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November 29, 2020

Daily Oregraph: 謎の奥方捕物帖

 本日の最高気温は6.1度。さほど低いわけではないが、風はちょっと冷たい。

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 坂を上りつめれば海へ向かって下る道がある。これは今も昔も変らぬ釧路らしい景色のひとつである。

 さて『シャーロック・ホームズの回想』シリーズは、ライヘンバッハの滝でホームズが宿敵モリアーティ教授と対決し、二人が組み合ったまま滝壺へ転落するという『最後の事件』(1893年12月ストランド・マガジン掲載)で完結する。

 長年の宿敵だという悪の天才モリアーティ教授(元大学教授)が『最後の事件』で突如デビューするとは驚きだが、オクスフォード出身で二項定理のすぐれた論文を書いた超優秀な人物なんだという。

 それほどの学者が悪事に手を染めなくたってよさそうなものだが、設定としてはおもしろい。どこぞのバカな政治家たちとはちがって頭脳が水晶のように明晰だから、とにかくボロを出さないのである。ホームズが「彼はぼくとイコールだ」というのだからまちがいない。東大卒の雲霧仁左衛門みたいなやつなんだろう。

 そんな超悪玉をいきなり登場させたところを見ると、どうやらコナン・ドイルは本気でホームズ・シリーズを打ち切りにしたかったらしい。あわれ善悪二人の天才がそろって壮絶な死を遂げたのは、1891年の5月であった。

 さてそれから3年後の1894年春、死んだはずのホームズがロンドンに現われて、ワトソン先生を驚かせ失神させるというのが、新シリーズ『シャーロック・ホームズの帰還』第1作『空家の事件(The Adventure of the Empty House)』(1903年10月ストランド・マガジン掲載)である。

 ホームズ復活までの事情について調べるのもおもしろそうだが、それは研究家に任せるとして、本日はワトソン先生の奥方に注目したい。

 というのは、ライヘンバッハの滝でホームズが書き残したワトソン宛のメモの最後に「どうかワトソン夫人へよろしくお伝え願いたい」とあるのに、『空家の事件』にはそのワトソン夫人がまったく顔を出さないからである。これは一体どうしたことだろうか?

 1887年に発表された第1作『緋色の研究(A Study in Scarlet)』を読み直さなくては正確なことはいえないが、ワトソン博士はホームズと知り合ってベーカー街でシェアルームし、その後結婚して医院を開業した。住まいを別にしてからは、事件が起こるたびに隣人の医師に自分の患者を任せてホームズに同行したわけである。

 1891年の7月にスタートした短編シリーズ『シャーロック・ホームズの冒険』以後、ワトソン先生の奥方はときどき言及されるのだが、いかなる女性なのか、どの短編を読んでもよくわからない。気まぐれな変人ホームズとのつきあいを大目に見るからには、大体において物わかりのいい奥さんらしいという見当はつくけれど、いつも簾の向こうにいる姫君みたいなもので、ほんまにいるんかいな? と疑いたくなるほど存在感が希薄なのである。

 『空家の事件』を読みながら、あれれ、奥さんはどうしちゃったんだろうか……と首をひねっていると、新シリーズ第2作目の『ノーウッドの建築家(The Norwood Builder)』では、「ホームズが帰ってから数ヶ月、私は彼に請われて医院を売却し、ベーカー街の古巣に戻って生活を共にしていた」ということになっている。

 え、なんだって? これにはビックリ、奥さんと別居したのでも離婚したのでもなく、最初から結婚の事実はなかったも同然にされているのである。これをホームズ・シリーズ最大の謎といわずしてなんといおうか(笑)。

 一見ささいな事実にこそ面白味がある、とはホームズの口癖でもある。気になり出すと放っておけないので、とっくにストーリーを忘れてしまった『緋色の研究』を読み直し、ワトソン夫人の謎を探ってから再び短編集に戻ろうと思う。あいにく手元に原作はないけれど、そこはインターネットのありがたさ、テキストは簡単に入手できる。

 おまえもヒマだなあとおっしゃるかも知れないが、今は政府の異常かつ非常識なキャンペーンに踊らされて遊び歩くのではなく、部屋にこもって時間を消費する工夫をすべきときである。いずれ結果をご報告するつもりだから、期待しないでお待ちいただきたい。

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November 26, 2020

Daily Oregraph: チャート式海軍条約捕物帖

 本日の最高気温は10.2度。暖かかったけれど、太陽が雲に隠れるとたちまちひんやりする。

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 ああ、またこの季節がやって来た。スコップを見ると雪かきの悪夢が……(笑)

 さてお話はいっぺんに変りまして、ここはさる景気の悪い貧乏長屋。火鉢を抱えこむように座った老人が煙管を吹かしておりますと、

 -ごめん。薄氷堂さんはご在宅か?

 ふらりと入ってきたのは、尾羽打ち枯らした浪人体の中年男です。

 -おや、こりゃあお珍しい。手習いのお師匠さんじゃありませんか。汚いところですが、まあお上がりなすって。今日はまたどうなさった?

 -実は先日親分からエゲレスの『海軍条約捕物帖』なる戯作をお借りしましてな、読んでみたらどうも私には腑に落ちんところがあります。そこでこの界隈で名高い暇人のあなたのご高説をおうかがいしたいと存じて参った次第。

 -暇人とは恐れ入りますが(笑)、こないだ私もそいつを読みましてな、いささか首をひねりましたから、ぜひ先生のお話をお聞きしたいもので……

 -まずはこれをごらんくだされ。

といってお師匠さんが差し出したのは一枚の紙で、

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 -へえ、これはまた。先生、こんな手間をかけるとは、お忙しくはなかったので?

