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December 31, 2014

Daily Oregraph: コンパクトデジカメ週間 (4) OLYMPUS TG-820

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 OLYMPUS TG-820 は防水カメラだから、スイッチを入れてもレンズはせり出さない。スナップを撮るにはおあつらえ向きである。 

 1/2.3 型 CMOS 有効画素数 1,200万画素。とうとうこのサイズの撮像素子で一千万を突破したわけだが、一眼レフの 600万画素機のほうが解像感はあるのだから、いささか無理があるんじゃないかと思う。

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 液晶モニタは 3.0 型 103万ドット。屋外でもわりと見やすいモニタである。

 このカメラを選んだのは、別に水中写真を撮るためではなく、粉塵の舞う場所で撮影する機会が多いからだ。

 例によって、以下の写真は色調を一切いじっていない。

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 たとえばこんなところや、

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こういう場所でカメラを長時間むき出しにしていると、確実に故障するだろう。レンズカバーの羽根が開閉不能になったり、どうかすると鏡胴がまともに動かなくなるのだ。

 だからさっと取り出してシャッターを切ったら、ただちにポケットへ戻さなくてはならないのである。しかし現場ではなかなかそこまで気を使ってはいられない。

 そこで防水・防塵、2メートルの高さから落下しても壊れないというこのカメラにしたのだが、特殊な構造だから、正直いって画質にはまるで期待していなかった。

 ところがその画質が意外にもなかなか上等だったのである。

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 これは9月23日に奈良県で撮影したもの。記憶色ということばがあるけれど、まさにそれだ。極端なクセもないし、安定感のある絵作りだと思う。

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 10月22日、京都。

 晴れた日に撮ればきれいなのはあたりまえ、小雨ぱらつく天気にここまで写れば立派といっていいのではないだろうか。この写真は撮ったまま、縮小してアンシャープマスクをかけた以外は、まったく手を加えていない。ちょっとコクのあるところもいい。

 しかしこのサイズでも木の葉がベッタリ塗り絵風になっていることがわかる。明らかに小さな撮像素子で1,200万画素というのは無理があると思う。

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 マクロには弱い。これで精一杯である。

 通常ではズーム全域(28~140ミリ相当)で60センチ、マクロモードに設定しても、広角側で 20センチ、望遠側では 50センチしか寄れない。

 マクロモードにしても無限遠は出るから、最初からマクロモードにしておいたほうが面倒はないだろう(そのためか、TG-850 ではマクロモードがなくなり、ズーム全域で10センチまで寄れるように改善された)。

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 もっともスーパーマクロというモードがあって、焦点距離は固定(約38ミリ相当)だが、3 センチまで寄れる。しかしそれでもこの程度だ(TG-850はスーパーマクロで 1センチまで寄れるようになった)。

 背面のボタン類の操作性が今ひとつで誤操作しやすいこと、マクロに弱いことを除けば、まず文句のないカメラだと思う。もちろん一眼レフの写りと比べてはいけないが、京都ではこれ一台でまったく不自由を感じなかったし、後継機であるTG-850 以上の画質だから、これからも当分愛用することになりそうだ。

 なお先日ふれた操作ボタン(OKボタン)の不具合は、ぬるま湯を入れた洗面器にカメラを突っ込んでゆすり洗いしたところ、完全とはいえぬまでもかなり改善された。この種のカメラを粉塵の中で使用する場合、たまには水洗いしたほうがいいようだ。

 一年の終りを無粋な記事でしめくくることになってしまった。最後の写真が木ネジとは……(笑)。

 さてこのマイナーなブログにおつきあいくださったみなさまには厚くお礼申し上げます。どうかよいお年をお迎えください。

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December 30, 2014

Daily Oregraph: コンパクトデジカメ週間 (3) RICOH CX6編

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 RICOH CX6 のスペックは基本的に CX2 と同じである。

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 背面液晶モニタのサイズも同じく3.0型だが、92万ドットから123万ドットへ変っている。

 CX2 同様屋外でもなんとか見えるレベルだけれど、このモニタを小さくしてもいいから、内蔵液晶ビューファインダがあれば助かると思う。液晶モニタはコンパクトの泣きどころである。

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 さて昨日の反省を踏まえ、本日は一時間半ほど散歩して、のんびり写真を撮ることにした。

 まずは例のバス停。時間がちがえば光線状態もちがうから、正確な比較はできないけれど、一見して色味の変ったことがわかる。クセがずいぶんおとなしくなっているのだ。

 いつもならここから線路づたいに歩くのだが、今日は趣向を変えて、いったん米町の丘に上り、

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そこからふたたび線路に降りて、知人(しりと)へ向かう。風がなくて暖かい絶好の散歩日和である。

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 いつもならこの先から知人の路地へ向かうのだが、今日はひさしぶりに浜へ降りてみた。

 こういう写真を撮るときにはデジタル水準器がものをいう。水平垂直がびしりと決まるからありがたい。

 空の色はやはり CX2 に似た独特の色調だが、一種のどぎつさのようなものは影をひそめている。2012年の7月に購入して以来、CX2 の出番が減り、もっぱらこちらを愛用したのもそのせいだろう。

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 だれもいない浜。昆布漁の漁船はずいぶん減って、たったの三隻しか残っていない。

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 大きな丸太が砂浜に打ち上げられていた。どうも南洋材らしい。

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 反対側に回って断面を見ると刻印が打ってある。やはり南洋材だ。オン・デッキ積みのものが落下して漂着したのだろうか?

