Daily Oregraph: 裏庭画報 おぢいさんは山へ
柴刈りに行ったのではねえ。枯草を刈りに行っんだと。
-あれま、今の時期にこんなに緑があるとは……
まわりはみんな枯れてカサカサしとるのに、畑の上だけはフカフカした雑草が広がっとるもんだから、爺さんびっくりしよった。
-ほんにええ天気じゃなあ。
小一時間も枯草を取りよったころには昼飯時分になっとったから、冷や飯の残りを茶漬けにして食うべえかと思うて、谷川に沿うた道を下っておると、
-はあて、あれはなんじゃい?
足を止めて見れば、上流からでかい西瓜ほどもある桃がドンブラコドンブラコいうて流れて来よる。
枯草の時期に桃が流れてくるとは解せん話じゃけんど、性悪のお代官が涼しい顔をして道を説く世の中じゃから、なにが起こっても不思議はなかろう。
-ひゃあ、えれえもんじゃわい。
そういうて拾い上げた桃を両手でかかえ、爺様はふもとの家へ戻ったんじゃと。
庭に桃を置いて、縁側で煙管をスパスパやっておると、隣家の欲張り婆さんが垣根の向こうに顔を出しよった。
-爺さん、おるか?
なあにおるのは知っとったんじゃ。欲張りじゃから、爺さんの桃に目をつけよったとみえるわい。
-おお、婆様か。
爺様はこの婆さんが苦手でな、近在で高等女学校出たのはわしだけじゃちゅうて威張りくさって、いつも無学な爺様をバカにするんじゃもの。
-爺さん、おめえまだタバコをやめねえのけ。体に害があるちゅうて、帝大の先生もいうておろうが。おめえは学がねえから「副流煙」なんて知るめえが、えらい迷惑なこっちゃ。
「ふん、婆様の家まで煙が届くもんか、余計なお世話じゃわい」とは思うたけんど、なにせ婆さんは高女出だもんだから、口ではとてもかなわねえ。
爺様が苦笑いしとると、たった今桃に気がついたふりをしおって、
-あんれまあ、えらくでけえ桃じゃのう。おめえにはとても食い切れまいよ。おまけに血糖値が上がりよるでな。
と桃を持ち上げ、しげしげとながめるんじゃ。
このまま婆さんに居座られては迷惑じゃから、厄介払いしようと思うた爺様、
-それ、あんたにやるで、持っていったらどうじゃ。
藁しべ一本捨てたことのない欲深な婆さんじゃから、これを聞いてニコニコ顔、
-ほうか、そんならもろてやるわい。ええか、おめえ、もうタバコなんぞやめるんじゃぞ。
そういうてな、桃を大事そうに抱えてさっさと帰っちまったんだと。
そこで爺様はホッとして、「婆めこれから桃をたらふく食うんじゃろな」と思いながら、タバコをもう一服すると、台所へ飯を食いに行きよった。
さて板の間で茶漬けをザブザブかっこんでおると、婆さんの家のほうから、とんでもない悲鳴が聞こえてきよった。
びっくりして爺様が外へ出てみるとな、血相変えた婆さんが「助けてくれえ」ちゅうて家を飛び出し、もつれた足で畑のほうへ駆けていきおった。
はあてなあ、桃の中からなにが出てきよったんじゃろか。そりゃあ爺様にもわからん、わしにもわからんわい。とっぴんぱらり。
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