 -いや、まことにお恥ずかしいが、疫病がはやってこの方、さっぱり子供らが寄りつきません。拙宅などは隙間だらけで、すこぶる換気はよろしいのだが……

 -どれどれ、拝見いたします。

 -書類を失ったフェルプス君が役所の裏口を出たのは21時45分。これはまちがいないので、その前後を推定したのがこの表でござる。

 お師匠さんの説明によると、

 コーヒーがいつまでたっても来ないのでしびれを切らしたとすれば、フェルプス君は少なくとも30分は待ったはずである。そこで途中の経過を計算に入れて、コーヒーを注文した時間を21時05分頃とすれば、大体つじつまが合う。

 21時10分前後に沸かし始めたお湯が噴きこぼれて亭主が居眠りしている時間、たぶん21時25分あたりにそれを放ったまま帰宅するはずはないから、細君が用務員室を去ったのはそれよりも前の21時20分頃としたのである。

 ホームズも指摘しているように、フェルプス君が用務員室に着いたあとベルの音の意味に気づいて事務室へ向かうまでに数分経過しているから、用務員室を出たのは21時39分から40分。

 事務室に21時41分に着いたとしても、書類の盗難に気づいてからあたりをあわてて点検したりしたはずだから、21時45分に裏口から外へ出て時計のチャイムを聞いたとすれば、時間的には計算が合う。

 -なるほど、多少のずれはあったとしても、まずこの辺でしょうなあ、先生。

 -そう思っていただけますかな。さてこの中で妙だなと気づくのは……

 -用務員の細君の動きですな。21時20分頃にたぶん表口から外へ出て、43分に警官に目撃されるまでの20分以上、どこをウロウロしていたのやら。

 するとお師匠さんはニヤリとして、

 -これはですな、きっと作者の手抜かりに相違ござらん。細君をことさらに怪しく見せようとして余計な小細工をしたばかりに、つじつまが合わなくなってしまったわけです。

 -警官がそこに立っていたのは15分前からだというから、細君が役所から出た13分後ですな。だから女は細君によく似た別人だったとも考えられますが、警官から女の特徴を聞いた用務員が、すぐに「それはうちの女房です」と請け合っている。とっくに帰ったはずの細君が5分間に目撃されたってのはおかしいと思うのがふつうなんですがね。

 -まあ、そこは用務員の気が動転していたせいだとしておきましょう。さてここまででハッキリしたのは、犯行時間は21時38分頃、犯人はわずか2分ほどで逃走したことですな。一瞬の早業といってよろしかろう。

 -ところで先生、ホームズ探偵は「21時45分頃に外務省付近で乗客を降ろした馬車がわかればご連絡願う」という懸賞金付きの新聞広告を出していますね。

 -ふむ。犯行が21時38分だとすれば、犯人が裏口から入ったのは、ちょうどフェルプス君が用務員室に入った36分前後でしょうから、45分ならもう逃げたあと。広告を出すなら「21時30分頃に……」とするのが自然です。作者の計算がおおざっぱだったとわかります。

 ここで一息ついて薄氷堂が渋茶を入れ、二人はお師匠さんの手土産の饅頭をパクつきます。お酒のないのが悲しいところでございます。

 -さて先生、いよいよ犯人を決めなくちゃいけませんな。

 -さよう、では前回の記事から、一人一人吟味してまいりましょう。まず条約文書の存在は外務大臣とフェルプス君以外は知らなかったのだから、計画的犯行というのはありえません。そしてその二人は当然犯人ではござらん。

 -用務員ももちろん犯人じゃない。犯行の時間的余裕があった細君は怪しさ満点ですが、その後のお調べで白とわかりました。ちょいと残業したという同僚君も白。すると残るのは……

 -ただ一人、フェルプス君の婚約者の兄であるジョーゼフ君か、あるいはまだ名前の出ていない通りすがりの第三者ということになりますね。

 -もし第三者だとすると、わざわざ紙切れを盗むからには、その値打ちのわかる外務省の役人か、フランスかロシアのスパイということになりますが、特に目的もなく危険を冒して侵入したスパイが、たまたま無人であった事務室で偶然条約文書をみつけるとは話がうますぎます。とすると、先生、残るはジョーゼフ君しかいないんですが……

 -そこなんですよ、作者のずるいところは。ホームズ探偵が説明するには、ジョーゼフは外務省内の事務室をよく知っていて、その夜は一緒に23時の列車に乗るはずだったフェルプス君を迎えに立ち寄ったというのです。ジョーゼフが事務室に行くとフェルプス君の姿が(用務員室へ行っていたから)見あたらない。そこでベルを鳴らして来訪を告げたんだが、ふと机の上にある文書を目にして、その値打ちをたちまち見抜き、大金を稼ぐのが目的で懐に入れると一目散随徳寺。まあ、そんな筋書きです。

 -ふつうに考えれば、駅に行く途中に役所に寄ったって、フェルプス君が先に出かけちまうかも知れないんだから、もし不在なら時間の無駄になる。あらかじめ23時の列車に間に合うように、つまり十分余裕を見て21時半頃に役所に寄るという約束をしておいたはずです。

 -いや、薄氷堂さんもまだボケてはおられんようで、ご明察ですなあ。私もさよう考えます。ところが、そう書いてしまうと犯人がすぐにバレるので、あくまでも偶然で押し通すしかありません。ついでにいうと、ジョーゼフが外務省の建物に詳しかったと匂わせることは一切書かれていませんね。これも目くらましといえましょうな。

 -私の考えだと、迎えに寄ったんなら、ジョーゼフは裏口付近に馬車を待たせておいたはずです。警官は表通りに立っていたとしても、馬車の出入りに気づいた可能性は大ありですね。それに場所が外務省ですから、馭者は忘れはしまいし、しかも懸賞金が大枚10ポンドだというんだから、ホームズの出した広告になんの反応もなかったというのは不自然じゃありませんか。

 -ハハハ、こう寄ってたかって細かいところをつつかれては、戯作者も大変でござろうが、これというのも疫病でお互い商売上がったり、ヒマな時間が増えたせいでしょうなあ。

 -そうなんですよ。ヒマだから酒のひとつも飲みたいが、失礼ながら先生をあてにはできません。どうです、これから二人で親分のお宅に押しかけるというのは?