 こういうのに出くわすと、カメラなどどうでもよくなる。結構なことだ。素人の分際で色がどうのとはおこがましい。便利な道具としてありがたく利用すればいいではないか。

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 それにしても漁師さんの小屋はすっかり荒れ果てている。まったく使われていないらしい。141230_08 
 船はどうかとのぞいて見れば、船内にたまった水が凍りついている。ほかの2隻も同じで、とても使える状態ではない。みなさんご高齢になり、後継者がいないから、もう船は出さないのだろうか。

 これは「ハイコントラスト白黒」というモードを使ってみた。オリンパスでいえばラフモノクロームに相当する。しかしあまりにもコントラストが強すぎて、なにがなんだかわからないから、レタッチソフトでちょっと明るくしてみた。このくらいでちょうどいいのではないだろうか。

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 船が出ていないのに昆布を干してあったのは、たぶん胴長を着用して採ったものであろう。

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 古くからある廃屋が異彩を放つ知人の路地。いつもならこの路地を抜けるのだが、今日は途中からそれて米町の丘へ上る。

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 臨港鉄道終点の貯炭場と南埠頭が見える。そういえば今朝は南埠頭で石炭の積荷があったはずだ。

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 望遠端 300ミリ相当で南埠頭を撮る。ぼくがのんびり散歩しているというのに、荷役中の神春丸ではスコップさんがお仕事中のはず。なんとなく申し訳ない気分になる。

 もちろんサンニッパのようなわけにはいかず、色が少し濁って見えるけれど、コンパクトでこれだけ写れば十分だろう。旅のお供にはこれ一台あればまず間に合うと思う。

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 厳島神社の門松。一足早く謹賀新年とはめでたい。カメラのレポートとしてはともかく、気持のいい散歩ができてまずは満足である。

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 おまけは200ミリ望遠マクロで撮った裏庭の植物(名前はなんだかわからない)。寄ろうと思えばまだまだ寄れる。

 なんでも一通りは撮れるし、CX2 よりもクセはないし、散歩用としては上等のカメラだと思う。来年はもっと活用しなくては。

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December 29, 2014

Daily Oregraph: コンパクトデジカメ週間 (2) RICOH CX2編

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 2010年2月に購入した RICOH CX2。仕様によれば、有効画素数 929万画素、撮像素子は 1/2.3 型 CMOS、光学ズームは 28ミリ相当スタートの 10.7倍である。

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 液晶モニタは 3.0型、役92万ドット。水準器がついているのはありがたい。

 このカメラは機能てんこ盛りで、ぼくもまだ使ったことのないしかけがたくさん仕込まれている。遊ぶにはもってこいのおもしろいカメラだと思う。

 固定ピントのスナップモードというのがあって、大いに期待したのだが、ピント固定だからいいだろうと思い、半押しせず一気にシャッターを切るとピンぼけ写真になることがあるのは残念。

 さて以下は昨日撮った写真である。ろくなものはないけれど、まあ、テストだからご勘弁いただきたい。明るさなどは調整しているが、色調には一切手を加えていない。

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 正月用の買い物風景。

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 さいはてのバス停。大変クセのある色あいで、全体になんとなく作りものめいて見え、よくいえばクール、悪くいえばよそよそしい感じがする。正直いってぼく好みではないけれど、これがいいというお方もいるだろう。

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 旧東栄小学校の砂ステーション。東京あたりにお住まいの田舎の方々には珍しいだろうからご説明しておこう。

 市内の坂道には黄色い砂箱が設置され、中には砂のつまったビニール袋が用意されている。その砂袋が不足したら、砂ステーションで補充するシステムになっている。このステーションの砂箱には、空のビニール袋が用意されていた。

 やはり色が独特である。明らかに見た目とも記憶色ともちがう。このメーカーのクセなのかどうか、明日は CX6 でテストしてみよう。

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 マクロには強い。28~50 ミリ相当では 1 cm まで寄れる(写真は 50 ミリ相当で撮影。この一枚だけは色調も補正した)。12 mm の木ネジがここまで大きく写れば文句はない(もっともそんな必要はないけれど……)。

 ただしあまりカメラを近づけると、ごらんのとおり陰ができるから、もっと離れても同じ倍率で写ってくれたほうがありがたい。第一至近距離で真上から手持ち撮影すると、いかに手ぶれ補正があるとはいえ、ぶれボケになりやすい(わかりますね(笑))。

 そこでいろんな焦点距離で試してみようかとも思ったが、さすがにそこまでヒマではないからやめにした。


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 木ネジなんぞを撮ったってしょうがない。実用的なのは望遠マクロだろう。これは200 ミリ相当で撮ったもの。200 ミリで 10 cm まで寄れるのは立派だと思う。背景も多少はボケてくれる。

 この写真はいかにもまずいから撮りなおそうかとも思ったが、面倒くさいからやめておいた。うまい写真はあなたの出番(笑)。

 明日は CX6 編である。汚名をそそぐために、もうちっとマシな写真を……撮れるだろうか?

