Daily Oregraph: 犬がクタクタ
いつものコースのいつもの景色。しかし風の冷たいこと! よほどすぐに引き返そうかと思ったくらいである。
さて毎日ごちそうを食べるわけにはいかないし、そうそうネタなどあるはずがない。そこで先日 cat にはトラクターの意味もあることを書いたから(スタインベック『怒りの葡萄』より)、釣り合いを取って(?)、やはり同書から dog(今回の意味では複数形の dogs を用いる) について豆知識をひとつ。
次の英文、高学歴を誇る芸能人ならわかるだろうか?
My dogs was pooped out.
同じく同書には、
My dogs is burned up.
という文もあって、こちらは OED にも文例として収録されている。
もちろん単語の意味は文脈で決まるから、これだけで正解を得るのはむずかしい。しかし原文の前後を見ると、辞書を引かなくとも大体の見当はつくからご心配なく。なお文法がおかしいんじゃないかという苦情は受け付けない。これくらい序の口なんだから。
-ねえ、おじいちゃん、もったいぶらずに意味を教えてよ。
-足がクタクタだ。
-え?
-だからさ、「足がクタクタだ」という意味だよ。
-まあ、どうして犬が足の意味になるの?
-うん、そこだ。dogs も pooped out も俗語だから、覚えたってお受験の役には立たない。だが、「どうして」という疑問を解決しようという気持は大切だな。意味さえわかればいいというものじゃない。
……と、いつものおじいちゃんらしからぬえらそうな発言であるが、ついでだから調べてみよう。
まず dogs だが、これは dog's meat(犬に食わせるエサ用の屑肉など)の略で、feet と韻を踏むから、 rhyming slang(押韻スラング)であると、OED は説明している。
つまり dog's meat といえば feet が連想される結果、いつの間にか feet の意味として通用するようになり、それが省略されて dogs になったということ。
なんともまあ、外国人にはわかりにくく、陰に meat が隠れているとは、まことに憎らしい話である。
次に pooped out だが、どうして「へとへとになった(exhausted)」になったのだろうか? それには深いわけがあって(笑)、どうも船に関係するらしい。
poop とは名詞では船の「船尾部または船尾楼」を意味し、海上ではそいつが容赦なく波に打たれるから、動詞では「波が船尾を越える、船尾に波を受ける」という意味になる。
-あら、どうしてそれが「へとへと」になるの?
-考えてもみなさい。船尾の甲板にザブザブ波をかぶるくらいだから、海は時化ている。船が始終ぐらぐら揺れれば、体はへとへとに疲れるにちがいない。
-ふ~ん、なんとなくわかったわ。でもおじいちゃんのお話って、ちっとも実際の役には立たないのね。いつものことだけど。
-ハハハ、だからおじいちゃんにはお金がないのさ。
Comments
Slangは困りますね!
同じゲルマン語族なのに、ドイツ語に比べて、英語のslangの多いこと。
疲れているときは“I'm really tired.”で済ませますよねッ!
“I'm really exhausted.”とは余り言いませんし、ましてや、“I’m really pooped out.” なんて・・。“prop”なんて、(人にもよりますが)単語もビジネス英語では、あまり使わない。
それでも最近、“My dogs are barking.:もうこれ以上歩けない”ってセリフを聞いたような・・昼休みにTV放映されている「ハワイ・ファイブ・オー」だったかも?
それにしても凄いですね! 薄氷堂さんは、あの“オックスフォード”を常用されているのですねッ!
研究社の英和中辞典(かなり昔に買ったもの)を持っていますが、書棚の下の方で、岩波の広辞苑、岩波の数学辞典と並んで『錘がわり』になっています(笑)
私とは大違いです!
Posted by: Grayman | November 17, 2016 00:36
>Graymanさん
ほんと、slang には手を焼きます。まるで判じ物ですもんね。英語国民だって、みんなが使っているから使っているけど、由来は知らないという人も多いんじゃないでしょうか。
スラングは時代とともに変化しますし、『怒りの葡萄』は1939年出版ですから、現在では使われないものもたくさん含まれているんじゃないかと思います。
スラングでなくとも、ことばは時代によって意味が変化しますから、たとえば19世紀の本に登場する単語を、20世紀から使われ出した意味で解釈することはできません(OED が語義を年代順に並べているのは見識があると思います)。
ぼくは OED の CD-ROM 版を使っていますが、もうこれなしでは古典は読めません。昔はいくら欲しくても手が出なかった世界最高の辞書がわずか数万円で買えるんだから、ありがたい時代になりました。
OED はけっして取っつきにくい辞書ではありません。とても読みやすく親切な辞書です(かえってコンパクトな辞書より語義はわかりやすいのでは……)。ただし単語によっては、詳しすぎて、読むのに大変な根気が必要ですけど。
OED を使うと、教授と学生の差の主な原因は、能力のちがいではなく、使っている辞書のちがいにあることがよくわかります(なんて、いっちゃっていいのかな(笑))。まあ、とにかくすごい辞書です。
Posted by: 薄氷堂 | November 17, 2016 08:37