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November 24, 2020

Daily Oregraph: 海軍条約捕物帖

 本日の最高気温は6.2度。快晴だし気温も昨日より高いので暖かいはずだが、とんでもない。冷たい西風が吹きまくり、とても散歩に出る気分にはなれなかった。

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 そこで昔の写真を引っぱり出してごまかすことにした。といっても、記事とはなんの関係もない。2000年の11月に雄別炭鉱の廃墟を撮ったものをなんとなく選んだのである。最近はドライブする機会もめっきり減ってしまったが、雄別にはいずれもう一度行ってみたいと思っている。

 さて今回は『海軍条約事件(The Naval Treaty)』を取り上げ、大胆にも親分の助けを借りずに謎解きに挑戦するというマジメな企画。内容はネタばれぎりぎりである。

 まずは現場の見取り図から。

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 ひどく読み取りにくい筆跡だが、なんとなくえらそうに見える commissionaire とは、昔の役所でいう小使いさんまたは用務員に相当し、ここでは退役軍人組合のメンバーである。表口のホール(ここでは広間ではなく、玄関につづく廊下・通路の意味)に部屋があるから、守衞を兼ねていたらしい。CLERK'S ROOM は事務室でいいだろう。

 次に事件の経過である。

 (1) 外務省の官吏フェルプス君は叔父である外務大臣から、イタリアとの(フランス語で書かれた)秘密条約文書を翌朝までに筆写するよう命ぜられた。この仕事については、大臣とフェルプス君以外に知る者はだれもいない。

 (2) 国家機密を扱う秘密任務なので、みなが帰らぬうちは仕事を開始できない。この日フェルプス君は、彼の自宅に滞在している婚約者の兄ジョーゼフが市内に来ており、午後11時の列車で帰るというので、自分も同じ列車に乗る予定だったから、急いで仕事をすませたかったのだが、あいにく定時を過ぎても同僚が一人だけ残っていた。

 (3) そこでいったん外食に出てから事務室に戻ると、同僚はもう帰っていたので仕事に取りかかったが、予想以上に時間がかかり、11時の列車に間に合うどころか徹夜になりそうであった。やがて睡魔に襲われたので、コーヒーを頼もうとして用務員室に通ずるベルを鳴らした。

 (4) ベルに応じて事務室に現われたのは用務員本人ではなく、フェルプス君が初めて見る用務員の細君であった(細君は亭主が疲れていたから代わりに来たのだとあとで説明する)。彼女は用務員室に戻って亭主にコーヒーを入れるよう伝え、もう時間も遅かったので自分は急いで帰宅した。

 (5) その後しばらく待ってもコーヒーが来ないので、フェルプス君は様子を見るために事務室を出て階段を降りホールに出てみると、用務員は眠りこけていた。

 (6) フェルプス君が用務員をゆり起こそうとしたとたん、けたたましくベルが鳴った。つまり無人のはずの事務室に誰かがいてベルを鳴らしたことになる。

 (7) あわてて事務室に戻ってみると部屋に人影はなく、条約文書は机の上から消えていた。

 (8) 心配して駆けつけた用務員と一緒に、フェルプス君は急いで裏口へ向かい外へ出た。そのとき近くで鳴った時計のチャイムは10時15分前を告げていた。

 (9)(たぶんそれから数分以内に)近くの通りにいた警官に事情を告げると、彼は5分ほど前に女性を一人見かけただけだといい、それは用務員の細君らしかった。

 実は以上の情報をもとに、捜査を進めて消去法でチェックしていくと犯人は判明するはずである。しかし読者はすっかり惑わされて、スコットランドヤードのフォーブス警部同様、さっぱり真犯人にたどり着くことができないのである。

 見取り図に従うと、メインドア側にはフェルプス君と用務員がいたのだから、犯人がサイドドアから出入りしたことは明らかだ。彼ら以外に建物内にいたことが確認されているのは用務員の細君だけだから、当然彼女が第一の容疑者である。しかも用務員本人は実直な人柄だが、細君のほうは一癖ある女らしく、相当しつこく警察に調べられている。

 次に疑われるのは定時を過ぎてしばらく残業していた同僚の Gorot 君である。問題の条約はフランスとロシアにとって不利となる内容だから、フランス系の彼が疑われたのは自然である。

 だがその後の調べで二人ともこの犯罪には無関係であることがわかり、捜査は行き詰まる。ほかに現場にいたと思われる人物は見あたらないし、どないしましょ?