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December 27, 2014

Daily Oregraph: コンパクトデジカメ週間 (1) Canon A710IS編

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 ぼくがいま持っているコンパクトデジカメ。5台も持ってどうするんだ? という疑問はもっともで、日常使うのはせいぜい2台がいいところである。

 しかしカメラ好きの方なら 10台やそこらは普通にお持ちではないだろうか。かく申すぼくも、古いカメラを友人知人に進呈していなければ、優にこの倍は手元に残っていただろう。どれも高級品ではない。発売後一年以上経過した、いわゆる型落ちの普及品を買うところがミソである。

 機械はいつ故障してもおかしくないから、最低2台は必要だ。当分リコーのCX2とCX6の2台態勢でいくつもりだったのだが、昨年から粉塵の中で撮影する機会が増えたので、試しに購入したのがオリンパスの TG-820 という防水カメラ。こいつは予想以上に頑丈なカメラで感心したけれど、あまりにも酷使したせいか、最近ときどき一部のボタンが正しく反応しないことがある。そこで先日後継機の TG-850 を入手したのは道楽ではなく、必要に迫られたせいである。

 カメラにかぎらず、メカニズムはときどき使わなければガタがくる。頭と一緒である。そこで最近ネタもないことだし、すべてのカメラを順番に使ってやろうと思い立った。

 第1回は何年も使っていない Canon A710IS を引っぱり出してみた。これは 2006年12月に購入後4年ほど使用して以来、ほとんどシャッターを切らなかったのだが、スイッチを入れると動作には異常なさそうだ。

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 単3電池2本で動作するこのカメラは、ごらんのとおり、少々ごつくて重い。シャツの胸ポケットに入れて歩くのはちょっとつらいのが難点である。

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 もうひとつの泣きどころは背面液晶モニタが見にくいことだ。晴天下の屋外では、ぼんやりと輪郭を確かめる役にしか立たない。光学ファインダがついているけれど、視差が大きすぎるからほとんど実用にはならない。

 今日はひさしぶりにこいつをお供に出かけたのだが、ぼくにゲージュツ写真を期待してはいけない。素人はプロの真似なんかすべきではないのだから、あくまでもふだんどおりに自然体でね。

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 本日の舞台は春採湖。湖面は氷に覆われて見えるが、まだほんの表面だけ。

 おお、ちゃんと写るではないか。経験上お散歩カメラは400万画素もあればまず足りるから、710万画素なら十分お釣りがくる。等倍で見ても画像がさほど崩れないところは、最新の多画素カメラよりよっぽどマシだと思う。

 ただしこのカメラ、広角側が35ミリからなので仕事用としては使えない。業務用としては、28ミリでも足りない場面が少なくないのである。

 動作にはまったく問題がないことを確認したので、もうカメラのことは忘れて歩くことにしよう……と思ったけれど、やはり液晶モニタの見にくさには閉口した。もうちょっとマシなら忘れられたのだが。

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 湖岸から氷を眺めると、うっすらと水が透けて見える部分がある。完全に結氷するにはあと半月ほどかかるのではないか。

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 ふと気づいたのが、道路の端に立ち並ぶ立て札らしきもの。

 告 お上の格別の慈悲をもつて消費税ふたたび増税するにつき汝ら平民よくよく覚悟すべきこと。 釧路代官所

なんてね。

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 実はそんな無粋なお触れではなく、短歌や俳句を掲示しているのであった。いつの間に出来たのかはしらないけれど、まことに風流なものである。わが釧路も捨てたものではない。三菱地所を見に行くのも悪くはないが、ぼくならこちらを選ぶね。達筆すぎて半分しか読めないものがあったのはくやしいけどさ(笑)。

 道が滑るので早々に引き上げたけれど、このカメラが散歩用としては現在でも十分通用することは確認できた。このまま寝かせておくのはいかにも惜しいから、友人の某君に進呈することにしよう。

 どうか壊れるまで酷使してほしいものだ。なあに、もしいかれても、たぶんその頃には次のカメラを用意できるさ。

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December 26, 2014

Daily Oregraph: 北埠頭冬景色

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 次々と古い倉庫が取り壊されて一変した北埠頭。ひさしぶりに来てみたら、いっそう空間が広がってガランとしている。

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 こちらが逆方向から撮ったもの。どこが変ったのかというと……

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 この写真(2013年5月20日撮影)に見える一番手前の倉庫が姿を消したのである。

