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February 29, 2012

Daily Oregraph: 二月の終わりに

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 旧青少年科学館近くの斜面にて。

 今日はポカポカ陽気で、道路の雪がずいぶん融けた。もう二月も終わりだし、確実に冬の勢力が衰えつつある証拠なのだが、道東の春は、数学でいうところの漸近線みたいなもので、いくら近づいてもけっして本物の春にはならない。

 どうかすると五月の初めに雪が降ったりするから、春到来の宣言をためらっているうちに、いつの間にか短い夏がはじまるのである。歳時記の世界とはとんでもないズレがあるから、なにかと不便な思いをするのはぼくだけではあるまい。

 ズレているのは季節感だけではない。雨音ひとつとってみても、トタン屋根にバラバラとやかましい音を立てて降る雨と、瓦屋根に降る雨の刷毛でなでたような柔らかい音とはまったく別物で、はじめてそのちがいを知った瞬間には世界観がぐらつくほどである。だから自分にワビサビの世界をほんとうに理解できるのか、パスポートなしに日本人を名乗れるぼくにもいまだに自信がない。

 さて今回はおまけとして、りらさんが興味をお持ちの「純喫茶リリー」の写真をお目にかけたい(すでに掲載ずみのものが混じっているかもしれない)。外観はすでにご紹介ずみなので、地下への階段を下りるところから。

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   (以上2006年4月9日撮影)

 ほとんど完全なる昭和趣味の世界だなあ。最近こういう落ち着いた喫茶店は絶滅危惧種だから、まさに貴重な存在である。

 特にこれといった理由はないのだが、このところ喫茶店からは足が遠のいている。しかしたまにはポケットに突っこんだ文庫本でもめくりながら、コーヒー一杯で一時間ねばるのも悪くはないだろう。

 気のきいた女性と同席できれば申し分ないが、もうそんな夢を見る時期はとっくに過ぎてしまった、ああ。

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February 28, 2012

Daily Oregraph: 特集 釧路 2000-2012 (3)

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 大町岸壁。この青空をごらんいただきたい。これぞ上天気の見本という、釧路自慢の冬空である。

 今日は用事があってこの近くまで来たので、せっかくだから大町界隈を少し歩いてみた。駅裏一帯を鉄北(鉄道の北)というように、このあたりは幣舞橋の南側にあたるから、橋南と呼ばれることがある。

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 このあたりも昔の面影をとどめる建物はどんどん姿を消しているのだが、ふだんの散歩コースから外れているため、あいにく写真はそう多く撮っていない。

 今回は手元にある数少ない写真をもとに、ここ十年の変化を見ることにしたい。

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   2000年8月24日(上) 2012年2月28日(下)

 取り壊し中の建物はたしか製氷工場ではなかったかと思う。現在その跡地に建っているのは某宗教法人の礼拝所である。

 たった一枚だけ、製氷工場の建物の一部が写ったしょうもない写真があるので、ご参考までに。ここはいつか記録写真を撮ろうと思っているうちに取り壊されてしまったのである。

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   2000年5月31日撮影

 画素数の少ないデジカメで撮ったため、等倍でチェックしても建物の壁の文字がはっきり読み取れないけれど、「?営製?工場」とあるので、たぶん市営製氷工場だろう。ユニークな建物だったから、きちんと撮影しておけばよかった。

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 2000年5月3日(上) 同7月16日(中) 2001年11月4日(下)

 大町3丁目1番。本日の主役である。次郎長食堂、釣具店そしていか針店と、いかにも漁港らしい一角である。現在も建物はそっくり残っているのだが……

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   以上2012年2月28日撮影。

すでにどのお店も看板を外し、人の出入りしている形跡がない。いずれ取り壊される運命なのだろう。

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   2000年7月16日(上) 2012年2月28日(下)

 なぜか気に入っている(笑)この倉庫は健在。がっちりした建物だから、当分は残るんじゃないかと思う。

 大町もそうだが、南大通あたりもまともな写真が少ないのは、結局2000年当時には、すでにレンズを向けたくなるような建物が激減していたせいだろうと思う。カメラを手にして歩くにはすでに時機を失していたのである。

 昭和三十年代の町並みがあちこちに残っていればまだしも、啄木通りと銘打って売り出すのは無理がありすぎる。いまさら面影をしのべといわれたって無理な話というものだ。

 とはいえ、マチはこれからも確実に変わってゆくのだから、将来比較しやすいように系統立てて記録写真を撮りつづけることは必要だと思う。

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February 27, 2012

Daily Oregraph: 三月の雪景色

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 今日は一枚も撮らなかったので、昔の写真をボンヤリながめてみた。まったくろくな写真がないけれど、まあ、出来はともかく、北海道の雪景色でもと思って選んでみた。

 2001年3月17日撮影。当時仕事でひんぱんに行っていた広尾町のあたりである。同じ十勝でも、このあたりの景色は帯広近辺とはずいぶんちがう。特に冬期間は、空気が澄んでいるせいか、雪をいただいた日高山脈が圧倒的な存在感を示して間近に迫ってくる。

 仕事でもないのに危険な冬道は走りたくないけれど、たまにはこういう場所に出かけて、日本離れした風景をながめながら、凛冽な空気を胸一杯吸いこんでみたいような気もする。う~む、どうしようか。

 なお三月ならもう春じゃないか、という苦情は受けつけない。あなたの季節感が狂っているのだ。北海道独立のあかつきには、ぜひともブラキストン線以北の正しい歳時記を作成したいものである(笑)。

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February 26, 2012

Daily Oregraph: 定点撮影 2月26日

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 南埠頭前の氷は、一週間前と同じようでいて様子がちがう。まだまだ寒いけれど、ほんの少しだけ春に近づいているような気がするのである。

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 氷がすこしゆるんできたように見えるのだが、いかがだろうか。

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 港町岸壁。短期間の定点撮影とはいっても、撮るたびに変化があるから、案外退屈しないのはありがたい。あくびをしているのは読者のみなさまのほうだろうと思う。

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 そんなあなたのためにおまけの写真を。この小さな漁船とは、ほんとうに長いつきあいである。

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 ほら、2000年4月に撮影した写真があった(KODAK DC280 使用)。こんな記録があるとは、たぶん持ち主の方もご存じないだろうと思う。

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 もうひとつおまけ。米町公園展望台から撮影した本日の港町岸壁である。第三十八恵比須丸は丸共さんの綱取りボートの陰に隠れている。

 安物望遠ズームであることが一目でわかる一枚。これじゃあんまりだから、もう少しマシなレンズを買うべきか。う~む(笑)。

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February 25, 2012

Daily Oregraph: 街角美術館

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 これは本日のテーマとは無関係。今朝部屋の窓を開けようとしたら凍りついていたので、シャクにさわってシャッターを切ったのである。窓は……いまもなお開かない。

 こういう日には、ちょっとお遊びというのも悪くないだろう。

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 2月11日撮影。真冬だというのに、なぜかメキシコを連想してしまった。行ったことはないけど、こんな感じじゃないかと勝手に想像したのである。

 え、ちがうって? う~む、それならメキシコでなくてもOK。ぼくのイメージでは、角を曲がったところで、おっさんが犬をけとばしながら、ビールの小瓶をラッパ飲みしていたりするのである。

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 2月11日撮影。これは今回一番のまともなアート作品。唯一批評に耐える写真かもしれない。本人がいうんだからウソじゃない、ほんとだよ(笑)。

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 これは破綻のない均一さはつまらないという、一種の教訓である。少なくともどこか一箇所破れたところがなければ鑑賞にたえないというのは、人間も同じ。『徒然草』にでも出てきそうな写真である(またいいかげんなことを)。

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 2月16日撮影。これは日本画の世界。まちがいなし。ぼくなどはちょっとできすぎていると思うのだが、人によっては、「なにさ、これ、あんたバカじゃないの」といって、鼻で笑うかもしれない(笑)。

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 2月16日撮影。これは特に意味はない。壁ばかり見せられるのはウンザリだろうから、いわばお口直し。

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 2月16日撮影。これはヘンな写真系だけれど、実物をそっくり美術館に持ち込んで、モダンアートだといいはれば通用するかもしれない。わからないのはあんたに見る目がないからだ、とねばるのである(やっぱり無理があるか)。それにしてもビッグポテトなんて焼酎、まるで記憶にないのだが。

 実は壁を撮った写真、まだほかにもあるのだが、もともと芳しからぬ評判が地に堕ちるのは目に見えているから、今日はこのへんにしておこう。

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February 24, 2012

Daily Oregraph: 臨戦態勢

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 昨夜23時18分。この冬一番の降りである。だれがふりかけているのか、小麦粉のような細かい雪が休むことなく舞い降りてくる。

 ええ、覚悟しましたよ。しましたとも。

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 積雪わずか17センチとはいえ、なにしろ二軒分だから、休憩をはさんで約3時間。時給ゼロ円、報酬はコーヒー一杯だけ。これまで楽をしてきたツケがいっぺんに回ってきたようだ。今日は疲れたから、ブンガクはお休みである。