 さらに問題をややこしくしている点が二つある。一つは、いつもはベルを鳴らすと用務員本人が用を聞きに来るのに、事件当夜にかぎって細君がやって来たことだ。しかもフェルプス君が用務員室に行ってみると細君の姿はなく、ご本人は眠りこけていたという。これはなんとなく計画的犯罪を匂わせる作者の細工であって、つくづくコナン・ドイルは食えないオヤジだと思う。

 もう一つはフェルプス君が不在の事務室で、犯人がわざわざベルを鳴らしたことである。犯人は大胆にもベルを鳴らしてから逃亡したのか、それとも…… これは「当夜条約文書が事務室内にあることは当事者二人以外はだれも知らなかった」という事実にかかわる重要な点であって、作者の手際が冴えているところだと思う。さすがはコナン・ドイル、あっぱれだと感心するしかないが、ネタばれになるから詳しくは書けない。

 以上の二点について考えすぎると作者の思う壺にはまるから、とりあえずそれらは無視して、「犯人はフェルプス君が用務員室にいる間に事務室に出入りできた人物しかいない」という最重要ポイントだけを頭に置きながら、(1)から(9)までを消去法で検討すれば、答は出る……はずである。だんだん読んでいくと、なんとなくあいつが怪しいなあとは感じるのだが、どうして読者には確信が持てず、ホームズの種明かしを待たねばないのだろうか?

 それは……作者が大事な情報をあいまいにしているからだ。そうでなければ、必ず早い段階で真実を見抜けるにちがいない。つまり真犯人は建物の構造だけでなく、ベルが用務員室に通じていることまで熟知している必要があるけれど、読者にはその点の情報が十分に与えられていないのである。事件解決後に明かされても困るんですよ、ドイルさん。

 探偵小説はフェアプレイだとはいいながら、やっぱり手品の種は見えにくく細工してある。この作品中でホームズ自身がいうように、「重要な点が無関係な事柄によって隠されていた」のである。

 なお話をさらにややこしくさせぬためにあえて触れなかったけれど、フェルプス君が机の上に置きっ放しにした条約文書はフランス語で書かれていたのだから、一瞬にして内容を見抜いた犯人には相当の教育がなければならない。これも案外重要な点だと思うけれど、作品中では十分説明が尽くされているとはいえないような気がする。

 とまあ、えらそうに書いてはみたが、この作品は全体としてよく出来た作品だと思う。『シャーロック・ホームズの回想』シリーズの中では、他の短編より原稿枚数が5割ほども多い力作である。わざわざ手間をかけて細かい点を突っこみたくなるのは(笑)、傑作であるあかしだろう。ぜひ全編を通してお読みになるようお薦めしたい。

【追記】意外にも外務大臣閣下が犯人であった、などということはありえない。ひとつだけ大ヒントを差し上げておくと、フェルプス君が裏口から外へ出たのが10時15分前だったことは、ホームズがいうように「非常に重要」である。……と、ここまで書けばもはや答はわかったも同然だけど、 広い世の中にはそうお考えになる方もいないとはかぎらないから(笑)、念のため付け加えておく。

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November 23, 2020

Daily Oregraph: 裏庭画報 初雪景色

 本日の最高気温は4.9度。とうとう5度を下回った。

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 朝起きたらうっすら雪が積っていたので驚いた。実はこれが今年の初雪ではないらしい。「らしい」というのは、降ったのはほんの短時間のことで積るまではいかず、ぼくは見ていないからだ。気象台を信用しないわけではないが、どうも納得がいかないのである。

 だからこれが事実上の初雪といっていいのではないかと思う。上天気だったし、これっぱかりの量だから昼前にはすっかり融けてしまい、雪見酒と洒落こむわけにはいかなかった。

 今日読んだ捕物帖については明日の記事としたい。どうせいつもながらの駄文だけれど、書くのには案外時間がかかるのである。親分だっていつも快く出演してくれるわけじゃないし……(笑)

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November 22, 2020

Daily Oregraph: 酒の肴は筆跡鑑定捕物帖

 本日の最高気温は9.6度。風もなく薄日が射していたので、30分ほど軽く散歩。

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 弥生中学校の跡地から紫雲台墓地を眺めると、墓石群の向こうにすごい建物が建っている。新設されたという火力発電所だろう。いつの間にか景色は変っていく。

 さて今回取り上げるのは『ライギットの地主(The Reigate Squire)』事件だが、この作品はホームズ探偵の筆跡鑑定がおもしろい。被害者が手にしていたちぎれた紙片は、次のとおりごく小さいもので、残りは犯人が持ち去ったという設定である。

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 被害者を呼び出したメモだろうから、「12時15分前に(指定どおりにすれば)……がわかるだろう……たぶん……」というほどの意味だと見当はつくけれど、確実な内容はもちろん残りの文章を読まなければわからない。

 さてホームズ探偵が注目したのは以下の点である。

 (1) 単語に筆圧の強弱があって、'at, to, learn, maybe' は力強いのに対し、'quarter, twelve, what' は弱々しい。

 (2) 'quarter to' が 'quarterto' になっていて、しかも 'quarter' の 't' は横棒が抜けており、それは 'twelve' と 'what' も同じ。それに対して筆圧の強い'at, to' の 't' には横棒がくっきりと引かれている。

 (3) 小文字の 'e' には「ギリシャ文字の 'ε'」 が使われている(原文の 'the Greek e's' を「Greek の e」とする翻訳を見かけたが、メモ中に 'Greek' という単語が存在するかのような印象を与えるから不適切)。

 (4) 'maybe' の 'y' は尻尾のかたちに大変クセがある。

 ……とまあ、虫眼鏡を使って熱心に捕物帖を読んでいた白髪頭の老人、ここで本を置きまして、

 -なんでそんな面倒なことをしたのか、身元を隠すためだとしても、結局字のクセがバレちまうからまずいでしょうに。ほかにやりようもあるだろうから、ちと納得しかねるところはさておいて、親分はどうお考えになりますかな。

 -ハハハ、薄氷堂さん、あんたもヒマだねえ。字の強さが二通りなんだから、一人が書き分けたんじゃねえとすれば二人で書いたものでしょう。

 -うむ、そこまではすぐにわかりますな。では 'quarter' と 'to' がくっついちゃったのは?