 一枚目の写真右手の倉庫が取り壊されるのも時間の問題だろうから、いまのうちに肖像写真(?)を撮っておこう。

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 これが瀕死の倉庫の生命維持装置らしい。

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 長年の風雪に耐えた扉。

 なんとも痛々しい姿だが、あなたの肌もいつかきっとこうなるだろう。いくらヘチマコロンを塗ったってダメ、老いは確実に迫ってくる。

 友人知人が次々とあの世へ旅立ち、たった一人残されたあなたも、電気、いや血液の流れがふっつり途絶えて、ふたたび宇宙の塵と化す運命にある。生者必滅、会者定離……おっと、いけない。倉庫と人間の区別もつかぬほどボケはじめたらしい(笑)。

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December 23, 2014

Daily Oregraph: 裏庭画報 ツツジ供養

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 そういえば先日の強風のあと、裏の板塀を点検していなかった。長靴をはいて裏の畑に来てみれば、ボロボロの塀は幸い無事だったけれど、(たぶん)ツツジが幹ごと折れていたのには驚いた。こういう被害は初めてである。

 昔なら焚火にして燃してしまったところだが、あれもダメこれもダメという今のご時世ではそうもいかない。適当な長さに切りそろえ、束ねてゴミとして処理せねばならぬから、ちょっと手間がかかる。やれやれ。

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 雪が積もるのは悪いことばかりではない。見苦しい畑の雑草が埋もれて見えなくなるのはありがたいことだ。そこへナナカマドの実が紅を添えれば、ちょいと色気があってオツなものである。

 -おにいさん、まあ、おひとつ。

 そう誘われては断るわけにはいかない。山川草木悉皆成仏、ツツジの供養を兼ねて、昼間から一杯やりましたよ。なあに、ほんの一杯だけさ。ほんとだってば(笑)。

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December 22, 2014

Daily Oregraph: 港町岸壁風寒し

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 ひさしぶりに港町岸壁へ立ち寄って車から出たとたん、冷たい西風が容赦なく吹きつけてきた。岸壁にはさかんに波しぶきが打ち上がっている。

 これはいけない。手袋を用意してこなかったから、根性なしのぼくはただちに撤退を決意する。

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 土曜日に降った雨のおかげで雪はずいぶん消えたけれど、それだけにかえって寒々しい感じがしないでもない。

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 港町岸壁名物、漁師さんの野外応接セット。残念ながら、ゴミを燃やす大釜に火の気はなく、肩をすくめてさっさと車の中に逃げ込むしかなかった。

 さてそろそろ年賀状にも手をつけねばならない。毎年のように、もう面倒な年賀状はやめにしようと思うのだが、ノルマに追われる郵便局のおにいさんに頼まれると、つい気の毒になって断れず、結局年賀ハガキを買うはめになるのだ。

 おにいさんに罪はないが、ノルマを課する連中には腹が立つ。いやな世の中だ。いずこも冷たい風が吹くばかり。

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December 21, 2014

Daily Oregraph: 冬の雨

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 2014年12月19日朝。ふだんは混まない道路が渋滞したのは凍結路面のせいである。特に日陰の部分はごらんのとおり、凹凸の激しい深いワダチができたために、みなさん超ノロノロ運転だったのも無理はない。

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 ところが昨日はいっぺんに気温が上昇して、日中雪が融けたところへ、夕方から雨が降りはじめたからたまらない。道路はツルツルである。うっかり転倒すればびしょ濡れになってしまう。

  上を見て歩く人なし冬の雨   薄氷堂

 そんな悪条件下、アベノフレーションで鬱積したストレスを一気に晴らすべく(?)、忘年会の酔客が夜の街に多数繰り出していたのはめでたいかぎりである。タクシーも予約で一杯になるほどで、ひさしぶりに釧路の歓楽街は活況を呈していた。

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 われわれ三人組は事務所の引越祝いと忘年会を兼ねて、カウンターに並ぶ料理は食べ放題という太っ腹のお店にやって来た。

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 太っ腹といえば、秘蔵の北の勝搾りたてを持ち込んだスコップさん。さあ、あなたも一杯と、同席のお客さんにもふるまって、たちまち一升壜を空にしたのは豪気であった。

 この入手困難なお酒は大変うまいけれど、調子に乗って飲むと足腰立たぬほど酩酊することで有名だから、ぼくは用心して(笑)グラスに一杯だけご馳走になった(われながら賢明)。

 おかみさんの陽気なお人柄も手伝って、満席の店内にはダジャレが飛び交い、大いに盛り上がった。

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 二次会がまた大騒ぎ(みなさんのお顔には一部ボカシをかけてある)。すっかり圧倒され、たいして飲みはしなかったのに、忘年どころか忘我に近く、しまいにワケがわからなくなってしまった。

 それでも無事帰宅したところを見れば、一度も転ばずにタクシーに乗り込んだらしい。めでたし、めでたし。

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December 18, 2014

Daily Oregraph: 山ヲ移ス

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 昨日の雪かきで残ったのが、除雪車の通ったあとに出来る雪の壁の一部。大きさを比較するものが一緒に写っていないから、ずいぶん小さく見えるけれど、案外ボリュームがあり、なめたらあかん。

 昨日の釧路の最大瞬間風速は 33.7メートル。一気に片づけたかったのだが、途中からすさまじい強風が吹きはじめたので、無理をせずに撤退したのである。一晩たつと雪が固くなってしまうから手間はかかるけれど仕方がない。

 今朝までにさらに数センチの積雪があったのには閉口した。九時にスタートして終ったのが十一時半。なにしろガチガチに固まっているものだから、最後の壁崩しには意外に手こずり、結局二時間半もかかってしまった。

 -いや、よくやったなあ。愚公山を移す、だね。まあ、一杯やりたまえ。

 -山じゃないよ、あれは。

 さよう、山ひとつなら造作もない。あれは天山山脈だな。節々が痛くてたまらないよ(笑)。

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December 17, 2014

Daily Oregraph: 雪だ、雪だ!

