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March 31, 2016

Daily Oregraph: 1974年鈍行の旅 (3) 「国鉄」福知山線

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 列車は福知山を出てしばらくは盆地を走るが、だんだん両側に山が迫ってくる。

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 丹波竹田駅。

 駅前に「まるたん食堂」の名が見える。このお店はネット検索でヒットするから、現在も営業されているようだ。

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 市島駅。

 丘の上に見える「ひま」の文字はたぶん「ひまわり」だろうから、幼稚園かなにかだと思って検索したら、当時はともかく現在は「ひまわりの里」という福祉施設らしい。

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 福知山線普通列車車内。福知山までの車両より一世代新しく、木製の椅子はすべてスチール製に変っている。

 もう40年以上前の写真だから時効は成立しているけれど、気持ちよさそうに居眠りしている女性のお顔の一部にはボカシをかけておいた。

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 黒井駅。駅名を特定した決め手は「きくや」という旅館。検索したところ、現在も営業中らしい。

 駆け込み乗車の女学生たちも、すでに五十代後半。年を取ったのはぼくだけではない。

 こういう写真を撮れるのが各駅停車のいいところだろう。とっさに撮ったので、オリジナルは縦長画面である。これはやはり横長だろう。

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 谷川駅。

 これまた時効成立。こちらはボカシをかけなくともお叱りを受けることはあるまい。心当たりのあるお方には、連絡をいただければ写真を差し上げるつもりである。

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 下滝駅。駅舎の柱をよくみると「しもたき」と読める。

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 古市駅。海抜211メートル。

 しょうもない写真である(笑)。申し訳ない。

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 これぞ日本の風景。お婆さんが孫を背負って列車を見せている。

 鈍行だからこそ、こういう写真が撮れる。新幹線では無理な相談である。

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 地形から見て草野駅付近ではないかと思うがどうだろうか?

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 間抜けな写真の見本みたいだけれど、実はそうではない。

 恥をさらすようだが、ぼくは三田がミタではなくサンダだと、このとき初めて知ったのだ。へえ、そうだったのか! その驚きが素直に表現された一枚だから傑作なんだよ(笑)。

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 さてこの一枚だが、いったいどのあたりだろうか? 正面の橋脚(?)付近にはクレーンが見えるから、建設中の自動車道路ではないだろうか。

 三田以南かつ宝塚以北はまちがいない。その区間で列車の左側(東)に川(武庫川)が迫り、高速道路とおぼしきものが見える地点といえば、生瀬(なまぜ)駅付近ではないだろうか。

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 調査費があればさっそく確認に行くのだが、どこかにスポンサーはいないだろうか?(笑)。

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 宝塚付近。山肌一面宅地造成中である。実はこの直前に撮った一枚には、丘の斜面にびっしり立ち並ぶ住宅が写っているのだが、あいにく電柱が写りこんでしまったのでボツにした。

 このあたりから景色は一変し、都会の風が吹きはじめる。その落差の激しさには、まさに呆然とするものがあった。

 列車が尼崎のあたりを通過したときには、あまりのゴチャゴチャ感に圧倒されて、とうとう写真を一枚も撮っていない。すっかり牧歌的になっていた頭を、すぐには切り換えられなかったのである。

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 気を取り直してレンズを向けたのが田辺製薬とは……(笑)

 地図を参照すると、列車は尼崎駅を通過して神崎川の鉄橋上を走っていたはずである。このあと大阪市内で撮ったと思われる写真も一枚あるが、あまりにもつまらないから割愛し、福知山線の旅はこれをもっておしまいとする。

 沿線の風景がどれほど変化したか、ちょっと恐いような気もするけれど、いずれ京都を基地にしてもう一度たどってみたいものだ。不況の原因である消費税の税率が下がるまで待っていたら寿命が持ちそうにないから(笑)、豚の貯金箱を壊して、今年か来年にでも行こうかしら……本気でそう考えている。

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Comments

>40年以上前の写真だから時効は成立

充分成立していますよ。だいたい40年前といえば私だってまだ紅顔可憐な美少年・・・・それが今ではご存じのような状態ですから、そんなに前の写真から今を知るすべは・・・ねえ・・・

そういえば土門拳の筑豊の子どもたちは今どんなふうになっていらっしゃるのでしょうか?

Posted by: 三友亭主人 | April 01, 2016 at 12:52

>三友亭さん

> 40年前といえば私だってまだ紅顔可憐な美少年

 証拠写真を拝見しなくては、それはなんとも……(笑)

 筑豊の子どもたち、発売当時見た記憶があります。ザラ紙に印刷され、たしか定価は百円ほどでした。どこかに残っていればお宝なんですが……

Posted by: 薄氷堂 | April 01, 2016 at 20:11

おお、三田駅の看板。これは相当古いですね。
三田周辺は、今では企業も誘致され、大学も進出し、大阪まで通勤圏になっています。
 モノクロがまた時代を強調していますね。
 宝塚は家内の実家近くですが、やはり昔むかしの風景です。当時の年配者はもういなくて、少年たちは50代に。
 写真は人に見られてこそ価値が出ますね。

Posted by: トニー | April 01, 2016 at 23:25

>トニーさん

 あれを見るまではほんとうに「ミタ」だと思いこんでいたのです(笑)。いまは関学の三田キャンパスがあるんですね。

 さてたとえどんなにまずい写真でも、寝かせるとだんだん味がでてまいります(ウィスキーと同じ?)。人様にお目にかけるなら12年物あたりからでしょうか……

Posted by: 薄氷堂 | April 02, 2016 at 07:56

貴重な写真を拝見できてうれしい限りです。
地元に住んでいますが40年前とは全く違う景色で新鮮です。

「三田」の駅名表の一つ手前の川沿いの写真は「北緯34.860241 東経135.283344」、高速道路が見えるのは「北緯34.826193 東経135.322332」の地点ですね。複線電化で路線は切り替わり、今ではハイキングコースとして有名になりました。

古い福知山線について調べていたのですが、沿線の雰囲気まで切り取られた写真には初めて出会い、ただただ生まれてもいない時代に懐かしさを感じています。
よい写真を見せていただきました。

Posted by: 秀さん | July 20, 2016 at 23:48

>秀さんさん

 古いだけが値打ちのつたない写真ですのに、ご感想をお寄せいただきまして、どうもありがとうございます。

> 複線電化で路線は切り替わり

 そうですか。体の動くうちに、きっと機会をみつけて、福知山線の今をこの目で確認したいと思います。 

Posted by: 薄氷堂 | July 22, 2016 at 21:22

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