Daily Oregraph: 本日の捕物帖―金のない依頼人
今日の最高気温は7.0度。ちょっと寒かった。阿寒湖畔では積雪8センチだったという。裏庭のナナカマドの実はほとんど落ちてしまった。
本日の捕物控は『ブナ屋敷(The Copper Beeches)』(1892年)である。
この作品は破格の報酬や髪の毛が話にからんでいるところは『赤毛連盟』を連想させ、ちょっぴりゴシック・ホラー風味もあるし、なかなか読ませる。地味ながら傑作のひとつといっていいんじゃないかとぼくは思う。
さて先日も書いたように、ホームズ探偵の依頼人はいつも金持とはかぎらない。今回の依頼人は、失職して生活に困り、職探しをしている女性家庭教師である。そこでこの住み込みの女性家庭教師(governess)の収入に注目してみよう。
彼女のそれまでの月収は4ポンドだったというから1年あたり48ポンドだが、「年40ポンド出せば雇える」とホームズがいっているから、相場はそのへんなのだろう。家庭教師個人の実力の程度や雇い主の経済状態には幅があるだろうから、大体年収40~50ポンドと考えてよさそうだ。
以前ご紹介したように、『ジェイン・エア』(1847年)では、やはり家庭教師をしていたジェインの年収は30ポンドである。同じ頃の文献では年収25ポンドというのがあるので、たぶん1840~50年代には年収20~30ポンドだったと考えていいだろう。
いずれにしても低賃金であったことはたしかだし、雇い主の都合でいつ首になるかもしれない。一通りの学問があるのに待遇はメイドさんよりほんのちょっとだけマシといった程度で、実に気の毒な境遇であった。現代でいえば、大学は出たけれど……というのに近いと思う。
そこへ飛び込んできたのが「あなたには年100ポンド出しましょう」という話で、しかもそれをいったん断ると追加されて年120ポンドになるのだから、素人考えでも怪しい申し出である。うまい儲け話にはたいてい裏がある。一体それはなにか、というのはお話を読んでのお楽しみ。
求職活動中に貯金を使い尽くして借金までこしらえた女性の依頼を、報酬の話は一切せずにホームズ探偵は快諾する。いうことがいちいちキザで、ふだんツンと澄ましたホームズだが、この赤字覚悟で仕事を引き受ける侠気は買ってやらなくちゃいけない。映画だと主演は高倉健、家庭教師役は藤純子あたりだろうね(笑)。
ついでにいうと、現代日本では年収はここ数十年上向かないどころか、かえって下降気味であるところが悲しい。多くの依頼者がかくも貧困化しては、いかに任侠精神に富む探偵といえども、東京で開業するのはむずかしいだろう。宰相が冷酷にも自助と言い放つこの国で、頼るもののない藤純子を救うのは一体だれであろうか?
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