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September 05, 2013

Daily Oregraph: スランプの秋

August2013_02
 写真と本文は関係がない(最近これが多いなあ(笑))。某月某日小樽の北運河にて撮影したもの。

 なかなかスランプから脱出できない。もう何ヶ月もつづいているような気がする。頭が冴えないだけではない。なにをやってもうまくいかないのである。

 まず本を探してもみつからない。たしかあの本に参考になる記事が載っていたはずだと、納戸の奥を引っかき回してもみつからない。つい「畜生!」だの「くそ!」という下品なことばを口走ってしまうのである。

 上下二冊本のうち一冊だけみつかることもあり、これがまたシャクにさわる。狭い家なのに、いったいどうしたことだろうか。ひょっとしたらイタズラ好きの妖精でも住み着いて、こっそり本を隠しているんじゃないかと思うほどだ。

 みつからぬのは昔お世話になった本だけではない。ついさっき机の上に置いたはずの小物が、いつの間にか姿を消していたり、手帳を探すのに手間取ったりする。もの忘れもひどく、消したはずのパソコンの電源がつきっぱなしだったりということもある。

 そんなていたらくだから、なんべん辞書を引いても単語が覚えられないくらいはあたりまえだ。おかげで愛用の辞書はボロボロになり、たいていは外れかかった表紙を修復した跡がある。韋編三絶とは立派なこととされているけれど、実はそうではない。超人南方熊楠のように、頭のいい人はいっぺん読んだ本の中身を忘れないのだから、自分のバカさかげんがつくづくいやになる。

 ひょっとしたら認知症の前ぶれかしらと不安になるけれど、あるはずの金がなかったとか、朝飯を食ったことを忘れたなどという経験はまだないから、当分は正気を保てそうだ。頼むぜ、おい。

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Comments

おっしゃっていることが「スランプ」というものならば、私などは生まれてからずっと「スランプ」だったような気がします(笑)。
そんな生まれつきのスランプ男でも、人の記憶とはおかしいもので、高校や大学当たりの授業が思い出せるんですよね。ただ残念なのは・・・覚えているのはその中身ではなく、その内容を語った時の先生の表情や、そのことを黒板のどの部分に書いてあったか・・・なんて言う映像的な記憶なんですよね。その日の気候も思い出せますし、おおよそであるならばそれが何月であったのかも・・・そうそう、午前中だったか、昼下がりだったか、なんてのも思い出せます。
そんなふうに、本に書いてある内容が思い出せるのであったら・・・もう少し人生は変わっていたでしょうに・・・・

Posted by: 三友亭主人 | September 06, 2013 at 07:01

こんにちは!
小物がどこかへ行ってしまうのはよくありますね。
なので「自転車の鍵」だの「家の鍵」だのは、
置く場所を一定にしているつもりです。

それなのに、この間、どこを探しても自転車の鍵がない、
と大騒ぎしました。何のことはない、自転車に、
そのまま付いていたのです。

スランプ状態も、いつかは脱すると思いますよ。
のんびり構えてくださいね。

Posted by: 只野乙山 | September 06, 2013 at 10:51

>三友亭さん

 三友亭さんと似たような記憶はぼくにもあります。肝腎な中身よりも、それを取り巻く環境のほうを鮮明に覚えているというのはふしぎですね。鯛焼でいえば皮だけという……(笑)

 なお南方熊楠の記憶力には一種病的なところがありますから、凡人がいくら努力したって真似できるものではありません。くらべるのが無茶なのはわかっているんですけど……

Posted by: 薄氷堂 | September 06, 2013 at 20:31

>只野乙山さん

 なぐさめてくださってどうもありがとうございます。

 物忘れというのは若いときにもありますが、だんだんそれが頻繁になってくると恐怖を覚えるものです(笑)。

 もっともいずれものを覚えられないんだから忘れることもないという、最高の境地に達するかもしれませんが……

Posted by: 薄氷堂 | September 06, 2013 at 20:52

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