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July 15, 2019

Daily Oregraph: ヴァセックの塔

Vathek

 『オトランド城』にはガッカリさせられたから、こいつ(『ヴァセック (Vathek)』もどうせたいしたことはあるまいと予想していたら、とんでもない、レベルが段ちがいに上の傑作だったから驚いた。

 作者のウィリアム・ベックフォード(William Beckford, 1760-1844)はたいへん多才な人物で、短期間ながらモーツァルトに直接音楽を教わったこともあるらしい(詳しいことはウィキペディアでもご参照いただきたい)。

 『ヴァセック』は1782年にフランス語で(上の画像は1787年フランス語版)、1786年にサミュエル・ヘンリ(Samuel Henley, 1740-1815)の英訳が出版された。

 あらすじは省略するが、アラビア趣味満点の幻想的な作品である。やはりホラ話にはちがいないけれど、スケールは壮大で、舞台は地上、天上、地獄にまたがり、30メートルの兜が子供だましだとすれば、こちらは少なくとも大人だましといっていいだろう。文章も流麗だし(ぼくごときがいうのもなんだけど、割と苦労なく読めたからそうにちがいない(笑))、話の運び方がうまいから、有無をいわせず読ませてしまうのは作者の力量だと思う。

 もちろんあちこち変なところはあるけれど(笑)、ここはこういう世界なのだから文句をいうのはヤボだと納得させてしまうところが、「超自然的事物の取入れ方」のうまさだろう。素人が考えても、後世に大きく影響を与えたとすれば『ヴァセック』のほうにちがいない。

 さて小説の楽しみ方にはいろいろある。21世紀の読者としては、奇怪な超自然的現象に驚いているだけでは物足りないから、ちょっとだけ算数を応用してみた。

 見栄を張りたがる権力者の常として、主人公ヴァセックはばか高い塔を建てるのだが、階段にして 1,500 段だとある。夢のないリアリストとしては当然計算してみたが、一段の高さ15センチとして、塔の高さは225メートルになる。ぼくが真っ先に連想したのは伏見稲荷だ(笑)。稲荷山は標高233メートルだから、ほぼ同じ高さである

 ヴァセックは身分の高いカリフだが、昔はエレベータなどないから、天文を観測したりするためには、毎日のように歩いて塔のてっぺんまで上らなくてはいけない。ベックフォード氏は幻想怪奇趣味の小説家だけれど、ここでは魔法は登場せず、ヴァセックには自分の足で一歩一歩階段を上らせるのである。なにか恨みでもあったのだろうか。

 いいですか、諸君、1,500段ですぞ! 伏見稲荷のてっぺんを制覇したぼくが断言するけれど、塔の頂上にたどり着いたときはヘトヘトになって、天文観測どころの話ではなく、ヴァセック君、床に座りこんでしまったにちがいない。

 明日からはこのペンギン・ブックに収録されている最後の作品『フランケンシュタイン』に取りかかる。ハリウッド映画のモンスターがちらついて困るけれど、この作品はれっきとしたゴシック・ノベルなのである。

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