Daily Oregraph: Jack ふたたび
写真は本文とはなんの関係もない。17日に撮った十勝港の空である。
さて先日 hijack と jackknife について調べてみたが、今回は『ことばのロマンス 英語の語源』(ウィークリー著 岩波文庫)から、jack そのものについての解説をご紹介したい。
え、しつこいって? そういわれても、この商売(?)はしつこさが命なのだから、まあ、これも因果とあきらめておつきあい願いたい。
道具や家庭用品にも洗礼名に由来する名称をもつものがある。spinning-jenny(ジェニー紡績機。Jenny は Jane(t) の愛称)とか、いくつもの意味をもつ jack (ジャッキ。Jack は John の愛称)などをまずあげることができよう。
また、
jug(水差し)の語源は不詳だが、十七世紀の語源学者はこれを、女性名 Joan, Jane の愛称形の Jug にほかならないとしている。この説に対しては、男性名 Jack に由来する jack が同じような意味で使われていたことが、その傍証となる。
That there's wrath and despair in the jolly black-jack,
And the seven deadly sins in a flagon of sack.
楽しげな革製のビールジョッキの中には怒りと絶望が、
白葡萄酒を湛(たた)えた酒びんの中には七つの大罪があった。
(スコット 『湖上の麗人』六歌五連)
ブラックジャックといえば手塚治虫の漫画を思い出すが(笑)、「黒い(外側にタールを塗ってあるから)革製のビールジョッキ」という意味があるとは知らなかった。
語源学というのはおもしろそうな学問だが、どこまでやってもきりのない、はまったら抜けられない底なし沼のようなもののようだ。性格的に向き不向きがあるんじゃないかと思う。ぼくなどは向きも不向きも、もう残り時間が少ないから(笑) Jack はこのへんにして、あとは若者にお任せしたい。
さて岩波文庫の「解説」によると、このウィークリー先生(Earnest Weekley, 1865-1954)の細君フリーダ(Frieda, 1879-1956 ドイツ人)は、1912年にウィークリー宅を訪れた D.H. ローレンス(D.H. Lawrence, 1885-1930)と恋におちいり、数週間後二人はドイツに駆け落ちしたのであった。
しかし細君との離婚後、先生は再婚もせずに、残された三人の子育てをしながら、うまずたゆまず(そうでなければ語源学者はつとまるまい)学問をつづけたという。
写真は左からウィークリー、フリーダ、そしてローレンスである。
正直いって、革製のビールジョッキよりも、ぼくはこの人間ドラマのほうに興味が湧いてきた。地上に人間あるかぎり、この種の問題もまた語源学同様、いやもっと底の知れない沼であるような気がするのだ。
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Comments
どうやらウィークリー先生の興味の主体は奥さんよりも言葉の方にあったのでしょうな。
日本においても辞書編纂に関わった碩学はその生涯を言葉に捧げ尽くされたような方々が何人も見られます。「言海」の大月文彦先生しかり、「大日本国語辞典」の松井簡治先生しかり・・・
もちろん彼らが家庭を顧みることがなかったのかどうか定かではありませんが、そうでもしなければ個人の力においてあんな大著を者にできるわけはないでしょうから・・・
Posted by: 三友亭主人 | August 22, 2013 10:43
>三友亭さん
やはり相当のショックだったはずですよ。先生が家庭をないがしろにするような人物だったとは思えませんから、世間的にはフリーダとローレンスが悪者になると思います。
しかし男女の問題を道徳の刀でバッサリ切り捨ててしまえるのなら、世に文学部の存在価値はないわけでして(笑)。
Posted by: 薄氷堂 | August 22, 2013 21:55