 手抜きをせずにていねいに雪かきしたのは、天気予報によれば、明晩からふたたび吹雪になるらしいからである。豪雪地帯のみなさまのご苦労を思えば、なんのこれしきといいたいところだが、だんだん雪の捨て場がなくなってくるのには弱った。

 日曜日にはまた雪かきが待っている。市民のみなさま、ご覚悟めされよ。

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February 23, 2012

Daily Oregraph: 特集 釧路 2000-2012 (2)

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   2000年8月5日(上) 2012年2月23日(下)

 旧丸井今井前から撮影したもの。商店の看板に注目すると、ずいぶん変化したことがわかる。ただし上は港まつりを撮ったものだから、人口が写真のように激減したわけではない。イベントさえあれば、人々はどこからか大勢集まってくるのである。

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   2000年8月5日(上) 2012年2月23日(下)

 喫茶リリー前から旧丸井今井方向を見る。2000年当時すでに北大通の衰退が話題になっていたけれど、それから十年以上の間に、さらに一段と変化したことはご存じのとおり。

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   2000年8月5日(上) 2012年2月16日(下)

 すずらん通り。ここはそう大きく変化していないけれど、看板をよく見ると、飲食店はかなり入れ替わっている。

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   2000年8月12日(上) 2012年2月16日(下)

 旧丸井今井新館前の通り。このアングルから見るかぎりではほとんど変わっていないが、画面から外れた部分では、角のお店が変わったり、いなり小路が消滅したり、やはり変化をまぬがれているわけではない。


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   2000年8月5日(上) 2012年2月16日(下)

 川上町6の交差点にあった消防第7分団の建物はもはや姿を消した。格調の高い建築であったが、上の写真を撮ったときにはすでに老朽化しており、消滅を予感させるものがあった。


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   2000年8月16日(上) 2012年2月22日(下)

 寿1交差点。北埠頭の入口にあたるから、バス停は「埠頭入口」である。昔上の写真の横丁にある飲み屋で先輩にごちそうになったことがある。流しのギター弾きがふらりと入ってきて、客の注文に応じて歌っていたのだから、夢のような話だ。


 さてこれまでいくつかの比較写真を見てきたわけだが、2000年といえば平成もすでに12年、昭和の面影がまさに消えゆこうとしている時期だったと思う。それからさらに十年、古い建築物が取り壊された跡地には無趣味な建物がキノコのように生え、あちこちに没個性の景色がはびこって、散歩する楽しみはだんだん減ってきた。

 昔はよかった、などというつもりはもちろんない。道ばたのゴミ箱にはウジがたかり、ちゃぶ台の上にはたくさんのハエが旋回し、体育館では列をなして頭にDDTを噴霧され、給食ではドブ水のようなブタ用のミルクを飲まされるような、貧乏で不潔でみじめな時代に、だれがもう一度戻りたいと願うだろうか。

 しかしそれらの不快な要素をすべてレタッチして消し去れば、あらふしぎ、なつかしい風景が目の前に展開して、そういえばいいことだってあった、駄菓子屋でアメを買ったときのうれしさ、やっと手に入れた本の包装紙の手ざわりや輪ゴムの匂い、わくわくしながら見た白黒TVのアメリカン・ドラマ、小便くさい映画館で見た東映の時代劇、はじめて口にしたコーヒーのふしぎな味、どれもこれもが魔法のようによみがえるのだ。まさに映画「三丁目の夕日」がCGを駆使して再現した疑似現実である。

 ぼくたちが目にし、手に触れ、耳に聞いた現実は、たとえこの世から消滅したとしても、それにともなう記憶はきっと灰色の脳細胞のどこかに残るから、その再現を求めようとするのはごく自然なことだ。年寄りの懐古趣味として一概に退けるべきではないとぼくは思う。

 なつかしい記憶の一片は、ときとしてつらい思い出をたぐり寄せることだってあるのだから、じいさんばあさんは必ずしも昔を夢見つつボーッと幸福感にひたっているばかりではない。そのことを忘れずに、温かい目で見てあげる(笑)ことが必要なのである。

 これからも昔の写真と同じ場面を撮ることがあったら、随時ご紹介していきたいと重う。

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February 22, 2012

Daily Oregraph: 風よ変わるな

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 今日の風は西南西。氷が釧路川の上流へ向かってゆっくり吹き戻されていた。

 2000年の写真と比較するためにもう少し材料が欲しく、街を歩きたかったけれど、所用のためかなわず、結局この一枚だけになってしまった。

 明日からは当分曇り一時雪という日々がつづきそうなので、部屋に籠もってハーディ先生と格闘することになりそうだ。

 さすがに傑作と謳われる作品はちがうものだ。離乳食がいきなり堅焼きの煎餅に変わったようなものだから、飲み込むまでにはずいぶん時間がかかる。う~ん、うまい描写だなあと感心したり、う~ん、ここはわからんなあと悩んだりしながら、亀のごとくノロノロと前進しているところだ。

 え、そのうち風に吹き戻されるんじゃないかって? そりゃあんまりな(笑)。

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ココログ会員のみなさまへ

 最近たまにNiftyから通知メールがあり、どうも「いいね」というボタンを押してくださる方がいらっしゃるとのこと。

 ココログのシステムはよくわからないのですが、通知にしたがってマイページを開いてみたら、なんとなく(なんとなくですよ(笑))わかってきました。ココログの会員同士でメッセージを交わせるしくみになっているのですね。

 本来でしたらこちらからもご挨拶するのが礼儀かとは存じますが、年のせいか不慣れなものですから失礼しております。せっかく「いいね」といってくださったのに、ほんとうに申し訳ございません。

 その代わりと申してはなんですが、いただいたコメントには必ずご返事するようこころがけておりますので、どうかお気軽にコメントをお寄せくだされば幸いです。

 とり急ぎお礼とお詫びまで。

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February 21, 2012

Daily Oregraph: つん読数十年

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 日本海側は大荒れだったらしい。こちらは雪も降らず上天気だったけれど、猛烈な強風が吹きまくった。

 春採湖畔で少し写真を撮ろうとしたのだが、体ごと吹き飛ばされそうになったのでさっさと撤退し、ちらかった部屋に戻って、神妙なる面持ちである本を開いたとお思いいただきたい。

 『レッド・オクトーバー』が先日やっと片づいたので、いよいよ純文学路線へ転向するときがきたのである。なにしろ本棚に飾ったままの本が多い。必読の古典も少なからずまじっている。必読なのに放りっぱなしにしておいたのは、ひとえに不勉強のせいだから、いいわけはできない。

 背表紙だけ見るといずれも新品だけれど、紙が黄色に変色しかかっているのはまだいいほうで、徹底的に乾燥しているため、開くとパリパリ音がしてページが外れそうなものまである。

 どれから手をつけようかさんざん迷った末、トマス・ハーディ(Thomas Hardy)の『日陰者ジュード(Jude the Obscure)』に決めたのは、気楽な本を選んで自分を甘やかさぬためである。なにしろ重量級の作品ゆえ、潜水艦のドンパチ小説のようなわけにはいかないが、途中で投げ出すつもりはまったくない。もうあとがないから、背水の陣なのである。

 これまで途中で放り出した本は数知れないが、かくも悲壮なる決意をブログ上で表明しておけば、みっともなくて逃げ出すわけにはいくまい、という計算も働いている(笑)。

 さて気分を変えて、トロチコさんからいただいたコメントにある釧路中央小学校(旧寿小学校)の写真をどうぞ。

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 「おや、ここが中央小学校になったのか」とシャッターを切ったのだが、あまりにもしょうもない写真だから(笑)掲載しなかったのである。

 写真からはちょっとわかりにくいけれど、裏手のほうではたしか体育館の新築工事が行われている。

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 おまけとして、宝湯が写っている一枚。実は宝湯を正面からも撮りたかったのだが、駐車中の車がじゃまだったのであきらめたのである。

 今回は撮影後にコメントが寄せられたので、冴えない写真しかお見せできず、まことに遺憾である。釧路ファンのご要望にはできるだけお応えするのが当社の方針なので、ごらんになりたい場所があれば、どうかご遠慮なくリクエストしていただければと思う。

【2月22日追記】

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 旧寿小学校校庭にある像(2002年5月9日撮影)。トロチコさんによると、夜中にクルクル回り出すといううわさがあったらしい。なるほどそんなことがあってもおかしくないように見える。学校の怪談としては上出来の部類だろう。

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February 20, 2012

Daily Oregraph: 港を散歩

 午後一番に浪花町の内科医院へ行ったら、混み合っているから時間がかかりますよという。少なくとも二時間くらいは待たされそうなので、一時間半ほど散歩をすることにした。

 待合室でボーッとしているうちに風邪でもうつされてはかなわないし、歩いたほうがずっといいだろうと判断したのである。

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 まずは悪路をものともせずに中央埠頭までやってきたが、ここも悪路だよ。

