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December 20, 2016

Daily Oregraph: 『怒りの葡萄』読了

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 『怒りの葡萄』を読み終えた。最後はほとんど一気読みだが、そうさせるのが作家の力量というものだろう。

 この小説を翻訳された某氏のブログを拝見したところ、「この時代の弱者への理解なくしては、『怒りの葡萄』のような作品は理解できない」という意味のことをお書きになっているのには驚いた。

 それでは「しょせん無知な君たちにはわかるまい」というに等しく、いかにも優等生的な発言だと思う。なにもそう一般市民をおどかすことはないのに(笑)。

 もちろん歴史の勉強はしたほうがいいに決まっているけれど、そもそも勉強して予備知識を得なければ理解できないような作品など、広く読まれる古典と呼ぶに値しないと思う。

 むしろ話は全く逆であって、『怒りの葡萄』を読むと、凡庸な歴史書にあたるよりも、当時の弱者の境遇がはるかに身に沁みて理解できるにちがいない。それが文学の力というものだろう。

 しかもこの作品は1939年に発表されたものだから、いささか古いとはいっても、ぼくたちに内容が理解できないことはない。さすがに現在では貧乏も底上げ(?)されたとはいえ、世の中の基本的な構造は変らないからだ。

 収穫を終えたらたちまちお払い箱になる農民の姿は、不安定な身分の非正規低賃金労働者のそれと重なるし、暴力的に農民を追放しようとする保安官代理の姿は、沖縄県民を土人呼ばわりしたヤクザまがいの警察官のそれとぴったり重なる。カリフォルニアに流れてきた農民のこどもが学校で差別され、いじめられる姿にも、やはり重なるものをみつけることができるだろう。

 ぼくはアカデミックな勉強はほとんどしていないし、行き当たりばったりに本を読んできたから、スタインベックはこれがまだ二作目で、最初に読んだのは(いま手元にはないが)『コルテス海航海記』(1941年)である。

 『航海記』は無類におもしろい本だけれど、海洋生物学に造詣が深い作家だけに、やたらむずかしい生物の名前が登場し、辞書を引く手間の多さには泣かされた。そしてこのたびは俗語と方言に泣かされたのだから、まことに困った小説家である。

 そんな極東の一読者に最後まで読ませたのは、なによりも作家の腕前の証明である。ジジイが読んでも沸々と怒りが湧き上がってくる作者渾身の傑作を、若いみなさんにも、この時代だからこそぜひお読みいただきたいと願っている。

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Comments

怒りの葡萄と、同じ趣旨の本は、実は日本にもたくさんあります。あまりに身近過ぎて、嫌なものは見たくない、という市民感覚も分からなくもありません。 50年前、映画のアメリカ人俳優同士のキスシーンは素敵でも、日本人のはちょっとというのと、よく似た感覚かもしれません。

Posted by: トニー | December 20, 2016 at 22:49

私は「朝食」しか読んだことがありません(もちろん翻訳されたもの)。貧しき人々の、貧しきながらも働くことの充実に満ちた家族と、彼らに対する作者(と思しき人)の共感とが、読んでいて心地よく感じられたものでした。

まあ、短いお話でしたから私のようなものでも読了できましたが・・・

「怒りの葡萄」もその名を聞くことしばしば…一度は挑戦してみよかなとは思っているのですが(これもまた翻訳されたもの)・・・

Posted by: 三友亭主人 | December 20, 2016 at 23:04

>トニーさん

 この作品はスケールが大きく、骨太にして描写は緻密、とにかく読ませますよ。もし言葉の障害がなければ(笑)、一気に読んでしまうと思います。

Posted by: 薄氷堂 | December 20, 2016 at 23:50

>三友亭さん

 ぼくなんかどこまで理解できたのか、まるで自信はありません。それでも強引に読んじゃうんだから、度胸だけは買ってください(笑)。

 たとえいくつか誤訳があったところで、中身はちゃんと伝わりますから、もちろん翻訳でオーケーですよ。

Posted by: 薄氷堂 | December 21, 2016 at 00:05

僕が読んだのは『二十日鼠と人間』だけです。
知的障害者と面倒を見る親友の話でしたが、今でも通じる・・・というか、以前よりも通じるようになってきたように思います。
そういえば、爆笑問題の太田さんが、ラジオで『エデンの東』の解説をしているのを聞いて、読もうと思ったのですが、いまだに本を買っていないなぁ

Posted by: 中川@やたナビ | January 14, 2017 at 23:08

>中川@やたナビさん

 『怒りの葡萄』はもちろん、『二十日鼠と人間』も『エデンの東』も、今ではインターネット上でテキスト全文を入手できるんだから、ありがたい世の中になりました。

 中川さんもコツコツ古典を入力して公開しておられますが、そういう地道な活動には本当に頭が下がります。

 さて『怒りの葡萄』の主人公なんですが、コミュニストとはちょっとちがいますね。どうもアナキズム寄りじゃないかとぼくは見ました。つまり共産党政権下ではやっぱり弾圧される側(笑)。右も左も真っ暗闇ということでしょうか……

Posted by: 薄氷堂 | January 15, 2017 at 08:51

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