 -そいつは先に 'at' と 'to' の間を空けておいたが、空きが足らなかったところにむりやり 'quarter' を書き入れたせいだろうけど、それだと手の力の強い方が先に一つ置きに文章を全部書いちまって、空いたところをもう一人が埋めていったということになるだろうねえ。

 -さすがは親分だ。そうだとすれば、この小さい切れはしだけじゃなんともいえないけど、同じように単語のくっついたところが他にもいくつかあってもおかしくないですな。それはともかく、単語をひとつずつ抜かして文章を書き上げるなんて器用な芸当は、そう簡単にはできまいからちと無理がある。ひとつひとつ代りばんこに書くんならまだわかりますがね。

 -ふ~ん、あんたも見かけほどバカじゃないねえ。おれもそう思うよ。

 -残るは「ギリシャ文字の 'ε'」と「'y' の尻尾」ですが……

 -そいつはもっと材料がそろわなくちゃ、おれにもわからねえ。話のつづきを聞かせてもらおうじゃありませんか。

 -へへへ、そうはいきませんよ。ネタばれさせちゃ叱られちまう。あとで、こっそり……

と、猪口を口へ運ぶ手まねをして見せたのは、もちろん酒の催促ですが、稼ぎの少ない自助老人でありますから、親分を当てにするのは仕方がございません。

 -ちっ、しょうがないね、まったく。おい、八、支度をしな。

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November 19, 2020

Daily Oregraph: 執事と乞食捕物帖

 今日の最高気温は6.1度。寒いし、おまけに天気も悪かったので、生存証明写真はなし。その代り記事中でも触れる『唇のねじれた男』の挿絵(シドニー・パジェット画)をお目にかけよう。

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 プロフェッショナルの乞食とは恐れ入るが、乞食だってプロともなれば、政権が変ろうとも首相が交替しようとも、淡々と物乞いをつづけるわけで、わが国でも見かけますなあ、そんな人たちを(笑)。

 さて本日の捕物帖は『マスグレイヴ家の儀式(The Musgrave Ritual)』である。これは同家に伝わる問答の秘密を解くという話で、宝探しの要素も楽しみのひとつなのだが、謎解き自体はそう難しくはないと思う。

 基点を定めるまではちょっと厄介だが、そこから北へ20歩、東へ10歩、南へ4歩、西へ2歩というのはすぐにわかる。結局は北へ(20-4)歩、東へ(10-2)歩となる。あとは体格・年齢・歩調によって変化する歩幅によってどれだけ誤差が出るかだが(三角形の公式で計算してね)、多少誤差は大きくとも、実際には目標地点付近には必ずそれらしい目印があるはずだから見当はつくだろう。

 宝探しはそれまでとして、本日の興味はマスグレイヴ家の執事(butler バトラー)にある。

 先日ちょっと触れた失業者の身の振り方の一例が、この執事である。彼は20歳ぐらいで職を失った学校教師なのだが、マスグレイヴ家の当主に拾われ、頭のよさと持ち前の如才なさでめきめき頭角を現わして執事になり、勤続20年になるのだという。

 気が利かなくては勤まらない執事といえば、使用人の筆頭、ナンバーワンである。では、またかよといわれそうだけど、一体どれほどの給料をもらっていたのだろうか?

 しつこく調べたわけではないが、ググってみたら二つの記事がみつかった。ひとつは年収40~70ポンド、もうひとつは55~70ポンドとしている。40ポンドなら女性家庭教師並みだから、後者のほうが正しそうに思われる。

 現代日本の生活水準から見たポンドの価値を1万7千円とした先日のぼくの推定をちょっと低めにして(そもそも単純比較は無理なのだが)、仮に1万5千円とすれば、年収80~100万円程度となる。えらそうな服を着た執事なのに安い、実に安い。経済史の先生に1万5千円をもっと下げろといわれても、あまりにも気の毒でぼくにはとてもできない。しかし彼が再び教師を目指さなかったというのは、教職の給与が相当低かったせいもあるのだろう。

 なにしろ当時はそれこそ自助の世の中ゆえ、そんな給料でも老後に備えてコツコツ貯金していたことはまちがいない。運がよくて主人に気に入られれば、ほんのちょっぴりだけ遺産のおすそわけをもらえた可能性もあるけれど、そんな幸運はまったくあてにはできない。

 『唇のねじれた男(The Man with the Twisted Lip)』では、変装して内緒で乞食をしていた男が登場する。この乞食の稼ぎが「2ポンドもらえないのはよほど運の悪い日」だというのだから、月20日だけ物乞いしたとしても40ポンド以上とはびっくり仰天、年収ならほぼ500ポンドである(追記:もう一度確認してみたところ、実際は年700ポンド以上とあるから1日平均ほぼ3ポンド!)。乞食をしながら郊外に家を構えて細君をもらったとはすごい。これでは低賃金でへいこらしながら執事を勤めたり、外国語から音楽や裁縫まで一通りできるのに、生意気な悪ガキを相手に家庭教師をしたりするのがバカバカしくなるはずである。

 召使いたちの間で幅をきかせていた執事様にしてかような低賃金だったのだから、下働きの給金など推して知るべし。だが「ヴィクトリア朝のイギリスの庶民の暮しは大変だったんだね」などと呑気なことをいっていられるのも今のうちですぞ。