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 強行突破して西側岸壁に出ると、おお、昨日とは景色が一変しているではないか。南西の風のしわざだろう。

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 左手が中央埠頭、中央は南埠頭方面、右手北埠頭。昨日の写真と比較してごらんいただければ、と思う。

 一夜にしてこれだけの氷を移動するのは人間の力では無理。しょせん自然の力には勝てないのだ。

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 北埠頭西側岸壁から直線部と副港を見る(位置関係については、このブログ左欄の SITESEEING にリンクのある「釧路港略図」ご参照)。

 今日は時間がたっぷりあるので、副港の様子も確かめてみよう。

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 副港の入口から見た北埠頭西側岸壁。南西の風により、氷が北東の角に吹き寄せられたことがわかる。

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 これより副港(漁港区)。ヘタウマの看板がそう告げている。

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 港町らしい雰囲気の漂う一帯である。中央左手に売店が見えるので行ってみよう。

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 漁船員のみなさん相手のこの売店はもう営業していない。準重要文化財くらいの格はあるんじゃないかと思う。いずれ取り壊されてしまうんだろうな。

 なおも前進して、副港の奥へ。

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 予想どおり、ここにも氷は来ていた。

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 このあたりが副港の一番奥にあたる。ここからはあちこち寄り道しながら、病院へ戻ることにした。

 このあと凍った道路に苦労しながら歩く途中で何枚か写真を撮ったけれど、港散歩というテーマからは外れるので、おまけとして一枚だけ。

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 この書店の建物にはたいへん味がある。ひときわ目立つのは岩波書店のロゴだろうか。躊躇なく重要文化財に認定したい。

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February 19, 2012

Daily Oregraph: 定点撮影 2月19日

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 なあんだ、またかよ、なんていいっこなし。定点撮影はつづけることに意義があるからだ。

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 ほらね、また氷が南埠頭に戻ってきた。

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 港町岸壁。南埠頭もそうだったけれど、ちょっぴり氷の勢力が衰えてきたような気もする。

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 中央埠頭と北埠頭の間から南を見る。画面右上に見えるのは北埠頭東側岸壁の日通倉庫。

 こちらはごく薄い氷ではあるが、港の南北ともに氷が見られるのはめずらしいと思う。

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 北埠頭西側岸壁から直線部および副港方面を見る。ここもまた、ちょっと厚めのオブラートのような氷である。

 さてこのブログをごらんの方なら、青空の見える写真の多さからも納得してくださると思うが、冬の釧路は天気がよく、空気もさわやかなので、たいへん気分がいい。

 涼しい夏の間だけ当地に滞在される方が増えてきたのはうれしいけれど、心身ともに爽快な冬を敬遠するのは実にもったいない話だと思う。だいたい零下10度台なんてあなた、シベリアや満州を思えば、寒いうちには入らないのだから。

 問題は凍結路面だけだなあ。これはなんとかしなくちゃいけないと思うけど、ツルハシならいつでもお貸ししますよ。

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February 18, 2012

Daily Oregraph: 特集 釧路 2000-2012 (1)

 十年一昔プラスαだから、カメラもフィルムからデジカメに変わったし、街もずいぶん変化した。そこで新旧の写真を比較してみようという趣向である。

 できるだけ同じアングルから撮るようこころがけ、画面もトリミングして合わせてみたが、なかなかうまくいかないものだ。おやりになってみるとわかるけれど、簡単そうで意外にむずかしいのである。そのへんは笑っておゆるしいただければ幸いである。

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   2000年10月8日(上) 2012年2月16日(下)

 みなさまおなじみ、駅前の景色である。パチンコ店の隣にあった食堂が姿を消して、駐車場になっている。

 小田原書店は残っているが、この日はシャッターが降りていた。定休日とも思えないし、お店を閉めてしまったのだろうか。武富士、釧路楽器ともに看板を下ろし、借り手はついていないようだ。

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   2000年10月8日(上) 2012年2月16日(下)

 駅前通りにあるこちらの食堂は健在。看板に歳月の経過が現れている。


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   2000年7月26日(上) 2012年2月16日(下)

 通称十字街。アングルを誤ってしまったが、だいたいのところはおわかりいただけるだろう。

 撤退した丸井今井のビルは放置されたまま。でかくて派手な看板を掲げていたサラ金は、駅前の武富士同様撤退してしまったが、それは歓迎できる。にぎやかならいいというものでもないだろう。

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   2000年7月26日(上) 2012年2月16日(下)

 北大通の東側、3丁目と4丁目の間。瀬戸物のマルカツが店を畳み、奥に見えるいなり小路が消滅、かわって建ったのは駐車場ビルである。

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   2000年8月4日(上) 2012年2月16日(下)

 北大通4丁目西側。人混みを避ける男にしてはめずらしく、2000年にはみなと祭りの踊りパレードを撮っている。

 写真中央の電器屋さんはお店を閉めたはずである。衣料品のキタムラはもちろんいまはない。右側に見える喫茶リリーはいまも営業中。

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 電器屋さんならではのおもしろい自販機が、まだ撤去されずに残っているので、ついでに記録しておこう。かなりレアな代物だと思う。

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   2000年8月12日(上) 2012年2月16日(下)

 北大通東側を南に向かって撮ったのだが、撮影位置を完全に誤っている。あまりの変わりように、つい錯覚を起こしてしまったのだ。そのうち撮り直しするつもりだが、これはこれとして残しておこう。

 全国の釧路ファンに捧げるこの特集、次回へとつづく。

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February 17, 2012

Daily Oregraph: 転ばぬ先の

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 写真を一枚撮りたい場所があったので、釧路中央小学校(旧寿小学校)のあたりにやってきた。この道路は国道38号線である。

 目的の場所は道路の向こう側、つまり右手だから、写真には一部しか写っていないけれど、ぼくが歩いてきた道路左手の歩道の状態は惨憺たるものであった。どうやって歩けばいいのか途方に暮れるほどツルツルなのである。

 まばらに商店などもあるのだが、まったく氷割りをした形跡がない。自分の家や店の前くらい歩きやすくしたらどうだろうか。ところどころ砂を撒いてあるけれど、たいして役には立っていないのである。市内でも特にひどい一帯のひとつではないかと思う。

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 撮影を終えて車を停めておいた駅の近くの駐車場へ戻る途中、ふと気になって寄り道してみたのがここ。昨日はここまで歩かなかったのだが、釧路駅の真向かいの歩道である。

 唖然とするしかなかった。この通りについては何年か前にも一度指摘したのだが、たいして改善された様子はなく、撮影地点から北大通まで、切れ目なく道路は凍りついている。雪かきの跡は見られるが、凍ったら凍りっぱなし。

 何度でも繰り返していう。啄木がいくらで『挽歌』はいくらと、大学の先生に経済効果のソロバンをはじいてもらうのは得意なようだが、観光客を迎える準備も整えぬまま取らぬラッコの皮算用とは、なにかかんちがいしてやしないだろうか。

 ホスピタリティがどうのとお説教を垂れる前に、一度旅行者になったつもりでこの道路を歩いてごらんなさい。もちろんすべての道路をとまではいわないが、裏通りならともかく、街の顔ともいうべき駅前の歩道がこれではお話にならない。財政が逼迫しているのはわかるけれど、使うべきところにはお金を使わなくちゃなあ。

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February 16, 2012

Daily Oregraph: 2012年200円冬の旅

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 車で出かけるのはよして、ひさびさに200円バスの旅。

 ぼくの乗ったバスの乗車率はなかなかよかった。このあと座席は8割方埋まったのである。

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 和商市場で下車。道路はあいかわらず凍ったままだけれど、釧路のおばさんたちは平気な顔をして歩いている。あっぱれ。

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 中央郵便局で定形外郵便を投函して、北大通へ向かう。

 今日の200円の旅にははちゃんと目的があった。2000年に撮影したいくつかの場所を、ほぼ同じアングルから撮り直して比較しようという、当社にふさわしくたいへん学術的な企画なのである。

 おまけとして、街角にアートをみつけるという、文化欄の仕事もいっしょに片づけようというわけ。こちらも全国に釧路を売り込む大事な企画だから、スポンサーがつかないからといって(笑)、手を抜くわけにはいかない。

 レポートは追って発表するとして、今回は予告編。たどったコースをご紹介するにとどめたい。どうか気楽にごらんいただければ幸いである。

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 駅前での撮影を終え、北大通を南下する。

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 あちこち閑古鳥が鳴いているところもあるけれど、

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せっかく街に来たからには、当然のことながら、末広方面へ。われながら、たいへんわかりやすい写真だと思う。

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 今日はゆっくり歩いたから、こんなお店を発見した。ちょっと外れにあるせいか、まったく存在を知らなかったのである。

