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May 16, 2012

Daily Oregraph: ニリンソウ開花間近

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 本日のニリンソウ。上は春採湖畔、下はわが裏庭である。この花にかぎっては、毎年わが家のほうが早く開花する。

 Emma のほうはなかなか進まない。漱石が『文学論』でえらくオースティンをほめているから、とにかく読み通すつもりではいるけれど、正直いってちょっとしんどい。その理由については、もう少し読み進んでから触れるつもりである。

 1816年の出版だからほぼ2世紀前、おおざっぱにいえば、京伝や馬琴の頃の小説である。当時の英国の散文の完成度の高さは舌を巻くほどで、公平にいって勝負にならない。事件の進行や場面の細部を正確かつ明瞭に伝えるだけの実力は、まだそのころの日本語の文章にはなかったと思う。これを西洋かぶれといって片づけてしまうのは、とんだ大まちがいである。ウソだと思ったら、両者を並べて読み比べてごらんなさい。

 明治の学者や文人たちは、その事実を目の当たりにして、たぶん愕然としたのではないかとぼくは想像する。その大ショックを克服して日本の散文の基礎を築いた先人の努力には、ほんとうに頭が下がる。人間のえらさが段違いだと思う。

 ……と、ケーキの悪口をいったお詫びに、英国をうんとほめたけれど(笑)、そこは2世紀前の文章である。ずいぶん婉曲的な言い回しが多く、近所の煙草屋へわざわざ遠回りして行くような案配だから、ぼくみたいに無教育で下品な男には、とてもスラスラとは読めやしない。

 ぼくにこんな苦難を強いたのは漱石先生である。胃弱になったら責任を取っていただきたいものだ。

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Comments

散文というところから見れば、その描写のありようは・・・確かにそうでしょうね。

思うに、そこの部分は書き手の問題もあったのだろうけれど、読み手に即して部分もあったのじゃあないか・・・

そんな気がします。

京伝や馬琴の頃にはたして読み手であった庶民がどれだけ成熟した読書力を持っていたか・・・都市部を中心にしているとはいえ、江戸期の識字層は世界に冠たるものがあったことはすでにあちらこちらで語られている事実です。おそらくは簡単な読み書きだけでいえば、この時期すでに8割を越える識字層があったと推定されています。ただ、全てがそれほど高い水準の読者ではなかったとは思えます。そうであるならば、書き手はそれに応じた描写が必要になってきます。

それに比してイギリスがどれほどの識字層があったか・・・詳細には知りえないのですが、世界史あたりで学んだ貧しい知識によれば・・・読書をする層の水準は極めて高い・・・ただそれが一部の教育水準の高い階級の人々に限られる・・・書き手はその水準の高い読者層の要求に応えなければならなかった・・・そんなふうに考えられないでしょうか?

Posted by: 三友亭主人 | May 17, 2012 23:27

 ひとつには英国はじめ列強は、世界を相手にしていたから、正確に誤りなく意味の伝わる文章が必要とされていたのでしょうね。鎖国中の日本とはずいぶん条件がちがったはずです。

 読者層についてはご指摘のとおりだと思います。たぶん当時だったら、下層階級のぼくなどはお仲間に入れてもらえなかったでしょうね(笑)。

 不勉強なのでえらそうなことはいえませんが、19世紀も後半になると、事情はだんだん変わってきたように思います。たとえばオースティンとディケンズでは、ずいぶん印象がちがいますから。

Posted by: 薄氷堂 | May 18, 2012 07:39

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