Daily Oregraph: ジャックナイフの謎
写真は錆びた安物の肥後守である。いまどきこんなナイフを使う人はめったにいないだろう。
肥後守:小刀の一種。折込式で柄も鉄製、「肥後守」と銘を入れる。(広辞苑)
「肥後守」は登録商標だという。写真のものは「肥後ナイフ」の銘があるから、氏素性はあやしいかもしれない。
なんでこんな写真を載せたかというと、理由はふたつある。第一には、先日「ジャックと豆の木」の宿題を出した方が、今度はジャックナイフのジャックを調べてよ、というからである。第二には、西洋式のジャックナイフは小型の肥後守とはちがって「大型のポケット用折り畳みナイフ」を指すけれど、無い袖は振れないから代用したのである。
なんだか夏休みこども相談室みたいな気分になってきた(笑)。
-あのね、それは君もいまに大人になればわかるの。
しかし、ほんとうに大人になればわかるのだろうか?
各種辞書の語源欄を参照したところ、18世紀初めアメリカで使われ出した単語らしいのだが、語源は確定していないようだ。しかし OEDには 'cf. jackleg knife s.v.(次の語を見よ)JOCKTELEG.' という注記があり、Random House には [1705-15, Amer.; JACK (cf. JOCKTELEG) + KNIFE] とある。
そこで jockteleg (= jackleg) を OED で引いてみると、「スコットランドおよび北部方言:(大型の)折り畳みナイフ」とあり、詳しい解説も載っている。かなりの長文なので、うんとはしょってご紹介しよう。
1776年頃の Hailes 氏『スコットランド語彙』には「このことばの語源は不明であったが、近年刃物職人 Jacques de Liege の銘を入れた古いナイフが発見された」とあり、19世紀の書物にも、刃物職 Jacques 氏のナイフは欧州中に知られていたという記述がある。
また、kの後のd→tという変化はスコットランド語ではめずらしくないという。つまり(Jacques→)Jock+(de→)te+(Liege→)Leg=jockteleg だというのである。
へえ、そんなものかと感心して読んでいると、
だが現在のところ、スコットランドの古物研究家たちは、ナイフ・文書いずれにおいても、上記 Hailes 氏記事の確証を得ておらず、Liege においてわれわれのために行われた調査の結果 Jacques なる刃物職がいたという証跡はやはり得られていない。
とあるのにはもっと驚いた。われわれのために行われた調査(inquiries made for us)の「われわれ」とは辞書の編集部にちがいない。どうやらこの単語ひとつのために現地(リエージュはベルギー)に問い合わせをしたらしい。いや、どうも恐れ入りました。
有名な刃物職だったはずなのに存在の痕跡もなく、ナイフの現物がひとつも確認されないのは不自然だから、OED としては従来の語源説に対して懐疑的な立場を取っているようだ。ふしぎなことばである。
-結局答はどうなの?
-あのね、大人になってもわからないことってあるんだよ。
The comments to this entry are closed.
Comments
薄氷堂さんへ
>大人になってもわからないことってあるんだよ。
私なんかは、大人になってからの方が「わからないこと」の方が多くって・・・
まあ、だから逆に人生が楽しくなってきたんですがね・・・
Posted by: 三友亭主人 | August 07, 2013 22:41
>三友亭さん
ほんと、知らないことの多さに圧倒されますね。でもそれがわかっただけでもよかったかな?
それにしても、OED というのはたいした辞書ですよ。無人島に持っていくべき一冊(紙だと一冊どころじゃありませんが(笑))かもしれません。
Posted by: 薄氷堂 | August 08, 2013 19:48
こんにちは!
あっ、「肥後守」ですね!
これ、昔はなんかどこにでもあったような気がするんですが、
近ごろはまったくといっていいほど見かけません。
いま肥後守ナイフはどこかで売っているんでしょうかね。
もう一度手にとって、鉛筆を削ってみたいのです。
Posted by: 只野乙山 | August 08, 2013 20:48
>只野乙山さん
切れ味では折る刃式のカッターに負けるかもしれませんが、肥後守で鉛筆を削るのはなかなか味があるものです。
そういえば最近ほとんどみかけませんよね。どこへ行っちゃったんでしょう(笑)。
Posted by: 薄氷堂 | August 09, 2013 17:52