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 もうお店を閉めたはずの、炉ばた ゆし満。もう30年以上も前の話になるけれど、ここでときどき一杯やったものである。

 地元にいながらセンチメンタル・ジャーニーもないものだが、なつかしい。

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 ゆっくり路地をぶらついたあと、道路の氷を割る女性を記念撮影して(?)末広に別れを告げ、帰途につく。

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 ここ数日氷は目立たなかったけれど、幣舞橋の上流側に少し集まっていた。しかし下流側にはまったく見あたらなかったから、今後どうなるか、しばらく観察をつづけたい。

 取材レポートは明日から。乞うご期待。

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February 15, 2012

Daily Oregraph: 季節感

 実はときどき街へ行って写真を撮りため、いずれ分類して記事にしようと考えているのだが、それはそれとして、今日はネタがないので、11日に街で撮った写真をいくつか。

 とりあえず無難なところで、季節感あふれる(?)写真を数枚だけ選んでみた。

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 まずはこれ。なにしろ「冬」そのものの写真なのだから、季節感たっぷり、だれも文句のつけようがないと思う。

 それにしても、注文に応じてお作りになったとはいえ、真冬の吹きさらしの橋の上に一糸まとわぬ裸女を立たせるとは、本郷さんもずいぶん思い切ったお方である。

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 こちらのお店のマネキンは、かつて定点撮影していたことがある。季節に応じておねえさんの衣装が変化するところに値打ちがあるからだ。

 夏は涼しく、冬あたたかく、という茶道の教えにもかなっている。

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 あふれる日射しとカチカチに凍った道路。これこそ冬の釧路の一大特徴だろう。

 重苦しい空と降りやまぬ雪の日々がつづく日本海側とはちがって、キッパリしたところが売り物なのである。

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 さてまだまだ材料不足だし、明日も街へ行ってみようかな。これでもなかなか旅には出られないから苦労しているんだよ。

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February 14, 2012

Daily Oregraph: 待てば海路の

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 日中暖かかったのでちょっと散歩に出たら、やはり道路の状態はよくない。氷の残る歩道は表面だけ融け、かえって滑りやすいし、まだ車道を歩かねばならないところが多すぎるのだ。

 写真の水たまりなどは、朝晩ふたたび凍るからやっかいである。トロチコさんに取材をお約束した場所など、いくつか歩きたい場所はあるのだが、もう少し時期を待とうと思っている。

 さて先日取り上げたハリウッド・シャワーに関し、その後やはり『レッド・オクトーバー』に詳細についてふれた文章があったので、ご紹介したい。

 (長時間のむずかしい仕事をこなした)おかげで、彼はハリウッド・シャワーにありついた。ふつう清水の乏しい船内でのシャワーとは、数秒で体を濡らし、一分ほど石鹸で洗ってから、ふたたび数秒で泡をすすぎ落とすことをいう。体はきれいになるが、たいして満足はできない。

        
-中略-

 航海に出た船乗りなら、二三日もすればハリウッド・シャワーを恋しく思いはじめるものだ。気持のよいお湯がほとばしるのを、そのまま出しっぱなしにしてゆっくり使うところを。


 これにつづいて、艦長がほうびとしてこのシャワーを特別に許可したことが書かれている。もちろんそれには潜水艦ならではの事情がある。一般の商船の場合、よほど水が不足したとき以外は制限はないと思う。

 このハリウッド・シャワーが最初に登場したのは130頁、二度目は259頁である。こういうことはしばしばあるから、もし手持ちの辞書に単語が載っていなくとも、あきらめずに読み進めることが必要だと思う。

 昔グレアム・グリーンの小説を読んだら、どの辞書にも登場しない単語に出くわし、来る日も来る日も考えつづけたけれどわからない。たぶん食品名だろうとは予想したのだが、ずいぶんあとになってもう一度同じ単語が出現し、やはりお菓子の商品名であることがわかった。外国人に不二家のペコちゃんがわからないのと同じである。

 もちろんいつもそううまくいくとは限らないけれど、何年もたってから答がみつかることだってある。そういうときはうれしさのあまり、つい一杯余計にウィスキーを飲みたくなるものだ。

 現在ではインターネットで検索すれば、その手の疑問は一発で解決する。しかしそうはいっても、身近に先生もおらず、辞書だけを頼りにして本を読むのはむずかしいものだ。

 江戸時代の学者などは、利用できる辞書にも限りがあったから、とんでもない苦労をしたはずで、並はずれた根気のよさにはまったく頭が下がる。ハリウッド・シャワーではなく、レジオンドヌール勲章を進呈したいものである。

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February 13, 2012

Daily Oregraph: 氷上散歩

 氷上散歩とはまたおおげさな……とお思いの方は、下の写真をとくとごらんあれ。

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 ここは港町岸壁のやや入舟岸壁寄りの部分。暖かい日に融けてわだちにたまった水が再び凍結したことがよくわかると思う。今日一番滑ったのがここである。

 とにかく逃げ場がない。注意に注意を重ねても、靴を氷上に置いたとたんにツルッとくるから恐ろしい。ここを兵隊さんのように行進せよといわれたって、そりゃできない相談ですよ。

 もちろん市内でも北大通などを歩いている分には問題ないけれど、裏通りはまだ怖い。

 孫子に曰く、

 冬に雪降りて道凍らば、歩まんと欲する者は、其の融けるを待て。

というのは真っ赤なウソだけど(大ウソ(笑))、今の時期運動不足になるのはしかたがないのである。

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 さて道路状況をご理解いただいたところで、時間は前後するが、定点撮影スタート地点に戻ろう。南埠頭前の水面にはほとんど氷は見あたらない。

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 石炭ローダー前。少しまとまった氷があるけれど、岸壁に近寄ってくる気配はない。

 工場の煙を見ると、風は南から南東寄りであろうか。南東寄りだと氷はむしろ港から外へ向かっているはずである。

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 ところが港町岸壁に来てみると、かなり氷が残っている。それにはワケがあって、

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港町の水面は北側をこの突堤で仕切られ、出入り口が狭くなっているため、いったん集まった氷は外へ出にくいのである。

 突堤の北側(右手)を見ると、釧路川の上流から流れてきた氷は、やはりゆったりと港口のほうへ向かっている。来るたびに景色が変化しているのだから微妙なものだ。

 ここ数日奈良県の狭い旧道の写真につきあって来たのだが、なつかしい景色に心惹かれる一方で、やはり港町育ちの男には息の詰まりそうな感じもする。こうして冷たい風に吹かれながら港を見ると、ノビノビした気分になるのである。

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February 12, 2012

Daily Oregraph: 京都通信員 桜井市を歩く (4)

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 昨日ご紹介した流れ地蔵のある出雲を含めた、今回の記事の範囲である。大正14年大日本帝国陸地測量部発行とある(現行の地形図ではなく、ずいぶん古いものだから、そのまま掲載してもお咎めなしだと思うが、もしまずければ削除したい)。

 頭がクラクラするような等高線は、地形図を見なれぬぼくにも、豊かな平野部とはまったく異なる風景を予想させる。せっかくだから、地図を部分的に取り出して見ることにしよう。

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 まず注目すべきは、山の斜面にたくさん水田があること。明らかに棚田であり、平野部とは打って変わって、人々がきびしい生活を送ってきたことがわかる。現在どれほど残っているかはしらないが、与喜浦の棚田は有名らしい。

 S通信員はこの日たどったコースを地図に橙色の線で示しているが、与喜浦へ上る坂道はぼくの示した赤い線が正しい。ぼくの持っている『JTB 詳細 奈良・大和路』には長谷寺周辺の詳しい地図が掲載されており、前回の写真に登場した「さかえや」も載っているからまちがいない。S君のかんちがいであろう。

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 かなり急な坂であることは等高線の傾きからもわかる。舗装されているところをみれば、乗用車はギリギリ通れるのだろうか?

