« Daily Oregraph: 鍬を入れる | Main | Daily Oregraph: 雨、雪、そして晴れ »

April 17, 2013

Daily Oregraph: お話の話

550416kamishibai1
 ここ数日マジメに『嵐が丘』を読んでいた。というよりも、そのすさまじい迫力に圧倒されて読まされたのである。あっという間に残り60頁を切ってしまった。本物とはそういうものなのだろう。

 写真は1955年4月16日に亡父の撮影したものである。紙芝居に見入るこどもたちの食い入るような表情をごらんいただきたい。思うに、文学史上に残る大傑作も、市井の職人がこしらえる紙芝居も本質は同じ。ようするにお話である。

 『嵐が丘』と紙芝居をいっしょにするのはけしからん(笑)、という気むずかしい人も当然いるとは思うけれど、お話である以上、おもしろいというのは第一条件である。古典として残るかどうかは、そのあとの問題である。

 だってまず読んでもらえなくては、聞いてもらえなくては話にならないでしょうが。純文学も大衆文学もヘチマもなく、おもしろさでお話に読者を引きずりこんだあとが作家の手腕の見せどころというものだろう。

 おもしろいといったってレベル
いろいろあるでしょうに、という議論ならもちろんよくわかる。

  こどもたちには黄金バットが「ワハハハハ」と笑うだけでも十分おもしろいけれど、大人にとってはそうはいかないだろう。黄金バットは実は悲しい失恋のはてにヤケを起こしてお面をかぶったのだとか、左翼政党内での権力闘争に敗れてひねくれたのだとか(笑)、株で大損をして世を呪っているのだとか、分別をそなえた大人を納得させるだけの理由、興味を持たせるだけの中身がなければなるまい

 しかしはっきりしているのは、批評家だけがほめたってダメということ。ぼくみたいな凡人がウ~ンとうならなければ古典にはならないにちがいない。

|

« Daily Oregraph: 鍬を入れる | Main | Daily Oregraph: 雨、雪、そして晴れ »

Comments

いま、「海賊とよばれた男」を読んでいます。
アメリカ資本を向こうにまわして勝負を挑む出光の物語です。
今年、本屋大賞を受賞。
いわば、どの紙芝居が子供に受けるかを一番知っている紙芝居屋が選ぶ賞のようなものです。
読んでみて思ったのが
芥川賞が陳腐過ぎるということです。
純文学を標榜する作家、審査員が
読者を見ていないことがよくわかる対比でした。
まあ、僕は「嵐が丘」が陳腐などとは言いませんが
日本文学は勢力再編が必要ですね。

Posted by: 根岸冬生 | April 18, 2013 at 07:16

>根岸冬生さん

 紙芝居は絶大なる人気を誇っていましたね。あれは日本が世界に誇るたいした発明ですよ。

> 僕は「嵐が丘」が陳腐などとは言いませんが

 好き嫌いは別にして、『嵐が丘』を陳腐と評する人はまずいないでしょうね。それどころか、修身道徳の世界を超えた、ある意味では、途方もなく過激な小説ですよ。

Posted by: 薄氷堂 | April 18, 2013 at 08:14

1955年と聞いて、思わず自分が写っていないか探しました。(笑)

Posted by: スコップ | April 18, 2013 at 16:52

>スコップさん

 スコップさんは縄張りがちがうから写っていないはずですが、ぼくはきっとこの見物人の中に混じっているはずです。

 紙芝居のおじさんになって、こども向け『嵐が丘』や『ジェイン・エア』を見せるのもおもしろそうですね。

 「ああ、キャサリンちゃんの運命はどうなるのでありましょうか? このつづきは次回のお楽しみ」てなぐあいにやっていると、鼻を垂らしたスコップさんが見物にやってくるわけ(笑)。

Posted by: 薄氷堂 | April 18, 2013 at 17:39

薄氷堂さん、こんにちは~
約30年住んでいた松戸市の友人の父上が黄金バットの 生みの親の永松健夫さんでした。彼女の手元に一枚だけ残る原画を見せてもらいましたが、ゾクッとする美しい絵でした♪

Posted by: holly | April 18, 2013 at 17:43

>hollyさん

 それはたいへん貴重な体験をされましたね。うらやましい!

 お嬢さんの手元にも原画はたった一枚しか残っていないとは驚きですが、世の中そんなものなのかもしれませんね。

Posted by: 薄氷堂 | April 18, 2013 at 18:40

>純文学も大衆文学もヘチマもなく・・・

山本周五郎でしたっけ・・・「純文学もない、大衆文学もない。あるのはおもしろい小説か面白くない小説だ」なんてことを言っていたのは・・・
おっしゃるように、古典が今なお我々の目の前に存在するのは、それ自体が多くの人々の支持を集め続けてきたという事実を証明します。

ところで、残念ながら私はテレビ世代の人間なので紙芝居屋は知りません。もちろん紙芝居自体は幼稚園などでは目にしましたが・・・
だいたい、紙芝居世代であったはずの兄貴たちもうちの町には紙芝居屋なんか来なかったといってますから・・・よほどの田舎だったのでしょうね・・・

それにしても、何かに熱中している子どもの顔っていいですね。さすが薄氷堂さんのお父様・・・

Posted by: 三友亭主人 | April 18, 2013 at 22:35

>三友亭さん

 古典として残っている文学作品は、まず例外なくおもしろいですね。実際、ぼくが去年読んだ小説にはひとつの外れもありませんでした。つまらなかったら残りゃしませんよ。

 古事記だってお話として読めばなかなかおもしろいし、芭蕉の俳句だって、おおいに想像力を刺激するから、とてもおもしろいですしね。

 もう余命も知れている身ですから、この際はっきりいっておきますと、つまらない作品は文字どおり壁に叩きつけてから、焚書の刑に処するつもりです(笑)。

> 何かに熱中している子どもの顔っていいですね。

 学校の先生は紙芝居のおじさんに学ぶべきだと思います。拍子木をカチカチ鳴らしながら教室へ入ると、生徒たちが目を輝かせて寄ってくるという……(笑)。

Posted by: 薄氷堂 | April 18, 2013 at 23:09

The comments to this entry are closed.

« Daily Oregraph: 鍬を入れる | Main | Daily Oregraph: 雨、雪、そして晴れ »