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 降った、降った。いや、降っている。七時半に写真を撮ったばかりだから、ほとんど実況中継である。

 降りはじめは雨だったから、水分の多いベタベタの雪である。予報では正午には晴れそうなので、雪かきは午後にするつもり。今日は仕事がないので助かった。

 全道の労働者諸君にはまことに申し訳ないけれど(笑)、雪かきをすませたら、昼間っから熱燗を一杯やろうと思う。そんな楽しみでもなければ、雪かきなんぞバカバカしくてやれるものか。

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 八時の写真を追加しておこう。少し小降りになってきたようだ。

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December 14, 2014

Daily Oregraph: 裏庭画報 ナナカマドの実

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 選挙のたびにいっそう重くなる腰を上げて、さきほど投票をすませてきた。

 そのついでに裏庭に来てみると、九月半ばから放りっぱなしにしていた畑は雑草だらけで荒れ放題。こりゃあ、来年の春は大変だな。一汗かかねばなるまい。

 ナナカマドの枯枝にはまだ赤い実が残っていたけれど、写真を撮るには時期遅れもいいところである。

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 手近なのを一枝折ってみれば、しぼんでいたり、黒く変色していたり、まるでいまの日本の精神状況そのままである。なんとも情けない話だけれど、まあ、まだ赤みが残っているだけマシかもしれない。

 いや、絶望するのはまだ早い。気を落とさずに今夜も一杯やることにしよう。

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December 13, 2014

Daily Oregraph: 鍋で一杯……やるしかない

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 昨日の17時40分、幣舞橋手前の温度計は 0℃を示していた。0℃ならたいして寒くはないのだが、風は冷たい。

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 冷たい風に吹かれる季節になると鍋が恋しくなる。さきほどスーパーへ行ったら、スケソウダラがつぶらな瞳で「おらを食べてけろ」と訴えていたので、今夜はこいつを二尾、鍋にして食うことにした。たまには日本酒も悪くないか。

 実質賃金は低下し、年金も減額され、つまりは使える金が減った一方で、物価は上がり、消費税も上がったのだから、景気の良くなるわけがない。三歳の童子にもわかる理屈である。これをぼくの辞書では不況というのだが、「景気回復、この道しかない」とはずうずうしい。

 鍋をつつきながら一杯やらねばとてもやり切れないではないか。丸々肥えたスケソウダラ一尾税込み97円也。安くてうまいものを食うのは、せめてもの庶民的抵抗である。

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December 10, 2014

Daily Oregraph: 二日酔いでも投票所へ

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 昨日は仕事で十勝港往復。道路は乾いていたけれど、十勝港には最近降ったらしい雪があちこち残っていた。

 釧路市内にはまったく雪はないが、予報によれば明朝から降るという。白粉と雪は七難を隠すとやら。時あたかも衆院選、21世紀の市民たるもの大本営発表などを信じてはならぬ。歴史の教訓を忘れず、くれぐれも白い上塗りにはだまされぬようにしたいものだ。

 すでにマスコミでは自公3分の2超の勢い、などと低投票率を誘導するような記事を垂れ流している。この国の市民もずいぶん甘く見られたものではないか。

 そうはいっても、しょせんこの国の民度はなあ……と、あきらめているあなたも、低投票率は圧倒的に与党に有利なのだから、たとえ二日酔いでも投票所にはいかなくちゃ。あなたの民度が問われます。

 だけどさ、受け皿がないんだよ、投票しようと思う候補もいなければ政党もないのさ……と、お嘆きのあなた、そのお気持は同じ無党派のぼくにもよ~くわかる。しかし耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、あんなやつら(失礼)を支持したくないのは山々だけど、この際戦略的な立場に立ち、涙を飲んで、最悪よりは幾分マシと思われる政党あるいは候補に一票を投じようではないか。

 それが政治家とタクアンが大嫌いなぼくの達した結論である。正直いってぼく自身絶望的な気分に近いけれど、国民を屁とも思わぬ傲慢な連中に黙々と奉仕する手はない。そういうのを奴隷とはいわなかっただろうか?