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 与喜浦集落を望む。大勢いた観光客はすべて長谷寺へ向かい、人気がまったくない。

 急坂を上り切ったので、「フーッ」と大声を発すると、集落のほうから犬の散歩にやってきた婆さんが、ビックリしたらしく引き返していった。観光地の住人はたいてい愛想のよいものなのに、よほど人の歩かぬ道とみえる。

 後日入手した街道散策の本の著者も、この区間には気づかず通過している。

 【薄氷堂追記】S君の通った区間にその本の著者が気づかなかったことは、ルートのちがいで説明がつくと思う。つまり著者は上の橙色ルートを上ったのであろう。またS君はその本に記載されていたルートを、そのまま地形図上に示したのかも知れない。

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 山頂の神社。JTBの地図によると、与喜浦天満宮(実は愛宕神社。追記ご参照)である。

【2月14日追記】

 これは誤り。地形図を確認すると、この神社の位置はJTBの地図に示された与喜浦天満宮の位置と一致しない。ところが、山頂にあるこの神社はなぜかJTBの地図には記載されていないため、ぼくがかんちがいしたわけである。

 桜井市の住人三友亭さんがご親切にもぼくのまちがいを指摘してくださったので、もう一度地形図のコピーに目をこすりつけるようにして見れば、なんたること、与喜浦集落にはもうひとつの神社マークがあったのだ。最初からこれに気づいていれば……

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 上の拡大図をよくごらんいただきたい。矢印の部分だけ明度を思い切り上げ、シャープネスをたっぷりかけて処理したものである。

 ここまでレタッチしてもなお見にくいけれど、たしかに集落の西のはずれには神社がある。たぶんオリジナルの地形図だともう少し見やすいと思うが、コピーの悲しさ、記号が斜線に埋もれていたのだ。

 これによって、S君が黄色いマーカーで示した神社は愛宕神社、矢印の神社が与喜浦天満宮であることが確認できた。

 なおこの土地には与喜天満神社という由緒ある神社があり、たいへんまぎらわしい。これまた地形図にも載っているけれど、やはり記号が見にくいので、JTBの地図をもとに作成した下の略図をごらんいただきたい。

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 与喜浦天満宮(
実は愛宕神社)から見た長谷寺全景。

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 集落へ向かう坂道を下る。

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 与喜浦集落に入る。さきほど婆さんの連れていた犬が吠えかかる。その先で別の犬が後を引き継いだ。

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【2月14日追記】

 では肝腎の与喜浦天満宮は? 写真を徹底的に見直したところ、あった、あった。実はこの写真右手の建物がそうなのだ。

 枝に隠れて気づかなかったが、よく見ると、

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はっきり「天満宮」と読み取れる。これにて一件落着。写真の威力は絶大である。

 三友亭さんには重ねてお礼申し上げるとともに、なにごとも徹底して究めようとされる姿勢には満腔の敬意を表したい。

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 集落のはずれで、三匹目の犬がしんがりをつとめ、視程からはずれると、高らかにワンと一声鳴いてしめくくった。あまりにもみごとな「犬の町内送り」である。どうも長谷寺参拝客の内こちらまで足を伸ばすのは何千・何万分の一程度らしい。

 この写真右手の家は、もと茅葺きだったのだろうか、トタン屋根というのはめずらしいと思う。しかもトタンの葺き方が北海道あたりとはちがい、まるで瓦を重ねたように見えるのは興味深い。

 屋根の下に「水」という文字が見える。これは京都あたりでも見られる火よけのまじない。ついでだから京都の例をお目にかけよう。

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   1970年代に京都市の賀茂川上流あたりで撮影

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 集落を過ぎてなおも旧道を行く。

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 国道165号線が見えてきた。

 ついに畑の畦道になってしまう。古地図とも一致し、江戸時代の街道そのままの道幅と見てよいだろう。本日の成果である。

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 旧道が終わったところで、S君は近鉄榛原駅まで歩こうかと迷ったが、かなり距離もあるので、

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結局与喜浦の「旧国道」を西へ向かって歩き、

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近鉄大阪線の長谷寺駅から帰途についたのであった。

 やっとこの徒歩の旅について書き終え、ぼくもホッとしている(笑)。実はS通信員、この前日つまり2009年12月31日には、大阪堺市から竹内街道全区間を踏破しており、寒さに遭いさえしなければ、そのまま桜井市まで前進するつもりでいたというから驚く。

 さらに2010年1月9日には、近鉄三本松駅から室生寺まで歩いているので、竹内街道編、室生参詣道編も、いずれ気力の充実したときにまとめねばならない。せっかくの取材の成果を埋もれさせるわけにはいかないからである。

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February 11, 2012

Daily Oregraph: 京都通信員 桜井市を歩く (3)

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 三友亭さんがご教示くださった「横大路」についてはS通信員も知っており、案内板の写真があったので、トリミングして掲載しておく。これを見ると、現在の桜井市は藤原京のはずれに位置している。とんでもなく古い歴史のある土地である。

 実は彼は奈良県立図書情報館でコピーした古い地形図を参照しながら、街道を歩いたのである。そのコピーが同封されていたのを、面倒がってろくに見なかったぼくが悪い。中ツ道、上ツ道も、ちゃんと鉛筆でメモ書きされていたというのに。

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 今日の記事に登場する地名の登場する部分を、主要な道路と集落以外ほとんど消し去って見やすくしたものが上の地図である。地形図を見ると、三輪山の麓に位置する慈恩寺から西の平地は、当時一面に水田が広がっていた。

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 宇陀ヶ辻。古い地形図とはちょっと道の様子がちがうけれど、背後に見える山が三輪山だとすれば、写真中央から左手、白い乗用車の向かっている道を進むのだろう。

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 正面に慈恩寺追分が見えてきた。突きあたって、左が上ツ道方向、右が初瀬街道である。

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 慈恩寺追分を東、つまりこれから歩く初瀬街道側から見たところ。右が上ツ道方向、左が桜井市街方向である。

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 慈恩寺追分けから上ツ道方向、つまり三輪・奈良市方向を見る。S君は重要な交差路では必ずすべての方向を撮影しているが、これは見ならうべき習慣だと思う。

 ここからは旧道を歩いて、近鉄大和朝倉駅を過ぎ、やがて国道165号線へ出る。街道愛好家が古い地形図を携帯するのは、できるだけ旧道をたどりたいかららしい。

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 国道と合流するあたりでみかけた不思議なオブジェ。

 ちょっと想像に余る代物なので、孫を連れて歩いてきた爺さんに尋ねてみた。老人特有の回りくどい話から理解しえたかぎりでは、どうも製粉所の釜をほったらかしておいたら、勝手に木が生えてきたものらしい(当地の名産は三輪素麺)。

 してみると、これは純然たるトマソンということになる。しいて分類すれば、「植物は強し」あたりに入るのか。


……と、まあ、バカな取材をしているものだが、好奇心はジャーナリストに欠かせない資質だから、笑ってはいけない(笑)。

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 出雲の流れ地蔵で一服。昔洪水でこの近くに流された地蔵さんを祭ったものらしい。

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 大和川(初瀬川)沿いの道をテクテク歩いて、

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やっと長谷寺参道にたどり着く。

 どこかで休憩しようと探し回ったが、適当な場所がみつからず、

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伊勢古道を示す道標のあるお店の角から脇道へ入る。

 奥に見える小さい橋を渡って左へ折れると、大正時代の地図でもすでに旧道になっているという、急な坂道が現れる。これこそ与喜浦集落へ通ずる下化粧坂であって、S君によれば「本日のハイライト区間」なのだそうだ。

 こうなった以上、もうひとつ記事を追加せねばなるまい。旧街道オタクにつきあうのは時間も手間もかかるから、ぼくもかなり疲れてきたけれど(笑)、最終回を待たれよ。

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February 10, 2012

Daily Oregraph: 京都通信員 桜井市を歩く (2)

 当社京都通信員(カッコよくいえばコレスポンデント)S君の2010年1月1日の足取りを、地図を頼りにたどりながら、「桜井市を歩く」の続編を進めよう。

 京都発09時40分の近鉄橿原神宮前行きの急行列車に乗り、八木西口駅にて下車。耳成山を左手に見ながら東へ向かって進み、近鉄耳成駅を通過して間もなく、昨日ご紹介した桜井市西之宮の三輪神社がある。

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 昨日は人影が見えぬなどと失礼なことを書いたけれど、実は初詣の人々が写った写真もあったので追加しておく。なにげない写真だが、なんとなく昔ながらのお参りという静かな雰囲気が漂い、ぼく好みである。

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 三輪神社前をまっすぐ東進するとやがてJR香具山駅の北側から踏切を通過し、さらに1.2キロほど歩いたあたりがここ。「ひご寿司」は地図にも載っている。この交差点を直進すると、やがて小西橋にぶつかるのである。

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 上の写真の交差点を渡った次の十字路に例の琺瑯看板があったわけである。写真の奥に小西橋が見える。

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 三輪神社から小西橋への道は一直線である。小西橋を渡ると西本町。ここからは商店街がつづいている。

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 手持ちの地図ではこのあたりがよくわからない。たぶん西本町の終わるここから左へ曲がれば駅があるはず。

 JR・近鉄桜井駅(昨日の写真参照)。スーパーおよびマクド営業中。でもそれよりは、とたこ焼き屋を選ぶ。吹きっさらしの駅前で醤油味十個ほおばる。

 当社は取材費が出ないから、苦労をかけてすまなく思う。

 写真から判断して、たこ焼きを食べ終えたS通信員は、またこの地点に戻って本町通商店街へ突入したようだ。

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 しかしなにしろ元日ゆえ、商店はどこもシャッターが降りている。それでもおもしろいことに気づくのがジャーナリストというものなのだ。

 あまたの商店街を見てきたが、デジタル時計は初めてである。竣工当時はハイカラだったのであろうか。しかし写真を見くらべていただけばおわかりのように、左は一分遅れ、右は一分進んでいる。

