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January 21, 2012

Daily Oregraph: 高みの氷見物

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 昨日は南埠頭から氷の広がる釧路港を見たので、今日は生涯学習センター10階の展望台から、文字どおり高みの見物をしようという趣向である。

 昨日の写真をごらんになった方は、あるいは釧路港内すべてが氷に覆われているとお思いかもしれない。しかしそうではない。冬は北寄りの風が優勢なので、氷は南側に吹き寄せられるのである。光線の加減でちょっと見にくいけれど、上の写真からもそれがわかると思う。

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 では釧路川の上流をごらんいただこう。川面には薄い氷がぷかぷか浮かんでいる。いくつか見える橋は、手前から久寿里橋、旭橋、根室本線鉄橋、そして少し離れて貝塚大橋である。

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 おまけは雄阿寒岳。いつも雌阿寒をひいきにしているので罪滅ぼしのつもり。あらためて見直してみると、この山もけっして捨てたものではないと思う。

 さて今日は2011年8月7日の横尾忠則氏インタヴュー記事から。

 横尾さんは昨日取り上げた梁石日さんと同じ1936年生まれ。1960年代に主流だったモダニズムは装飾を排したシンプルさを特徴としたが、横尾さんはあえてそこに昔風の土着的イメージを取り込むという独特の手法で知られた。

 ぼくなどは横尾さんというとなぜか週刊誌の「平凡パンチ」を連想するのだが、天井桟敷などのポスターをご記憶の方も多いのではないだろうか。宝石箱というよりビックリ箱をひっくり返したような、古いマッチ箱のデザインをいっそう複雑怪奇にしたような、一種のゴチャゴチャ感漂う謎めいた図柄が多かったと思う。

 日本ではいわば異端児であった彼は、アメリカで認められる。1967年に渡米したとき、ある画廊が彼のポスター展を開催したところ、展示された作品をニューヨーク近代美術館がそっくり全部買い取ったのである。

 横尾さんが1981年にグラフィック・デザイナーから画家への転身を宣言したのは、アメリカで観たピカソ展がきっかけだったという。

 会場に入ったときのぼくはグラフィック・デザイナーだったけど、会場をあとにしたときには画家だったんです。

 またこうも語っている。

 人様の求めに応えて仕事をするのと、自分の求めに応えてするのとでは大ちがいです。

 なるほどと素直に納得する方も多いんじゃないかと思う。もちろん自分のうちに求めるものがなにもなければ話にならないけれど。

 横尾さんはその後もポスターを手がけていないわけではなく、ぼくの手元にはなぜかこんな一枚(2002年の作品)があったので、ご参考までに。
 
2002mutsugoro

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Comments

横尾忠則ですか。昭和のカリスマですね。
インドにはまったころ、氏のインド関係の著作を読んだことがあります。
作品は……よくわかりません(苦笑)。

「寺内貫太郎一家」で小料理屋の客のむっつり兄さんで
出演していたのを覚えています。

Posted by: 根岸冬生 | January 21, 2012 23:36

いやあ・・・釧路の「生涯学習センター」の展望台ってのはすばらしい眺望ですね。

大和にいたら、盆地の縁の山のどれかに上るか、大仏殿の屋根にでも上らなきゃあこんな展望にお目にかかれませんよ。

・・・う~ん、釧路への憧れが募ります。

Posted by: 三友亭主人 | January 22, 2012 08:49

>根岸冬生さん

 横尾忠則というのはふしぎな人ですよねえ。

 一見とっつきにくそうですけれど、インタヴューアによれば、案外話し好きみたいです。相手にもよるのかな。

>三友亭さん

 日本の次の首都はここだ、とぼくが太鼓判を押している(笑)釧路の価値を知る人が増えることは大きな喜びです。

 さあ、もう思い切って釧路においでになるしかないですね。臨港鉄道とタラ鍋があなたをお待ちしています。

Posted by: 薄氷堂 | January 22, 2012 22:14

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