Daily Oregraph: 春採湖畔
なんとなくロシアの散歩道みたいだが、これはトンボの池のあたり。道は凍ったところもあれば圧雪状態のところもある。
だんだん薄日が射してきた。ゴマツリ岬付近の日当たりのよい道は、雪が融けてぬかるみになっている。つまりどこも歩きにくいわけだが、何人か走っている人がいたのには驚いた。
岸辺近くにスキーの跡があったので、ぼくも氷上を少しだけ歩いてみた。凍結した湖面には、20センチ近く雪が積もっている。
-まあ、たいへん! あの人、死ぬつもりかしら。
対岸のチャランケチャシまで渡ってみたかったけれど、お節介な人に警察に通報されては困るからやめておいた。
ジュードは氷の端に片足を乗せ、それからもう一方の足を乗せた。体の重みで氷にはヒビが入ったけれど、彼はひるまなかった。ミシミシと音を立てる氷の上を、彼は池のまん中へ向かってどんどん進んでいった。ほぼまん中辺に着くと、あたりを見回してから、彼は氷を蹴って飛んだ。またしても氷にヒビは入ったが、体は沈まなかった。ふたたび飛び跳ねたが、もうヒビは入らなかった。(トマス・ハーディ 『日陰者ジュード』より)
これは氷の張った池で自殺をはかる場面なのだが、目的を果たせなかった主人公はいかにも間が抜けている。この小説は悲劇の大傑作とされているけれど、けっしてお涙ちょうだいの文章ではなく、皮肉や風刺も効いているから、悲喜劇というのが適当ではないかと、ぼくは思いはじめている。
もちろん春採湖の氷はかなり厚いし、羽根のように軽いぼくの体を乗せたからといってヒビひとつ入らず、第一いまのところ急いで死ぬ理由もないのだから、無事生還したことは申し上げるまでもない。
それにしても満目蕭条たる景色は雛祭りの時期にふさわしくない。なにか彩りはないかと思って探したけれど、こんなものしか見あたらなかった。もちろんこれを緑と呼べればの話だが……
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Comments
いやあ、「春採」とは名ばかりで、本当に春の気配がありませんね・・・h
大和はここ数日暖かい日が続き、やっと春が…と感じられるようになってきました。
http://twitpic.com/8rff77
ただ、他所では「暑さ寒さも彼岸まで」と申しますが、大和においては「お水取りが終わるまでは本当に春は来ない」と言います。これからも半月ぐらいの間は・・・と覚悟はしなければならないんでしょうね。
Posted by: 三友亭主人 | March 03, 2012 22:06
>三友亭さん
お水取りは深夜に行われるそうですから、今の季節はことさら寒さを感じるのでしょう。だからこそお水取りが終わるまでは……といわれるのかもしれませんね。
でもねえ、それはよくわかるんですけど、三輪山の景色は春採湖のそれとはちがいすぎますよ。
こっちはお水を取ろうにも、湖には厚い氷が張ったままなんですから。
Posted by: 薄氷堂 | March 03, 2012 23:49
なぁぜか?全く縁は無いのに、私の恐怖ボタンの一つは「氷が割れて湖に落ちる」なんです。
夢に出てくるほどなんですよ。
多分、「若草物語」がトラウマになったのだと思います。
この日記を拝見して、背筋がゾクゾク、米神がキリキリしています。
それにしても雪景色・・・・綺麗ですねぇ・・・・
Posted by: りら | March 04, 2012 04:23
一番上の写真と春採湖は結びつきませんでした。
チャランケチャシが見えて、あ!春採湖だ。
まさか、春採湖とトマス・ハーディの小説がつながるとは?
薄氷堂さんのコーディネイト力に脱帽です。
私は小学5年生の時、根室原野の池でひとりスケートを滑り、落ちてずぶぬれになりました。恐怖感のあまり寒さを感じませんでした。
Posted by: | March 04, 2012 10:36
>りらさん
『若草物語』は昔々読んだはずなんですが、そんな場面があったのは覚えていません。
真冬の春採湖横断はなかなか愉快ですけれど、三月ともなればそろそろ気をつけなくてはいけません。一月、二月なら相撲取りが歩いてもだいじょうぶ。昔は湖上でスケートの授業をしたんですから。
ただし危険行為として通報するお節介、いやご親切な方がいるらしいので、いまは控えております。
Posted by: 薄氷堂 | March 04, 2012 21:36
> 私は小学5年生の時、根室原野の池でひとりスケートを滑り、落ちてずぶぬれになりました。
そんなこともあるんですねえ。
春採湖の氷の厚さは、現在はどうか知りませんが、ぼくが高校生の頃は30センチ以上だったと記憶しています。
Posted by: 薄氷堂 | March 04, 2012 21:45