 なお当時のイギリスでも乞食は違法であった。だから一応は路上にマッチを並べて、商売をするふりをしていたと書いてある。また黙って座っているだけでお金が雨あられと降ってくるわけではない。当意即妙の話術など一芸が必要である。陰気な顔をして「あなたの質問にはお答えする必要がない」などとえらそうな態度をしていてはとても商売にはならないのだから、これから乞食を志す方々には老婆心ながらご忠告しておきたい。

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November 17, 2020

Daily Oregraph: 笹刈爺捕物帖

 本日の最高気温は7.3度。上天気だがちょいと寒い。

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 ささの葉はみ山もさやにさやげども、見た目が貧乏くさいから、裏庭の笹刈りを決行した。といってもほとんどが斜面に生えているため、手の届く範囲に限られる。これで全体の半分ちょっとといったところだろうか。写真ではわかりにくいが、ぎゅうぎゅうに詰めこんで45リットルのゴミ袋に一杯。

 さて本日の捕物帖は『グロリア・スコット号(The 'Gloria Scott')』、ホームズが探偵を職業とするきっかけとなった記念すべき事件である。当時ホームズはたぶんオクスフォードあたりの学生であった。

 その頃の英国には、わが国でいう島流し・遠島に相当する刑罰があった。といっても、囚人をいっぺんにオーストラリアまで流してしまうんだから、俊寛の島流しとは距離も島の大きさもスケールがちがう。厄介払いと植民地開拓を兼ねた政策だったのだろう。

 その囚人護送船として使われたのが、500トンのオンボロ帆船グロリア・スコット号である。詳細は省くが、航海中船内で反乱を起こした囚人たちが分裂し、負け組は水夫服を着てボートに乗せられ、本船から追放される。彼らは翌日豪州向けの別の帆船ホットスパー号に救助される。その救助されたうちの一人が本編の主人公というわけである。

 実はこのあたりが本作品の泣きどころなのである。ホットスパー号の船長は彼らが「ある沈没した客船の生き残りだとたやすく信用した」というが、そうは問屋が卸すだろうか? 救助した船の船長としては事実を記録・報告する義務があるはずで、当然聞き取り調査をしたにちがいない。たとえ船長が無類のお人好しだったとしても、もし不自然な点があればきっと不審を抱くはずである。

 まず沈没したという船についてである。船名はもちろん、いつどこでなにを積んでどこへ向かっており、いつどのように沈没したのか、などなど。また船が沈んだ以上、船主や船員の家族にも連絡する必要があるだろうし、うっかり下手な嘘をつくといずれバレてしまう。

 一番問題になるのは沈没の原因である。ボートに乗っていた期間がごく短く、時化に会った形跡もないことは乗員の服装や健康状態からも一目瞭然だし、第一ホットスパー号も付近の海域を豪州へ向けて航行していたのだから、荒天のせいだといえばすぐに嘘だとわかる。荒天が原因でないとすれば、よほどもっともらしい話をでっち上げないかぎり船長を納得させることはできまいが、矛盾続出するのは必至で、それは至難の業だと思う。

 次に救助された9名のうち5名は囚人で船員ではないのだから、アヒルの間に混じったスズメみたいなもので、シドニー到着までの間にボロが出る可能性もある。海難の経緯を聞いても一向に要領を得ないし、船員らしからぬ連中もいるとなれば、どうもあやしいと思うのがふつうである。だからシドニー上陸後すぐに彼らが名前を変えて自由行動できたというのは、当時は万事がいいかげんだったと仮定しても、全体としてはちょっと苦しい設定だと思う。

 別にあら探しをするつもりで読んでいるわけではないが(笑)、ホームズ探偵は論理の緻密な積み重ねが売り物なんだから、読者の素朴な疑問には答えてもらわなくては困る。もしホットスパー号の船長がホームズみたいな人物だったら、たちまち真相を見破って、救助した9名を監禁し、シドニー到着後ただちに官憲に引き渡したであろう、というのがぼくの想像である。

 ……と注文をつけたけど、途中活劇シーンもあってなかなかおもしろいから、けっして読んで損はないと思う。次回は『マスグレイヴ家の儀式』を予定している。

【付記】時代がちがうといえばそれまでだけれど、現代ではこんなお話は成立しない。なにしろ今や世界中の船舶の現在位置がディスプレイ上に瞬時に表示されるのだから恐れ入る。いくらうまい作り話をしても、海上保安庁の取り調べを受ければたちまちお縄になることは間違いないのである。言い逃れは通用しませんよ、ねえ、スガさん(笑)。

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November 14, 2020

Daily Oregraph: 寒い日の捕物帖

 本日の最高気温は11.3度。天気はよく、風もそれほど強いというわけではなかったけれど、空気はひんやりとしていた。

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 雌阿寒岳には少し雪が積っていた。

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 今日も港町の突堤にカモメが集まっていたけれど、11日の写真との大きなちがいは、群れの手前の位置である。かなり奥側に後退している。まるできっちり線引きしたかのように揃っているし、この位置はだれが決めるのか、不思議でならない。

 さて本日の捕物帖は、まず『黄色い顔(The Yellow Face)』である。この作品は犯罪とは関わりがなく、いわば英国版人情噺といった趣がある。ネタバレできない話だから詳しくは書けないけれど、ホロリとさせる結末はたいへん後味がよろしい(講談に仕立てられるかもしれない)。ホームズものが世界中で長く愛される理由のひとつだと思う。

 お次は『株式仲買人(または株式仲買店員 The Stockbroker's Clerk)』だが、先日の女性家庭教師につづいて、失業して途方に暮れ、やっと勤め口を得たばかりの若い男がこの話の依頼人である。わが国の平均的なサラリーマンと事情が似ているところもあるので、やや詳しくご紹介してみたい。

 商売上の失敗によって倒産した前の会社では、彼の週給は3ポンドであった。一年52週として計算すると年収156ポンドだから、年収48ポンドの家庭教師の3倍以上。当時のポンドの価値が現在に換算してどのくらいかはよくわからないけれど、おおざっぱに推定してみたい。

 たとえば家庭教師の年収48ポンドを、当て推量で80万円としてみよう。月6.7万円ではとても暮らせまいというかも知れないが、住み込み・食事付きの条件なので、切り詰めればなんとかなるだろう。この割合だと1ポンドは約1.7万円だから、年収156ポンド≒265万円となる。依頼人の身なりはきちんとしていたというから、そのくらいは稼いでいたと思う。そうでたらめな推定でもないような気がするけれどどうだろうか?

