Daily Oregraph: 裏庭画報 土の匂い
地鎮祭をしてビルを建てようというわけではない。鍬をふるって土を起こすのである。
猫の額ほどの地面でも、すぐに息切れがする。ふだんあまり体を動かしていないから、百姓仕事にはまるで向いていないのだ。しかし細々と野菜を作って食うためには、やらねばならぬ。
それにしても雑草にはまったく腹が立つ。特に写真左下に見える赤い根っこ(地下茎?)には毎年泣かされる。「雑草博士入門」という本を調べても、まだ正体はわからないのだが、こいつのしぶとさは尋常ではない。思い切り引っぱっても抜けずに途中で切れてしまうから、いつまでも土中に残り、夏になるとあちこちから顔を出すのである。
NHK教育放送で「野菜の時間」とかいうのがあるけれど、あれはいけない。なにしろ畑には雑草ひとつ生えていないんだから、専門のスタッフが日頃せっせと手入れしているにちがいない。そこへ撮影のときだけタレントがやってきて、うれしそうに土いじりをするのを見るとシャクにさわるのである。ばかやろう、そんな百姓がいるものか(笑)。
しかし春になって土の匂いをかぐのは気分のいいものだ。昔は近所のあちこちにあった肥だめの匂いまで思い出すから奇妙である。マドレーヌの味から記憶がよみがえって大長編をものした作家のようにはいかないけれど、肥だめの匂いからいろんなこと……たとえばはな垂れどものチャンバラごっこや女の子のゴム跳び、紙芝居屋のおっさんや納豆売り、それに七輪で焼くサンマの青い煙や、軒先にぶら下げて干したシシャモの映像まで浮んでくる。みんな貧乏だったけれど、いまのようにみっともない世の中ではなかったような気がしてならない。
まもなくいろんな花がいっせいに咲き出すだろう。それを眺めながら、ジジイは野菜の種をまくのである。
Comments
子供の頃、よくわからぬまま畑に入って、肥だめに足を取られて、泣きながら帰ったことを思い出します。消えて行った風景たち。いい時代でした。
Posted by: トニー | April 22, 2019 21:10
>トニーさん
トニーさんが肥だめ世代とは意外でした(笑)。
> 消えて行った風景たち
もちろんなんでも昔がいいというつもりはないんですけど、いろんなものの匂い、物売りの声、こどもたちが歓声を上げて遊ぶ姿など、失われてしまったよきものが多いことはたしかだと思います。
Posted by: 薄氷堂 | April 22, 2019 22:10