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June 28, 2012

Daily Oregraph: たまにはケーキを

120628_01
 う~む、ちょいとシャレすぎているからおっさんには似合わないけれど(笑)、『エマ』読破祝いにはふさわしいかもしれない。

 すぐ次の作品に取りかかる都合もあるので、長々と読書感想文を書くはやめておくが、私も読んでみようかしらという奇特な方のために、漱石の『文学論』から、

 Jane Austen は写実の泰斗なり。平凡にして活躍せる文字を草して技神に入るの点において、優に鬚眉(しゆび。男性のこと)の大家を凌ぐ。余いふ。Austen を賞翫あたはざるものはつゐに写実の妙味を解しあたはざるものなりと。

 また、

 
Austen の深さを知るものは平淡なる写実中に潜伏しうる深さを知るべし。

というわけで、これ以上はないという絶賛ぶりである。

 漱石本人の作品を読むにあたっても、オースティンに高い評価を与えたことは記憶にとどめておくべきなのかもしれない。もちろんそんなことは文学部のえらい先生たちがすでに散々研究されているだろうから、あんた今ごろなに寝ぼけたこといってるの、と冷笑されるのがオチだろうけど(笑)。

 このすぐあとで、漱石は浪漫派の一例としてシャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』から一場面を取り上げている。

 はるか遠く離れた恋人ロチェスターがわが名を呼ぶのを耳にしたジェインは、「どこにいらっしゃるの?(Where are you?)」と叫ぶ。するとそのジェインの叫び声を、ロチェスターもまた耳にするという有名な場面である。これはジェインの運命を決する出来事だから、結局は作品の結末をも決定する事件であるといっていい。

 一見すると超自然現象のようだが、ブロンテ本人にはそのつもりはなく、自然界にはこういうこともあるのだと信じていたふしがある。共鳴とか感応という意味での sympathy なのだろう。

 
二二が四をなすの世界にあってこの不可思議の因縁を窺ふとき、吾人は事の異常なるに驚いて逡巡すること数歩ならんとす。しかれどもひとたび現実の俗念を放下(はうげ)しえて醍醐の詩味に全身を委棄して顧みざるとき壺中に天地あり、蓬莱また咫尺(しせき)なるを知る。これを浪漫派得意の興致とす。

と、漱石はむずかしいことを書いているけれど、要するに一定の価値は認めつつも、現実にそんなことが起こりうるとは考えにくく、またあまりにも突飛な事件が次々に出来すると、不自然の感は免れないだろうから、

 
怪力乱神を説くこと二六時中なるも怪力乱神はついに怪力乱神にして、その人を怖れしむるの程度は説くに従つて減ずるがごとし。このゆゑにいかに浪漫派の作物といへども感応の場合のごときは一あって二あるべからざるもの云々

としているのである(「感応の場合」というのは、まさに上に挙げたジェイン・エアの一場面をいうのだろう)。
 
 怪力乱神が現れるのは、ひとつには時代の好みのせいもあるのだろう。1860年に出版された、ウィルキー・コリンズの『白衣の女(The Woman in White)』には、露骨にオカルトな場面がいくつも登場するため、せっかくのおもしろい作品の価値をいくぶん下落させているという印象を受けた覚えがある。

 ジェイン・オースティンはリアリストだから、現実にありえないような怪事件などはまったく出来しないし、波瀾万丈のストーリーが展開するわけでもない。淡々とごく自然に流れるストーリーを追いながら、人間観察の巧みさや、セリフの天才的なうまさ、ふんわり漂うユーモアや皮肉をじっくり味わうべきタイプの作家である。

 オースティンが同時代や後世の他の作家や批評家たちからたいへん高い評価を受けてきた、いわば玄人好みの作家であるのに対し、シャーロット・ブロンテは意外にも比較的最近まで玄人筋からの評価はさほど高くなかったらしい。

 しかしたとえいささか欠点があろうとも、『ジェイン・エア』は抜群にすぐれた小説である。たぶんイギリスの長編小説中もっとも多くの人に読まれている作品ではないか、という説もあるほどだから、不当に評価すべきではない。結局オースティンとはおもしろさの質がちがうのである。

 さてケーキを食べて小休止したから、明日からはジョージ・エリオットに取りかかる事にしよう。だんだん頭の中が19世紀になってきた(笑)。

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Comments

いやあ、おいしそうなケーキですね。
こんな日は甘いもののお味は格別かと・・・ところで・・・

>Austen を賞翫あたはざるものはつゐに写実の妙味を解しあたはざるものなりと

との漱石の言。ある意味正解で、ある意味ぬ正解です。

何となれば・・・私などは写実以前に英語を「解しあたはざるもの」なのだからです。

まあ、かといって英語が理解できたからと言ってその写実が理解できたかどうか・・・それは「?」ですが・・・

Posted by: 三友亭主人 | June 28, 2012 at 22:53

>三友亭さん

 ケーキもたまに食うとうまいものですよ。次は何ヶ月先になることか(笑)。

 誤解のないように申し上げておきますが、(自分からいうのもなんですけど(笑))、「かなり」苦労しながら読んでいます。解体新書の現代版ですね。昔勉強をさぼった報いでしょう。

 たぶんぼくの苦労している姿を目にされたら、思わず涙がこぼれるんじゃないでしょうか。

 -ああ、かわいそうに。あまりにも気の毒だからケーキでも買ってあげようかなあ。

 ケーキでなくても、芋焼酎でもいいですから、ぜひ買ってください(笑)。

Posted by: 薄氷堂 | June 29, 2012 at 00:05

こんばんは。
読了のお祝いはケーキというのがいいですね。
乙山だったらシングルモルトになってしまうかも。

薄氷堂さんのおっしゃるように、
英国の小説は台詞におけるユーモアや皮肉が効いてますね。
比較的新しいものでも、P.G.ウッドハウスの「ジーヴス」シリーズなどがいい例でしょうか。

ジェーン・オースティンも、ブロンテも、
ちゃんと読んだことがないので、
そのうち、という気がしてきましたよ。
いや、そのうち読んでみるかもしれません、かな?

Posted by: 只野乙山 | June 29, 2012 at 00:43

>只野乙山さん

 ケーキを食べながらシングルモルトというのはいかが?

 P.G.ウッドハウスの小説は『ピカデリー・ジム』というのが一冊だけ本棚にあります。しかしいまのペースですと、いつになったらたどり着くのか見当もつきませんね(笑)。

 世界名作・古典のたぐいは、どちらかといえばこれまで敬遠してきたのですが、もう残り時間も少なくなってきましたので、ボチボチ読もうと考えています。もちろんとても読み切れないでしょうけどねえ。

Posted by: 薄氷堂 | June 29, 2012 at 08:13

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