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February 04, 2012

Daily Oregraph: 水に注意

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 入舟付近にて。釧路中の道路がこれほどツルツルというわけではないけれど、まあ、典型的な例として。

 なお写真の女性は、ゆっくりとしかし確実に歩いていた。Slow and steady wins the race. 達人である。

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 実は今日も定点撮影地点へ行ったのだが、毎度おなじみの景色では退屈だろうから、いつもとは別の場所で撮った景色をお目にかけたい。

 写真は港町岸壁と入舟岸壁の出会う角から撮ったもの。このあたりから氷は少しまばらになる。

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 入舟岸壁から幣舞橋方向を見る。今日のように風のない日だと、足元に気をつけさえすれば、寒さに震えることはない。

 オホーツク海の流氷もみごとだけれど、これはこれで一見に値する景色だと思う。さあ、あなたも冬の釧路へ。

 さて昨日にひきつづきトイレの話で恐縮だが、川中さんが loo という単語をお教えくださったので、せっかくだから調べてみよう。この広がりがネット文化のいいところだと思うのである。

 まずはリーダーズ英和の定義をごらんいただこう。

    n (pl~s) "{口} トイレ, 便所.

    [C20<?; ? F l'eau water or lieux d'aisance
    place of conveniences, toilet
    ]

 初出の時期ははっきりしないらしいが、OED をチェックすると、

      
A privy, a lavatory.

という定義につづいて文例がいくつか載っている。 コツコツと拾い集めた文例を年代順に並べているのが、OED の誇る一大特徴なのである。ここでは一番目の文例のみを挙げておくと、

  
[1922 Joyce Ulysses 556 O yes, mon loup.  How much cost?  Waterloo.  Watercloset.   

 わかったようなわからないような文章だが、『ユリシーズ』ならしかたがない(笑)。フランス語はチンプンカンプンだけど、辞書を引くと、loup は「狼」をはじめとしていろいろな意味があるから、チンプンカンプンの二乗である。

 しかし mon petit loup, mon gros loup は「(愛称)まあお前、ねえあなた」とあるので、たぶん単なる呼びかけだと思う(ちがったらごめんね)。まさか狼に話しかけているわけではないだろう。(【追記】 loup の発音は [lu] だから、loo に通じる。ジョイス先生のことだから、mon loup と Waterloo は響き合っているにちがいない。いま気づいたので忘れぬうちに追記しておく)。

 ひょっとしたら有料トイレの料金についていっているのかもしれないが、まあ、全体の意味はこの際置いといて(笑)、1920年あたりから使われ出したことばであることがわかる。また、川中さんがお書きになっていたように、Waterloo に W.C. を引っかけることば遊びがあることもわかる。このダジャレはジョイスの発明なのかな?

 さて loo の語源だが、リーダーズ英和では、上述のとおりフランス語の「水、またはトイレ」としているけれど、OED は、

  
 [Etym. obscure.]

つまり、ハッキリしまへん、としている。確たる根拠のないことは書かない主義なのだろう。

 そこへ一石を投じたのがランダムハウス英和第2版である。本家版のほうは、やはり語源不明としているのだが、英和第2版には

  [1940. 語源不明;仏 le lieu(逐語訳は the place)の誤った発音に由来するという説と、英国の主婦が窓からバケツの水を投げ捨てるときに発する警告 Gardy loo(<仏 Gardez l'eau「水に注意」の短縮形という説とがある]

と、実に詳しい説明が載っている(ただし初出については OED と異なる)。

 なんだかすごい展開になってきた。学者とは恐ろしいものである。地の果てまでも追求せずにはいられないらしい。

 ぼくはもちろん学者ではないが、酔っ払いには酔っ払いの意地というものがある。そこで、まずはランダムハウスの本家版にあたってみると、

 
gardyloo 昔スコットランドで用いられた呼びかけのことばで、上の階の窓からまさに汚水を投ぜんとするとき、歩行者に発した警告。

 ついでに OED もチェックしてみよう。

 gardyloo (古くエディンバラで)窓から通りへ汚水を捨てる前に警告として発した呼びかけ

 こちらの語源欄には、フランス語もどきの gare de l'eau (「水に注意」)、正しいフランス語では gare l'eau とただし書きがあって、ランダムハウス英和とは微妙な相違がある。

 ランダムハウス英和には「英国の主婦」とあるが、英米の辞書にスコットランドとかエディンバラと明記していることには注意すべきだろう。たぶん洗い物をしたあとの水を捨てていたのだと思うが、ずいぶん乱暴な話である。

 しかしぼくの記憶では漱石の『文学評論』には、(たしか)18世紀のロンドンあたりでも、小便を壷にためておき、そいつを二階の窓から通りに捨てていた、ということが紹介されていたはずである(確かめようと思ったけれど、『文学評論』がどうしてもみつからなかった。いずれ確認したい)。