 なにせカメラの時計は合わせたばかりなので、これは疑いようのない悲しき事実である。おそらく住人には日常の光景であって、もの珍しげに観察する旅人のみが味わう非日常的違和感なのであろう。旅の本質をかいま見た一瞬ではあった。


 念のため写真のタイムスタンプを確認したところ、左が 13:03:05、右が 13:03:34 である。約30秒近くも経過しているのは、たぶんクエスチョン・マークが頭の中をくるくる回っていたせいだろう。ほんとによく気がついたものだ(笑)。

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 実は商店街も含め、ずいぶんたくさんの写真が残っているけれど、ここでは大部分を割愛して、外れにある跡見橋の写真のみ掲載しておく。

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 橋を渡った地点で二枚目(の琺瑯看板)を発見。文句なく今まで歩いた中で三指に入る名街道である。

 桜井市内に琺瑯看板あるがゆえに評価が高いというふしぎな名街道は、初瀬街道というらしい。健脚を誇るS君は、この日さらに長谷寺へ、そして旧道を通って与喜浦集落まで足を伸ばしている。

 与喜浦集落というのは初めて耳にしたが、地図を確認すると桜井市に属しているから、記事をひとつ追加して、次回ご紹介することにしよう。

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February 09, 2012

Daily Oregraph: 京都通信員 桜井市を歩く (1)

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 桜井駅。なぜこんな写真があるのか、ビックリされた方が、少なくともお一人はいらっしゃるだろう。

 2009年から2010年にかけて当社の京都通信員S君が送ってくれた写真は、大部分が未整理のままだったけれど、少し余裕ができたので、さきほど2010年のものを、メモを参照しながら見直してみた。

 するとS君が2010年1月1日に(物好きにも)橿原・桜井方面を歩いたときの写真が大量にあることがわかった。以前ざっと目を通してはいたのだが、メモと対照しなかったので気づかなかったのである。

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 S君はこちらで初詣をすませたというのだが、まるで人影が見えない。渋い選択である(笑)。

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 神様のお導きであろうか、彼はここで大発見をしている。以下メモを引用しよう。

 本年最初の大発見。なにがすごいか、藤四郎にははかりがたいであろうが、「住所を表示するホーロー看板」として私が知りうるかぎり、4例目の物件なのである。

 もちろん第一は仁丹、これは京都には佃煮にするほどある。第二は伏見で散見されるメンソレータム。あからさまに「心身爽快になるクスリ」として対抗し、覇を競っている。ほかに「仁丹歯磨」なるヴァリエーションが、奈良・大阪に確認できるが、それ以外では鳴川越のふもとでみつけた一例のみ。

 琺瑯製の看板は、その丈夫さから長年の風雪によく耐え、往時の輝きを今に伝える風景の重要なアクセントである。しかも「なんとか保存会」が囲い込んでいるのではなく、ごく自然に残っているのを奇貨とする。

 こういうのを求めて元日から苦行しているのである。言い忘れたが、今日も猛烈に寒い。


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 その後(どこにあるかは知らないが)小西橋を渡って、一番上の写真に見える駅にたどり着いたらしい。

 桜井市の商店街を撮った写真もあるので、せっかくだから明日にもご紹介したいと思う。

 それにしても……マスコミの取り上げようとしないテーマを追求する当社の取材力はたいしたものだと、われながら感心するほかない(笑)。

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February 08, 2012

Daily Oregraph: さすらい暮らし

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 -おや、風が変わったのに氷は戻っていませんね。どこへ行ったんでしょう。

 -うむ、今日はね、風が真西だからなのさ。北寄りに変われば戻ってくるよ。

 -今日は歌わないんですか?

 -なにを?

 -ほら、「風が変われば……」ってやつですよ。

 -ハハハ、聞きたいかね。

 -いえ、聞きたくはありませんけど。

 -
ゆくえ知らない さすらい暮らし~

 -あ、それも、ひょっとしたら……

 -そう、東海林太郎先生さ。

 歌謡曲は日本人の大切な教養の一部なのだから、こちらをクリックしてお聴きあれ。

 さてきわめて低調なれど、『レッド・オクトーバー』はノートを取りながらも、やっと半分近くまでこぎつけた。こいつを早く片づけて、あっぱれ純文学路線をめざし、「まあ、あの人、みかけによらず立派ね。ブンガクをご研究なんですって」と世間様からほめられたいのだが、はたしてうまくいくかどうか。

 え、勉強するつもりなら、ちょっとアルコールを控えたらどうだって? ふん、余計なお世話ですよ。

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February 07, 2012

Daily Oregraph: 氷のゆくえ

 昨日の天気予報では早朝雪になるはずだったけれど、目をさましてカーテンを開けると、雪はまったく積もっていない。それどころか、道路の端には水たまりができている。気温が高いから少しだけ雨が降ったのだろう。

 本棚の整理などをしてから外へ出ると、うっすら霧がかかっている。車のウィンド・シールドに細かい霧の粒がびっしりたまっているのを見て、ハッと気づいた。風はほとんど感じられないけれど、霧がかかるのは風向きが南に変わった証拠である。

 -ワトソン君、急ぎたまえ。出発だ。

 -どこへ?

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 というわけで、定点撮影点の南埠頭に到着。ほら、あれだけあった氷が影もかたちもなくなってしまった。風の力は偉大なるかな。

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 港町岸壁前もこのとおり。

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 静かなる釧路川。氷ははたしていずこへ?

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 -風が南からだと、氷は北へ流れたにちがいない。

 -おお、ワトソン君、今日の君は冴えているね。

 画面右は北埠頭東側岸壁、左に見えるのは中央埠頭である。しかし氷の量がこれでは、勘定が合わない。

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 そこで北埠頭西側岸壁へ回って、直線部・副港方面を見る。氷はもっとあったはずだから、残りは副港内へ流れこんだのだろう。

 しかし時計を見るともう正午を回っていたので、腹を空かした探偵は、副港へは向かわずに車へ戻ったのであった。残念でした。

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February 06, 2012

Daily Oregraph: 雑用ばかり

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 暖かい一日だった。車道の氷はずいぶん融けたようだが、まだ歩道は滑るところが多いから、なかなか散歩しようという気にはなれない。

 今日も手抜きをして、病院の窓から一枚。右上に見える山は興津(おこつ)富士……じゃなくて、実はズリ山なのだが、こうして雪化粧をすると堂々たる名山のように見えるからふしぎだ。

 ウテ・レンパーの歌声を聴きながら雑用をこなす。クルト・ワイルの曲にはどれもそこはかとなく哀愁漂い、都会風のけだるさも感じられて、ちょっとクセになる。ドイツ語の子音はいつ聞いても美しく、特に rrrrr なんて音はぞくっとするほどセクシーでいい。おれって、ちょっとヘンだろうか?

 医療費控除に添付する領収書類を整理してから、本棚の上に積み重ねたカメラやレンズなどの元箱を片づけ、85センチ幅ほど本を並べるスペースを確保した。ろくに開きもしないのに、辞書・参考書のたぐいはどうしても捨てられないから、わずかとはいえ、新しい空間の出現はまことにありがたい。

 補修した辞書は、木工ボンド様の霊験あらたか、当分の使用には耐えてくれそうだが、どれだけ利用するかは持ち主次第だからなんともいえない。おい、しっかりしろよ。

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February 05, 2012

Daily Oregraph: 反省の辞書

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 これしかないからといって、なんて写真を載せるんだろうね、まったく。

 あいつとうとう気がふれたか、という話はさておき、辞書の補修をしているところだと一目で見破った人は立派である。ともに風雅を語るべき人だと思う。

 上下逆さまになって段ボール箱に押しつけられ、上から重しをかけられているのは、17年もののランダムハウス英和第2版。修復はこれで三度目になる。今回はとうとう背表紙がそっくり外れそうになったので、木工用ボンドをたっぷり注入し、ガチガチに固めてしまおうという寸法である。

 右下に見えるのが本家版の Random House だが、こちらは新品同様。今は昔札幌に出張したとき、丸善でみつけたもので、なんと CD-ROM 同梱なのに、わずか8千円ほどで買えたと記憶している。CD-ROMがあれば紙はまず不要だから、本体のほうはほとんど未使用なのである。

 英和版のCD-ROMも買おうかと思ったが、紙版には愛着があるから手を出さずにいる。いくつかある英和辞書の中で、もっとも活躍したのがこれだ。購入した当時はまだマジメだったから、一年でボロボロになってしまったほどである。

 ところがそれからカメラなんぞをいじりはじめ、十年以上ものブランクが生じてしまい、もともと悪い頭がすっかり空っぽになってしまった。ほんのちょっぴり得た知識をきれいさっぱり捨ててしまった結果、あとに残ったのはただの酔っ払いという悲しいお話である。

 その間何度かリハビリを試みたけれど、年を取ってからではむずかしい。50代も後半にさしかかった頃から、記憶曲線は大恐慌の株価なみに低下し、朝に道を聞いても夕べには忘れてしまうのだから、ほとほと閉口したものである。