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December 07, 2014

Kyotorogy 2014: しめくくり-意味を求めて

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 写真はまだたくさんあるけれど、Kyotorogy シリーズは本日をもって最終回とする。

 このたび使用したのはこのコンパクトカメラ一台のみ。粉塵舞い散る仕事場の環境では、防塵防滴のカメラでなければたちまち故障してしまうからこれを選んだのだが、ポジフィルム風味のコクのある写真が撮れるので、すっかり気に入っている。

 起動が素早いのは長所だけれど、欠点もいくつかある。第一に、レンズの位置がいかにも不適当である。慣れるまでは撮りにくくてしょうがなかった。第二に、データの書き込みに時間がかかり、イライラさせられること。第三に、背面のボタンを知らぬ間に押してしまい、誤操作が多発すること。

 それらの欠点さえなければ、もうじゃまくさい一眼レフはいらないと思う。旅先では身軽が一番だからだ。

 一年半以上も使い込んでいるうちに、角が擦れてプラスチックの地がむき出しになってしまった。操作ボタンもときどき正しく反応しないことがある。劣悪な環境にさらしたせいだろう。そろそろ買い換え時なのかもしれない。

 さて今回でシリーズもおしまいだから、いくつかヘンな写真を選んでみた。なんでこんなものを……と本人にもわからぬものも多いけれど、わざわざシャッターを切るからには、たぶんワケがあったのだろう(笑)。

 そこで本日のテーマは、意味を求めて。

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 2014年9月22日撮影。もちろんなんの意味もない。しかしみなさん何事にも意味を求めすぎる困った傾向にあるから、たまにはナンセンスにも治療的意味はある?

B140926jpg 
 9月26日。まるで京都らしくないところに、ちっとは意味があるかもしれない(笑)。

C140929 
 9月29日。これは大いに意味がある。足の弱ったお方は、印刷してどこかに貼っておくといい。きっとご利益があるだろう。

D140929 
 9月29日。質問。花が咲くのに意味がなくてはいけませぬか?

E141008jpg 
 10月8日。このヘタウマの少年少女は、いったいどういう役割を果たしているのだろうか?

 -バカだなあ、君は。「正面玄関にまわってください!」といっているんじゃないか。

 ほんとうにそうだろうか? 謎の一枚である。

F141010 
 10月10日。みなさんは町を歩きながら、ふと目を引きつけられる光景に出くわしたことはないだろうか。たとえば、こんな。

 どうしてなのかはいくら考えてもわからないのだが……

G141012 
 10月12日。これもそうだなあ。意味と無意味の境界線?

H141012 
 10月12日。千成食堂のマークがおもしろかったのでカメラを向けたら、偶然一人の男性が走ってきたので、カメラを少し右に振ってシャッターを切る。

 その結果、最初の意図とはまるで別の写真になってしまい、千成マークの存在感はかなり霞んでしまった。だとすれば、画面に影響を与えたわけだから、この人物にはなんらかの意味があるにちがいない。

 それをうまく説明できればあなたも立派な評論家、あとはお任せします。

 なお比較検討のために、全く同じ構図で人物の入らぬ一枚と、最初の意図に沿った一枚も撮っておくべきだったかと、今になって反省している。評論家になるせっかくのチャンスを逃してしまったのは残念である。

I141012 
 10月12日。これはもう意味に満ちた写真である。意味だらけ。

 お断りしておくが、ぼくは某政党を宣伝するつもりもけなすつもりもなく、完全にニュートラルである。京都ではこの政党のポスターは地蔵さん同様ユビキタスだということをご承知おきいただきたいと思う。

J141014 
 10月14日。どんなものでも意味をこじつけることはできる。モダンアートなんてたいていそうじゃないか、などと失礼なことはいわないけどさ(あ、いっちゃった)。

 漢字二文字にはこじつけなくともたしかに意味があるけれど、これは意味ではなく古くさい書体に目を引かれたんじゃないかと思う。してみれば、書体の選択には漢字本来の意味するところとは別の意味があるらしい。

K141018 
 10月18日。おばあさんの祈りは難題である。ぼくの踏み込めない領域といっていい。

 しかし葬式などで義理に手を合わせるのと、自ら進んで祈りをささげるのでは、まるでちがうことは間違いない。無意味だなどとは、だれがいえるだろうか。

 ふり返ってみれば、文化都市京都で哲学の道を歩き通したおかげだろうか、ぼくも少しはマジメになれたのかもしれない。ありがたや、ありがたや。

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December 05, 2014

Daily Oregraph: Stollen, not Stolen

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 う~む、以前も同じだじゃれをタイトルに使ったような気がするなあ(笑)。しかしスペルは大事だからエルは二つね。

 美濃国の住人麦穂亭が早くもクリスマスプレゼントを贈ってくれた。おまけにパンまでどっさり。米飯は月にほんの一二度しか食わぬほどパン好きのぼくにとっては、なによりの贈り物である。ありがとう。

 ドイツで修行した麦穂亭が「シュトーレンが無ければクリスマスといえるでしょうか?」という以上、ぼくもご馳走になる手前、「そうだ、そのとおりだ!」と断固応援するつもりである。だからぼくの首が空を飛んでいても、矢で射落として御首神社に奉納(?)するようなことはしないで欲しい。

