字引を引いてみたが、動詞の sign なら「署名する」という意味はあるが、名詞には「署名」という意味はないから、「記号・印」にちげえねえ。
-なんと、親分が昼寝の枕になさってたのはウェブスターの大辞書でしたか。そいつはすごい。エゲレスの字引を引いても同じことなんですが(注)、まあ、sign の意味はともかく、1つしかないのに『4つの sign』てえ解釈はありえないから『4人の sign』が正解ですな。翻訳者も存外迂闊なもんです。4人は特定されているのだし、理屈からいえば the four が正解だとは思うけれど、本文中には the four が7回登場するほか、the なしの four も2回出現しています。
注:例外的に齋藤英和中辭典には sign 「⑥(manual)署名。(殊に)御名。」とあるが、「御名」とあることからもわかるとおり、これは sign manual=国王の親署など特別なものを指すと考えられ、日常的な署名という意味ではない。
-てえことは、どっちでも意味が通るんだから、それほどこだわる必要はなさそうだね。
-ええ、この作品は The Sign of the Four という題名で発表されましたが、早いうちから The Sign of Four としても刊行されており、しばらく両者併存していたが、だんだん後者が優勢になっていったようです。
-結局は語呂の問題なのかもしれないね。
-正直いってよくわかりませんが、まずはそんなところなのでしょう。さてそろそろ親分に問題の図面をお見せしましょう。矢印の先が問題の sign だと思います。
-上は主演が Peter Cushing、下は Jeremy Brett 主演のTV芝居から拝借した図面でしてな、上は four に定冠詞がない以外は原作にきわめて近く、4人の名前も同一筆跡で書かれております。下はちと改変されているようで、4人の名前はそれぞれが署名したようでもあるし、問題の記号も一部の欠けた「8」の字のように見えます。
-役者がちがえば小道具もちがうというわけですな。
-実は謎の記号は殺人現場からも発見され、ノートをちぎった紙片には "The sign of the four" と走り書きされていた。その場面ではBBC版は上の画像とまったく同じ図面を出しているが、Granada TV版では次のとおり、たしかにちぎれた紙に書かれております。
-ふうむ、ここでもまた謎の「8」が書かれていますが、これは……?
-それなんですが、私にもまだよくわからないけれど、昔々商人が自分の品物に付けた印に関係があるらしいのです。で、その荷印に災難除けのまじないの意味をこめて、Sign of Four またの名を「マーキュリーの杖(Staff of Mercury)」というのが使われたそうで、それがこいつ(Wikipedia より拝借)。
-へえ、なるほど「4」だね。横になったりひっくり返ったのもある。
-なんだかオカルトめいてきましたが、マーキュリーの杖(またはヘルメスの杖)で画像を探すと、こんなのも出てくるんですよ(Wikipedia より。これに頼るとバカにされるけれど致し方ない(笑))。
-へへへ、どうも恐れ入ります。でもね、よくごらんなさい。ヘビが2匹からんでいるのを見ると、だんだん「8」が見えてくるじゃありませんか。
-ははあ、例の Granada 版図面の印がこのヘビだというんだね。
-そうにらみましたが、見当ちがいかもしれません。しかしいくら私がヒマ人だといっても、これ以上深入りするつもりはありませんよ(笑)。どうもキリがない。
-それがいいよ。おや、そういえば、八の野郎、ずいぶん静かだと思ったら、鼻提灯を出して寝ていやがる。
-ハハハ、それはしょうがありません。いい若い者が喜んで聞くような話じゃありませんでしたからね。次回はちょいと色気のある話ですから、八五郎さんも居眠りはしますまい。
Comments
こんばんわ!
所説、拝聴いたしました。
拝読ですね。
8がヘビに見えてきました。
Posted by: しょうちゃん | December 17, 2020 02:14
>しょうちゃんさん
いつもややこしい記事(笑)をお読みいただきましてありがとうございます。書いている本人も実は面倒くさいのです。
「8」はなんとなくヘビに見えますでしょう。GRANADA TV の脚本家か演出家が昔の Sign of four をシャレで使用したんじゃないでしょうか。
ところで、Sign of Four またの名を「マーキュリーの杖」というのは Wikipedia の表現なんですが、両者はちっとも似ていませんよね。ひょっとしたら8が縦に二分されているから? しつこく探せば「なるほど、これか!」という、わかりやすいマークがみつかるのかもしれません。
Posted by: 薄氷堂 | December 17, 2020 09:35