 しかしやけ酒をあおっている場合ではない。一杯やりながら紙の辞書をひもとくのもオツなものである……おいおい、結局飲むのかよ(笑)。

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February 04, 2012

Daily Oregraph: 水に注意

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 入舟付近にて。釧路中の道路がこれほどツルツルというわけではないけれど、まあ、典型的な例として。

 なお写真の女性は、ゆっくりとしかし確実に歩いていた。Slow and steady wins the race. 達人である。

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 実は今日も定点撮影地点へ行ったのだが、毎度おなじみの景色では退屈だろうから、いつもとは別の場所で撮った景色をお目にかけたい。

 写真は港町岸壁と入舟岸壁の出会う角から撮ったもの。このあたりから氷は少しまばらになる。

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 入舟岸壁から幣舞橋方向を見る。今日のように風のない日だと、足元に気をつけさえすれば、寒さに震えることはない。

 オホーツク海の流氷もみごとだけれど、これはこれで一見に値する景色だと思う。さあ、あなたも冬の釧路へ。

 さて昨日にひきつづきトイレの話で恐縮だが、川中さんが loo という単語をお教えくださったので、せっかくだから調べてみよう。この広がりがネット文化のいいところだと思うのである。

 まずはリーダーズ英和の定義をごらんいただこう。

    n (pl~s) "{口} トイレ, 便所.

    [C20<?; ? F l'eau water or lieux d'aisance
    place of conveniences, toilet
    ]

 初出の時期ははっきりしないらしいが、OED をチェックすると、

      
A privy, a lavatory.

という定義につづいて文例がいくつか載っている。 コツコツと拾い集めた文例を年代順に並べているのが、OED の誇る一大特徴なのである。ここでは一番目の文例のみを挙げておくと、

  
[1922 Joyce Ulysses 556 O yes, mon loup.  How much cost?  Waterloo.  Watercloset.   

 わかったようなわからないような文章だが、『ユリシーズ』ならしかたがない(笑)。フランス語はチンプンカンプンだけど、辞書を引くと、loup は「狼」をはじめとしていろいろな意味があるから、チンプンカンプンの二乗である。

 しかし mon petit loup, mon gros loup は「(愛称)まあお前、ねえあなた」とあるので、たぶん単なる呼びかけだと思う(ちがったらごめんね)。まさか狼に話しかけているわけではないだろう。(【追記】 loup の発音は [lu] だから、loo に通じる。ジョイス先生のことだから、mon loup と Waterloo は響き合っているにちがいない。いま気づいたので忘れぬうちに追記しておく)。

 ひょっとしたら有料トイレの料金についていっているのかもしれないが、まあ、全体の意味はこの際置いといて(笑)、1920年あたりから使われ出したことばであることがわかる。また、川中さんがお書きになっていたように、Waterloo に W.C. を引っかけることば遊びがあることもわかる。このダジャレはジョイスの発明なのかな?

 さて loo の語源だが、リーダーズ英和では、上述のとおりフランス語の「水、またはトイレ」としているけれど、OED は、

  
 [Etym. obscure.]

つまり、ハッキリしまへん、としている。確たる根拠のないことは書かない主義なのだろう。

 そこへ一石を投じたのがランダムハウス英和第2版である。本家版のほうは、やはり語源不明としているのだが、英和第2版には

  [1940. 語源不明;仏 le lieu(逐語訳は the place)の誤った発音に由来するという説と、英国の主婦が窓からバケツの水を投げ捨てるときに発する警告 Gardy loo(<仏 Gardez l'eau「水に注意」の短縮形という説とがある]

と、実に詳しい説明が載っている(ただし初出については OED と異なる)。

 なんだかすごい展開になってきた。学者とは恐ろしいものである。地の果てまでも追求せずにはいられないらしい。

 ぼくはもちろん学者ではないが、酔っ払いには酔っ払いの意地というものがある。そこで、まずはランダムハウスの本家版にあたってみると、

 
gardyloo 昔スコットランドで用いられた呼びかけのことばで、上の階の窓からまさに汚水を投ぜんとするとき、歩行者に発した警告。

 ついでに OED もチェックしてみよう。

 gardyloo (古くエディンバラで)窓から通りへ汚水を捨てる前に警告として発した呼びかけ

 こちらの語源欄には、フランス語もどきの gare de l'eau (「水に注意」)、正しいフランス語では gare l'eau とただし書きがあって、ランダムハウス英和とは微妙な相違がある。

 ランダムハウス英和には「英国の主婦」とあるが、英米の辞書にスコットランドとかエディンバラと明記していることには注意すべきだろう。たぶん洗い物をしたあとの水を捨てていたのだと思うが、ずいぶん乱暴な話である。

 しかしぼくの記憶では漱石の『文学評論』には、(たしか)18世紀のロンドンあたりでも、小便を壷にためておき、そいつを二階の窓から通りに捨てていた、ということが紹介されていたはずである(確かめようと思ったけれど、『文学評論』がどうしてもみつからなかった。いずれ確認したい)。

 J. H. プラムという先生の『18世紀の英国(England in the Eighteenth Century)』という本には、18世紀前半の英国の諸都市は不衛生で悪臭に満ち、

 貧乏人は、東洋諸国の人々が今日でもそうであるように(失礼な!)、場所を選ばず公衆便所として利用した。

 また、

 貧民たちの家は、一間か二間のあばら家で、しばしば下見板とタール粕を塗り付けた屋根だけでこしらえたものが、ぴったり軒と軒を接していた。あるいは、金持の家を住み家とすることもあったが、そういうのは持主がもっと健康にいい郊外を求めて捨て去ったあとである。そんな家々は、不潔、頽廃そして病気のうようよした、粗末な貧民窟と化していた。ほとんどの地下室には、人間はもちろん、豚や鶏ばかりか、時には馬や牛まで住みついていた。あらゆる商人や職人は街路をゴミ箱がわりにし、肉屋などは肉をさばいた後のクズを通りに放り捨てて腐敗するにまかせたのである。

とあるくらいだから、汚水を窓から捨てるなど、ごくふつうに行われていたのではないだろうか。

 だからスコットランドの主婦ばかり悪くいうのは気の毒な話である。それになんといっても昔の話なのだから、念のため。

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 本日最後の写真は、港町岸壁のトイレ。ぼくも必要に迫られて、たまに利用させていただいている。これこそまさに necessary house というものだろう。

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February 03, 2012

Daily Oregraph: 頭からお尻まで

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 今日の一日一枚は手抜きもいいところ。ある病院の談話室からガラス越しに取ったのだが、斜め方向にレンズを向けたため、写り込みを避けることができなかった。画面右端の像も流れている。

 ここからだと、以前ご紹介した客船バースの豪華トイレがよく見える(川の向こう岸、中央より右手)。このトイレは4月まで使用できないはずである。雪もそのまま残っているようだが、真冬には客船が来ないからなのだろう。

 もちろん冬の道東には、冬ならではの魅力がある。それでも配船しないのは、そもそも寒いところは人気がないということだろうか。それとも乗客がツルツルの道路を歩いて転倒し、骨折者続出という事態を恐れてのことなのだろうか。いずれにしてももったいない話である。

 さて今日も船に関係するためになる単語をひとつ。ためになるといっても、「ぼくは薄氷堂さんのブログを読んで東大に合格しました」という人は現れないだろうと思う(笑)。しかしためにならなくとも、ことばの世界は奥が深いのである。

 まずはリーダーズ英和に載っていた文例をふたつ(なぜわざわざ文例を掲載してあるのかは謎である)。

 1. clean the
heads

 2. Where's the
head?

 1. は、昔テープレコーダを愛用していたおじさんなら、「ははあ、消去ヘッドと録再ヘッドを掃除するんだな」とお考えになるかもしれない。複数形だしね。

 2. はちょっと難問である。これだけでは答えようがないから、文脈を見なくてはならない。

 TVに登場するインテリ芸能人に答えられるかどうかはわからないけれど、正解はそれぞれ、

 1.
便所掃除をする

 2.
トイレはどこ?

