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December 19, 2012

Daily Oregraph: Kyoto 2012 上賀茂雨のブルース (2)

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 同じく12月8日。御薗橋を渡り切ったところ。しょうもない写真だが、これも記録のためである。

 十年前と比較するため、もっとしょうもない写真を……

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 この写真(2002年9月19日撮影)は、あまりにもひどい出来なので(笑)お蔵入りしたものを、今回わざわざスキャンしたのである。

 「くら」という食堂の場所には、かつて小さな食料品店があって、ぼくもずいぶんお世話になったものである。食パンひとつ、インスタントラーメン数個というケチな買い物をするたびに、小柄なご亭主が「おおきに」といってくれたことを思い出す。

 十年前にここに立ったときには時の流れをしみじみ感じたものだが、その食堂もまた姿を消したわけである。

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 御薗橋西詰。やはり上が2012年12月8日、下が2002年9月19日である。アングルがちがうので正確な比較にはならないが、写真店の看板がデジカメプリントに変わったくらいで、こちらはそう大きなちがいはないようだ。

 ただし上の写真左手に見えるパチンコ屋が十年前にもあったかどうかは確信がもてない。なかったような気もするのだが……

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 御薗橋西詰から上賀茂神社方向を見る(写真上下の日付はひとつ前に同じ)。これまた景色にはほとんど変化がない。

 さてひととおり確認し終えたので、本日の目的地へ向かおう。おおざっぱにいえば、パチンコ屋の裏手に当たる。

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 おお、あった、あった。十年前にも確認しているのだが、もうそろそろ取り壊されたんじゃないかと思ったら健在であった。麦穂亭も一時期ここに住んでいたし、ほかにもなつかしがる諸君がいるはずだ。

 矢印で示した窓がぼくの住んでいた部屋。当時は押入なしの三畳間で、家賃月五千円。独房みたいな部屋であったが、その後仕切りを取り払って、現在は六畳間になったと聞く。ベランダもそのときに取りつけたのであろう。

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 強風によって洗濯物が落下し、なんともすさまじい眺めだけれど、これが当時(1970年代)の屋上。西に向かって撮影したものである。

 目を東へ転ずれば比叡山が見えて、まさに「やうやうやうしろくなりゆく山ぎは すこしあかりて むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる」景色を楽しむことができた。

 ついでに当時この建物の屋上から撮影した貴重な記録(?)をお目にかけよう。

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 上は御薗橋を見下ろしたところ。写真右手、山の間から顔を出している建物は京都産業大学の校舎だろう。注目していただきたいのは、現在写真店などの並ぶ商店街のあたり。当時は畑だったのである。

 下は西側の家並み。やはり畑が見える。確認はしていないが、この畑もつぶされていることはまずまちがいないと思う。

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 まさか図々しく屋上を見せてくれとは頼みにくいので遠慮しておいたが、一応の目的は果たしたので建物の前を通過して南下する。

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 この突きあたりを右(西)へ折れると、まもなく大宮通りである(地図にはそうあるが、ぼくたちは新大宮通りと呼んでいたと記憶している)。

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 大宮通り。

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 竹殿湯は健在。

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 このハンコ屋さんもなつかしい。ごらんのとおり、このへんはすでにれっきとした商店街なのだが、京都でも有数の商店街のひとつである新大宮(通り)商店街がはじまるのは、もう少し南に下った北山通りと交わる地点からである。

 そこでものの順序として、次回は新大宮通り商店街を歩いてみることにしよう。
雨はまだ降りやんでいない。

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Comments

あまりにディープな上賀茂探訪なので、皆さんドン引きでしょう。(笑)
上賀茂も御薗橋の向こうとこっち(今回のエントリー)では雰囲気が全く違いますね。(私は向こう側の社家の離れの一軒家を仕切った元台所の四畳部屋)
結構しっかりした建物の4階に住んでいたんじゃないですか。狭いのは別として。
共同住宅は2方向避難路設置が基本でして、非常階段が無かったので、後付けベランダを廊下の端に付け、一部に蓋を付けてそれを開けると下のベランダに非常用ハシゴを降ろして非難出来るように改造した(させられた)のでしょうね。
一番気になるのが今回の旅行に、いつも奥さんが隣りにいらっしゃったかという事ですが。うちの奥さんでは全然無理!