 J. H. プラムという先生の『18世紀の英国(England in the Eighteenth Century)』という本には、18世紀前半の英国の諸都市は不衛生で悪臭に満ち、

 貧乏人は、東洋諸国の人々が今日でもそうであるように(失礼な!)、場所を選ばず公衆便所として利用した。

 また、

 貧民たちの家は、一間か二間のあばら家で、しばしば下見板とタール粕を塗り付けた屋根だけでこしらえたものが、ぴったり軒と軒を接していた。あるいは、金持の家を住み家とすることもあったが、そういうのは持主がもっと健康にいい郊外を求めて捨て去ったあとである。そんな家々は、不潔、頽廃そして病気のうようよした、粗末な貧民窟と化していた。ほとんどの地下室には、人間はもちろん、豚や鶏ばかりか、時には馬や牛まで住みついていた。あらゆる商人や職人は街路をゴミ箱がわりにし、肉屋などは肉をさばいた後のクズを通りに放り捨てて腐敗するにまかせたのである。

とあるくらいだから、汚水を窓から捨てるなど、ごくふつうに行われていたのではないだろうか。

 だからスコットランドの主婦ばかり悪くいうのは気の毒な話である。それになんといっても昔の話なのだから、念のため。

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 本日最後の写真は、港町岸壁のトイレ。ぼくも必要に迫られて、たまに利用させていただいている。これこそまさに necessary house というものだろう。

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Comments

こんばんは!
凍ってますねえ! ところが、こちら(関西)では
ここのところ少し冷え込みがゆるめかなあ、と思うほどなんです。
ベランダに面したガラス戸の結露の具合でなんとなくわかります。
海に氷があるというのが、信じられないほどです。

薄氷堂さんの辞書話、とても興味深く拝見しています。
むかし「電子辞書」規格のOEDをインストールしていましたし、
ポケット版のOED英英辞典を持っていました。

英語を英語で定義されると、わからない部分もあるのですが、面白い。
なんとなく、感じでわかったような気になるんですね。
その「感じ」が大事なのかなあ、と思っています。

Posted by: 只野乙山 | February 05, 2012 at 00:37

>只野乙山さん

 ずっと loo について考えていたものですから、まだ起きていました(笑)。

 こちらは寒くて道路が凍るのは困りますが、雪が少なくて助かっています。雪かきは実にむなしい労働ですから。

 英語の辞書は、単語を引くとまた未知の単語に出くわしますから、とにかく根気が必要です。ときどき何度読んでもわかりにくい定義にぶつかることも確かです。しょっちゅう癇癪を起こしていますよ。

 わが家に英語国民の下宿人でもいれば(笑)、困ったときに「おい、教えろよ」といえるんですけど、ただ英語を話すだけの人じゃ困りますから、だれでもいいというわけにもいきませんしね。

 かつて『蘭学事始』を読んだときには身につまされました。何冊もの辞書を対照できるわれわれは幸せだと思いますが、それでもわからないことだらけなんですから。

Posted by: 薄氷堂 | February 05, 2012 at 01:07

> [Etym. obscure.]

いいですなあ・・・実に毅然としている。「さすが、いよっOED。」ってかけ声をかけたいぐらいだ。

>漱石の『文芸評論』には、(たしか)18世紀のロンドンあたりでも、小便を壷にためておき、そいつを二階の窓から通りに捨てていた、ということが紹介されていたはず

以下はロンドンではなくパリのことなんですがウィキペディアでは次のように言っています。少々引用が長くなりますが大切なことなので(笑)


1608年に国王アンリ4世が「家の窓から糞尿を夜であっても投げ捨てない」という法律を制定した。その後1677年、初代パリ警察警視総監ラ・レニーが「1ヶ月以内に街中の家の中にトイレを設置すること」という命令をトイレ業者に勧告した。しかし状況は改善されず、100年後の1777年にルイ16世は「窓からの汚物の投げ捨てを禁止する」という法令を再度制定した。

法律でこんなことを言わな蹴ればならないほどの状況だったのでしょう。

パリのこんな状況が改善されるのは19世紀半ばのナポレオン3世の時代になってからだったそうです。

Posted by: 三友亭主人 | February 05, 2012 at 08:11

>三友亭さん

 18世紀あたりだと、江戸の町のほうがはるかに清潔だったようですね。

 トイレについていいますと、日本中のトイレがびっくりするほど清潔になったのは、ここ半世紀の間だと思います。昔を思えば、今のトイレは病的なまでに(笑)きれいですよ。

Posted by: 薄氷堂 | February 05, 2012 at 22:43

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