Daily Oregraph: 古本物語
本日古本屋で拾ったのはこれである。えらい先生の著書ゆえぼくも存在を知ってはいたが、学生時代は筋金入りの怠けものだったから、もちろん読んでいるはずもなく、罪滅ぼしになろうかと、神社にお賽銭を上げるつもりで(笑)300円を支払った次第。
この手の古本を買うと気になるのが持主である。定価1.600円といえば安価だと思うかもしれないけれど、昭和40年発行だから、結構なお値段と考えたほうがいい。今ならまず五千円は下るまい(立派な造りの大著だからもっと高価ではないか)。ふつうのサラリーマンなら、当時買おうか買うまいかちょっと迷う額であったはずだ。
まず英語の先生あたりが候補に浮ぶけれど、奥付に押してある赤いスタンプを見ると、「釧(路)□□字」という文字が読み取れる。
そして、これ。そう、図書館である。では、どこの図書館だろうか? なお「大正堂」という書店をぼくは記憶していないが、Google で検索すると「釧路市詳図 (大正堂書店): 1932」というのがヒットするので、少なくともかつて釧路市内に存在したことはまちがいない。
本文をぱらぱらめくっていたら「釧赤看学」の文字を発見。奥付に見える「字」と組合わせると「赤十字」であろうと推測できる。してみれば「釧路赤十字看護学校」だろうか?
検索してみると「釧路赤十字看護専門学校」はヒットするのだが、どうも詳しい情報が見当たらない。関連する項目を探してみると、ウィキペディアの「日本赤十字北海道看護大学」(1999年に北見に設置)の項目が参考になった。以下同項目から引用する(太字は薄氷堂)。
北海道における日本赤十字社の救護看護師養成は、1894年(明治27年)に始まる。これまで旭川(1923年開設)、北見(1939年)、伊達(1944年)、釧路(1966年)、浦河(1990年)にそれぞれ赤十字看護専門学校が開校され、看護師を養成していた。 当初、釧路市に開校の打診があったが、綿貫釧路市長が財源がないことを理由に独断で拒否、結果的に立地の機会を喪失した。
1999年の日本赤十字北海道看護大学開学に伴い、北見、旭川、釧路の赤十字看護専門学校がそれぞれ統廃合され、現在は伊達と浦河の2校で看護師養成が行われている。
つまり釧路赤十字看護専門学校は1966(昭和41年)に設置され1999(平成11年)に閉校になったらしい。ぼくの買った本には「廃」の字のスタンプが押してあるから、閉校になったときに図書館の蔵書を処分したにちがいない。
ついでにご紹介すると、Google の検索結果にこういうのがあった。
釧路赤十字看護専門学校同窓会は、今後、同窓会の維持が困難になるため2010年11月6日(土)の同窓会総会で承認を得、解散いたしました。
母校を失うというのは悲しいことだ。ホロリとさせられる話である。
さてこれで出所はわかった。看護専門学校では英語も教えていたのだろう。斎藤先生の文学史は(失礼ながら)若い学生諸君の手に負えるような書物ではないから、たぶん英語担当の先生が図書館の予算を使って、ご自分の欲しい本を注文されたのだろうと思う。
いや、それを悪くいっているのではない。お金の使い途としてはまちがっていないからである。図書館にはまともな本がなければならない。大きな大学の図書館ではなく、地方都市のささやかな学校図書館の本棚に斎藤勇の『イギリス文学史』が置かれていることは誇っていいと、ぼくは思う。学生のだれかがそれを開いて、「ああ、こんな世界もあるのだ」と知り、「私たちの学校にはこういう本だってあるのだ」と思うだけでも、図書館予算1,600円分の価値は十分にある。
その立派な本をわずか300円の叩き売りで買ったぼくは、先ほど少しだけ読んでみたのだが、名著だと思う。文章はけっしてえらそうな学者風ではなく、明快でまことに読みやすく、通りいっぺんの解説調とは無縁だし、静かな情熱さえ感じられる。
本は増やしたいどころか、どんどん捨ててしまいたいのだが、つい…… これもなにかの縁というやつか。
Comments
>本は増やしたいどころか、どんどん捨ててしまい・・・
まあ、捨てるほどの本は持っていないのですが、ちょいと大きな本を持って帰ると・・・
「その本、いったいどこに置くの?・・・」
と読み取れるような妻の視線を感じはします。
それにしても(むろん安くなっているのは私にとって結構なのですが)、古本屋での値札を見るたびに、そのあまりの安さにこの国の文化の衰退を感じてしまいます。
Posted by: 三友亭主人 | May 11, 2019 08:01
>三友亭さん
雑誌類はもちろんですが、文庫本やペーパーバックでさえ、たまればかなりの場所ふさぎになります。
十年以上前にかなり処分して、せいせいした気分になりました。それでも未読の本がどっさり残っているので、本はできるだけ買わないようにしてきたんですけどねえ……
さて斎藤先生の英文学史ですが、「参考書誌」を見ると頭がクラクラします。百田尚樹などは、この膨大なリストを一度眺めるべきですね。「おれのような無学な男が日本通史などと大それたマネをするのは百年早い」と気がつけば、ちっとは見直すんですけど、あの男には無理でしょうね(笑)。
Posted by: 薄氷堂 | May 11, 2019 18:24
ごぶさたしております。ずっと拝見してはおりましたがコメント出来ないでおりました。本文の大正堂ですがかって南大通2丁目で今は壁屋ビルか隣接の駐車場の辺りで「花輪大正堂」という書店がありました。間口はけっこう広く入って左半分が書物で右半分が文具という店舗でした。夏場は本格的な昆虫採集用具がならび採集用の網を買ってひょうたん池でトンボとりをしました。南大通の祖父母のところにきてお小遣いを貰って本を眺めて買ったものです。北大通の山下書店と南大通の大正堂は子供の頃釧路を代表する本屋さんだったと思います。
Posted by: ラスカベツ | May 11, 2019 19:46
>ラスカベツさん
どうもありがとうございます。こちらこそめっきり外出することが減って、準引きこもり(?)に近く、ごぶさたしております。
そういえば南大通に本屋さんがあったような気もしますが、すっかり記憶から消えていました。去るるものはなんとやら、のいい例でしょうか(ボケたとはいいたくない(笑))。
今では見る影もありませんけど、昔の南大通はかなりの規模の商店街でしたから、大きな本屋さんがあっても不思議ではありませんね。
散歩コースの途中に本屋さんがあるとうれしいんですけど……
Posted by: 薄氷堂 | May 11, 2019 22:02