Posted by: アナログ熊さん | December 19, 2012 at 22:39

>アナログ熊さんのおっしゃるように、結構しっかりした建物に住んでいらっしゃったのですね。私の住んでいた4畳間なんか、今にも吹き飛びそうな、しかも夏になると蛍舞飛ぶような下宿でしたからね・・・しかもそれで11000円。まあ同じころ東京の大学に入った友人たちは1畳1万円勘定で部屋を借りていたらしいのでそれを考えれば破格の安値だったわけですが・・・

Posted by: 三友亭主人 | December 19, 2012 at 23:14

>アナログ熊さん

 まあ、北区上ノ岸町80番地なんて、ありきたりの京都本にはまず登場しないでしょうね。

> 奥さんが隣りにいらっしゃったかという事ですが。

 はてな、そんなしゃれたものがいたかしら? そういえばいたような気も……(笑) まあ、地理不案内だから、しかたなくついて来たんでしょうけど。

Posted by: 薄氷堂 | December 19, 2012 at 23:38

>三友亭さん

> 結構しっかりした建物に住んでいらっしゃったのですね。

 そう思うでしょう。それが素人の浅ましさ(笑)。

 なにしろ天井一枚隔てて屋上ですから、夏になると室温は40度以上。おまけに西日がカンカン照らして室内は地獄さながらでしたよ。

 それに三畳間はいいとしても、押入がないのはつらかったですね。だからぼくからいわせれば、熊さんはれっきとした中産階級ですよ。

Posted by: 薄氷堂 | December 19, 2012 at 23:46

私は4回生の最後の半年だけ、京都らしい所で生活したくて引っ越したので、暑い上賀茂は経験していません。
でも、今でも思い出すのが嫌なくらい寒かった!!
顎がガタガタ震えて、その音で目が覚めたくらいです。ホント
「水道の 日がな凍りて賑ひぬ 学生食堂に 家族連れあり」 熊 作
道路が凍結すると、御手洗川に車が横っ倒しでよく居たものでした。

Posted by: アナログ熊さん | December 20, 2012 at 13:03

こんにちは!
昔の写真と並べられるというのがいいですね。
そうすると、本当に町は移りゆくんだな、とわかります。
以前住んでおられた建物の屋上からの写真、
なかなかいい雰囲気というか、味がありますね。

お風呂屋さんも、はんこ屋さんも、当時のまま、
つまり30年以上続けてきたわけでしょう。
京都はそういう所がいくつもありそうですね。
大阪でいうと、阿倍野・天王寺は様変わりしたようです、
とくに阿倍野は完全に昔の雰囲気がなくなった地域もあるみたいです。

Posted by: 只野乙山 | December 20, 2012 at 17:14

>アナログ熊さん

> 京都らしい所で生活したくて引っ越した

 まさか祇園方面では? 勉強もせんと遊び回っていたんでしょう、きっと(笑)。

> 今でも思い出すのが嫌なくらい寒かった!!

 ほんとに冬は寒いですよね。室内は北海道よりはるかに低温。夏は地獄だし、ほんまに、めちゃくちゃでござりまするがな(花菱アチャコ風……わかるかな?)。

Posted by: 薄氷堂 | December 20, 2012 at 17:54

>只野乙山さん

> お風呂屋さんも、はんこ屋さんも、当時のまま、
> つまり30年以上続けてきたわけでしょう。

 30年どころか、もう40年もたちました。当時すでに写真の銭湯もハンコ屋さんも真新しくはなかったから、たぶん半世紀以上前から営業されているのではないでしょうか。

 もちろんずいぶん変わっているところもあるんですけれど。

> 大阪でいうと、阿倍野・天王寺は様変わりしたようです

 そのへんは未知の領域なんです。とにかく当時大阪は日本橋しか行かなかったものですから。

 大阪も一度ゆっくり歩きたいですね。迷子になりそうですけど(笑)。

Posted by: 薄氷堂 | December 20, 2012 at 18:03

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