Daily Oregraph: 裏庭画報 雪中花
-やあ、とんでもねえ。この時期に雪ですぜ。
と、八公があきれ顔でいっても、親分は一向にあわてない。五月の八日に降ったことだってあるからな、と澄ましている。
-それにな、地面を見ねえ。もうあらかた融けちまったよ。京大阪に降る雪みてえなもんだ。
たしかに道路はもう乾きはじめている。大気はすでに雪の味方ではないのだ。
そこへ裏庭から八卦見の薄氷堂の声が聞こえてきた。
-おやおや、せっかく咲いたエゾエンゴサクの花がしょんぼりしているよ。
-先生、まあお上がんなさい。おい、八、燗の支度だ。
なんだかんだといっては昼間から酒を飲もうというのだから、のんきな連中である。これもひとえに市民の生活を第一にお考えくださる清廉の大老安倍様の善政のおかげで、人々の懐も温かく、気分もおだやか、まことにありがたき御世なるかな……と思ったら、座敷に上がって煙管を取り出した薄氷堂、意外にも深く溜息をついて、
-いや、親分、こう景気が悪くちゃ、さっぱりいけねえ。観音様の境内に出かけて商売しようてえ気にもなれませんよ。エゾエンゴサクの花といっしょで、やつがれもすっかりしおれちまった。
-なあに、先生、明けねえ夜はないっていうじゃありませんか。安倍様だっていつまでも生きてるわけはねえ。そう腐らねえで、まあ一杯おやんなさい。
すると八公にしてはめずらしく気をきかせて、裏の障子をからりと開け放し、
-雪見酒の花見酒ってのはどうです。
一同愉快そうに笑って、酒宴がはじまった……ことにしておこう(笑)。
Comments
>雪見酒の花見酒
夕方の天気情報で、そちら辺りでの雪を知りました。
しかしまあ、こんな時期に雪見酒とはねえ・・・
そういえば、私の高校のころ宮城でもこんな時期に雪が降った思い出があります。
Posted by: 三友亭主人 | April 27, 2019 22:09
>三友亭さん
おや、先生じゃありませんか、おめずらしい。あなたもお座りになって、一杯おやんなさい。
雪をながめながらじゃ、冷やはいけませんな。さあ、熱いところをキューッと。
世間様が働いている昼間に飲むお酒はまた格別。やめられませんや。たまには寺子屋のガキどものことはお忘れなさい。
おお、さすがは先生、いい飲みっぷりだねえ。最後においでになったんだから、駆けつけ三杯。おい、八、おめえもお注ぎしな。
Posted by: 薄氷堂 | April 28, 2019 09:27