 日本でも最近このお菓子はかなりポピュラーになったようで、本日仕事先へ車で向かう途中ラジオを聞いていたら、シュトーレンが話題になっていた。

 とてもうまいけれど、かなり甘いお菓子だから、下品にパクパク食べてはいけない。薄切りにしてほんの一切れ、紅茶と一緒にいただくのが作法である(それでいいんだよね?)。蒸留酒をチビチビやりながら一切れ、というのも案外いけるかもしれない。今年は試してみよう。

 さてなにもお返しはできないが、贈り物をいただいたときは、たとえへたくそでも歌のひとつも作るのが礼儀ゆえ、

  シユトーレン北の釧路で味はふ夜は
  美濃の国にも雪や降るらん

 今日は早出残業。ブログはお休みにしようと思って帰宅したのだが、麦穂亭のおかげで記事をひとつ書くことができた。まことにありがたいことである。

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December 04, 2014

Kyotorogy 2014: 六条河原院

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 2014年10月16日。広小路をあとにして、府立医大前からバスに乗り、河原町五条で降りるつもりが、ボンヤリ考えごとをしていたため、一つ先の河原町正面で下車。

 目的地は初めてだが、大体の見当はついていたから、高瀬川沿いの道に出て北上する。

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 河原町五条で下車していたらこの道を通らなかっただろうから、ボンヤリしていたのがかえって幸いしたようだ。歩きながら、つくづく京都は散歩するためにあるような町だと思う。

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 この巨木には驚いた。うっかり切り倒そうものならどんな災難がふりかかるかしれぬ、といった堂々たる貫禄をそなえている。ご神木というのはこういう木をいうのであろう。

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 上の写真左手にちらりと見える橋は、高瀬川に架かる榎橋。偉大なる榎の木にちなんで名づけられたのだろう。

 この榎こそ六条河原院跡の目印なのであった。

 能の『融』によれば、海辺でもないのに汐を汲む桶を担った爺さんが登場し、

 -さてここをばいづくとしろしめされて候ふぞ。

 すると東国方より出でたる物好きな男はこう答える約束になっている。

 -この所をば六条河原の院とこそ承りて候。

 その怪しい汐汲みの爺さんこそ、たれあろう、河原院の主左大臣源融(みなもとのとほる)その人の幽霊というしかけになっている。

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 六条河原に大邸宅を構えた融のおとどは、話に聞いてあこがれた奥州塩竃の景色を模した庭園をこしらえた……とまあ、そこまではわかるのだが、

 難波津敷津高津この三つの浦より潮を汲ませ、ここにて塩を焼かせられ候ふにより、汐汲の数も、浦にて汐を汲む者千人、運び行き違ふ者千人、ここにて山へ分け入り薪を取り汐を垂れて焼く者千人……

 京都盆地で製塩をするために人足都合三千人とは、酔狂も度が過ぎている。これを「風流を極めた生活」というのは、ちと的はずれではあるまいか。こんな途方もないことをするには必ず訳があったはずだ。

 ぼくは日本史はまるでダメだから自信はないけれど、案内板の説明文に「摂政藤原基経の台頭により隠棲」とあるのがヒントになるのではないかと思う。基経は策士らしいから、融はよほど鬱屈した心境にあったのかもしれない。やけっぱち、基経へのあてつけ、あるいは佯狂の疑いさえあると思う。そうでなければ、だれがそんなアホな真似をするであろうか。

 しかしこの手の阿呆はけっして嫌いではないから(笑)、ぼくはわざわざここまでやって来たのである。いやしくも大臣を名乗るなら、ケチな帳簿の小細工などはやめて、このくらい堂々たる公費の無駄づかいをしてほしいものだ。

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 これが案内板にある榎大明神らしい。建物に張りついた鳥居をくぐって入ったのだが、あまりにも暗いから、さすがにストロボを発光させた。まことに奇妙な構造の神社で、こういうのは初めて見た。

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 榎大明神の裏手へ回ってみる。

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 広大な敷地を誇ったという河原院は跡形もなく、いまに面影を伝えるのは榎の木一本だけ、ぼくがこの世を去れば、残るのはたぶんホワイトホースの空壜一本だけ、左大臣も貧乏人も死んでしまえば一緒である。

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 しみじみと人生のはかなさを感じつつ、五条大橋を渡って、対岸から河原院跡を見る。

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 最後にふたたび五条大橋西詰から河原院跡を見て、変人の左大臣に別れを告げる。真っ昼間のせいか、汐汲みの爺さんはとうとう現れなかった。

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December 03, 2014

Kyotorogy 2014: 荒神橋から広小路へ

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 河原町通りに面する荒神口(2014年10月16日撮影)。14日のミニ同窓会で荒神口のことが話題になったので、12年ぶりにやってきたのである。

 「荒神口」という標識のすぐ裏手、車が2台駐車しているスペースには、かつて「しあんくれーる」という喫茶店があって、ぼくもたまに入ったけれど、とっくに建物ごと消えてしまった。『二十歳の原点』に登場するというので有名になったお店である。