 どうしてヘッドがトイレなのだろうか? 話はここからおもしろくなる。いや、話を進める都合上、そう思っていただかないと困るのだ(笑)。

 まずリーダーズ英和の定義を見ると、

 [the ~, {英} では the ~s] {口} (船の) 便所, 《一般に》トイレ《もと海軍用語; 船首にあったことから》

とあるから、英米ともに使われることがわかる。なお head に「船首 (bow)」の意味があることはどの辞書にも載っている。

 念のため OED を確認すると、

 (船首にある)船の便所(latrine)。しばしば(英国ではふつうに)複数形。米国では陸上の W.C. をも指す。

 ランダムハウス本家版では、

 
特に船上のトイレット(toilet)またはラヴァトリ(lavatory)

となっており、ランダムハウス英和第2版は、

 【俗】(船の)トイレ、便所(≫船首にあるからというが bulkhead(隔壁)の短縮形ともされる);(一般に)トイレ

ともっとも詳しく、バルクヘッドの短縮形という説まで紹介されている。

Ga_profile
 バルクヘッドは船(だけではないが)のキャビンやカーゴ・ホールドのしきり(画像参照)のことをいう。トイレは空間が狭いから、間近にバルクヘッドが迫っているし、複数形の heads で使われることが多いということからも、短縮形説には説得力があると思う。ぼくはこの説に一票。

 なお toilet や lavatory、そして W.C. はおなじみだけれど、ラトリーン(latrine)は初めてという方もおいでだろう。

 OED によると、latrine は、

 
特に野営地、兵舎、病院などの privy (屋外便所;トイレ)

である。地面に穴を掘って回りを囲っただけのものも含まれ、高級なイメージはないようだ。客船バースのトイレに使うべき単語ではない。

 ひとつ単語を調べると芋づる式に別の単語に出くわすのは、面倒でもあれば、楽しみでもある。今度はプリヴィ(privy)というのが出現したので、ついでに調べてみよう。

 文字面からもわかるとおり、private の親戚で、OEDの定義によれば、


 
A private place of ease(楽にできるプライベートな場所), a latrine, a necessary (= necessary house)

 最初の定義はうまくいえないが、重荷を捨てて(?)すっきりと楽になれる場所、ほっとできる場所、というほどの意味だろうと思う。とうとう necessary まで登場したが、これはだれしも身に覚えがあるから、すぐに納得できると思う。ただし現在では方言とされているので、使わないほうがいいようだ。

 これで終わりだろうと思ったら大まちがい(笑)。念のためランダムハウス本家版で privy を見ると、outhouse なりと定義している。よろしい、乗りかかった船だから、outhouse も調べてみよう。

 外にある建物(離れ屋)だから「屋外便所」にはちがいない。

 まずランダムハウス本家版では、

 
ひとつ以上の便座とトイレ用としての穴の備わった離れ屋; privy

 OEDでは、

 
(主に米国)privy

と定義されている。なお outhouse は便所以外の離れをも指すことがあるので念のため。

 これであなたもトイレ語彙の専門家、志望大学合格の朗報を待ちたい。

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February 02, 2012

Daily Oregraph: 真冬のレクイエム

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 夜のうちにほんの1~2センチほどの雪が降った。雪かきの必要がないのはありがたい。いまのところ、去年の冬よりずいぶん楽をしている。日本海側の大雪が信じられないほどである。

 しかし今日は風が強かった。写真は室内から二重窓越しに撮ったからクリアではないけれど、粉雪が突風にあおられて舞い上がったところ。

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 この冬定点撮影ポイントに選んだ南埠頭へ出動(?)。

 上天気にはなったけれど、風が冷たい。布製の手袋をはめているのだが、ものの五分もすれば指先がジーンとしびれてくる。

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 氷上の雪のつもり方が一様でないのは強風のせいだろうか。ちょっとふしぎな景色である。

 遠くに見える雌阿寒連峰が美しい。

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 南新埠頭の東側へやってくると、ここも氷がキッシリ。向こう岸の漁業調査船がこんなところにロープを取っているのは、離岸するときの助けにするためだろう。船尾側からも一本、こちら岸に取っていた。

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 最後はこれも定点撮影している港町岸壁。氷の描く模様は来るたびにちがう。

 がっちり着こんできたから体は平気なのだが、厚手の手袋だとシャッターを押せないから、指先だけはどうにもならない。結局30分たらずで撤退してしまったのは、われながら情けないかぎりである。

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 午後は病院へ行ったついでに市立図書館に寄って、声楽のCDを3点借りる。アメリングのシューベルト歌曲集、ウテ・レンパーという女性歌手のクルト・ワイル歌曲集、そしてフォーレのレクイエム。

 レクイエムといえば、冬の夜にしみじみと自分の葬式を想像しながら聴くのなら、ヴェルディよりフォーレだろう。ときどき雷鳴が轟き、雨が激しく窓を打つ夏の夜ならヴェルディのほうがいいかもしれない。モーツァルトなら季節を選ばないかなあ……などと迷いだせばきりがない。とても生きている間には決まりそうにないから困るのである。

 もっともバチあたりの不信心者ゆえ、葬式のBGMにレクイエムを十ぺん流しても天国へは行けそうにないから、悪人にふさわしく南無阿弥陀仏を唱えたほうがいいかもしれない。

 さて図書館はひさしぶりだったが、3階の視聴覚コーナーは意外に繁盛していた。(たぶん)家で時間を持てあましたおじさんたちが、ヘッドフォンを着用して音楽を聴いたりDVDを鑑賞したりしているのである。今後こういうおじさんたちがどんどん増えるのだろう。

 -おや、薄氷堂さん。あんた、また来たのかね?

 -あんただって、毎日じゃないか。人のことはいえまいに。

 ……なんてね。

【2011-2-4 追記】

Ute_lemper

 りらさんからコメントをいただいた、ウテ・レンパー(Ute Lemper 1963-)の CDジャケットの写真。ぼくの音楽生活には空白があり、抜けているところが多い。彼女もまた聴くのは今回が初めてである。

 クルト・ワイルの曲を流しながら一杯やるのもオツなもの。一度お聴きになってみてはいかが。

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February 01, 2012

Daily Oregraph: カメラ保守本流?

120201nwharf
 最高気温-4.8度。北埠頭の道路はカチカチどころかガチガチに凍りついていた。しかし今日は全道的に寒く、釧路はまだマシなほうだったようだ。

 昼前にまた氷割りをしたところ、ツルハシでも歯が立たない。表面だけは削れるのだが、非能率もいいところなので、さっさとやめてしまった。消耗戦をつづけるのは愚のきわみだから、武田信玄をみならって、疾きこと風の如しである。

120201nwharf2
 北埠頭前の水面からは、昨日流れ寄っていた氷がきれいさっぱり消えている。風がふだんどおり北寄りに戻ったのである。

Vf3
 さてたまにはカメラの話題でも。

 このカメラ(OLYMPUS E-PL1s)はふつうのコンパクトデジカメなみに安くなったので、旅行用にと思って昨年秋に買ったのだが、写りは予想以上にいい。

 動画ボタンの位置が悪い(ただし設定変更可能)、縦位置で撮った画像をいじるとき、いちいち回転させねばならないというのはマイナスポイントだが、安いから文句はいえない。

 気にくわないのは、このカメラに限らず、ミラーレス一眼などと称して販売していること。ミラーがなくレンズが一眼というなら、コンパクトデジカメはみなそれに該当するからだ。現にこの種のカメラを一眼「レフ」の一種だと誤解している人もいる。名称で差別化して売りこもうという寸法だろうが、まぎらわしいからレンズ交換式コンパクトというべきである。

 一番の問題はやはりファインダがないことだ。ミラーがないなら、ぜひとも電子ヴューファインダ(EVF)内蔵にすべきだろう。最近ニコンで発売したEVF内蔵のコンパクトは、まだずいぶん値段が高いけれど、この手の商品はいずれ量産すれば安くなるにちがいないから期待している。

 
やはり液晶モニタではダメだ。コンパクトデジカメをお使いの方なら、きっと納得してくださると思うが、天気の良い日に屋外へ出たら、闇夜に鉄砲というほどひどくはないものの、見えにくいのなんの、おおまかな見当をつけるくらいの役にしか立たないのである。

 そうはいっても、外付けの EVF は案外高価だし、せっかくのコンパクトなカメラに余計なものをつけるのは気が進まなかった。だから我慢して使ってきたけれど、オリンパスのオンライン・ショップだと安く買えることがわかったので、ついに癇癪を起こして注文したのが今日届いたから、ほかにネタもなし、記念写真を一枚撮った次第。

 やはりいい。ファインダの見えぐあいは当然一眼レフよりも劣るし、じゃまといえばじゃまではあるが、実用上視認性は十分だと思う。第一視野率100%だから、昔のフィルムコンパクトのちゃちなファインダよりもはるかに性能はすぐれている。

 なによりもファインダをのぞいてシャッターを切るという伝統のスタイルを守れるところがうれしい。ぼくはコンパクトデジカメのヤボな撮影スタイルがイヤでしょうがないのである(しかたがないから使いつづけるけどさ)。なんとなく落ちぶれ果てた感じさえするのだ。これはもう理屈ではない。

 ついでにいえば、携帯電話で撮影するのは、万やむを得ざるときに限りたい。愛用されている方にはまことに申し訳ないし、実用的で便利なのは百も承知しているのだが、この際だから正直いわせていただくと、あの撮影スタイルはヤボの二乗だと思う。見ているだけで体の力が抜けてくるのである。繰り返しを承知で申し上げると、これまた理屈ではない。

 はてな、最近デジカメばかり使っているくせに、おれって超保守派だったのかなあ(笑)。

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