 この依頼人には約70ポンドの貯金があったけれど、求職活動中に使い果たし、ついに万策尽きたところでやっと勤め口がみつかった、というところから話は始まるわけだ。

 この作品の当時はまだ失業保険なる制度はなかったので、貯金が尽きたら万事休すである。いくら人並みのスーツを着ていても、いずれはツンツルテンになる。それまでたまにはレストランで取っていた食事も、もはや夢のまた夢、ついには部屋を追い出されてパン一枚もろくに口に入らぬ事態に陥ることは目に見えている。

 「自助」といわれたって、いくら努力しても次の職が決まらなかったら、一体失業者はどうしていたのか大いに気になるところだが、それはもっと勉強しなくてはわからない。そんな大問題はもちろんぼくの手に余るからここでは扱わないけれど、学生諸君、探偵小説からだってテーマはいくらでも手に入るぞ。

 この短編では、依頼人がやっと年収約200ポンドの職を得たとたんに謎の人物が現われ、そっちへ行くのをやめてわが社に来れば給料年500ポンドプラス販売歩合金を出そうと誘ったのだから、大いに怪しい話である。実にうさんくさい話ではあるが、さてあなたならどうする?

 本日はなんだか寒い話になってしまった……

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November 11, 2020

Daily Oregraph: 競馬捕物帖

 本日の最高気温は6.5度。上天気だったけれど、風が強くて寒い!

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 港町に来てみたらカモメが突堤に集結していた。ものすごい数である。諸君、ちょっと密すぎるぞ。鳥インフルエンザの心配をしたほうがいいと思うよ。

 さて今日の捕物帖はおなじみの『シルバー・ブレイズ号事件(The Adventure of Silver Blaze)』である。一番人気のシルバー・ブレイズ号が何者かによって連れ去られるというもので、これまたたいていのアンソロジーには収録されている。

 途中省略して(笑)、ぼくの興味はシルバー・ブレイズの優勝賞金額である。ところがぼくは競馬についてはまったく無知だから、賞金がどうやって決まるのかさっぱりわからない。

 唯一の手がかりはレースに関する次の情報のみである。

  50 sovs. each, h ft, with 1,000 sovs. added, for four-and five-year olds. Second £300. Third £200.

 こういうのは辞書をひっくり返しても到底わからない。わからんものはわからんのである。だがわからんままでは不愉快だから、しつこくググってみたらたいへん丁寧な説明があって、へえ、なるほどねと思ったので、メモを兼ねてお伝えしよう。

 最初の50ソブリン(ソブリンはかつての1ポンド金貨)は出走登録料である。"h ft" というのは、"half forfeit"(半分違約金として没収)、つまり出走を取り消したら半分の25ソブリンしか返却しないよということなのだが、"h ft" からそんなことわかるかよ? 次の 1,000ソブリン追加というのは、レースのスポンサーが賞金として支払われる資金に追加したというのである。お次は簡単で、出走馬は4歳馬と5歳馬。2着賞金は300ポンド、3着賞金は200ポンドで、これらは賞金資金総額とは比例しない固定額である(4着以下は不明)。

 もともとの賞金資金を仮にSとして、出走馬の総数6頭のうち4等以下を賞金ゼロとすれば、シルバー・ブレイズが優勝すると、優勝賞金は S+1,000-300-200=S+500(ポンド)ということになる。

 ではこのSとは? 原文だけでは不明なのでさらにググってみると、これについては平賀三郎さんの『ホームズまるわかり事典』という本に鈴木利男さんの担当された記事があって、「出走登録料と出走取消し違約金の合計」だという。

 シルバー・ブレイズの馬主は、当初もう1頭の持ち馬を出走登録していたが、そちらは出走を取り消しているからS=50×6+25=325(ポンド)。それに500ポンドを加えて総額825ポンドである。

 鈴木さんのお考えでは、馬主として25ポンドの違約金を負担しているのだから、「ロス大佐は差し引き800ポンドを得た、と推定されるのである」(鈴木氏)。しかし、それをいうなら出走登録料の50ポンドだって差し引かなくてはならないから、実質的に手取りは750ポンドになってしまう。だからあくまでも受取り賞金は(グロスで)825ポンドとするのが正解だとぼくは考える。

 さらに鈴木さんの参照されたいくつかの邦訳では、一人の翻訳者を除いて優勝賞金を1,000ポンドと明記しているという。しかし今見てきたように、これは誤り。このように、不案内な分野では詳しい方の協力がなければ、相当の実力をお持ちの翻訳者といえどもとんだ間違いをしかねないから、翻訳とは簡単に引受けられない、たいへん恐ろしい泥沼なのである。君子なんとかに近寄らず、ですな(笑)。

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November 09, 2020

Daily Oregraph: 本日の捕物帖―金のない依頼人

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 今日の最高気温は7.0度。ちょっと寒かった。阿寒湖畔では積雪8センチだったという。裏庭のナナカマドの実はほとんど落ちてしまった。