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 荒神橋のたもとにあるリバーバンクという喫茶店も古くからあるお店だと思う。
 
 のんびりした景色からは想像しにくいが、1953年にはここで荒神橋事件といういたましい事件が起こり、京大生が多数重軽傷を負っている。事件の引き金となったのは本郷新作の「わだつみ像」である。

 京大の学生たちは(写真でいえば手前方向に向かって)荒神橋を渡り、当時河原町広小路にあった立命館大学へ向かおうとしていたところを警官隊にはばまれたのである。

 この事件やわだつみ像についての私見はさし控えておくが、そんなことがあったということは知っておいてもいいと思う。いまとなっては世の中変わりすぎて、まるでウソのような話のようだけれど、未来永劫同種の事件が起こらないとはかぎらないだろう。

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 荒神橋から見た鴨川上流。

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 荒神口から河原町通りを少し北上すると広小路通りが見えてくる。写真では道路の斜め向かい、中華料理屋の赤いオーニングの見える通りである。あそこには書店があったと記憶している。

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 河原町側から見た広小路。

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 現在は京都府立医大の関連施設が建っている。かつて狭苦しいキャンパスに陰気で煤けた建物が立ち並んでいたとは、とても想像がつかない。こうまで様変わりしてしまうと、なつかしいともなんとも感じないものだ。

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 すぐ近くにはここに立命館のあったことを示す石碑があるけれど、まあ、これは一種の墓石みたいなものであろう。

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 河原町通り(東)と寺町通り(西)の間を東西に結ぶ狭い通りが広小路で、こちらが寺町側の角。この建物は当時のままである。寺町通りの向かい側に京都御苑が見える。

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 仁丹マーク入りの住所表示も昔のまま。

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 寺町側から広小路を見て別れを告げる。たぶんこれが見納めになるだろう。

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 すぐ近くの清和院御門。やはり昔の姿をとどめているものは素直になつかしいと思う。

 体育の授業では、御苑内の芝生でソフトボールをしたことを思い出す。

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 すぐ近くに停まっていたタクシーの運転手さんがカメラマン役を務めていた。

 未来のある若人はいいねえ。日本は住みにくい国になりつつあるけど、どうかしぶとく生きてほしいものだ。

 もう先のないジジイは、このあと超マイナーな観光スポット(?)へと移動したのであった。

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December 02, 2014

Kyotorogy 2014: 清水寺素通り (3)

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 五条通りを渡って、適当なところから狭い通りに入って北上する。

 道の先にちらりと見える集団は、どうやら観光客ではなさそうで、路地歩きを趣味とするおばさまたちのグループらしかった。一緒に歩くのは気恥ずかしかったから距離を置いたのである。

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 このあたりはまるで土地勘がないから、どこをどう歩いたのかはわからない。

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 間もなくやや広い道路に出る。正面奥に「五建ういろ」のお店が見えるのを手がかりに、あとで地図を調べたら、突き当たりが大和大路通りである。

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 大和大路通りを北上する。この通りも大路というからには、昔はもっと道幅があったのだろう。

 京都の町は方角さえわかれば、必ず中心街に到達するので、お上りさんでも迷子になる心配はない。安心してでたらめに角を曲がることができるのだ。

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 とはいえ、自分の位置がまるでわからぬのもおもしろくないから、ときどき地名標示を撮っておけ、と藤原愛子探偵も勧めている。

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 きょろきょろあたりを眺めながら歩く姿は、われながらまさに徘徊老人である。

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 やがて鴨川ベリの川端通りに出る。松原橋が見える。

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 上流に見える橋は団栗橋である。前日濁っていた水も、この日は澄んでいた。

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 松原橋を渡ると、四条河原町はそう遠くはない。写真はここまでとしておこう。

 ここに来て思い出したのが六条河原院跡である。ついでに足を伸ばそうかどうか迷ったけれど、翌日出直すことにした。

 なお現在の五条大橋は松原橋の下流側にある。しかし豊臣秀吉の頃までは、この松原橋こそ五条大橋なのであった。六条河原院跡が現在一条ずれた五条大橋のすぐそばにあるのはそのためである。

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December 01, 2014

Daily Oregraph: とうとう12月

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 ひさびさの船上セキュリティ・チェックポイント。

 とうとう12月! まだひどく寒いわけではないけれど、暑い国の船員が厚着をするのは無理もない。

 備忘録を兼ねた Kyotorogy はやっと10月15日の記事までこぎつけた。よく考えてみれば、清水寺へ行った日も十月にしてはかなり気温が高かったのに、「この日はちょっと暑かった」とは書きにくい季節になったのである。これはいけない。アルコールの力を借りて、さっさと片づけることにしよう。

【News】

 本日の北海道新聞夕刊から。「天理参考館」という文字を目にして驚いた。この秋三友亭さんに同参考館を案内していただいたぼくとしては、まるでわがことのようにうれしい(笑)。

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 「ロンドンの古書店で購入」というところがいい。よほど見る目のある方だったのであろう。うなるほど金はあっても使い途を知らぬ無教養の成金ではこうはいくまい。

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