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December 30, 2018

Daily Oregraph: 一粒の砂

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  風が恐ろしく冷たい。それだけにきっぱりと清潔な感じはするのだが、心濁った身には無数の針で刺されたような心地がする。今年もあと一日となったから、汝この一年を反省せよという天からのメッセージであろうか。

  罪を悔い改めない者には、地獄で永遠の責苦を受けるという恐ろしい運命が待っている……というのは、信仰をお持ちの方なら先刻ご承知のとおりである。で、その「永遠」というのがどんなものか、(不信心者でまことに申し訳ないけれど)ぼくが天に代ってお教えしよう。

  ここに高さも幅も厚みも100万マイル(約161万キロ)という砂山がある。この山には一体いく粒の砂があるだろうか。さてこの山に百万年に一度一羽の小鳥がやって来て、砂を一粒だけくわえていく。そうして想像もつかぬ時が過ぎ、その山がすっかりなくなったら、また新たに山がひとつできる。夜空の星の数だけ繰り返して山が消えてはできても、なお永遠のうちのほんの一瞬たりとも過ぎ去ったとはいえない。

  以上はジェイムズ・ジョイスの小説から、カトリックのお坊さんの説教の一部をごくごくおおざっぱにまとめたものだが(原文は実に迫力のある名文である)、まことにうまい比喩だと感心した。仏教の経典にも似たような話がありそうな気もするけれど、頭がクラクラするほど途方もない想像力には、信仰の有無にかかわらず、素直に感服すべきだと思う。

  永遠がそういうものだと知れば、軽々しく「永遠の愛」だの「永遠の誓い」などと口にはできないだろう。なにしろ百万年かかって砂がたった一粒しか減らないのだから。さすれば「永遠の責苦」の恐ろしさが、想像力の足りないどこぞの罪深い政治家諸公やネトウヨの諸君にもひしひしと伝わってくるはずだ(と期待したい)。

 たまにはそんなことを考えてみた。年の瀬に縁起でもないから(笑)、これまた希有の名文で綴られた地獄の責苦の詳細については割愛しておこう。

 みなさまも永遠に思いをめぐらせて、どうかよいお年をお迎えください。

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