 本日の捕物控は『ブナ屋敷(The Copper Beeches)』(1892年)である。

 この作品は破格の報酬や髪の毛が話にからんでいるところは『赤毛連盟』を連想させ、ちょっぴりゴシック・ホラー風味もあるし、なかなか読ませる。地味ながら傑作のひとつといっていいんじゃないかとぼくは思う。

 さて先日も書いたように、ホームズ探偵の依頼人はいつも金持とはかぎらない。今回の依頼人は、失職して生活に困り、職探しをしている女性家庭教師である。そこでこの住み込みの女性家庭教師(governess)の収入に注目してみよう。

 彼女のそれまでの月収は4ポンドだったというから1年あたり48ポンドだが、「年40ポンド出せば雇える」とホームズがいっているから、相場はそのへんなのだろう。家庭教師個人の実力の程度や雇い主の経済状態には幅があるだろうから、大体年収40~50ポンドと考えてよさそうだ。

 以前ご紹介したように、『ジェイン・エア』(1847年)では、やはり家庭教師をしていたジェインの年収は30ポンドである。同じ頃の文献では年収25ポンドというのがあるので、たぶん1840~50年代には年収20~30ポンドだったと考えていいだろう。

 いずれにしても低賃金であったことはたしかだし、雇い主の都合でいつ首になるかもしれない。一通りの学問があるのに待遇はメイドさんよりほんのちょっとだけマシといった程度で、実に気の毒な境遇であった。現代でいえば、大学は出たけれど……というのに近いと思う。

 そこへ飛び込んできたのが「あなたには年100ポンド出しましょう」という話で、しかもそれをいったん断ると追加されて年120ポンドになるのだから、素人考えでも怪しい申し出である。うまい儲け話にはたいてい裏がある。一体それはなにか、というのはお話を読んでのお楽しみ。

 求職活動中に貯金を使い尽くして借金までこしらえた女性の依頼を、報酬の話は一切せずにホームズ探偵は快諾する。いうことがいちいちキザで、ふだんツンと澄ましたホームズだが、この赤字覚悟で仕事を引き受ける侠気は買ってやらなくちゃいけない。映画だと主演は高倉健、家庭教師役は藤純子あたりだろうね(笑)。

 ついでにいうと、現代日本では年収はここ数十年上向かないどころか、かえって下降気味であるところが悲しい。多くの依頼者がかくも貧困化しては、いかに任侠精神に富む探偵といえども、東京で開業するのはむずかしいだろう。宰相が冷酷にも自助と言い放つこの国で、頼るもののない藤純子を救うのは一体だれであろうか?

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November 08, 2020

Daily Oregraph: 煙突を見る

 本日の最高気温は14.2度。暖かい一日だった。

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 日本製紙釧路工場が来年の8月で紙の生産を終了するという先日のニュースには驚いた。関連企業も多いから経済的には大きな打撃だし、かなりの人口減も予想されるから、まことに残念な話である。

 しかしたしかに驚いたとはいっても、ぼくが晴天の霹靂とまでは思わなかったのは、このご時世だからだろうか。やはりコロナ禍による需要減も影響しているらしい。これから数年、あちこちで霹靂が頻発しなければいいけれど、いやな予感がしてならない。

 今日もホームズ捕物帖について書こうと思っていたのだが、戦前以来の代表的な釧路の顔である日本製紙の煙突を眺めたら、なんとなく書く気が失せてしまったので、明日にすることにした。

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November 06, 2020

Daily Oregraph: 本日も捕物帖日和

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 本日の最高気温は14.8度。昨日からの強風は弱まったが、海はまだ荒れてギラギラ光っている。

 悪あがきしているトランプさんにはあまり興味がないけれど、ときどきニューヨークタイムズのサイトをのぞいて見出しだけ(笑)眺めている。たった今見たところでは、Biden Urges Patience; Trump Lies About Count だそうな。

 つまりバイデンさんは「みんな焦らんと待ちなはれ」といっているのに対し、トランプさんは集計はインチキだと嘘をついているというんだろう。そろそろ勝負が見えてきたらしい。なによりも痛快なのは、アメリカの新聞は嘘つきを嘘つきとハッキリ書くことだ。一方日本の新聞って一体なんなんだと、あなたも注文をつけたくなるのではないだろうか?

 さてホームズ探偵の捕物帖は、一日一編ずつゆっくり読みつづけている。『青い宝玉(The Blue Carbuncle)』では、下宿のおかみさんがターナー夫人からおなじみのハドソン夫人に変っている。ターナーさんはどうしちゃったんだろう?

 なお The Blue Carbuncle を『青い紅玉』と訳している方がいるらしいけれど、本文中にもはっきり blue stone だと書いてあるんだから、それはいくらなんでも無茶だろう(いったいどんな色なんだ?)。

 『技師の親指(The Engineer's Thumb)』では、ホームズ探偵はかなりの節約家であることがわかって、なかなか興味深い。前の日に吸ったパイプの底に固まって残った煙草をていねいに乾かして集めておいたものを詰めて、朝食前に一服するんだという。パイプ煙草は長く吸っていると底に水が溜まるからそうなるわけだが、実に涙ぐましい話である。

 ホームズ探偵は利益を度外視して自分に興味のある仕事を優先するから、いつも贅沢しているわけではないのだということだろう。さっぱり金にならない研究をコツコツ続ける学者みたいなもので、その脱俗孤高の精神がまた多くの人に愛される理由でもあると思う。そういえば、権力と金を差し引いたらなにも残らない、頭空っぽの連中もいるよなあ。

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